【インタビュー】ジョン・カビラが語る、最新音楽事情とグラミー賞の行方

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第62回グラミー賞授賞式が日本時間2020年1月27日(月)に開催され、当日午前9:00からはその様子がWOWOWで独占生中継される。全84部門ノミネーションのなか、リゾが最多8部門、ビリー・アイリッシュとリル・ナズ・Xが6部門にノミネートされ、リゾとビリー・アイリッシュは主要4部門すべてにノミネートされるという快挙を成し遂げている。

新人アーティストが注目を集めるノミネーションとなった最新グラミー事情だが、ビリー・アイリッシュの主要4部門ノミネートは史上最年少記録を更新するものだ。時代を牽引するアーティストに敬意を評し、優れた新作を称えるグラミー賞だが、サブスクリプションサービスが音楽流通のメインプラットホームとなり、新曲も旧曲も新人も重鎮も同列に並ぶ時代に、グラミーは「音楽産業において傑出した実績をあげたもの」をどう評価し、どのように敬するのか。音楽事情に精通し、グラミー賞授賞式を長年に渡って見届けてきたジョン・カビラに話を訊いた。

   ◆   ◆   ◆

──2019年の日本のシーンを紐解けば、上位ランキングはあいみょんとOfficial髭男dismとKing Gnuで塗りつぶされるという状況でした。情報流通がマスから個の時代となり、全音楽ストックがどれでも聴けるサブスクが定着したことで、音楽リスナーの趣味嗜好は人の数だけバラけるものだと思っていましたが、結果は「みんな聴いてるものは同じなの?」というマスメディア時代と変わらぬもののようにもみえます。グラミーは新作を評価するアワードですが、米オーディエンスの音楽志向との剥離は生じていないのでしょうか。


ジョン・カビラ:そもそも「じゃあアルバムとは何ぞや?」という話にもなりますね。以前はシングルが先行してアルバムが出る形で、シングル先行→アルバムリリース→そしてツアーという流れ、もしくはヒットメイキングマシーンというものが存在していた。当時のヒットメイキングマシーンはマスメディアで、もっと遡れば「楽譜」だったわけです。そこから著作権という概念も生まれたし、ソングライティングがいかに大切なのかという価値観も育まれた。その後、ジュークボックスになり、ラジオでプレイされることでシングルが売れ、シングルが売れることでアルバムが売れる。ラジオでかかるとヒットにつながるという構造ができた。日本は特異な例でレコードレンタルというものがありましたけれど、基本的にはテレビドリブンで、ポップ・ミュージック/歌謡界/昭和歌謡などは、テレビに出ないとまずヒットしない。レコード大賞に出て、紅白に出て、世間的に認知されてアーティストとして確立されていくわけです。

──ええ。

ジョン・カビラ:そこに違う風を吹き込んでくれたのが、ティン・パン・アレイだったり1970年代からのフォーク・ロックですね。吉田拓郎さんとか井上陽水さんとか、そこに中津川フォークジャンボリーのようなビッグなイベントがあり、違う流れが生まれ、そこにラジオやテレビが向き合うようになる。そして今、サブスクリプションが来た。日本でもほぼ開放されました。ユーミンさんもついにハイレゾで。

──L'Arc~en~Cielも解禁と同時にトップ20を総ナメしていました。

ジョン・カビラ:サブスクは、ものすごく先鋭化したミュージックプレイヤーですね。コインを入れる必要もなく、指先で選曲をして自分のプレイリストがつくれる。「聴きたいもの」を「聴きたいとき」に「聴きたいところ」という世界ですが、でもやっぱりみんな気になるのは「自分の友達は何を聴いているんだろう」とか「誰それのプレイリスト」ですよね。「個」にはなっていますけど、キュレーションは残るわけで「誰それのプレイリストがかっこいい」というのも話題にもなるし、そうなってくるとKing Gnuが入って来たりする。Official髭男dismのマルチヒットもひとつの現象ですよね。だから、マシンは大きく変わりましたけど、多数の人たちを惹きつけるアーティストパワーというものは未来も変わらないし、それをサジェスション/キュレーションする機能によって音楽がフラグメント化することもないのでしょう。

──そうなのかもしれません。

ジョン・カビラ:ソーシャルネットワークの時代になって、レーベルやマネジメントを飛び越えてアーティストが自己発信することで、アルバムという形にとらわれないで自由に新作が出てくるでしょうね。それでも未来永劫変わらないのは、ライブの力です。ライブで最も成功したアーティストは数年前まではU2だったりとかするわけで、今ではレコードセールスとイコールにならないライブビジネスが確立されている。もちろんビリー・アイリッシュも、18,000人キャパのLAフォーラムを2daysできるのですから、ライブビジネスを成功させるために必要ものを考えると、やっぱりストリーミングのプレイ数などのセールスも欠かせないものでしょうね。


