【インタビュー】三上ちさこ、2年ぶりの新作アルバム『Emergence』リリース「そのままの自分でいることが自分にとっての“羽化”」

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三上ちさこが2年ぶりの新作アルバム『Emergence』をリリースする。ソロアーティストとして復活を遂げた2018年の『I AM Ready!』を経て、様々な出会いに導かれた変化が刻み込まれた本作。なかでも、NHK BS1『ワースポ×MLB』エンディングテーマの「TRAJECTORY-キセキ-」など、スポーツをモチーフに聴き手を力強く鼓舞する楽曲は新たな境地と言えるだろう。エネルギッシュなロックナンバーを中心に曲調の幅もバラエティに富んでいる。タイトルの「Emergence」は、「羽化」という意味。どんな思いをもってアルバムを作り上げたのか、語ってもらった。

■その人の思いをできるかぎり吸収しよう
■その思いを曲に詰め込もうと思って作りました


――アルバムはいろんな側面を持った一枚という印象でした。これはどれくらいから作り始めたんでしょうか。

三上ちさこ(以下、三上):作り始めたのは2018年に『I AM Ready!』を出してわりとすぐですね。2019年には「LIGHT & SHADOW」という光と影をテーマにしたシングルを2枚リリースしたんですけど、次のアルバムをどうしようかを考えて進めていました。その中でポイントになったのが『ワースポ×MLB』という、NHK BS1のメジャーリーグの情報番組のエンディングテーマの話をいただいたことでした。それで「TRAJECTORY -キセキ-」を作って、そこから野球との繋がりができたんです。


――このアルバムの中でもスポーツは一つの大きなキーワードになっていますよね。これは予定していたことというよりも、縁と出会いによって生まれたモチーフだった。

三上:そうですね。最初からスポーツのことは考えていなかったんですけれど、『ワースポ×MLB』の話が決まったことでだんだん広がっていきました。

――「TRAJECTORY-キセキ-」はどうやって作っていったんでしょうか?

三上:まずは番組制作プロデューサーやスタッフと打ち合わせをしました。その時に皆さんが話してくれた言葉をひたすらメモしていたんですけど、とりあえずその人の思いをできるかぎり吸収しよう、その思いを曲に詰め込もうと思って作りました。実は、誰かに頼まれて曲を作ったこと自体が、今までになかったんです。これまでは自分の中にあるものを出していただけだったので。


――スポーツということだけでなく、ドラマや映画なども含めて、今までタイアップや主題歌のような形で曲を作ること自体がなかったわけなんですね。最初にそれをやってみて、手応えはありましたか?

三上:楽曲デモが出来上がって番組プロデューサーに聴いていただいた時に、「この曲の中には僕の言いたいことが全部詰まってる」と言ってくださったんです。そのときに、私はすごく嬉しくて。人に依頼されて曲を作ることの喜びを知りました。スポーツ番組のエンディングテーマって、感動的なシーンと共に流れることが多いから、番組サイドもバラードを想定していたんですけれど、プロデューサーの保本(真吾)さんも私も、これは絶対にバラードじゃないなと思って、ノリノリな曲を作っていきました。

――「Red Burn」も番組がきっかけになって作っていった曲でしょうか。

三上:そうですね。今年の2月、メジャーリーグのスプリングキャンプを見にアリゾナ州まで行ったんです。テーマソングを作っているんだからメジャーリーグを知らなきゃダメだと思って。呼ばれてなかったんですけれど、勝手に。そうしたら『ワースポ×MLB』のスタッフから番組中継に出ませんかと言ってくださって、そこでお会いしたのが岩村明憲さんだったんです。そこでお食事をご一緒させてもらった際に、「今は何をなさってるんですか」と聞いたら、プロ野球独立リーグの福島レッドホープスで監督をやっています、と。私は東北出身だから親近感をおぼえて、その場で「練習を観にいっていいですか?」とか「試合で歌わせてください」と言ったら、「いいですよ」と。そうしたら、実際に4月の公式戦で歌わせていただくことになったんです。そこから、せっかくそういう機会をいただいたんだったら自分の曲を普通にやるより、レッドホープスの応援歌を作ってサプライズで歌ったらお客さんはびっくりするんじゃないかと思って作ったんです。コロナウイルスの影響でリーグの開幕自体が延期になってしまったんですけれど、せっかくだから聴いてもらおうと思ってビデオレターとともに送ったら、気に入っていただいて。それで「Red Burn」を福島レッドホープスの公式応援歌にしていただいたんです。


――「SA(Samurai Anthem)」も野球がモチーフですよね。これは?

