【インタビュー】ノラ・ジョーンズ「誰かの癒しになれば、こんなに嬉しいことはないわ」

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6月12日、ノラ・ジョーンズにとって約4年半ぶりとなるオリジナル・ソロ・アルバム『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』がリリースされた。ピアノ・トリオを軸としたジャズに根付いたサウンドを広げながらも、ジャンルに振り分けることができないユニークなメロディーと優しく切ない声が特徴的な彼女らしいアルバムだ。

◆ノラ・ジョーンズ画像

タイトル『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』は「私を引き起こして」という意味で、ノラ本人は、リリース発表時に「ここ数年、この国、この世界に生きてきて、どこかに“私を引き起こして”という感覚があるのだと思う。立ち上がり、この混乱から抜け出して、どうにかしたい、という思いが」とコメントを出していた。2016年からしばらくの間、コラボレーション・シングルの連続リリースというプロジェクトを開始させ、アルバムを作ってツアーに出るという、いわばミュージシャンのルーティン・ワークに背を向けていた彼女だが、今回アルバムをリリースするに至った理由は何だったのだろうか。アーティストとしての新しい挑戦と、彼女のソング・ライティングへの思いを探る。

また、本来このアルバムは5月8日にリリースされる予定だったが、新型コロナウイルスの影響を受けて、発売日が約1ヶ月延期となった。それを受けてノラ・ジョーンズは急遽アルバムに収録されている楽曲のシングル・リリースを行い、自宅からミニ・コンサートのライヴ配信を行った。アルバムでは、“人とのつながり”をテーマに孤独などの困難に直面しながらも乗り越えていこうとするストーリーが全曲を通して綴られており、今の世界と通ずるものがあると彼女は語る。世界が乗り越えようとしている危機に関しても、思いを聞いた。


──プロデュース、作詞/作曲など色々なことに挑戦されたアルバムだと思いますが、アーティストとして初めての挑戦はありましたか?

ノラ・ジョーンズ:今回のアルバムの音楽は今まで書いたことがないようなタイプの曲だったから、音楽はとても新しい感じだったと思う。新しいスタイルのソングラインティングだったというのは、あったかもしれないわ。それ以外は、今までの経験から学んでやった作業ね。レコーディングの作業は今まで通りやってきたものであり、全部の曲を書いたにしろ、プロデュースするにしろ、ずっとスタジオにいてやっている作業で、家にいる間に誰かに作業をさせていたわけではない。全部、今までやってきたこと。また次のステップへの進化の課程を表しているんじゃないかしら。あ、でもレコーディングに関しては、アルバムを作ろうというつもりがなくレコーディングしていたから、それがちょっと今までとは違うかもね。いろいろなセッションで思い込めて曲を作って、リリースするしないに関わらずとにかく完成させる、という意図で作っていたから、これらの作品がひとつの統一したものになっていったということは、本当にとても不思議。まあ、私が作っているものだから、統一感が出るのは当たり前なんだろうけど、テーマとかアルバムを作るつもりはまったくなかったから、そういった意味ではアルバムが完成するまでのアプローチが違っていたと思う。

──タイトルは「私を引き起こして」という意味とのことですが、ここにはどういう意図が?

ノラ・ジョーンズ:シングルのレコーディングを続けていたけど、アルバムは作らない予定だった(笑)。そうこうしているうちに、レコーディングした曲がいっぱいできあがっちゃって、そういった曲たちを聴いていたら、なぜだかすごく気に入って、曲にも結構まとまりがあることがわかったの。一緒に並べても違和感が全くなかったわ。聴いていくうちにテーマみたいなものも自然とできあがっていったのだけれど、それぞれの曲に私が思っていることや考えていることを反映していたから、やっぱり無意識に最初から一貫性はあったのかもしれないわね。今の社会に生きていて、どこかに抜け出したいと思うことは、みんな理由は違えどある気がしていて、そういう思いや人と繋がることに思いを巡らせて歌詞を書いたわ。それをアルバムにしてみたかったの。

──アルバムを作っていた2019年は「今までで一番クリエイティヴだった」とのことですが、そう感じたのは何故だと思いますか?

