【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vol.133「いつもとは違った夏を振り返る」

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振り返ってみると、今年の夏は違和感の塊のような夏だった。どうしてそうなってしまったのかという最大の理由は「夏フェスがなかった」ことにある。

ここ10数年は幾つかの音楽フェスの歯車のひとつとして働いてきたのだが、新型コロナウイルスによる影響で関わるフェスのすべてが開催延期となってしまった。オーディエンスとして初めて音楽フェス文化に触れてからは24回目の夏である。人生の半分以上過ごしてきた夏のあの特別な音楽空間がないという現実が与えた喪失感たるや予想を遙かに超えた大きさであったし、受けた精神的ダメージは今も癒えてはいない。というのも、筆者の場合は少々厳しい状況であっても音楽関連の仕事を続けてきたのには、フェスやイベントで働くことで他では得がたい喜びや感動を得るためだったというのが理由としてある。それを生きる原動力としてきた身には辛く残念な気持ちに他ならず、夏フェスがない夏をどう過ごしていいのかがさっぱり分からずに途方に暮れた。これは音楽ギョーカイの片隅に住む筆者目線の話ではあるけれど、仕事であれ、遊びであれ、毎年のようにお気に入りの音楽フェスに参加してきた人たちの思いと重なる部分があるように思う。


しかし、一方では、今年ならではとも言える新たな音楽の楽しみ方も生まれた。それはオンラインライブだ。春以降、様々なアーティストやクリエイターがオンライン上で多くのコンテンツを生み出して賑わせてきたところに<フジロック>や<サマーソニック>などのオンラインフェスが加わって、オンライン上でのライブ配信が視聴者を楽しませるのみならず、アーティストやフェスなどの表現と資金源確保の場として急速に存在感を増していった。

ライブとオンラインライブを同一に語ることはできないが、過去の映像や配信ライブであろうとも観る者にパワーを与えられるアーティストは確かに存在したし、チャット機能等を通じて別の視聴者とのつながりを感じられるなど、これまでの様式とは違った新感覚をプラスしたオンラインでのエンタメ方式は確立されつつあるのは見ているだけでもわくわくする。そして、今できる最良の方法を使って可能な限り楽しむのと同時に、そこでは得られないものがライブ文化にあるということを認識し、それを守っていくことの必要性を皆で共有できたことは大いに意味のあることだった。それに何よりも、好きなアーティストやフェスが形を変えてでも音楽活動を止めなかった姿勢に音楽ファンは希望を持つことができたのではないだろうか。


政府が大規模イベントの自粛を要請してから半年が経過した。小規模なライブは再開されたが今もその制限は続いていて9月末まで延長されている状態にある。その要請に基づく根拠が示されないことへの心のモヤモヤは最初のお触れが出てからずっと消えないままではあるが、いずれにせよこの先も音楽以外の仕事をして食いつないでいかなければならない状況が続くのは確かなようだ。これは過去に望んだ未来ではなかったし、いい夏の終わり方ではないけれど、それでも事実を受け入れて柔軟に生きていくしかない。音楽業界だけではなく、他業種の人たちや家庭を守る人たち、子どもたち、病と闘う人たちやそれを支える人たち、職を探している人などすべての人が大変な状況だけれども、どうにか腐らずに自分の好きな音楽やアートなどに触れてやり過ごしてほしいし、自分もできる限り楽しんでいきたいと願っている。そしてきっと誰もが考えていることだろうが、こんな夏は今年限りで終わりにしてほしいし、「2020年の夏はいつもと違っていたね」と言える夏を来年は迎えたいものだ。

文◎早乙女‘dorami’ゆうこ

◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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