【ライブレポート】矢野まき、20周年企画「ありがとうのうた」完結

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デビュー20周年を迎えた2019年、初のベストアルバム『矢野まき ALL TIME BEST』をリリースし、金沢、福岡、大阪などの縁の深い地で「ありがとうのうた」を歌い紡いできた矢野まき。その完結編となる<矢野まき 20周年企画「ありがとうのうた」完結編 東京>が、1月21日(火)に東京・渋谷のduo MUSIC EXCHANGEにて開催された。

裸足で大地を踏みしめるようにステージに立って歌う矢野まきの、20年前から変わらぬ音楽に対するその真摯な姿と天賦の歌声がそこにはあった。

冬の寒さが厳しくなってきた渋谷の一角。それぞれの居場所から優しい声のぬくもりを求めてやってきた人たちの熱気漂う場内ではその隙間を縫うようにTravisの音楽が軽やかに流れている。設けられたすべての席は早々に埋まり、いよいよ立ち見スペースもなくなって、これぞ満員という状態になった。この日を待っていた同志たちはそんな窮屈ささえも楽しむかのように朗らかな表情で3年ぶりとなるバンド編成でのライブへの期待を胸に開演の時を待ちわびていた。


静かな興奮の渦が場内に巻き起こる中、黒いロングドレスに身を包んだ矢野がバンドのメンバーと共に登場。そしてはじまったのは「君の為に出来る事」だった。アコースティックな音色の中で歌い上げられる最愛の人への応援歌はシングルにこそならなかったけれどリリース当時から長くファンに愛されてきた矢野まきの代表曲のひとつ。ライブ開始早々、多くの観客が涙していた。

「こんばんは、矢野まきです。こんなにたくさん来てくれるなんて想像してませんでした」

これまで「ありがとうのうた」と題したライブを1年かけて各地で開催してきたことや今公演がそのライブ・シリーズの完結編であることを説明した矢野は「心のお土産をいっぱい持って帰ってください」と語りかけ、「君のいない朝」「一歩」、そして「のろいのように」を披露。矢野独特の言い回しで満たされない女心が綴られた「のろいのように」はタイトルが持つ不穏なイメージとポップなメロディとのギャップが実に妙で、その唯一無二の世界観にグッと引き込まれてしまう。直後、アカペラではじまった「名前」では第一声を放つ直前の深いブレスで場内に緊張を走らせ、歌い出しから琴線に触れられて泣きそうになる。後半では彼女のライブでしか感じない心臓の裏からゾワっとするような不思議な感覚を久しぶりに味わった。続く「傘もささずに」ではバイオリンの弓を操って弾き出されたギターの音色が空を舞い、宮﨑薫とSunnyによるコーラスが矢野の声と重なり合ったり溶け合ったりして美しいハーモニーが無限大に広がっていた。


その後のトークでは、ベスト盤リリースに併せて過去のMV作品集が一挙に公開されたことに触れ、「大きな翼」「夢を見ていた金魚」「タイムカプセルの丘」の3作品では監督の意向で1つのカメラで撮影するワンカメ手法が取られたため綿密な打ち合わせをして撮影に臨んだことや横須賀米軍基地内でのロケで乗ったクレーンが怖かったことなどの制作秘話を明かした。そして話は2009年に活動を休止し、音楽から少し離れた時間を過ごしていたことに及び、リビングでギターを弾いてみようと思ったときにできた曲であり、「これだ」と思ったことを歌に残した活動再開の曲「生きること」が生まれた経緯を語った。

「“何のために生きてる?”って思う瞬間があるじゃん。それでも私の体は一生懸命生きようとしてくれている。生きようとしている意志に目を向けていきたい」

そして静まり返った観客ひとりひとりの心に染み渡るように「生きること」「おいで」「窓」を丁寧に歌い上げた。ギター、ピアノのみのシンプルな演奏でより一層引き立てられた力強く艶やかな矢野の歌声に背中を押され、前を向いて生きていこうと感じた人々のすすり泣く声が会場中に響いていた。


