【ライブレポート】来日目的の半分はラグビーW杯応援?マニック・ストリート・プリーチャーズが東京を酔わせた夜

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史上初の日本での開催となるラグビーのワールドカップが去る9月20日に開幕を迎え、各地で連日、熱戦が繰り広げられている。もちろんこれは日本のファンのみならず世界各国のラグビー愛好家たちにとってこの時期における最重要事項であり、今現在、母国チームやご贔屓のチームの応援のため各国のラグビー・ファンがこの国を訪れている。そんななか、3年ぶりの来日公演を行なっていたのがマニック・ストリート・プリーチャーズだ。今回はASIAN KUNG-FU GENERATIONをスペシャル・ゲストに迎えての、東京での二夜公演のみとなったが、9月26日、Zepp DiverCity Tokyoにて、その第一夜の模様を目撃した。

今回の公演は、マニックス史上初のUKチャート首位獲得作であり、過去最大のヒット作でもある『ディス・イズ・マイ・トゥルース・テル・ミー・ユアーズ』を主題とするもの。このアルバムがリリースされたのは1998年9月のことであり、まさに今回は同作誕生20周年のアニヴァーサリー・イヤーを締め括るタイミング。それと日本でのラグビーW杯開幕が、完璧に重なったというわけだ。マニックスが英国はウェールズ出身であることはよく知られているはずだが、赤いユニフォームでお馴染みのウェールズは優勝候補の一角ともいうべき強豪。この日の会場内には、マニックスのTシャツと同じくらい赤いTシャツが目立ち、ところどころでウェールズのフラッグもはためいていた。


約1時間50分に及んだこの夜のライヴの前半では、前述の『ディス・イズ・マイ・トゥルース~』の世界を完全再現。とはいえこの名盤の収録内容(全13曲)を単純になぞった演奏内容ではなく、同作の2曲目に収められていた「輝ける世代のために(If You Tolerate This Your Children Will Be The Next)」は、その流れを締め括るべく13曲目に配置されていたり、「ツナミ」と「マイ・リトル・エンパイア」の順序が入れ替わっていたり。また、昨年末にリリースされたこのアルバムの20周年記念コレクターズ・エディションでは「ノーバディ・ラヴド・ユー」が削除され、代わりに「輝ける~」のシングルのカップリング曲である「プロローグ・トゥ・ヒストリー」が収録されていたが、この夜のライヴでも「ノーバディ~」が配置されていて然るべき場所には「プロローグ~」が組み込まれていた。実のところ「ノーバディ~」は、おそらく2000年以降は一度もライヴで演奏されていない。かつて日本限定でシングルになっている曲でもあるだけに特例的に披露されることも期待していたが、残念ながらそれは叶わなかった。


とはいえ、そうした淡い期待が打ち砕かれた以外は、まったく非の打ちどころのないライヴだったと言っていい。実際、『ディス・イズ・マイ・トゥルース~』は、誤解を恐れずに言えば、ロック然とした露骨なエキサイトメントや、オーディエンスを一気に熱くするような派手さには欠けるところのある作品ではあるし、歌詞的にもダークな色調が強い。が、何よりも楽曲の良さで長きにわたり支持されてきたマニックスの歴史のなかでも特に名曲揃いといえるアルバムだけに、その場で味わうことのできる時間の流れは、退屈とは無縁の非常に味わい深いものだった。アルバムのジャケット写真と同様の広大な海岸風景を背にしながら、2名のサポート・メンバーを含む5人は、丁寧にこの“華美ではない大ヒット作”の世界を丁寧かつ自然体に再現してみせた。背景が静止画像ではなく動画だったなら、より変化に富んだショウになり得たのではないかという気もするが、逆に、取って付けたような演出が皆無だったからこそ、いっそう名曲たちの世界に没入することができたようにも思う。


そしてもちろん、名盤の再現が着地点に至ってもそこでショウが終わるわけではない。休憩を挟むわけでもなく、むしろ『ディス・イズ・マイ・トゥルース~』のメランコリックな余韻を断ち切ろうとするかのごとく彼らが炸裂させたのは、1992年にリリースされたデビュー・アルバム『ジェネレーション・テロリスト』のオープニング・チューンだった“スラッシュ&バーン”。以降は、まるでもう一本まったく趣の異なるライヴを披露するかのように、このバンドの物語を彩ってきた楽曲たちが次々と惜しみなく披露されていった。そんななか、現時点での最新作にあたる『レジスタンス・イズ・フュータイル』からの「インターナショナル・ブルー」が、歴史を伴った代表曲の数々に勝るとも劣らない色鮮やかな存在感を放っていたことを強調しておきたい。