ノラ・ジョーンズ:本当にかなり頻繁に色々な人とセッションとかをやって、そう思ったんだと思う。そんな経験は初めてよ。毎回、違う人と音楽を作って、新しい薪を火の中に入れていくような感覚。そして、その火がだんだん大きくなっていくの。それが私にインスピレーションを与え続けてくれて、アルバムという形になったの。

──曲を作るという作業以上に、アルバムで音楽を発表することはやはり特別な意味があるのでしょうか。

ノラ・ジョーンズ:あんまりそういう風には考えないようにしているんだけど、このアルバムはとてもパーソナルな曲が多くて、憂いや孤独に溢れていて、今私達が直面していることを考えるととても不思議な感じがするわよね。うん、今までとは確実に違うサウンドになっていて、結構気に入っているわ。独自の方向性を持っているアルバムだと思う。

──独自の方向性?

ノラ・ジョーンズ:多くの曲はとても個人的な体験を書いた曲なのだけれど、同時に世の中で起こっていることにインスピレーションを受けて書いた曲でもある。ものごとをとても個人的に受け止めたりもしているけど、視点としては、自分のこと、子供達のこと、家族のこと、他の人達のことや人間のこと、全般的に考えたりしながら書いた作品。みんな人間であり、いろいろなことを経験する。みんな波があり、いいときもあれば悪いときもある。そういうものよね。そういったいろいろな事柄を曲にしたかったの。

──失恋など困難に直面している曲もありますが、その時の気分や実体験が歌詞に反映されますか?

ノラ・ジョーンズ:もちろんよ。多くの人達はそうやって曲を書くと思うの。事実を誇張させたりすることもあるけど、周りの人達が体験していることを歌にしたりするわ。

──自分の気分を直接的に反映した曲はどのあたりですか?

ノラ・ジョーンズ:それは教えられないわね(笑)。でも不思議なことに、あるジャーナリストもこれらの曲はとてもパーソナルな曲に感じられる、と言っていた。実は、他のアルバムや曲を時に書いた曲ほど個人的じゃないものもいっぱいあるのよ。でも、他の人がそう感じてくれるような予想付かないミステリアスな部分も好きだから、パーソナルなものかそうじゃないかは、聴き手の想像に任せたいわ。みんなそれぞれの共感の仕方があると思うのね。

──聞き手は自分の体験に重ねたりしますよね。歌詞はどういったときに思い浮かぶのですか?

ノラ・ジョーンズ:どの曲もそれぞれのプロセスがあるの。でも、今まで音楽がついていない詩を書いたことなんてなくて、今回はじめての経験だった。詩が先にできて、後になって音楽をつけたのよ。ものによっては普通通りの作曲で生まれた曲もある。ひとつのフレーズが浮かんできて、メロディーラインが浮かび、後でコードをつけていったりね。

──アルバム作成ではなく、コラボレーション・シングルの連続リリースという経験によって、心境に変化はありましたか?

ノラ・ジョーンズ:もちろん。他の人とコラボレーションをする時って、常に心境の変化はあるわ。一ヶ月とか、二ヶ月おきに、数日間いろいろな人達とスタジオに入っていただけれど、やるたびにあらゆるインスピレーションをもらっていたから。それって、常に新しい薪を火の中に入れていくような感覚。普段の時よりも作品の仕上がりも早いし、新しい発見もいっぱいあるわ。もともと、アルバムを出すつもりはなかったのに、自然につながりがある音楽を作っていたりね。

──『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』では固定のメンバーは不在ですが、合計20人以上のアーティストの参加によって色々な音が聴ける点がとても面白いと思いました。コラボレーションはどのようにして生まれるのですか?

ノラ・ジョーンズ:大抵の場合、私が発起人ね(笑)。それぞれのアーティストに直接電話をして、空いているかどうか聞いて、私と何かコラボレーションをすることに興味を持ってくれるかどうかを確認するところから始まるの。これのいいところは、プレッシャーがそんなにないこと。一か八か的なところはあるんだけど誰にもプレッシャーを与えない。もし、気に入られなければ、それでいい。ヒット・シングルを作るプレッシャーを与えるつもりもなく、ただ単に自由に誰かと音楽を作ろうとしているだけで、言ってしまえばただ楽しみたいだけ。コラボレーターにも同じように感じて欲しかった。こうやっていろいろな人達とコラボレーションができたのは楽しかったし、こういった形でしか生まれないものもあると思うのよ。いろいろなアーティストとのコラボレーションもあったけど、例えばブライアン・ブレイドにはアルバムの70%ぐらいでプレイしてもらっているから、すべてがバラバラのコラージュっていうわけではなくて、固定メンバーっぽいような側面もあると思う。

