【ライブレポート】上杉昇「またステージに戻ってこられて嬉しい」

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8月30日、横浜O-SITEにて上杉昇のアコースティックライブ<[ACT AGAINST COVID-19]SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR 2020 防空壕>が開催された。

2019年12月に下北沢GARDENでバンドスタイルの演奏を行なって以来、彼が観客の前で唄うのは実に9か月ぶりのこととなった。8月8日にバンド編成による演奏をライブ配信してはいたが、この日は鍵盤とギターをバックに歌うアコースティック・ツアーの初日である。

オープニング曲は、最新シングル「消滅」。哀愁ただようアコギのカッティングに導かれるように歌い出す上杉。平歌部分では敢えて感情を抑えている感じだが、サビでは気持ちがほとばしるハイトーンが観客の胸に突き刺さる。再び生で上杉の歌を聴ける日が来た感動と、曲の世界観・演奏の情感が相まって、1曲目から会場のテンションが静かに上昇していくのがわかる。思わず涙を拭いている人の姿も見えたが、上杉もまず最初のMCで、みんなの前でライブができる喜びを伝えた。


「またステージに戻ってこられて嬉しいです。昨夜は緊張して、結局一睡もできなかった。間隔が空いちゃうと“みんなが求めてくれる上杉昇として、ステージに立てるのか?”、そんな不安が生まれてきたりするわけです。それと、今日は難易度が高い曲、自分を全部出し切らなきゃって曲も多くて」──上杉昇

M2~M4ではアルバム『The Mortal』の核となる3曲を。「青き前夜」では、森美夏(Pf)と平田崇(G)のコーラスが上杉のボーカルと融け合い実に美しい。特筆すべきは「赤い花咲く頃には」での繊細な表現で、リズムはかなりスローになって“じっくり聴かせる”アレンジに。間奏では鍵盤ハーモニカのもの悲しい響きに胸を締め付けられる。アコギのアルペジオをメインに、シンプルに唄われた「Survivor's Guilt」も、細部にまで神経を配った素晴らしい完成度であった。

この日のセットリストで特筆すべきはカバー曲の多さ。もともと上杉はソロのライブでは“歌を聴かせる”ことに重点を置いており、良い歌になるなら他アーティストの楽曲も積極的に取り入れてきた。この日も多くがカバーで、既にCDとして発表されているものや、彼の音楽的ルーツが漂う曲、そして最近の思想や価値観に合致した楽曲をセレクトするなど、アーティストとしての主義主張も感じさせる。「たとえばぼくが死んだら」は森田童子のカバーで、シングル「消滅」のカップリング曲。タイトルの通り、“自分が死んだ後には、そっと名前を呼んで…”とか“忘れてほしい”とか、そんなささやかな、でも誰しも一度は考えることなのではないかというリアルな思いを唄った楽曲。もしかしたら上杉もそんなことを考える機会があって、この歌を選んだのかもしれない。他人が書いた曲なのに、自分の気持ちを歌ってくれているようにしか思えない曲。そんな不思議なデジャヴ感もこの演奏には漂っていた。


シングル「カワラコジキ」のカップリングである「吹雪」は、昔からファンだという中島みゆきのカバー。2コーラス目あたりから、世の中への疑問や理不尽なことへの怒りが唄われるのだが、原曲に忠実にカバーしているにもかかわらず、上杉自身が問題提起しているようにも聞こえる。カバー曲でありながら、自分の世界観を醸し出しているのがすごい。

中盤のMCでは「ここ数年、中国のライブに招聘されることが多い」と語り、その流れで共産主義や民主主義の話題に移る。「民主主義って一人一人が自覚をもって、例えば憲法改正にしたって、皆さん自身が“そうしたい”と思って変えないと。いくら安部総理が頑張っても一人ではどうにもならない。それが民主主義だから。“カワラコジキ”も奇をてらった言葉を使ったわけじゃなく、ちゃんと言いたいことがあったんです。“吹雪”は尊敬する中島みゆきさんの作品なんですが、とくに昔の作品には色んなタイプの曲や歌詞があって、驚かされることばかりです」などなど、先達へのリスペクトを含めて語った。

次も中島みゆきの「ばいばいどくおぶざべい」。これはリズムの効いたバッキングと、エモなギタープレイがエネルギッシュ。熱い演奏に呼応するように上杉もシャウトで応える。続く小田和正の「東京の空」は、前半をピアノ伴奏だけに乗って伸びやかな歌声を響かせる。「声がいいんですよね。どんな歌を唄っても小田さんだってわかる。素晴らしいことだと思います」。そして「母親の影響で聴いていた曲です」という五輪真弓の「ジャングルジム」は、きっと子供の頃から身体に染みついているのだろう、安らぎすら感じさせる優しげなボーカルだった。

その後の3曲は、まさに彼が有している問題意識を形にしたように、さだまさしの「防人の詩」、岡林信康「友よ」、そして長渕剛の「昭和」が唄われた。「防人の詩」はピアノの伴奏だけで唄われたが、これがすごかった。“こんなに激情型の曲だったっけ?”と目をみはるくらいドラマチックかつエモーショナルなバージョンの「防人の詩」、これはさだまさしがジャズピアニストの小曽根真と共演したバージョンを元にしているのだが、2020年の日本で上杉昇というシンガーが唄うと、これほどの熱量を纏った楽曲になるのか…。森美夏のピアノも何かが降りてきているのではないかと思うほどの迫力で、上杉とガチで火花を散らす素晴らしい演奏だった。


