【レビュー】マニック・ストリート・プリーチャーズ、理想と現実の狭間での覚悟が結実した1993年発表の第二作を再検証

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ロック・ミュージックの歴史が長くなるにつれ、名盤とされる過去の作品のリイシューがどんどん活発になっている。節目となるタイミングの到来ごとにリマスター盤やら豪華な仕様による新装盤などが相次いで登場するケースも多く、気付いてみれば同じアルバムが自宅に何枚も、という事態になっている読者も少なくないことだろう。歴史ある思い入れ深い作品ほど、どうやら年月の経過とともに“一家に一枚”では済まなくなってくるようだ。

◆マニック・ストリート・プリーチャーズ 画像

ことに今年は新型コロナ禍の影響により発売延期となった新譜も多いため、リイシュー作品がより存在感を強めている傾向も見受けられる。そんななか、多くのファンから感嘆の声を集めている作品がある。去る7月22日に発売された、マニック・ストリート・プリーチャーズの第二作、『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』のデラックス・エディションだ。英国で国民的支持を集めるバンドのひとつといえるマニックスだが、1993年発表のこの作品は彼らにとって最大のヒット作というわけではないし、これを彼らの最高傑作として挙げる向きもあまり多くはないかもしれない。しかも発売から27年後にあたる今年は、キリの良いアニヴァーサリーイヤーでもない。年号的な意味で何かの重なりがあるとすれば、メンバーのひとりであるリッチー・エドワーズの行方が分からなくなった時点から、今年の2月でちょうど四半世紀を経過しているということだろう。


▲『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』デラックス・エディション

若気の至りのような過去をほじくり返すようで少しばかり躊躇をおぼえるのだが、このバンドの物語を振り返るうえで避けるのは不自然なので改めて説明しておくと、彼らは1991年2月2日付の英国『MELODY MAKER』紙上において「世界中でNo.1になる30曲入り2枚組デビュー・アルバムを出して、僕たちは解散する」と宣言している。彼らの記念すべき1stアルバム『ジェネレーション・テロリスト』はそれからちょうど1年後の1992年2月にリリースされているが、同作は2枚組でもなければ全30曲収録でもなく、残念ながら世界のどこかでヒット・チャートの頂点を極めることもなかった。結果、大胆な宣言内容の実現は叶わなかったわけだが、それでもUKチャート13位という実績は新人バンドとしては立派なものだし、そうした記録以上に作品自体の内容が素晴らしかった。だからこそ僕は、同作があのセンセーショナルな宣言によって軽んじられることになるのが嫌だったし、1992年5月にバンドが日本初上陸を果たした際には、あの“デビュー解散宣言”の真意を確かめたかった。そして、取材の場でそれについて尋ねた時にリッチーの口から聞こえてきたのが次のような回答だった。

「昔の僕らは単なる地方都市のロック・ファンに過ぎなかった。そんな頃、さまざまなバンドが才能を枯渇させながら、うんざりするほど長く活動を続けている例をいくつも見てきたんだ。そういうことは、自分たちとしてはしたくない。良い曲も作れなくなり、見た目もカッコ悪くなりつつあるのを自覚したままダラダラ続けていくなんて、僕には理解できない。もちろん、良い曲を作り続けられるのならいいよ。僕らもそれが可能なうちは活動を続けていくと思う」

同じ取材の場で、かたやジェイムズ・ディーン・ブラッドフィールドのほうは、すでに終了していた大阪、名古屋、川崎での全公演を振り返りながら「これまでの人生のうちでいちばん良い経験をさせてもらったと思っている」と謙虚に語り、「日本のオーディエンスはイギリスやアメリカよりもずっとインテリジェントで、しかもみんなラヴリーだ」などと言葉を続けながら照れくさそうに微笑んでいた。まだリッチーが24歳、ジェイムズが23歳の頃のことだ。


