【インタビュー】小原孝、あらゆるジャンルの曲に美しい抒情をまとわせるピアニスト

ツイート

90年代の新しきピアノの詩人──そんなキャッチコピーと共に鮮烈なデビューを飾った若きピアニストは、やがてクラシックとポピュラーミュージックの世界を自由に飛び回り、あらゆるジャンルの曲に美しい抒情をまとわせるヴィルトゥオーソ(達人)となった。彼の名は小原孝。1999年から続くNHK-FM「弾き語りフォーユー」のパーソナリティとしても知られる彼が、デビュー30周年記念盤としてリリースするのが『弾き語りフォーユー~Takashi Obara 30th Anniversary~』だ。ベートーヴェン、ショパンから古関裕而、滝廉太郎、カーペンターズから福山雅治、米津玄師、さらに同時代の優れたピアノ曲、自身で歌う曲も含めたバラエティ豊かな選曲は、まさに30周年にふさわしい。30年の歩み、そしてアルバムに込めた思いについて、自宅からのリモート取材でたっぷりと語ってもらった。

■同じ時代を生きている作曲家の曲を演奏できて
■素敵なことだなと感じました


──まず初めに。デビュー30周年おめでとうございます。

小原孝(以下、小原):ありがとうございます。長かったようで短くて、短かったようで長くて、両方の気持ちがありますね。一年一年の積み重ねでここまで来て、気がついたら30年経ってしまったという感じです。毎年毎年、新作のリリースを欠かさずにずっと続けて、コンサートも続けてこられたので、特に大ブレイクすることもなかったんですけども(笑)、マイペースでできたなと思っています。

──デビュー当初のキャッチコピーが、「90年代の新しきピアノの詩人」でした。見事に言い当てていると思います、今にして思うと。

小原:僕がデビューした当時は…今は演奏家の方も、普通にテレビでもトークなさっているけれど、僕らの頃は、デビューした頃にコンサートをやったら、「ピアニストはしゃべるべきではない」と、超有名な音楽雑誌の評論に書かれたり(笑)。クラシック以外の曲を弾くとすぐに干されたり、そういう時代だったので。だから僕自身、30年前とそんなにスタンスは変わっていないんですけども、時代が変わってきたというところはあると思います。そういう意味では、今考えると時代の先駆者だったのかなと思います。

──まさに。そしてNHK-FMで「弾き語りフォーユー」を始めたのが21年前、1999年のこと。

小原:そうですね。今回のアルバムのタイトルにもさせていただいたんですけども、最初は1年契約でスタートしたんです。だから2年目の話が来た時は「ああ良かった」と思ったのが、いつのまにか積み重なって、ライフワークのようになりましたね。週4回で20年以上やっていますから、4000回以上放送してるんじゃないでしょうか。

──「弾く」と「語る」で「弾き語りフォーユー」。あの番組へのリクエストって、クラシックはもちろん、洋楽、歌謡曲、演歌、J-POP、何でもありで。

小原:もう何でもありますね。皆様のリクエストにピアノのあるスタジオからリクエストにお応えするという趣旨なので、何でも弾くところからスタートしていますが、だんだんハードルが高くなってきて、知らない曲や、ピアノに一番向かないような曲をわざわざリクエストしてきたり(笑)。「これをどう料理するのか聴きたい」というリクエストもありますし、そういう意味では学ぶことが多い番組ですね。

──面白いです。たとえば、最近どんなものが?

小原:民謡や邦楽系の、五線紙の譜面がないような曲はけっこう来ますね。あとメロディーや歌詞の一部だけ覚えていて「この曲を探してください」とか。それから最近の若い子のリクエスト曲はラップ系のメロディラインが殆ど無い曲も多いので、そういうものは「これはピアノにはなりにくい曲ですけど」とか言いながら弾いたりしています。

──ではここから、徐々に新作の話に入って行きますが。

小原:はい。お願いします。


──今回の『弾き語りフォーユー~Takashi Obara 30th Anniversary~』の選曲は、近年の番組内で弾いたものが中心ですか。

小原:それもありますけれども、実はこの『弾き語りフォーユー』というタイトルでアルバムを出すのは6枚目なんですね。長くやっているので、曲というものは選ぶ作業ではなくて、外す作業になるんです。今までの『弾き語りフォーユー』シリーズでレコーディングした曲は定番曲でも外して、それ以外の曲でまとめたので、「この曲は今回は泣く泣く取りあげない」みたいな作業でしたね。あとは、今年がベートーヴェン生誕250年なので、ベートーヴェン・メドレーを入れたりとか。それから「新・ジル君はピアニスト」という曲は、「猫踏んじゃった」とクラシックの曲が混ざったアレンジの曲なんですけども、デビュー・アルバムでレコーディングしたものを新しいアレンジにして、初心に返ったつもりでもう一回入れました。そして「長崎の鐘」は、いま古関裕而がモデルの朝ドラ「エール」が人気なので彼の作品から何か選ぼうと思ったんですけど、弾きたい曲がありすぎて古関裕而だけで一枚アルバムが出来てしまうくらいなんです。今回はそんな中から一番リクエストが多かった「長崎の鐘」を、そういう意味では、今年絶対弾いておきたい曲ももちろん入っています。

