【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.122「新型コロナウイルスによる音楽業界民への影響」

ツイート

日本は今や重篤だ。事実として、目に見えないウイルスへの不安と政治不信の大波がダブルで押し寄せ、飲み込まれてしまっている。そんな今、日本の各産業の中でも新型コロナウイルスの影響を早々から受けている音楽ギョーカイの片隅に生きる身として感じていることを綴ろう。

まず、音楽業界における「大規模イベントの中止、延期の要請」の影響として、コンサート、ミュージカル等の開催中止や延期についてはそれらを楽しみにしていたチケット購入者を筆頭に、そのイベントを創るために働いた主催、企画、アーティスト、関わる予定だった現場の全スタッフの気持ちを考えると本当に悲しいし、やるせない気持ちでいっぱいだ。だが、そのウイルス感染が命の危険に及ぶと判明している以上、集団感染の恐れやウイルスの感染経路が不明瞭な現在の状況下では大勢が集まる場を作らないようにすることは必要なことと理解できる。「それなら満員電車はどうなの?」といった日常における別の懸念や、本当に2週間で終わるのだろうかという不安、もっと長引くのでは?という疑問も捨てきれないが、ライブハウスでの感染も明らかとなり、やはり大勢の集まるイベントの開催中止は否めないと受け止めている。そんな中、トレンドになりつつある無観客ライブについては賛否あるようだが、関わるすべての人の安全を第一に行われ、家庭にいても万人が一斉に楽しめる配信サービスならばどんどんやるべきだと思うし、配信/視聴は今できるエンタメの最良の方法だ。ナンバーガールと森山未來のコラボなんてそう見れるものではないし、興味のなかったアーティストを知るきっかけにもなるから演る側も視る側もハッピーなはず。

一方で、個人としての仕事や生活への影響があるかと問われれば、答えは“イエス”だ。筆者は会社員でありながらフリーランス的な副業を許されて働くシングルマザーで、主にエンタメ業界で生計を立て、保育園などの行政支援や周囲の友人、同僚、遠方に住まう親の力を借りて幼児を育てている。このような暮らしを営む者からすると、日本政府が新型コロナウイルス感染拡大防止のためとして最初に発表した「大規模イベントの中止、延期の要請」と「全国の小中高へ臨時休校の要請」の2連発には大きく動揺させられた。

音楽業界では主に通訳業やプロモーション、ライティングの仕事を個人で請け負う形をとっているのだが、もともと該当期間中は音楽分野ではない在宅勤務仕事に充てていたので今のところ大きな痛手はない。しかし、現時点(3月3日)で開催が危ぶまれる可能性があると通達が届いているイベントはある。それらは該当期間以降に開催される予定だが、中止となると我が家の家計は大打撃を受けることになる。

今回、もしも該当期間中のスケジュールすべてにコンサート現場仕事を組み込んでいて、それらが開催中止となり、それらがキャンセル補償をしてくれないクライアントの仕事で、さらに子どもが小学生以上でまだ一人で留守番はさせられない年齢だったとしたら、もうひとつの「小中高への臨時休校の要請」によって自分と子どもの生活はどうなっていたのだろうかと考えると、上記のトリプルパンチに見舞われてその間の収入はすべてなくなり、二進も三進もいかずに困り果てていたに違いない。加えて、安倍晋三首相は保護者への休業補償制度の創設を表明はしたものの、イベント中止による被害への政府補償はしないと明言したため、筆者のような働き方の場合は補償されるのかどうか分からない。考えただけでもゾッとするが、子どもがいる・いないに関わらず、収入減少を不安視した声は仲間内からすでに聞こえてきていて、人によってはかなり深刻な状況だ。

それもそのはず、音楽ギョーカイ含むエンタメ界の舞台関連に従事している舞台監督、ステージ制作、音響、照明、楽器、衣装、ケータリング、通訳といった専門的な役職を担い、ステージを創り上げている人たちの多くはフリーランサーだからだ。フリーランスで働く人が補償されるのはケースバイケースで、筆者の経験では昨年台風で中止になったイベントのクライアントから例年のギャランティの3割程度を補償していただいたことがあった。よって、クライアントによってはゼロではないけれど、すべての会社がそのような対応をしているわけではない。実際に、筆者自身が被った過去最大級の損害に今回と同じく2週間という長い期間に及ぶものがある。相手側の都合でその数日前に丸々キャンセルされたのだが、謝罪も補償もなく、ただ呆然と泣き寝入りするしかなかった。今思い出しても悔しい経験だが、煌びやかで華やかであると思われがちな音楽ギョーカイにも驚くほどブラックな一面も陰に存在しているのは他の業種と同じかそれ以上だと思う。

こうした経験上、日本の音楽ギョーカイでフリーランスとして働くということは丸裸な状態と言ってもいい。だからこそ、自分の身は自分で守るしかないことを心得ているので多くのフリーランサーは特に悲観してはいないかもしれないが、今回のような事態を機に既存の問題が改善されていかなければ、次世代の担い手はおろか、現役の職人たちの業界離れが加速し、コンサート産業でかろうじて持ちこたえている日本の音楽ギョーカイは失速するだろう。少し話しは逸れるが、アーティストのコンサートの場合はアーティストが自身の活動に関わる問題として捉え、理解し、声をあげ、公演がキャンセルになっても現場スタッフへの補償を可能とする体制を整えて活動することが最も美しいやり方であるし、打開策のひとつになり得るだろうという考えもあるが、アーティストも守られていない日本ではそこまで想いが至らないのも仕方ないのかもしれない。

さて、国難へと話を戻そう。このような暮らしを送る筆者が今一番求めているのは安心できる材料だ。この国で暮らしていくための安心、今を乗り切る安心、そして子どもの未来への安心が欲しい。しかし、2月29日の安倍晋三首相の会見では知りたいことのひとつも語られず、国民への寄り添いの言葉も一切なく、予め用意していた質疑に対する回答原稿を読む出来レースを記者会見と称し、これまでもそう長らく運営してきたと悪びれる様子もなく自ら国会で認める始末だった。これでは、どうしようもない。

政府には何の脈略も根拠もない判断による発令の自粛を要請したいし、今後は国民に対して何かをアナウンスする前に少なくともその道の専門家に相談し、想像を巡らせるなどしてから国民が納得できる叡智を持って行動してもらいたい。また、収入減少については今後の生活に関係する可能性が高いので詳細を一日も早くまとめて発表してほしいところだ。

しかしながら、こんな政治と政治家たちをこれまで黙認してきてしまったのは、他ならぬ我ら国民の責任でもある。これまで政治に無関心でいたツケが一般家庭を直撃していると捉え、危機に瀕して露呈した自国の残念な部分をよく視ておく必要があるし、不安定な政府の場当たり的なアクションに振り回されずに個々が冷静に対処し、自愛と他者への配慮を忘れずに行動することが大切だろう。

そして、こんな時だからこそ、サブスク、ストリーミング、ダウンロード、YouTubeなどの配信視聴動画サービスや、手元にある好きな音源や映像にパワーをもらって、心を落ち着かせて、なるべく楽しく過ごしていけるといい。こんな時だからこそ、テクノロジーを駆使して新たな仕掛けをしてくれるアーティストの登場も楽しみだ。

文◎早乙女‘dorami'ゆうこ


◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
この記事をツイート

この記事の関連情報