【インタビュー】森山直太朗、「さくら(二〇一九)」を語る「いかに飛び超えていけるか」

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■春になったら「さくら」って言われてもいい
■もう少し先の未来に目標があるから

──ツアー<人間の森>では、直太朗さんの課題のひとつがコミュニケーションだったから、活かされた作品づくりだったのでは?

森山:そうですね。あのツアーを経たのは個人的にもチームとしても大きかったですね。「さくら」は何百回と歌ってきた曲だから、今作はそのひとつの結晶ではあるのかもしれないけど、何も意識せずに歌えましたね。

──ドラマの中でエンディングに流れるのかと思いきや、本編のクライマックスシーンで流れるじゃないですか? 見たりしていますか?

森山:見てます。主題歌のつもりで作ったけど、半ば劇伴みたいな形で使ってもらってるから、せっかくのいいシーンを邪魔してるんじゃないかな、と思うと忍びないなって(笑)。

──ところで今回のアーティスト写真の衣装がとても気になるんですが、どんな意味があるんですか?

森山:写真は「さくら(二〇一九)」の配信ジャケットやドキュメンタリー映画(『森山直太朗 人間の森をぬけて』)の広告イラストも描いてくれた外間隆史さんがディレクションしてるんですけど、ご自身も音楽をやっている人で、俺たちとは全然違う感覚と理解力で森山直太朗をデザインしてくれるんですよね。まるでイラストから出てきたような写真で、きっと外間さんの頭の中にいる自分なんだと思う。なぜソフトクリームを持ってるのか俺はわからないんだけど(笑)。

──腕を吊っているのは?

森山:それはツアー中に骨折したからだと思う。そのことを知っている人は、“まだひきずってるのかな?”って思うかもしれないですよね。新しいアーティスト写真なのにすごいメッセージだけど、自分の中では勲章めいたものでもあるから、ネガティブには捉えてないんです。“季節は過ぎたけど、この古傷は忘れてはいけない”って思ってるから。衣装に関しては、外間さんから「そろそろヨージヤマモトの服を着たほうがいい」って言われたんですよね。モード系の服を着たほうがいいっていうことじゃなくて、この服の仕立てを知ったほうがいいっていう意味で。日本人としての趣向性があって、ヨーロッパの文化にも造詣が深い人だから、いろいろなものがミクスチャーされて記号化できないものになったんじゃないかと思っています。

──なるほど。さっき、「さくら」にはさまざまなヴァージョンがあるという話をしてくれましたが、森山直太朗が歌う「さくら」は間合いや歌の強弱によって聴く人がいろいろな解釈ができる曲だと思っているんです。学生の卒業ソングに響くこともあれば、年老いた男性同士の永遠の別れと友情を歌った曲に響くこともある。ものすごく器が大きい曲ですよね。この16年間、「さくら」にどういうふうに向き合ってきたんですか?

森山:振り返ってみると、この曲を歌わないツアーはなかったんですよね。16年の間には「さくら」を候補曲から外すかが議題にあがったことが何度もあったけど、やっぱり歌い続けてきてよかったなって。みんなが“この曲をライブで聴きたい”っていう欲求を満たすだけにとどまらない表現をつねに心がけてきたつもりだし、そういう意味でも歌っても歌っても歌いきれない部分がある曲。あとは“僕”と“君”って歌っているのに恋愛を想起させない曲だから、聴く人にいろいろな景色をイメージさせるのかなって。アレンジが変わっても時代が変わっても普遍的であり続けていて、堂々としたタフな曲だと思っています。

──実際、森山直太朗さんの「さくら」を聴いたことがない人はほとんどいないんじゃないかと思います。

森山:でも、この前感じたことなんだけど、たまたま近くの大学のキャンパスに遊びに行ったら、18歳とか20歳とかの男女が輝ける季節の中にいるわけですよ。

──ははは。キラキラしていたんですね。

森山:キラッキラしてる(笑)。そこで思ったのは「さくら」を知らない人も森山直太朗の活動を知らない人も世の中にはたくさんいて、これから出会う可能性もあるし、もっと言えば海の向こうにもいるかもしれない。だから、もっともっと外に向かっていける曲ではあるのかなって。今回のヴァージョンを出すときに義理の兄に「70才超えた演歌歌手じゃないんだから」みたいなこと言われたんだけど(笑)、確かに演歌の人って十八番の曲のいろいろなヴァージョンを発売するから、言いえて妙だなと。ただ「さくら」は企画に負けないぐらい威風堂々としているから、逆にもっともっと演歌歌手みたいなことにトライしてもいいのかなと思った。

──今はそういう心境になっているんですね。

森山:そうですね。ただ自分の活動自体は続いているから「さくら(二〇一九)」が自分のオリジナリティーや個性を知ってもらえる導線になっていけるかだと思っています。

──そうですよね。浸透した代表作なだけに、ときには“「さくら」だけじゃないんだよな”っていうジレンマに陥ったりとか、悩まされた曲でもあるのではないかと思っていたんですが。

森山:ただ、そんなちっぽけな僕の悩みを、この曲は受け付けないんですよね。僕の曲で「うんこ」ってあるじゃないですか?

──ああ、コンサートで「うんこ」とくっつけて「夏の終わり」を歌っていましたよね?

森山:当時はMCで「「夏の終わり」「うんこ」、2曲続けて聴いていただきました」って言うのが好きだったんですよね(笑)。この曲を作った頃はマネージメントを姉がやっていたんですけど、姉のセンスをかなり信頼していて、「「さくら」も「うんこ」も同じじゃん?」っていうのが合言葉になっていましたね(笑)。同じ人間たちが楽しんで作って歌った曲だから、同じぐらいの強さで伝わるべきだけど、大衆音楽とかポップスという側面からいうと「さくら」はひとつの時代のカウンターになった。だけど、その価値を違う方向から時空を歪めてしまうぐらいの力がある曲がまだまだ控えているから、今後、どう出力していくかですね。だから、春になったら「さくら」って言われてもいい。そこは甘んじて。

──そういう境地に到達したのはいつ頃ですか?

森山:一昨日ぐらい(笑)。ちゃんと現実を受け入れてやれることを模索していこうって。以前は“また「さくら」?”みたいな気持ちがあったけど、今はもう少し先の未来に目標があるから。

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