──そのほかに、懐かしいカーペンターズ「青春の輝き」や、南沙織(作曲・尾崎亜美)「春の予感」も。

小原:僕が一番最初にレコードを買ったのは、南沙織さんのレコードなんですよ。「春の予感」ではなかったですけど、最初に自分のお小遣いで買ったレコードは南沙織さんですね。カーペンターズも小中学生ぐらいから聴いていました。あとは「涙」という曲、これはギター曲なんですけど、僕の父はギタリストで、自宅がギター教室だったので、僕も一応ギターを習っていたんですね。そこでうまく弾けなかった思い出の曲です(笑)。今までも「アルハンブラの思い出」とか、ギター曲はいろいろやってきてるんですけど、それは全て父の影響で、父が昔弾いていた曲をピアノに置き換えて弾いています。

──アルバムの中盤には、先ほど出た古関裕而のほか、滝廉太郎、服部良一の曲が並んでいます。この時代の日本の作曲家にも親しんでいたんですか。

小原:そうですね。すごく興味があって、特に滝廉太郎は、前作の『ピアノ名曲フォーユー~あなたが大好き~』というアルバムで「メヌエット」という、たぶん日本で最初に作曲された本格的なピアノ曲を録音しているんですが、廉太郎は若くして亡くなったので「メヌエット」と、今回収録した「憾(うらみ)」と、2曲しかピアノ曲を作っていないんですね。ちょうど昨年が滝廉太郎の記念の年(生誕140年)だったので、「ららら♪クラシック」で取り上げられまして、その時に「憾(うらみ)」をテレビで演奏しました。それが思いのほか反響が大きくて是非レコーディングして下さいと沢山のリクエストがありまして、せっかくだから入れましょうと。この「憾(うらみ)」という曲は、滝廉太郎が亡くなる直前に書かれた曲なんですね。ものすごく暗くて、最後にドン!とベースで一音、衝撃的な終わり方をするんですけども、「それが人生への憾である」というとらえ方でこれまで演奏されてきたんです。確かに滝廉太郎は亡くなる直前で、自分の人生に悲観的になっていたのはわかるんですけども、でも100年以上経った今もその曲が演奏されていて、滝廉太郎がそういう悔しい人生を送ったからこそ、我々日本人が西洋音楽を自由に演奏できるという時代がやって来ているから、僕は「滝さんのおかげです」という感謝の気持ちで最後の一音を弾きました。

──素晴らしい解釈ですね。

小原:それから服部良一さんの曲「胸の振り子」は、昨年の11月から12月に大阪で笠置シヅ子の舞台(『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE~ハイヒールとつけまつげ~』)を、神野美伽さんの主演で一週間ほどやらせていただいたんですけど、舞台で使う音楽はすべて服部良一さんの作品だったんですね。「東京ブギウギ」とか有名な曲ももちろんありましたが、全く資料がない曲も含まれていたので、全然知られていないような曲もあったので、(服部)克久先生に相談したら、「良一の楽譜は全部残ってるよ」と。音楽出版社の倉庫に全部揃っていて、その中から探し出していただいて、舞台を作ったんですね。なのですごく勉強もしたし、思い入れもあるので、良一先生の曲を何か入れたいと思いました。この「胸の振り子」は舞台では歌われなかったんですけれども、笠置シヅ子さんの弟さんが戦争で亡くなるという重要なシーンのBGMで僕が弾いていた曲なので、その思いを込めて今回レコーディングしました。

――このあたりの曲は、特に若い世代の方に、受け継いで聴いてほしいと思いますね。そしてアルバムの後半には、お仲間と言いますか、樹原涼子、轟千尋、春畑セロリさんなど、今まさに現役で活躍されている作曲家の作品もしっかり取り上げられていて。

小原:ありがとうございます。そこに触れていただいて、すごくうれしいです。ピアノの先生に影響のある作品というと、昔はバイエル、ツェルニー、ブルグミュラーとか、そういう定番の曲ばっかりだったわけじゃないですか。でも今は、日本人の作曲家が作った日本の子供たちのための作品で、とても優れた曲集が沢山出版されています。それを伝えていくのも僕の一つの役目かな?と思って、特に仲がいいというか、一緒に仕事をしている作曲家のピアノ曲を取り上げました。木下牧子さんもそうですね。こういった作品の、レッスンのための模範演奏的な音源は、たくさんYouTubeにも上がっているんですけど、よく聞くと作曲家ご本人のみなさんも、「あんまりあの演奏は感心しない」みたいなものも多いらしいので…(苦笑)。僕はピアニストとして「この作品と向き合ったらこういう演奏をしたい」という、そういうアプローチで弾きました。作曲家の皆さんにはレコーディングの時は聴いていただいてないんですよ。「勝手に弾きます」と言って、出来上がったらお送りするという(笑)。

──いいですね(笑)。楽しそう。

小原:同じ時代を生きている作曲家の曲を演奏できるということは、たぶんベートーヴェンの時代も、ショパンの時代も、同時代に活躍したライバルでもあり、友達でもありという人たちがいただろうし、そういう人たちと音楽ができるのは素敵なことだなと感じました。

◆インタビュー(2)へ
この記事をツイート

この記事の関連情報