──楽曲とともにパフォーマンスの魅力がアーティストの生命線とも言えますが、グラミー賞授賞式でいえば、そこでしか見せられないとんでもないパフォーマンスを披露できる絶好の場でもありますね。

ジョン・カビラ:まさに一期一会で、この場でしか見られない強みは圧倒的ですよ。だからアカデミー賞との根源的な違いがそこにあるんです。『レ・ミゼラブル』がノミネートされた年は、フルキャストで1曲は歌ったりもしますけど、ならば映画のシーンをそこで再現できるのか?っていうと、それはできない。

──音楽と映画は、芸術としての作りが違いますから。

ジョン・カビラ:音楽の素晴らしさは、それがその場で提供できるところです。通常のコマーシャルな世界ではあり得ないコラボが行われるというグラミーの強みは、今後未来も変わらないと思いますね。

──素晴らしいライブを称えるという、新たなノミネーションも視野にあるのでしょうか。

ジョン・カビラ:ベストライブパフォーマンスっていう部門ね。ただ、全世界で開催されているライブを全米でジャッジするのはなかなか難しいとは思いますけどね(笑)。

──そもそも「何が素晴らしいライブなのか」という問題もありますし。


ジョン・カビラ:結局チケットセールスを指標にすると、これまた違う気もしますもんね。グラミー賞はあくまで「グラミーアカデミーのメンバー…音楽を生業とするみなさんが、音楽を生業とするみなさんを讃える」というものなので、ピープルズ・チョイス・アワードとは決定的に違うわけですよね。人気投票で決まるわけではないという。

──そういう要素を採り込むつもりはないのでしょうか。

ジョン・カビラ:どうでしょうね。何をしてヒットというかのビルボードの計算式も変わってきていますし、ちゃんと世情に向き合っていくものとは思いますけどね。今回のグラミー賞に至っては、「最優秀アルバム賞」ノミネート8作品は全員40歳以下で、25歳以下が3人もいるという状況です。これほど若いのは近年ではなかったんじゃないでしょうか。ハーは22歳、ビリー・アイリッシュが授賞式のときは18歳、リル・ナズ・エックスが20歳ですから。それ以外、40歳以上のメインメンバーはいないんですよ。

──そういう意味では「最優秀楽曲賞」に顔を出したタニヤ・タッカーが特別輝いて見えますね。

ジョン・カビラ:61歳!僕と同い年なんですよ。これはもう、功労賞ですよ。「長年アワードがなくてごめんなさい」という。

──タニヤ・タッカーって、賞レースには恵まれていなかったんですか?

ジョン・カビラ:グラミー 賞は獲っていないと思います。確か主要4部門は初。異色中の異色ですよね。ヘレン・レディが歌った大ヒットの「デルタの夜明け」は、タニヤ・タッカーのデビュー・シングルをカバーしたものですから(笑)。

──数年前からグラミーのノミネーションを語る上で「多様性」というキーワードが注目されましたが、今回もその流れを感じますか?

ジョン・カビラ:ノミネーションでは相当意識していると思いますよ。音楽は最もエッジが立つポップカルチャーのひとつですから、そういう世界で「They don't get it.(彼らは分かってない)」と言われることを、最も恐れていますよね。

──であれば、選考委員に中高校生も入れないと難しいと思うけど(笑)。

ジョン・カビラ:あくまで「プロがリスペクトを込めてプロを讃える」ものですので、おのずとラグは出てきますよね。それでも今回の「最優秀アルバム賞」がこれほど若年層にシフトしているのは、顕著な例だと思います。

──あれだけ売れているBTSがノミネートされなかったのは、どうなんでしょう。


ジョン・カビラ:「多様性」もBTSの前で止まったか、っていう(笑)。今回BTSがノミネートされなかったのは、ものすごく話題にもなりましたね。あとブルース・スプリングスティーンもそうだし。昨年、BTSはプレゼンテーターとしてグラミー授賞式に登場していますからノミネートも当然あると思いましたけど、今回はファンのみなさんには残念でした。

──逆にSNSで話題になることを想定してノミネートから外した、とか(笑)。ツンデレ方式で。

ジョン・カビラ:まあ変な話、アメリカのメディアは「誰がノミネーションされたか」はリストだけで、「誰がスルーされた」をニュースにしますからね。そういうの、好きなんですよ。