その初来日公演から13ヵ月を経た1993年6月に発売を迎えたのが、『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』だった。もちろん最初からあの宣言を真に受けていたわけではなかったが、“あるはずのなかった第二作”の登場に筆者は素直に狂喜させられたものだ。単純にその活動継続が喜ばしかっただけではなく、理想と現実の狭間での美意識の暴走ぶりばかりが取り沙汰されがちだった彼らの音楽に、確実に成長がみられたことが嬉しかったのだ。この第二作には若さの特権のような勢いや、意外なほど無垢な美しさといったもの以上に、音楽的な成熟の兆しや、音楽人生を歩んでいくうえでの4人の覚悟のようなものが感じられた。アルバム・チャートの首位獲得はこの作品でも実現しなかったが、UKチャート8位という結果は、世が彼らを“お騒がせバンド”ではなく“音楽的に信じられるバンド”として支持し始めたことを示唆していたように思う。

それから約2年後に登場した第三作『ホーリー・バイブル』は、いっそう内省的な匂いの強い作品だった。そしてご存知の通り、少なくとも現時点においては、この作品が彼らにとって4人編成体制での最後のアルバムとなっている。同作に伴うアメリカ・ツアーへと向かう前夜にあたる1995年2月1日、ジェイムズと一緒に泊まっていたはずのロンドンはベイズウォーターのエンバシー・ホテルから、リッチーが忽然と姿を消してしまったのだ。その後、彼が乗っていたと思われる車は発見されたもののリッチー自身については行方不明の状態が続き、バンドは活動休止を余儀なくされている。結果、リッチーの家族側からの強い要望もあってバンドは彼を欠いたまま存続の道を選び、一方、リッチーの行方についてはその後も判明せぬままで、2008年11月をもって、英国の裁判所より死亡宣告が発されている。もちろんメンバーも彼の家族も、それを認めてはいないが。


この『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』について振り返ろうとすると、当然のように当時の情景が浮かんでくるし、脳内にはジェイムズ、ニッキー・ワイアー、ショーン・ムーアだけではなく、ステージ上でさほどギターを弾いてはいないのに視線を奪っていくリッチーの姿がある。考えてみれば、記憶のなかにあるこの第二作に伴う物語は、彼が発した解散撤回の言葉から始まっているようなものなのだ。そしてこの作品が完成した当時、1993年の春に行なわれたインタビューのなかで、リッチーは苦難の連続だったバンド始動期を振り返りながら、誰からも注目を得られない状況にあったからこそ成功を夢見ていたことを改めて認め、「絶対に契約を取って、すごく良いアルバムを作って、何百万枚も売りたいと思っていた。契約までの道程があまりにも長く感じられたからこそ、いざ飛び出していく時には、自分たちを鼓舞するためにも何かとんでもない理由付けが必要だったんだ」と語っている。

このリッチーの言葉を受けてニッキーは“デビュー解散宣言”が注目を集めるための行為だったこと、それ自体が深い考えを伴っていたわけではなかったこと、そして結果的にそれが始末に負えないものになったことを素直に認めると、リッチーの側もそれについて「子供じみた悪気のない行動のひとつだった」と同意している。ただ、彼はその言葉に続けて、「誰だって、政治家や人生に完璧さや純粋さなんて期待していないはずなのに、ロック・バンドに関してだけは何故か“みんなのためにこうあるべきだ”みたいなことが決められているような気がして、これはおかしいぞ、と思ったんだ」などと発言していたりもするのだが。

地方都市で美学と憧れを育みながら、理想の具現化を夢見てロック・ミュージックの首都たるロンドンへと繰り出した純心な若者たちは、成功を夢見つつも現実と向き合い、知りたくもなかったビジネスの仕組みについて思い知らされ、過去に味わったことのない葛藤や幻滅を噛み締めながら、それでも音楽人生を歩んでいくことを決めた。そうした絶望的な決意とでもいうべき匂いが、この『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』にはそこはかとなく漂う。ただ、そこにまっすぐに向き合っているからこそ、希望の光が差し込んでいるかのような感触がある。ジェイムズは、同じく当時のインタビューのなかで、以下のように語っている。

「デビュー・アルバムを作った後、気持ちの上で僕たちは辛い時期を過ごしていた。というのも、あれを作った当時の自分たちは、目的というものに関してとてもナイーヴだったからだ。世の中には達成できることもあれば、音楽を通じて他人の態度が変わることもあるんじゃないかとも思ってはいたけど、結果、ツアーがすべて終わる頃にはそれ以前にも増して悲観的になってしまっていた。そして、そこで悲観的な詞を歌うだけでは不充分じゃないかと気付いた。サウンドもそれに見合ったものにしないと、人間としての感情を正しく鏡に映し出すことにはならないんじゃないか、とね。そして結局、今回のアルバムには100%の失望感みたいなものが溢れてしまった。自分たちでも想像しなかったほどにね。ここには“やらせのペシミズム”は皆無だし、前向きな曲はひとつもない。それがまさに今の僕たちの気持ちなんだ」