壮大な3作品が響き渡った後はメンバー紹介へ。20年ぶりに同じステージに立ったギターの西川進をはじめ、ドラムの松原“マツキチ”寛、ベースの千ヶ崎学、コーラスの宮﨑薫、キーボードのSunny、バンドマスターの松岡モトキが順に紹介されてから、再びバンドスタイルでジャジーな「大人と子供」が届けられた。

ここで、「20周年おめでとう!」という言葉と共にツアー先の山形から駆けつけたスキマスイッチの大橋卓弥が登場。そしてこの日、二人が共作し、『矢野まき ALL TIME BEST』に収録された「ポートレイト」が初めてライブで披露された。二人の信頼関係が滲み出たステージでは矢野と大橋はもちろんのこと、客席も終始笑顔で溢れ、音の粒が弾け飛ぶ生き生きとしたバンドサウンドが二人の共演を盛り上げた。


「一緒にこの曲を歌えるとは! なんとか来れて良かった」

こう語った大橋とのトークでは、曲を作ったからには一緒に歌いたいと思っていたことやスキマスイッチ結成20周年を迎える大橋はデビュー前から矢野のCDを買って聴いていたこと、初めて見かけた大阪のイベントでは矢野があまりにも卓球に夢中だったために声をかけられなかったというエピソードを告白。観客を沸かせる長いトークを経て二人が次に歌ったのは「夜曲」だった。大橋は矢野の活動休止中、本人の代わりにこの曲を大切に歌っていたことを本人に告げ、「また来るからさ。まきちゃん、これからもっと歌っていってよ!」と言い残してステージを後にした。大橋を送り出した後は「本音とは愛よ」で一気にポップな世界へと突入し、続けざまに「大きな翼」「オアシス」が放たれて盛り上がりは最高潮へと達した。

「どうもありがとう。皆さんのおかげで20周年の締めくくりとなりました。心のお土産はホカホカに、満タンにしてもらえたでしょうか。最後まで笑顔で終われたらと思うので珍しくこの曲で終わろうと思います」

そう告げて届けられたのは「太陽」だった。意外な選曲もまた20周年を共に祝ってくれたファンへの想いの表れなのだろう。陽気さや無邪気さ、愛する強さなどのバラエティに富んだ人間の感情を豊かに表現する歌声と、それを自由自在に操る類い希な歌唱力で観客を魅了し、ブルースハープを思いのまま吹き鳴らして水を得た魚のように歌う矢野の姿はまさに太陽のように輝いて見えた。


アンコールでは、デビュー曲の「初夏の出来事」がベスト盤に再録されたバージョンで奏でられた。「いつもの楽器じゃないものを取り入れてオモチャを与えられたような気持ちで録れたからToy Box versionにした」という言葉どおり、バンドメンバーがそれぞれ手にしていたのはシェイカー、カスタネット、ギロ、カホーン、グロッケンといったパーカッション。ひとつひとつの楽器の音が合わさった厚みのあるハーモニーの中に伸びやかに広がる矢野の歌、それに追随するようにコーラスが風のようにふんわりと乗って心地のいい空間に誘われた。歌い終えて「また会いに来てやってほしいなと思います」と言い、感謝の気持ちを述べた後に最後の曲として届けられたのは「タイムカプセルの丘」だった。夕陽の色をした照明に照らされて歌う矢野はとても美しかった。


   ◆   ◆   ◆

「まきちゃんの歌を聴いていると涙が出てくる。不思議な力があるんだよ」

これはゲスト出演した大橋卓弥(スキマスイッチ)の言葉だが、矢野まきを語る上で最適なものだと思う。美しいその歌声と旋律に感銘を受けた人たちのすすり泣く声が、客席のそこかしこから聞こえてくるライブはそうあるもんじゃない。しかも毎回だ。ライブ中に書きなぐったメモも「胸がいっぱいになる/じーんとする/心が奪われる/泣きたくなる/涙がこぼれる」といった一見すると陳腐なフレーズで溢れてしまうわけだが、矢野の歌に触れて感じるこれらの感覚の度合いは他と比べて非常に深い。分かりやすく言うと10人中9人のボーカリストの歌は心にまで響かないが、彼女の歌は真っ直ぐにグサッと突き刺さって心臓がゾワゾワするというほど異なる。