加えて興味深かったのは、ガンズ・アンド・ローゼズの「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」のカヴァーが披露されたこと。フロントマンのジェイムズ・ディーン・ブラッドフィールドは、この曲のイントロを弾き始める前に「特に理由はない。純粋に自分たちの愉しみのためにプレイする」と発言していたが、この曲の無垢な美しさとギター・メロディは、見事なくらいジェイムズの持ち味と合致している。マニックスはガンズ復活後のライヴでもスペシャル・ゲストに招かれていたりするし、この夜に限ったことではなく近頃の彼らはこの曲をレパートリーにしているが、初期にはやはりガンズの「イッツ・ソー・イージー」をカヴァーしていて、1992年の初来日公演でも披露していたものだ。共鳴できるのはガンズとパブリック・エネミーだけ…そんな、彼らのデビュー当時の発言も懐かしい。


ファンにとって思い入れ深いはずの曲ばかりが並ぶ後半の流れを締め括ったのは「享楽都市の孤独(Motorcycle Emptiness)」だった。近年、フェス出演時のステージなどではオープニングに演奏されることも多いこの名曲の芳醇なメロディが、赤いTシャツ軍団を含むすべての観客をひとつに束ねていた。1998年の来日時、筆者が行なったインタビューのなかで、ジェイムズはこの曲について次のように語っている。

「俺たちが出てきた時、誰もがこのバンドを大ぼら吹きだと思っていた。「享楽都市の孤独」をシングルで切った時には『ああ、ちゃんと曲も書けるのか』と認識してくれた人もいたけど、たいがいの連中からは、どうせすぐに消えていくバンドだと見られていたし、だからこそ仲のいいバンドも少なかった(笑)。だけどホントは、皆に嫌われてるほうがコトは簡単なんだ。嫌われることのスリルというのには代え難いものがあるよ。外に出たら誰かから殴られるかも、みたいな状況に置かれてると『望むところだ!』という気分になれるからね(笑)」

今現在のたたずまいからは考えにくくもあるが、確かにマニックスはそうした地点からスタートしたバンドではあった。しかしこうしてアルバム・デビューから27年、もう2年もすれば結成35周年を迎えようとしているこのバンドにそうした過去があったこと自体が、今では懐かしく、微笑ましくもある。そして今や、ジェイムズに殴りかかろうとする誰かがいるとすれば、それは彼の才能やマニックスの素晴らしさに嫉妬する人間だけだろう。


最後に付け加えておくと、翌9月27日の豊洲PITでの公演時には、ウェールズのラグビー選手であるジェイミー・ロバーツが飛び入りして「ユー・ラヴ・アス」を共演するというサプライズも発生。さらに同29日、ジェイムズは東京スタジアムでのウェールズ vs オーストラリア戦のハーフタイムに演奏。世界ランキング2位のウェールズはこの試合に快勝している。

やっぱり今回の来日の目的の半分はW杯でのウェールズ応援だったのだな、というのはさておき、とにかく僕はこのバンドが綴っていくここから先の物語が、いっそうの輝かしさに富んだものになることを願っている。そしていつの日か、最新クラシックというべき『レジスタンス・イズ・フュータイル』とはじめとする近作からの楽曲を軸とするライヴも観られますように。そうした輝かしい現在があるからこそ、こうして歴史が味わいや重みを増すことになるのだから。

文:増田勇一
撮影:Mitch Ikeda

MANIC STREET PREACHERS
@Zepp DiverCity Tokyo 2019.09.26
・The Everlasting
・You Stole The Sun From My Heart
・Ready For Drowning
・My Little Empire
・Tsunami
・I’m Not Working
・You’re Tender And You’re Tired
・Born A Girl
・Be Natural
・Black Dog On My Shoulder
・Prologue To History
・S.Y.M.M.
・If You Tolerate This Your Children Will Be Next
・Slash ‘N’ Burn
・Your Love Alone Is Not Enough
・Everything Must Go
・International Blue
・A Design For Life
・Little Baby Nothing
・Sweet Child O’ Mine
・You Love Us
・No Surface All Feeling
・Motorcycle Emptiness

◆マニック・ストリート・プリーチャーズ・オフィシャルサイト
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