改めてこうした発言に触れてみると、彼ら自身にとってこのアルバムに伴う記憶というのは、もはや痛みを感じることのない古傷のようなものなのではないか、とも感じさせられる。しかし敢えて言うならば、そうした心の傷こそがその人にとってのアイデンティティを育てていくものなのかもしれない。失望と背中合わせの決意。その過程を経ていたからこそ、そこでマニックスの物語にピリオドが打たれることはなかった。大好きなアルバムなのにいまだにこの作品が涙を誘うようなところがあるのは、1993年当時の彼らの心情が、まるで冷凍保存でもされたかのように、ここに封じ込められているからなのだろう。


▲『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』デラックス・エディション 展開図

今回登場したこのアルバムのデラックス・エディションには、リマスターが施されたアルバム本編の全楽曲に加え、未発表デモ音源や当時のシングルのカップリング収録曲、リミックス音源や、ザ・クラッシュの「ワッツ・マイ・ネーム」のカヴァー(ライヴ音源)、日本盤のみのボーナス・トラックなども追加収録されている。

そしてもうひとつ重要なのは、この作品がいわゆる通常のCDサイズにとどまるアイテムではないということだ。このデラックス・エディションは直輸入ハードカバー・ブックレット仕様によるもので、長年にわたり彼らの撮影を手掛けてきた日本人フォトグラファー、Mitch Ikeda氏による未発表写真の数々や、メンバーの手書きによる歌詞なども盛り込まれた、大判の写真集のような装丁になっているのだ。Mitch Ikeda氏の名前は、たとえばTHE YELLOW MONKEYのファンの方々などにも馴染み深いはずだが、ここにはまさにバンドと相思相愛の関係にあったといえる彼の視点が捉えた、若き日のマニックスのリアルな姿が封じ込められている。まさしくこのアルバム自体がそうであるのと同じように。


この第二作でのステップアップ以降、彼らの英国でのチャート実績はその後も作品発表を重ねるごとに向上し、『ホーリー・バイブル』(1994年)では6位、『エヴリシング・マスト・ゴー』(1996年)では2位に到達。そして『ディス・イズ・マイ・トゥルース・テル・ミー・ユアーズ』(1998年)で初めての首位獲得に至っている。ウェールズの田舎町から出てきた世間知らずのバンドのひとつに過ぎなかったはずの彼らが、ごく当たり前のように“英国の国民的バンド”といった言葉で形容されるようになったのは、その当時からのことだ。そうした意味においては、この『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』について、バンドが名実ともに揺るぎない存在へと成熟していくうえでの過渡期にあたるものと解釈することもできるだろう。ただ、本作の先に、彼らにとってもっと具体的な意味においての大きな転機が待ち受けていようとは、少なくとも1993年の発表当時には誰も想像できていなかったはずだが。

そして何よりも大切なのは、マニックスが現在も才能を枯渇させることなく前進を続けているということに他ならない。今現在、このバンドにまつわる最新ニュースといえば、ジェイムズにとって2作目となるソロ・アルバム『EVEN IN EXILE』のリリースが8月16日に迫っていることだ。とはいえバンド自体の今後も白紙というわけではなく、2021年の5月から8月にかけて実施される予定のUK及び北欧でのツアーの日程もすでに発表されている。

昨年9月、日本での初開催を迎えたラグビーのワールドカップと同時期に実施された日本公演は『ディス・イズ・マイ・トゥルース・テル・ミー・ユアーズ』の20周年アニヴァーサリーを締め括る局面のものでもあり、当然のように同作がプログラムの軸となっていた。その際の感動的余韻も記憶に新しいところだが、いつか同じように『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』の世界を徹底的に味わい尽くすことのできるライヴが行なわれる可能性はあるのだろうか? もちろん彼らに何よりも望みたいのは次なるマスターピースを携えての帰還ということになるが、この第二作の持つ意味の大きさを改めて感じさせられる2020年の夏である。是非この機会に、あなたにもこの作品に手を伸ばしてみて欲しい。