そんな風に、たった数分の歌世界で聴き手の五感すべてを揺り動かしてくれる歌い手は彼女をおいて他に私は知らない。聴き手を優しく包み、自他を解放させる不思議な力を宿す矢野まきの歌をまだ未体験の人には彼女の生の歌声をぜひ聴いて欲しい。

文◎早乙女‘dorami’ゆうこ
撮影◎Kozue Aoki

<矢野まき 20周年企画「ありがとうのうた」完結編 東京>setlist
1.君の為に出来る事
2.君のいない朝
3.一歩
4.のろいのように
5.名前
6.傘もささずに
7.生きること
8.おいで
9.窓
10.大人と子供
11.ポートレイト w/大橋卓弥(スキマスイッチ)
12.夜曲 w/大橋卓弥(スキマスイッチ)
13.本音とは愛よ
14.大きな翼
15.オアシス
16.太陽
En.1初夏の出来事
En.2タイムカプセルの丘

オールタイムベストアルバム『矢野まき ALL TIME BEST』

2019年7月17日(水)発売
UPCY-7594/5 ¥3,300+税
※CD2枚組
購入リンク: https://umj.lnk.to/maki_yanoPR
【Disc 1】
1. 大きな翼
2. 君の為に出来る事
3. タイムカプセルの丘
4. のろいのように
5. 大人と子供
6. 名前
7. アッシュバーン
8. 一歩
9. THE ROSE
10. 東京タワー
11. 夜曲
12. おいで
13. 幸せな夜儚い時間
14. 魔法
15. 本音とは愛よ
16. 窓
【Disc 2】
1.ポートレイト / 矢野まきと大橋卓弥(スキマスイッチ)★
2. オアシス
3. 地上の光
4. 太陽
5. ボクの空
6. 傘もささずに
7. 初夏の出来事(Toy Box version) ◆
8. 君のいない朝
9. 道
10. いつか僕が還る場所
11. 生きること
12. 蜜
13. さよなら色はブルー
14. 夢を見ていた金魚
15. このまま…
16. WHEN YOU WISH UPON A STAR〜星に願いを〜
★新曲 ◆新録

【収録曲 (プロデュース)】
亀田誠治:〈Disc 1〉M1、M2、M3、M6、M7、M9、M14 〈Disc 2〉M2、M4、M14
松岡モトキ:〈Disc 1〉M4、M8、M12、M15 〈Disc 2〉M6、M7、M8、M11
寺岡呼人:〈Disc 1〉M5、M16 〈Disc 2〉M5、M10、M13
寺岡呼人・藤井謙二・矢野真紀:〈Disc 1〉M10、M11 〈Disc 2〉M3、M12
相馬一博:〈Disc 1〉M13
松岡モトキ・大橋卓弥 :〈Disc 2〉M1
中村修司・矢野真紀:〈Disc 2〉M15

<MUSIC WOW 広沢タダシ&矢野まき スペシャルライブ&トークショウ>

2月23日(日)
@アリオ八尾 1階 光町スクエア(〒581-0803 大阪府八尾市光町2-3)
start 14:00
料金:無料
出演:広沢タダシ、矢野まき(ゲスト)、嶋津亮太(MC、モデレーター)

<オンドコ 15周年記念ライブ「矢野まき×KAB. ツーマンライブ」>

4月25日(土)
@円山夜想(マルヤマノクターン)(〒064-0801 北海道札幌市中央区南1条西24-1-10 ザ・ヴィンテージ24ビル B1F)
open 17:30 / start 18:00
料金:前売り 4500円 / 当日 5000円(1ドリンク付 / 整理番号あり)
チケット店頭販売:ミュージックショップ「音楽処」にて
住所:〒060-0061 北海道札幌市中央区南1条西4丁目 4丁目プラザ 7F
営業時間:10:00 〜 20:30
ネット受付 http://ondoko.ocnk.net/product/3738
※ お申し込み時に料金をお支払いいただき、チケットは当日お渡しします。
[問]音楽処 電話 011-221-0106

◆矢野まきオフィシャルサイト
◆矢野まきレーベルサイト
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