【インタビュー】HATANO [HAWAIIAN6]、池袋を語る「本来ディープな街だった」

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■「面白いやつがいるから」って
■池袋アダムで紹介されたのがYUTA

──たしかに現在の池袋はスタジオの数が増えて、教室が併設されているものやピアノ専用など種類も豊富です。楽器屋さんは昔からたくさんありました?

HATANO:池袋の楽器店にはスティックを買い行ったりもしてましたよ。ただ、豊島区役所の前にあった楽器屋(KEY池袋店)が無くなったかな。もともと豊島区役所の前に歩道橋があって、今はその歩道橋もなくなったんですけど、渡ったところも楽器屋(イケベ楽器)で。

──イケベ楽器は現在、ベース専門のベースハウスがあったり、エフェクター専門のゲットストンプがあったり、充実してますね。ライブハウスへお客さんとして行ってたことも?

HATANO:「池袋アダム」(池袋LiveGarage ADM)は昔、Hi-STANDARDもライブをやっていたし、俺たちも何回かやったことがあるんですよ。そこで仲間がライブをやれば観に行ったり。YUTA (HAWAIIAN6のギター&ボーカル)と出会ったのも「池袋アダム」だった。

▲HATANO (HAWAIIAN6)

──HAWAIIAN6結成に「池袋アダム」が関わっていたわけですね。

HATANO:自分の仲間のバンドと対バンしてたんだけど、「面白いやつがいるから」って紹介された場所なんです。縁があるのか、「池袋アダム」で出会って、今でも繋がっているバンドマンも少なからずいますよ。ライブ会場として思い出深いというよりも、人間関係で繋がっているというか。あとは、「池袋MANHOLE」とか「池袋LIVE INN ROSA」とか池袋にはライブハウスがたくさんあったけど、当時、一番有名だったライブハウスは「池袋CYBER」じゃないかな。

──ヴィジュアル系のイメージが強いライブハウスですよね。「池袋Black Hole」や「池袋EDGE」をはじめ、現在の池袋のライブハウスってヴィジュアル系色が強い印象ですが、以前からそうだったんですか?

HATANO:パンクやハードコアのバンドが出演していたイメージはまるでないですね。メロディックハードコアの人たちが池袋でライブをやるようになったのは、ここ10年ぐらいじゃないかな。「池袋CYBER」(1992年開業)は俺たちが高校生ぐらいのときに出来たと思うんですけど、その頃からヴィジュアル系が多かったです。当時は「池袋CYBER」前にたまっている人たちに向かってサッカーボールを蹴りに行ったりしてました(笑)。

──ちょっと意味がわからないんですけど!? どうしてそんな危険なことを(笑)。

HATANO:いやいや、楽しそうでしょ(笑)。冗談みたいなもので、「一緒にサッカーやりませんか?」って仲良くなったり、意外と楽しくできましたよ。

──ははは。「池袋アダム」がある東口周辺ではライブの打ち上げなどで飲むことも多かったり?

HATANO:今はもう整備されてなくなっちゃったんですけど、「池袋アダム」の近くに“戦後一番古い”と言われているちんまりした飲み屋街があって、その辺ではよく飲みましたね。身近で一番華やかで、夜遅くまでやっている街だから、酒を飲むといえば池袋。その飲み屋街のほかは、西武デパートの正面ぐらいに狭い立ち飲み屋があって、よくホッピーを飲みに行ってましたし、西口の「大都会」という居酒屋は、ただただ安くて遅くまでやっているという理由で行ってました。どれもお気に入りの店というわけではなかったですけどね(笑)。

──安さと遅くまでやっているということが魅力だったわけですね。それと、池袋ほど大きな街であれば何でも事足りますよね。日常的な買い物等も含めて、新宿や渋谷に行かずともすべてが揃うというか。

HATANO:そうですね。たしかに、渋谷にはあんまり行かなかったかな。

▲HATANO (HAWAIIAN6)

──楽器店やライブハウスのほかに、よく行っていた音楽スポットもありますか?

HATANO:今、インディーズバンドのCDを探そうと思えば、タワーレコードとか大型CDショップに行けばあるじゃないですか。でも、当時はそんなに簡単ではなくて。池袋に「五番街」というレコード屋(※現在は池袋東武百貨店7Fで営業中)があって、そこには幅50cmもないぐらいの小さな棚に、バンドのカセットやレコードとかアイテムを置いているコーナーが常設されてたんです。原宿のホコ天とかでやってたような有名バンドの音源とか、ライブハウスで人気が出てきたインディーズバンドのアイテムがあったり。池袋では唯一みたいな店だったので、よく行きました。

──いわゆるインディーズバンドの情報も「五番街」に行けば手に入るみたいな?