──これまでギターをメインにしたアルバムも多く出されていますが、今回はピアノがメインなんですね。

ノラ・ジョーンズ:そうね、ほとんどピアノ・トリオで演っているの。私とドラマーとベース・プレイヤーで。ドラマーは数名起用していて、ベーシストも3人いる。やっぱり私の音楽でピアノ・トリオが原動力になっていることは確かね。ギターに関してはジェフ・トゥイーディーとはシカゴで2曲だけレコーディングしたわ。この曲は、ギターがいっぱい入っている。この2曲は唯一ギターがたくさん入っている曲ね。

──ジェフ・トゥイーディーは前作『ビギン・アゲイン』から参加していますが、先行シングル「アイム・アライヴ」など彼との共同作業は、あなたにどんな影響を及ぼしましたか?


ノラ・ジョーンズ:彼とは1~2年ぐらい前だったかしら…一緒に3日間ぐらいスタジオにこもってレコーディングしたことがあるの。3日間で4曲一緒に作曲してレコーディングをした。その中から今回のアルバムにはいいヴァリエーションを与えてくれた曲が入ることになった。一緒にレコーディングしたりプレイしたりするのは楽しかったし、彼も私に良いインスピレーションを与えてくれるひとりよ。

──ちなみに、今回のアルバム作りで、一番影響を受けたアーティストはどなたでしょうか?

ノラ・ジョーンズ:おそらく今回のアルバムで一緒にスタジオに入るのを一番心待ちにしていたのは、ブライアン・ブレイドだった。彼とはツアーも一緒にしたし、そういう過程を経て、やっとどういう音楽を彼と一緒に演奏したら一番いいのかというのがわかってきて、今回のアルバムではそういう方向性で曲を書いていったの。曲作りなどにいろいろ良い影響を与えてくれる人よ。よく説明できないんだけど、彼のグルーヴ感とかが好きなの。今回のアルバムで一緒に演奏した人達はみんな楽しかったけど、おそらく色んな意味でブライアン・ブレイドが一番多くアルバムに参加していると思うわ。

──ブライアン・ブレイドは世界最高峰のドラマーとして、ボブ・ディランなどの数多くのアーティストから引っ張りですが、彼とはどうやって一緒に音楽を作っているのでしょうか。

ノラ・ジョーンズ:曲作りを一緒にするというよりも、とてもユニークなグルーヴを思いついてくれるの。そうするとそれをレコーディングに活かそうと思って録っておいたりする。それがとてもスペシャルな音だったりするのよね。彼は音だけではなくて歌詞を良く聴いてくれて、その歌詞に合わせてドラムをプレイするの。それがとても心地いいの。

──先行配信となっている「ハウ・アイ・ウィープ」はどういう思いを込めた楽曲でしょうか。アルバム1曲目を飾っていますが。


ノラ・ジョーンズ:これは詩から生まれた曲なの。2019年ぐらいから詩の世界に導いてくれた友達がいたのね。詩なんて、今まであまり書いたことがなかったけど、詩集とか読むことによって、結構ハマって行った。あと、子供達にドクター・スースの絵本とかを読んではいたの。ライムに溢れる世界だから。ことばを綴り始めたら、それらのものが詩になっていった。書いた詩はとても気に入ったんだけど、詩集を出す気もなかったので、それを歌にしていったの(笑)。実際に歌にしてみたら、今まで私が書いてきたものとは、まったく違うものになっていった。初めての感覚でとても気に入っているわ。一ヶ月ぐらい前に「アイム・アライヴ」をシングルとしてリリースしたんだけど、それから新型コロナウイルス騒ぎになって、アルバムのリリースを一ヶ月延期することになったのね。でも、アルバムを出す前に数曲シングルとしてリリースしたかった。みんなに少しでもこのアルバムからの曲を聴いて欲しかったから。このアルバムの特徴として、孤独に溢れている感じがして、特にこの曲は、隔離されているという雰囲気を持つものだった。今の時代をぴったり表わしたものだったと思う。

