【コラム】「この世界の片隅で -color-codeの奇跡-」第1話

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はじめまして。color-codeのMARISAです。

color-codeは、2020年9月17日にデビュー6周年を迎える3人組のダンスボーカルグループです。BARKSを読む音楽好きのみなさんなら、名前くらいは聞いたことがあるでしょうか?もしくは そんなみなさんでも、聞いたことがないでしょうか?

今回は、多くのみなさんが知らない間に、密かに6年歩んできた私たちのこの大切な記念すべき日に向けて、color-codeの軌跡(奇跡)について、全6回に分けてお話ししようと思います。


color-codeは、今まだ、売れていません。
この世の中に星の数ほどいて、結成しては夢破れ散っていくアーティストたちの中で、6年も歩み続けてきたのは、単に「辞めなかったから」だけで済む話ではなく、たくさんの方の協力があってこそだと思います。

ですが、「辞めなかったから」今ここに居られるのは間違いないのです。事実、沢山の同期アーティストが解散していくのを見てきました。メンバーの脱退や加入も珍しいことではありません。そんな中、メンバーも変わらず6年も続けてこられたことは、奇跡だとわたしは思います。この世界の片隅で起きた、尊い、奇跡なのです。

これまでcolor-codeを知らなかった人も、皆さんと同じように現実を生きる、「アーティスト」のリアルな生き様を 知ってもらえたらと思います。color-codeは、これからも歩み続けます。何卒、最後までよろしくお願いいたします。

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第1話「color-code 誕生」


「チーク濃すぎるな」

新聞に小さく載った記事をみつめながら、昨日の自分を客観的に見つめた。眉毛もいつもより濃い。囲み取材の前に派手なおじさんヘアメイクが突如あらわれて、ちょうどよくメイクしていたはずのわたしの顔にバサバサとチークと眉毛を足していったことを思い出して苦笑する。

約2000人の応募者の中から3人に選ばれた、という劇的な出来事は、昨日起きたにしてはあまりに薄い記憶になっていた。2番、安川摩吏紗さんと呼ばれる前に、「あ、これ、来る。呼ばれる」となぜか、予知した。その1秒後、自分に当てられたスポットライトの中で、わたしは自分の予知が当たったことに驚いていた。喜びよりも、なんだか妙な気持ちだった。例えるなら、いたずらが見つかって怒られる瞬間、先生がこっちをみてる、あ、バレてる…?やばい!と覚悟する時の気持ちに似ていた。そこだけが、鮮明な記憶として残っている。

何人が選ばれるのか誰も知らない中で、わたしはなんとなく、自分が選ばれることと、選ばれる人数は3人な気がすること、そして、選ばれるだろう人も目星をつけていた。そして思っていた通りの人の名が呼ばれ、ステージに初めてこの3人が並び立ったとき、まさかこの3人でこの後何年も一緒にステージに並んで立つことになるなんて考えてもいなかった。ななみんは涙を流し、まこちゃんは泣きそうな顔ででも涙は出てなくて、わたしはただボケッとしていた。ここから全てが始まったのだ。

取材が終わり、控室に戻ると、自分の携帯に沢山の通知が来ていた。二次審査のネット投票で、わたしがこのオーディションに参加していることは知人ほとんどが知っていた。Facebookやツイッターを駆使して、一度も話したことのない学科の同期も投票してくれていたらしい。ネットニュースは審査が決定してすぐに私たちのことを全国に知らせた。おてもやんみたいに赤いチークをつけられて硬く微笑む私たちの写真に、日本版レディガガの誕生、そんなふうに仰々しいタイトルをつけて。

私たちを”発掘”したプロデューサーは、世界的に有名なデザイナーであり、某有名海外アーティストのファッションディレクターとして名を馳せていた。各新聞やネット媒体用の囲み取材が終わり、裏に戻ってきた私たちに、「がんばろうねぇ」と彼は言った。そして、これからどうしていきたいか、どんな音楽やアーティストが好きか、などを私たちに聞いた。

そんなもん、わかるわけがなかった。
申し訳ないがわたしは、本当にアーティストになるという実感も、覚悟もその時まだなかった。
やれオーディションだの公開審査だの、ネット投票だのそういう言葉に踊らされ、赤い布を見せられた闘牛みたいにそこに突進していき、デビューが決まってから我に返ったのだ。

そりゃあ、自分一人で歌っていいならやりたい音楽は決まっていた。昭和歌謡が好きでJPOPやJROCKばかりを聞いてきたわたしには、それ以外選択肢など、無いに等しかった。
でも、メンバーがいる。
たんなる安川摩吏紗だったわたしは、今日この瞬間からこの二人とセットになる。そうだ、そういえば、グループ名はどうするんだ?プロデューサーが決めてくれるのか?色んなことがまだ真っ白で、目の前にはまだ、光も闇もなかった。

結局、その場でやりたい音楽の方向性は決まらなかった。椎名林檎が好きとか、ビヨンセが好きとか、m-floが好きとか、みんなしててんでバラバラのことを言ったのでプロデューサーも困り顔だったが、最後には、

「まぁ、なんか面白いことやろうよ、歌って踊ってさ。アハハ」

と言ってその日は終わった。グループ名と、誰と音楽やりたいか決めといてねー♪そう言って彼は住まいのあるニューヨークに帰って行った。私たちの肩には、合格者のプレゼントとして、プロデューサーがデザインしたユニセックスの やたらと重たい革ジャンが掛けられていた。


その後6年して、改めておもう。

「なんか面白いことやろうぜ」
と言ってくる人で、本当に面白いことをやる気がある人というのはほぼ、いない。

(つづく)

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