三上:アアリゾナでシンシナティレッズの練習やワースポの取材を見学したときに、秋山翔吾選手にご挨拶させていただいたんですけど、取材が終わった後に「TRAJECTORY-キセキ-」のプロモーション盤をお渡ししたんです。その後にNHKの『サンデースポーツ2020』の「私のエール」というコーナーで、秋山選手がメジャーリーグに挑戦するときにこの曲を聴いていたと、ご自身の応援ソングとして紹介してくださって。それを聞いて嬉しくて、秋山選手の応援歌を作ろうと思いました。それで秋山選手の本を読んだり、いろんなことを調べたり、試合を見たりしたことを歌詞に落とし込んだのが「SA(Samurai Anthem)」です。

――他の人をモチーフにして曲を作るということで得たこと、見えたことはありますか?

三上:『ワースポ×MLB』をきっかけに外に意識を向けられたことで、自分の可能性も幅も広がった感じはありました。アルバム全体的としても外に目を向けているところはありますね。

――昨年には「LIGHT & SHADOW」というコンセプトで『re:life/ユートピア』『ヌード/sNow letteR』という2枚のシングルをリリースしましたが、こちらの曲についてはどうでしょうか。

三上:「re:life」は東北大震災がきっかけで作った曲だったんですけど、震災直後はとてもじゃないけど、歌うことなんてできないし、歌うべきじゃないと思ったので、出してはいなかったんです。でも、8年、9年経って、今だったら歌ってもいいのかなって思えるようになって。「re:life」の2番に「突き抜けるような朝の空 ただきれいなだけで涙が出るんだ」という歌詞があるんですけれど、これは仙台の友人が現地で被災して、震災の数日後に彼がバイクに乗って街を見に行ったら、いつも見慣れている仙台の道路の両脇に遺体が引っかかっていて・・・、それでも朝の空はすごく澄み切っていた。彼がブログにそう書いていたのを読んで、そういう残酷さと美しさが同時に存在しているのがリアルだと思ったし、そういうことを忘れないように歌った曲です。


――「ユートピア」はどうでしょうか?

三上:「ユートピア」は理想郷って意味ですが、自分にとってのユートピアって何だろうなって思って作った曲です。何かに対しての愛情や思いが強ければ強いほど、真正面からぶつかって別れてしまうことがあると思うんですけど、それがすごく悲しくて。綺麗事かもしれないんですけど、根本にある思いは一緒だから、みんなで大きい景色を見に行きたいと思うんですね。そういうことを歌っています。


――『ヌード/sNow letteR』についてはどうでしょう。

三上:「ヌード」は、自分でもよくわかってないカオスを秘めた曲なんですよね。自分の中にはすごく冷めた目で自分のことを見ている部分もあるし、憎しみとか怒りとか悲しさが急に出てくる瞬間もある。その両極端なベクトルが自分自身に向かったり、見えない相手に向かったり、無茶苦茶なんですね。その都度その都度違うという曲です。「sNow letteR」は、こちらも東北大震災がきっかけにできた曲です。これも仙台の友人のブログを読んでいて。とある老夫婦の方が朝、喧嘩して、旦那さんが出ていって、そのまま津波にのまれて帰らない人になっちゃった。そのおばあさんは、そのおじいさんに伝えたいことがずっとあるんだけども伝えられないから、その気持ちを手紙で伝えたいと話したらしくて。もう二度と会えないけれど、最後にごめんねとありがとうを言いたい、と。震災で約2万人の方が亡くなったわけですが、それはそのおばあさんのように、自分にとって大切な人が亡くなったっていうことが2万件起きたんだ、と。その一人一人に「私は元気でいるよ」って手紙を書くように、空に向かって2万発の花火を打ち上げるイベントが開催されたんです。震災の翌年の2012年3月10日に。3月11日の前日の、何もなかった平穏だった日にやろうと。仙台の泉ヶ岳のスキー場でそのイベントが行われ、私も参加して歌を歌ったんですけど、その日も震災の日と同じように、冷たくて雪が降っている日でした。参加していた家族が身を寄せ合うように遺影を抱いて花火を見ていたんですが、その写真が赤ちゃんだったりもして。私自身、こんなに雪の降る日に熱い涙を流しながら見た花火は初めてだったから、これも何年経っても色あせない曲にして残しておきたいなと思って書きました。



――今だからこそ歌えるというタイプの曲だった。

三上:時間が経たないと歌えない曲ではありますね。

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