──日本盤ではボーナス・トラックとして収録される「トライン・トゥ・キープ・イット・トゥギャザー」がシングルとしてリリースされますね。


ノラ・ジョーンズ:一ヶ月ぐらい前にマスタリングをしたんだけど、その時にはもう世界は今の危機真っただ中で、そんな時に聴いていたからかもしれないけれど、この曲が頭から離れなかったのよ。アルバムに入れるにはあまりに寂しくて暗い曲だなと思っていたから、ボーナス・トラックにしたんだけど、今はこの曲が今の世の中を代弁しているような気がするの。多くの人達が共感してくれれば嬉しいわ。

──家から外に出られないファンにとって、SNSでのライヴ配信「ミニ・コンサート・ライブ・イン・ザ・ホーム」が大きな励ましになっていますね。

ノラ・ジョーンズ:ひとりでも勇気を与えることができれば、それは価値のあるものだと思って挑戦してみているわ。

──そういったファンの方々や、がんばるすべての人に一言お願いします。

ノラ・ジョーンズ:今みんな大変な思いをしていると思う。私にとって音楽を聴く事って、気分が良くなったり、踊りたくなったり、泣きたくなったり、何かを忘れさせてくれるもの。違うところに連れていってくれるものなの。それが大切なこと。何かを感じさせてくれるものなのね。自分ができることを人にしてあげられるのは、私にはとてもうれしいことで、これが、私が本来やっていることだから、ずっとやり続けようと思う。ひとりでも誰かの気分が良くなるのなら、やる価値があるものだと思っている。でも、もし誰の気分もよくならなくても、私が気分よくなるからいいの(笑)。プレイできるだけでも、気持ちいいもの(笑)。みんなにとっても、私の活動で何かポジティヴなことはあると願っているわ。曲を書いた時は、こんなことが起きるなんて想定していなかったけど、今私達がまさに経験していることがメッセージになっているから、とても不思議なのよね。今回のアルバムはとてもタイムリーな内容だと思う。内容的には、人間そして人との繋がりをテーマにしたものだから、少しでも音楽の力を届けられたらと思う。これからも積極的に音楽を発信していこうと思っているから、これが誰かの癒しになれば、こんなに嬉しいことはないわ。


ノラ・ジョーンズ『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』


2020年6月12日(金)発売
通常版UCCQ-1125 \2,860(税込)
初回限定盤UCCQ-9571 ¥3,630(税込)
https://norahjones.lnk.to/PickMePR
1.ハウ・アイ・ウィープ / How I Weep
2.フレイム・ツイン / Flame Twin
3.ハーツ・トゥ・ビー・アローン / Hurts To Be Alone
4.ハートブロークン、デイ・アフター / Heartbroken, Day After
5.セイ・ノー・モア / Say No More
6.ディス・ライフ/ This Life
7.トゥ・リヴ / To Live
8.アイム・アライヴ / I'm Alive
9.ウァー・ユー・ウォッチング? / Were You Watching?
10.スタンブル・オン・マイ・ウェイ / Stumble On My Way
11.ヘヴン・アバヴ / Heaven Above
12.ストリート・ストレンジャー / Street Stranger *ボーナス・トラック
13.トライン・トゥ・キープ・イット・トゥギャザー / Tryin‘ To Keep It Together *ボーナス・トラック
初回限定盤DVD
・「アイム・アライヴ」ミュージック・ビデオ
・「アイム・アライヴ」日本語リリック・ビデオ(歌詞対訳:川上未映子)
・「ビギン・アゲイン」リリック・ビデオ
・「フリップサイド」ミュージック・ビデオ

ノラ・ジョーンズ「トライン・トゥ・キープ・イット・トゥギャザー」
デジタル配信中
https://norahjones.lnk.to/cT6kw

◆ノラ・ジョーンズ・オフィシャルサイト
◆「癒しのノラ・ジョーンズ」プレイリスト
◆「ミニ・コンサート・ライブ・イン・ザ・ホーム」アーカイブ(YouTubeプレイリスト)
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