【インタビュー】ちゃんみな、二作同時発売EPに二面性「リスナー合わせにする時代はもう終わった」

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17世紀の哲学者パスカルは、「すべての人間は例外なく幸せを求め、その手段がどのようなものであれ、誰もがそこに向かっている」と語った。「生きるため…あるいは自ら死に向かう事も含め、あらゆる行為の動機は幸せのため」なのだという。

◆ちゃんみな 画像

例えばカラオケで大きな声を出す、例えば思いっきり食べ歩く、例えば知らない土地に出向き、例えばひたすら惰眠をむさぼる…、紐解けばそれらの行為は小さな幸せを見出すための根源的な意思であり、ちゃんみなで言えば「歌詞を書きメロディーを紡ぎ、正しく曲にして、思い描くようにレコーディングをすること」が、生きていくために必要なデトックス行為なのだ。

2月19日に同時リリースされた『note-book -Me.-』と『note-book -u.-』の2作は、普段の生活の中で感じたことを書き留めてきたノートを、そのまま作品化させた4曲入りEP作品だ。『note-book -Me.-』は主観で、『note-book -u.-』は客観で自分を表現したものだが、そのまま自らの二面性を表すものとして世に生を受けた。

半径数メートルの世界の中から自らの身を削るように作品を綴ったものにも見えるが、そこに描かれた心の揺れ動きを我が身に重ねてみれば、普遍的とも言える愛憎のグラデーションが、聞き手のどこかとぴったりと符合する。2019年7月、『Never Grow Up』(2ndフルアルバム)を書き留めた頃のちゃんみなは「人生のマスターになりたい」(BARKSインタビューより)と語っていたが、それはすなわち「いろんな経験をして、いろんな傷を負い、そこからまた新しい世界を見聞きしたい」という、幸せへの道筋を描く表現者としての歩みを重ねる表明でもあった。

『Never Grow Up』がリリースされた頃には、すでに着手されていたという『note-book -Me.-』&『note-book -u.-』は、果たしてどのような作品なのか。

   ◆   ◆   ◆

■私にとって必要なことなんです
■助けてって思いながら音楽やってる

──今自らを振り返れば、『note-book -Me.-』&『note-book -u.-』はどういう作品に見えますか?

ちゃんみな:実は私、いつも作品を出すちょっと前くらいに興味がなくなってしまうんですよ(笑)。“次、次”っていう感じになっちゃうから。日本では完パケしてから3〜4ヶ月後くらいにリリースがされるので、どうしてもタイムラグがあって気持ちが進んじゃう。でも、この作品は今でもものすごく満足しているんです。

──それはどういうことですか?

ちゃんみな:この楽曲たちって、元々は出すつもりがなかったんです。実は『Never Grow Up』が出るちょっと前くらいから制作欲求がすごく高まって、それで作っていたものなんです。

▲EP『note-book -Me.-』

──ほお。

ちゃんみな:いつも“今のことを書く”という思いがあるんですけど、「I'm a Pop」を出してから“20代になってから直面する問題”だったりとか“環境の変化”だったり“感情の変化”にフォーカスしていくのがすごく楽しみだと思っていて、『Never Grow Up』ってわりとそこに深みを置いたんですけど、21歳手前くらい…『Never Grow Up』が出るちょっと前くらいから20代ならではのそういうものが一気にバッときて、“この感覚はちょっと新しいかもしんない” “作品をどうしても作りたい” “消化をしなきゃいけない”って思ってしまって。

──これは形にしたい、と。

ちゃんみな:そうです。私の頭の中に少なくとも二人の人格がいるなってことに気付いたのが、これを作るきっかけとなったテーマでした。今まではひとつのことに対して不満、怒り、嫉妬、愛しさ、愛とか8つくらいの複数の感情が入り交じっていてそれが作品に…特に「Call」とかそういう作品になっていて、そういういろんなものが混ざり合ってる感情が私のスタイルだと思ってたんですけど、“あれ、ちょっと待てよ…私の中に結構違う人格がいるな”って思って“そこにフォーカスしたい”って思って。

──そうなんですね。

ちゃんみな:レコード会社は「前作からあまり経っていないからちょっと早い気もするけど、作っておいでよ」って言ってくれたので、早急にアメリカに行って作り上げたんです。今まで入り交じってた8個の感情があったとしたら、それを分離させてひとつひとつ尖らせて作ってみたかったから、タイトルを書き出してノートに殴り書きしたものを歌詞にしていって、セッションしながら完パケさせた感じです。

──また日記のようなものを赤裸々に作品化してしまったんですね。

ちゃんみな:物心ついたときから、何かに感情を残しておくような性格だったので。おもちゃに想いを込めて書いたりとか、ぬいぐるみに名前をつけて思い出も付箋に貼ってシールにしたりとか、そういうことを小っちゃい時からやってたんです。小学生の時もテスト用紙の端っこに歌詞を書いてみたり。

──テスト中に歌詞?

ちゃんみな:そういう人間なんでしょうね(笑)。人よりセンシティブなところがあるようで、人があんまり気にしないことでもすごく気にしてしまうので、自分の深くにある感情に自分でノックするけど、そういうのは人に言うことでもないからノートになってしまう。で、それがどんどん溜まっていったら自分が押しつぶされちゃうから、どっかで消化をしなければいけないでしょ? 私にとってそれが音楽で、“自分が作った世界/アートによって、自分が一番救われる”ということなんで、それは私にとって必要なことなんです。なんていうか、「助けて」って思いながら音楽やってる感じ。


──自らも「自分はピッキー (※こだわりが強い)だ」って、作品でも訴えていますが。

ちゃんみな:ピッキーなんですよ。人よりはピッキーなんだと思います(笑)。玄関を出るときは右足からじゃないと気持ち悪いし。

──そういう決まり事って、たくさんあるんですか?

ちゃんみな:たくさんあります。歩いてるときの右足と左足の分量を同じにしたりとか。

──え?

ちゃんみな:右足・左足・右足・左足・右足…で止まったとき、例えば誰かに話しかけられて。その後は左足から出ないといけないんですけど。

──は?

ちゃんみな:右足から出ちゃうと気持ち悪いから、ほんとにそうやってる(笑)。

──子どもの頃から?

ちゃんみな:子どもの頃からそうです。「白いところしか歩かない」とか決めちゃったら、もうほんとに白いところしか歩けなくなっちゃう。

──それは音楽制作に影響していますか?

ちゃんみな:めちゃくちゃしていると思います。人がどうでもいいって思ってるところが気になってしまったりだとか。でもそういうもんだと思うんですけどね。トラックメーカーとかプロデューサーもすごくピッキーな方が多くて、だからこそ最終的にすっごい研ぎ澄まされた作品になるっていうか。

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