続く「友よ」は平田崇によるアコギ1本で。岡林信康は60年代末期のフォークブームを牽引したシンガーソングライターだが、「友よ」はまさにあの時代を象徴する名曲。そして、同じくアコギ1本で唄われた「昭和」は、原曲の重みを失うことなく、時には涙ぐんでいるかのような、上杉昇なりの表現で唄われた。歴史的な節目をいくつも含む、長い時代だった昭和。その時を色濃く切り取った楽曲だけに、生半可な覚悟では手を出せなかったはずだが、アルバム『The Mortal』で大東亜戦争について唄い、今は令和の日常を生きるアーティストならばそこを避けて通るわけにはいかないと、真摯に向き合ったのだろうと思う。

待望の新曲も披露されたが、そのタイトルは「濫觴(らんしょう)」。これは物事の始まり・起源を意味する言葉だが、力の抜けたギターのカッティングと、どこか“和”な雰囲気のあるピアノのフレーズをバックに、ゆったり展開していくボーカルのメロディーが印象的な楽曲だ。スパニッシュギターを思わせる速いパッセージのギターソロがスリリングで耳を奪われたが、今後どのようにアレンジが仕上がっていくのか、今から楽しみだ。ところどころ聴き取れた歌詞の一節には“月がいつでも空にあるように まぶた閉じれば 側にいるよ”というフレーズがあったが、MCで「人として普遍的なものを聴きたいなと思って。皆さんと共有できれば」と説明していたことからも、この新曲は上杉流ラブソングなのではと思われる。

本編ラストは「FROSEN WORLD」。端正なピアノとクリアなハイトーンとのコンビネーションは、何度聴いてもただただ美しく、目を閉じればキラキラと輝く氷の世界が脳裏に浮かぶよう。アンコールでは「こうしてまたステージで皆さんに会えたことが、今年いちばんうれしかったです。レコーディングは続けているので、新しいアルバムも近い将来できると思う。待っていてください」と感謝を述べ、ツアータイトル曲でもある「防空壕」を演奏。低音から高音まで駆使したピアノのダイナミズムがとにかくすごい迫力で、とくに間奏のピアノソロは鬼気迫る勢い。上杉もアウトロでは力強いシャウトを何発も決め、久しぶりのライブとは思えない堂々たる歌声を響かせた。

このアコースティックツアーは大阪公演で一区切りとなったが、10月末から始まり年末まで続く<[ACT AGAINST COVID-19]SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR 2020 防空壕 #2>も発表され、9月30日にはシングル「消滅」、そして自伝2入りのボックスセット『SHOW WESUGI 2020 MEMORIAL BOX 防空壕』も全国リリースとなる上杉昇。いよいよ彼の2020年が本格的に始まった。


取材・文◎舟見佳子
撮影◎朝岡英輔

2020第2弾シングル「消滅」

¥1,300(Tax in)
01.消滅
02.たとえばぼくが死んだら

『SHOW WESUGI 2020 MEMORIAL BOX 防空壕』

¥7,129(Tax in)
BOX ITEM1【BOOK:自伝 世界が終るまでは…2 上杉 昇】
初めて自分の半生を本というカタチにさせてもらってから、約2年半という月日が流れました。本当に月日の流れというのは、日々加速してゆくものです。そして運命というのは全く先が分からない(イントロより)。激動の時を経て、再び上杉が語りおろした自身の軌跡。
BOX ITEM2【PHOTO BOOK:2020.5.24 東京】
コロナウィルス禍による緊急事態宣言解除の直前。ゴーストタウンと化した街を巡りながら、静かな誕生日を迎えた上杉の姿を記録した写真集。
BOX ITEM3【SPECIAL LIVE DVD】
2019年に開催された「アコースティックツアー防空壕」から、上杉のボーカルの魅力に加え3人だけで奏でているとは思えぬほどミラクルな奥行きと激情に溢れた音と映像をお楽しみください。
1.赤い花咲く頃には
2.青き前夜
3.防空壕
4.FROZEN WORLD
5.Same Side
6.火山灰[Not Song of War]

[ACT AGAINST COVID-19]SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR 2020 防空壕 #2 and 上杉昇 2020 第3弾DISC爆音試聴トークライブ+先行販売+サイン会

10月31日(土)長野・松本LOFT【TALK】
11月1日(日)石川・金沢GOLD CREEK【LIVE】
11月7日(土)埼玉・西川口Hearts【TALK】
11月8日(日)山梨・甲府KAZOO HALL【LIVE】
11月21日(土)栃木・宇都宮Cafe ink Blue【TALK】
11月22日(日)宮城・SENDAI KOFFEE CO.【LIVE】
12月4日(金)東京・赤羽ReNY alpha【LIVE】
12月12日(土)大阪・amHALL【LIVE】
12月13日(日)奈良・Beverly Hills【TALK】
12月19日(土)愛知・名古屋SPADE BOX【LIVE】
12月20日(日)静岡・浜松FORCE【TALK】
Information:ネクストロードTEL 03-5114-7444(平日14~18時)
http://nextroad-p.com
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