HATANO:いや、情報を求めて行くというより、先輩たちのバンドのアイテムが置いてあるかを見に行ってたんですよ。なかったですけどね(笑)。当時って、今みたいにインディーズの定義がなくて、“メジャーに行く/行かない”の二択だったじゃないですか。たとえば、デモテープの包装を業者に頼んでケースがビニール包装されてるだけで、「あんな音源を作っている人たちはプロだ!」みたいな時代(笑)。どこから先がちゃんと包装された商品で、どこまでがそうじゃないのかの線引きもよくわからなかった。

──だから、「五番街」に音源が商品として置いてあるだけで、すごい!と。

HATANO:それイコール、バンドで食ってる人だみたいなイメージで。今考えると全然違うんですけど、それぐらいバンドをやってる人たちの音源が当たり前に置かれる時代ではなかった。手作りのデモテープをライブ会場で手売りする人たちすら、ほぼいなかった時代だし、まして物販でTシャツを売ってるバンドなんていなかったですから。せいぜい缶バッチかカセットテープぐらい。

──そういう意味では、HAWAIIAN6の音源が店頭に並んでいるのを初めて見たときのことも強烈な印象として残ってますか?

HATANO:そうですね。当時はインディーズのCDとかレコードといえば下北沢か新宿で、俺も下北沢のディスクユニオンに見に行って感激した覚えがあります。その頃には池袋にタワーレコードが出店してたから、そこでも見ましたし。

──こうしてお話をうかがってみると、池袋は音楽好きが集まる街と言ってもよさそうですかね。

HATANO:まだ規制が厳しくなかった当時は、東口ロータリーの真ん中の敷地でバンド演奏してましたし。もう10年以上前なのか……ちょっと記憶があいまいですけど、ドラムセットを組んで音を出してる人たちもいたぐらい。いわゆる原宿のホコ天ほど有名ではなかったものの、そういう文化もあったんですよ。

──なるほど。では最後に、HATANOさんにとって池袋は、幼少期や学生時代の思い出をはじめ、初めてドラムを叩いたとか、HAWAIIAN6結成に関わったなど、多くの記憶とともにある街だと思います。そんな池袋をひと言でまとめると?

HATANO:池袋って、もともと高級な街じゃないというか、本来ディープな街だったんじゃないですかね。“渋谷よりも新宿よりも治安が悪い”って言われてたんですよ。今はキレイになって、“夜遅くまでやってる近所の明るい街”、そんなイメージです。ただ、パッと見は明るい街だけど……これが世に出ないインタビューだったら、もっと他にも話せる逸話があるんですけどね(笑)。

取材・文◎岡本貴之
撮影◎梶原靖夫


■5thミニアルバム『The Brightness In Rebirth』


2020年3月25日発売
XQDB-1023 ¥1,800+税
01. Skull And Bones
02. Unknown
03. Stand by you
04. Rain Song
05. Rebirth
06. Liberation Blues

■リリースツアー<HAWAIIAN6 The Brightness In Rebirth TOUR>

4月30日 下北沢SHELTER
5月05日 酒田MUSICFACTORY
5月07日 仙台MACANA
5月08日 水戸LIGHT HOUSE
5月10日 柏ALIVE
5月15日 KLUB COUNTER ACTION札幌
5月17日 盛岡change WAVE
5月20日 名古屋HUCK FINN
5月21日 京都GATTACA
5月30日 横浜F.A.D
5月31日 静岡SUNASH
6月02日 鈴鹿ANSWER
6月03日 岐阜 柳ヶ瀬ants
6月05日 長野J
6月06日 新潟GOLDEN PIGS RED
6月12日 高崎club FLEEZ
6月13日 club SONIC iwaki
6月17日 HEAVEN'S ROCK 熊谷 VJ-1
6月21日 姫路BETA
6月23日 福岡CB
6月24日 大分club SPOT
6月26日 松山Double-u Studio
6月28日 大阪ANIMA
6月30日 名古屋CLUB QUATTRO
7月08日 恵比寿LIQUIDROOM
▼チケット
一般販売:4/4(土)10:00〜


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