ライブのバーチャル再現でライブハウスを支援、ヤマハが次世代ライブ・ビューイング「Distance Viewing」をお披露目

ツイート

ヤマハが、コロナ禍で苦境にあるライブハウスの新たな動員源となるライブコンテンツを提供するべく開発した次世代ライブ・ビューイング「Distance Viewing(ディスタンス・ビューイング)」をお披露目した。アーティストのライブパフォーマンスを忠実に記録し、そのパフォーマンスをステージ上にバーチャル再現。ライブの迫力ある音声を完全再現しながら、大型スクリーンによるリアルな等身大映像、本番さながらの照明演出でそのパフォーマンスを蘇らせる。10月19日には、ライブ&カフェ・スペース「Veats Shibuya」で音楽ユニット「ORESAMA」のワンマンライブの公演が初の「Distance Viewing」で実施された。本レポートではイベント直前に同会場で行われたメディア向け体験会の模様をお届けする。

新型コロナウィルス感染拡大の中で、ニューノーマル時代に即した社会貢献や音楽業界の支援を行うプロジェクト「Yamaha COVID-19 Project」。その取り組みのひとつとして開発された「Distance Viewing」は、コロナ禍で苦境にあるライブハウスの新たな動員源となるライブコンテンツを提供するために開発された。まずはDistance Viewingによるステージを紹介しよう。


開演前のライブハウスのステージ上、バンドメンバーが立つはずの位置には大きなスクリーンが張られており、照明やスピーカーなどは通常のライブと同様にセッティングされている。会場が暗転するとスクリーン上にバンドメンバーが、まさにそこにいるかのような大きさで映し出され、演奏がスタート。迫力あるサウンドはまさにライブそのもの。激しく動くライブならではの照明も気分を大いに盛り上げてくれる。


▲サポートメンバーを引き連れたORESAMAによる「OPEN THE WORLD」「cute cute」の2曲の演奏を上映。大迫力のサウンドとスピーカーからの振動、動き回る照明はライブそのもの。

一般的なライブビューイングやフィルムコンサートなどと大きく異るのは、映像がメンバーにズームアップしないこと。すなわちライブ撮影は固定したカメラ1台で行われているのだ。Distance Viewingでは常にライブのステージ全体がスクリーン上に等身大で再現されており、オーディエンスは見たいメンバーや楽器を見続けることができる。これは今までのライブ映像によるイベントではなかった体験だ。


▲今回のイベントで使用されたスクリーンのサイズは幅約6m×高さ約2m。会場のステージに合わせて調整が可能で、高さは最大2.5mまで伸ばすことが可能とのこと。

今回再現されたライブの映像&サウンドは、体験会の前日に同会場で行われたライブを収録したもの。観客を入れてのライブなのでバンドのノリもバッチリ。その勢いは映像でも十分伝わってくる。

この映像はステージ前方設置されたプロジェクターでスクリーンに投影されているのだが、照明の色によっては多少見えにくくなることもあった。最初はその見え方に違和感があったものの、ライブ本番さながらの音響や照明の効果もあり、演奏に没入することができた。


▲照明演出によってはスクリーンが見づらくなる場面も。プロジェクターによるスクリーンへの投影よりもLEDパネルなどのほうがよいのでは? と思ったが、コストを抑えどこの会場でも迅速にセッティングできるという点からスクリーンが選択されているとのこと。聞けば納得。

▲会場となったVeats Shibuya(左)。入り口には「Yamaha COVID-19 Project」で製作された消毒液スタンドが設置されていた(右)。ハイハットのペダルや鍵盤でプッシュできる。

■ライブ業界を救いたい!