──それでアーティストが奮起すればいいのだけれど。

ジョン・カビラ:「よし、じゃあもっとヒットをつくってやる」ってね。そうなると良いスパイラルも生まれますね。日本だったら大企業の相談役であろうくらいの年齢のミック・ジャガーがロックしてるわけですから、世代による音楽というのも存在しないし、親との差を証明するために好きな音楽が違いになることも終わっちゃったから。

──ロック、パンク、ヒップホップに求めたカウンターカルチャーも、もう必要ないのかな。

ジョン・カビラ:いわゆるアティテュード、態度ですよね。聴くときの態度。

──今は、必ずしも音楽にそれを求めるものではないのでしょうね。

ジョン・カビラ:そうですね、昔は、聴く音楽によってスタンスとか物事の考え方とか、右なのか左なのか(が分かる)っていうのが、今はもうない。そうは言いつつもビリー・アイリッシュのような存在が出てきて、先ほども言いましたけれど、LAフォーラム18,000人×2日を売り切っちゃうわけですし、そのライブ会場には「2020年選挙に行こうね」っていうブースがあったり、地球温暖化や気候変動に関してさまざまなアクションを行なっているNPOのブースがあったりするんです。だから古い世代が「今の若者は社会のことを考えてない」っていうのはウソ。「旧世代は何をやってくれたんだ。大人たちは何をやってくれたんだ。今の地球どうしてくれるんだ」っていうのがふつふつとありますよ。ビリー・アイリッシュは声高に言わないし、そういうメッセージを歌うわけではないけれど、「ひょっとしたらトランプ大統領は再選されるかも知れない、でも…」みたいなことをインタビューで語るわけです。そういった自分の発信力に向き合ってきちんととらえているというのは、すごくありがたいし頼もしいとも思います。


──それが「音楽が持つ力」として、伝わるんですね。

ジョン・カビラ:そうですね。リル・ナズ・エックスは今年6月にカミングアウトした。彼は6部門ノミネートされ、ビリー・レイ・サイラスとコラボしBTSのメンバーともコラボして、ブラック・エンターテインメント・テレビジョンがインタビューをする。アフロアメリカン/エンターテイナーを讃える授賞式が番組になって、そこにまたビリー・レイ・サイラスと一緒に現れる。ステージにはカウボーイ/カウガールの衣装の男女が踊るんです。ジャンルをぶっ飛ばして、カントリーのミュージックのアワードにもリル・ナズ・エックスが現れる。今、アメリカではいい意味でディスラプション(混乱)が起きていますね。旧来のものをぶち壊すというもので、これはもはや経済用語でもあり、Uberが入ってきてライドシェアが既存のタクシー業界に混乱をもたらす。いろんな形で既存のものを壊していってしまうんです。そこには痛みを伴う部分もあるんですけど、20年前には考えられないような現象が起こっていて、すごくおもしろいと思います。どんどんやってくれ!って感じです。

──そういう先鋭文化と感性が、グラミー賞授賞式のコラボパフォーマンスでも楽しめそう。

ジョン・カビラ:ビリー・アイリッシュとリゾは出演発表されましたね。で、誰と演じるのかですね。ビリーはグリーン・デイという噂もありますし、リル・ナズ・エックスはビリー・レイ・サイラス、もう既にアワードショーに何回か出ているので、ないかもしれません。いずれにしても楽しみです。

──そうですね。

ジョン・カビラ:日本時間、1月27日(月)の朝、ステイプルズ・センターですね。今回史上初の「ふたり主要4部門ノミネート」ですからね。主要4部門にふたりノミネートされるというのは相当稀有な例ですよ。そもそも新人じゃないといけないんですから。リル・ナズ・エックスが8部門、ビリー・アイリッシュが6部門それぞれノミネートされて、このショーレースの行く末は楽しみです。日本人のみなさんも今回は6人もノミネートされているので、これも気になるところです。ひょっとすると番組生放送中に嬉しいニュースがお届けできるかもしれないです。楽しみにしていてください。

取材・文◎烏丸哲也(BARKS)

▲写真:Getty Images

■番組情報

『生中継!第62回グラミー賞授賞式』 ※二カ国語版(同時通訳)
2020年1月27日(月)午前9:00〜 [WOWOWプライム]

『第62回グラミー賞授賞式』 ※字幕版
2020年1月27日(月)夜10:00〜 [WOWOWプライム]

▼関連番組
『第62回グラミー賞ノミネーション紹介』
1月11日(土)午後4:30 [WOWOWプライム] ほか

『生中継直前!第62回グラミー賞のみどころ』
1月25日(土)よる9:00 [WOWOWプライム] ほか

『SONGLAND ヒットメーカーを探せ!』
1月21日(火)スタート 毎週火曜深夜1:00 [WOWOWプライム]

最新情報は特設サイトにて: https://www.wowow.co.jp/music/grammy/

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