文◎増田勇一
撮影◎Mitch Ikeda


■完全生産限定版『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル (デラックス・エディション)』

2020年7月22日(水)発売
【完全生産限定】SICP-31374〜5 ¥7,273+税
※ハードカバー豪華本+CD2枚組(Blu-spec CD2仕様)、解説、歌詞対訳付
※日本盤CDにはボーナストラック1曲収録
https://lnk.to/MCPGATS_JPAW

▼CD1 ※全てリマスター音源
01. スリーブフラワー (嘆きの天使) | Sleepflower
02. 絶望の果て | From Despair To Where
03. 哀しみは永遠に消え去らない | La Tristesse Durera (Scream To a Sigh)
04. ユアセルフ | Yourself
05. 失われた夢 | Life Becoming a Landslide
06. ドラッグ・ドラッグ・ドラッギー | Drug Drug Druggy
07. ローゼズ・イン・ザ・ホスピタル-囚われた快楽- | Roses in The Hospital
08. ノスタルジック・パスヘッド (死の奴隷) | Nostalgic Pushead
09. 犠牲者の叫び | Symphony of Tourette
10. ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル | Gold Against The Soul
11. ドンキーズ | Donkeys
12. カムフォート・カムズ | Comfort Comes
13. アー・マザーズ・セインツ | Are Mothers Saints
14. パトリック・ベイトマン | Patrick Bateman
15. ハイバーネイション | Hibernation
16. アス・アゲインスト・ユー | Us Against You
17. チャールズ・ウィンザー | Charles Windsor
18. ロウト・フォー・ラック | Wrote For Luck
19. ワッツ・マイ・ネイム (ライヴ) | What's My Name (Live)
20. 哀しみは永遠に消え去らない (ライヴ・アット・O2) | La Tristesse Durera (Scream To a Sigh)
※日本盤ボーナストラック (Live recording from the 2011 show at O2)

▼CD2
01. スリーブフラワー (嘆きの天使) [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | Sleepflower [House In The Woods Demo]
02. 絶望の果て [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | From Despair to Where [House In The Woods Demo]
03. 哀しみは永遠に消え去らない [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | La Tristesse Durera (Scream to a Sigh) [House In The Woods Demo]
04. ユアセルフ [ライヴ・イン・バンコク] | Yourself [Live In Bangkok]
05. 失われた夢 [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | Life Becoming a Landslide [House In The Woods Demo]
06. ドラッグ・ドラッグ・ドラッギー [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | Drug Drug Druggy [House in the Woods Demo]
07. ドラッグ・ドラッグ・ドラッギー [インパクト・デモ] | Drug Drug Druggy [Impact Demo]
08. ローゼズ・イン・ザ・ホスピタル-囚われた快楽- [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | Roses in the Hospital [House in the Woods Demo]
09. ローゼズ・イン・ザ・ホスピタル-囚われた快楽- [インパクト・デモ] | Roses in the Hospital [Impact Demo]
10. ノスタルジック・パスヘッド (死の奴隷) [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | Nostalgic Pushead [House in the Woods Demo]
11. 犠牲者の叫び [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | Symphony of Tourette [House in the Woods Demo]
12. ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル [ハウス・イン・ザ・ウッズ・デモ] | Gold Against the Soul [House in the Woods Demo]
13. ローゼズ・イン・ザ・ホスピタル-囚われた快楽- [OG.・サイコヴォーカル・ミックス] | Roses in the Hospital [OG Psychovocal Remix]
14. ローゼズ・イン・ザ・ホスピタル-囚われた快楽- [51 ファンク・サリュート] | Roses in the Hospital [51 Funk Salute]
15. 哀しみは永遠に消え去らない [ケミカル・ブラザーズ・ヴォーカル・リミックス] | La Tristesse Durera (Scream to a Sigh) [Chemical Brothers Vocal Remix]
16. ローゼズ・イン・ザ・ホスピタル-囚われた快楽- [Filet O Gang・リミックス] | Roses in the Hospital [Filet O Gang Remix]
17. ローゼズ・イン・ザ・ホスピタル-囚われた快楽- [ECG・リミックス] | Roses in the Hospital [ECG Remix]

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