今回の体験会ではDistance Viewingによるライブステージの再現に加え、Distance Viewingを手掛けたヤマハの開発メンバーや、会場となったVeats Shibuya店長の川上貴也氏らが登壇。Distance Viewing開発の経緯やプロジェクトへの思い、期待を語った。

ヤマハでは「Yamaha COVID-19 Project」の名のもと、新型コロナウイルス感染が拡大する中で、日常生活や音楽業界に対して何かできることはないかと考えさまざまな取り組みを進めている。この「Yamaha COVID-19 Project」が始動したのは、コロナ禍の影響が広がってきた2020年4月下旬。そのきっかけとなったのは、ヤマハ社内で高まっていた音楽業界に対する危機感であったという。コロナ禍に対する社会貢献や、これからのニューノーマル時代への変革に向けたアイデアを募集し、その中からプロジェクトとして選択して実現していくことを目的として活動。寄せられたアイデアは関連部門と共有し、プロジェクトで推進していく。これまでに楽器演奏用のフェイスシールドや消毒液スタンドを製作、3Dプリンター用データを公開している。


▲「Yamaha COVID-19 Project」の活動も紹介。左上が一般的なフェイスシールド。その下がフルートやリコーダーを吹く時に呼気が漏れないようにする鼻から下のフェイスシールド。右はドラムのハイハットスタンドを使用した消毒液スタンド。一刻も早く世界規模で配りたいという思いから、製品化を目指すのではなく、3Dプリンターですぐ出力できる製作用データを無償公開している。


▲遠隔地でセッションできるアプリケーション「SYNCROOM」、スタジアムやライブに遠隔地から声援を会場に直接音で届けたいという思いを叶える“リモート応援システム”「Remote Cheerer」とも連携しながら新しい価値を作っていこうとしている。同プロジェクトではSYNCROOMの使い方動画を作成。

今回お披露目となった「Distance Viewing」は、コロナの影響下にあるライブ業界を救いたいという思いからスタート。「ライブハウスやコンサートに携わるエンジニアはいまだコロナの影響下にあり、この先どのくらい影響を受けるのかわからない中でがんばってらっしゃいますけど、そのあたりを我々としても何かサポートできないかと考えています。ライブハウスがなくなると、そこに来るアーティストが育つ場所がなくなってしまう。それはもう音楽にとって取り返しがつかないことになるんじゃないか」(Yamaha Covid-19 Projectリーダー 畑紀行氏)というヤマハ社員一同の危機感から、5月の着手から急ピッチで開発が進められ7月にはシステムが完成、ライブハウスやアーティストの協力を得て、今回の実施に至ったという。

「Distance Viewing」のベースとなったのは、ヤマハが以前より手掛けてきた「Real Sound Viewing」。ライブの真空パックをコンセプトにしたライブ再現システムで、音のデジタル処理技術+楽器の自動演奏+映像投影を組み合わせたもの。アーティストが演奏に使った楽器そのものをステージに用意し、その楽器から生の音がするのが特徴だ。しかし、コロナ禍ではスピードが重要ということで、Distance Viewingでは異なるアプローチがなされた。「楽器の生の音の再現はいったん見送る形にして、それ以外の部分で早く提供できる形を模索してできたのが、Distance Viewing」「これを使うことで、出演者の移動や舞台上での感染リスクを抑えながら、ライブハウスの営業ができるところを目指している」(ヤマハデザイン研究所主事 柘植秀幸氏)。また、人数制限を設けなければならない状況でも映画館のように繰り返しライブハウスで公演を行うことでチケットの売り上げを確保することも可能になる。ライブハウスにある既存の音響・照明設備を活用できるので、導入のハードルが低いのもポイントだ。


▲今回のイベントでスクリーンを映像を映し出していたのは、ステージ上に設置された3台のプロジェクター。ライブハウスの既存の設備に、このプロジェクターと大型のスクリーンを加えることでDistance Viewingが可能になる。

初のDistance Viewingイベントに登場したORESAMAは、「ファンが熱狂する高い音楽性を持っている。特に魅力的なパフォーマンス、お客様が楽しめるという意味でステージ演出に凝っているアーティスト」とうことで選出されたという。そんなORESAMAのメンバー、ボーカルのぽん、ウンドクリエイターの小島英也からのビデオメッセージも届けられた。


▲ORESAMAはボーカルのぽん、サウンドクリエイターの小島英也からなる音楽ユニット。80s Discoをエレクトロやファンクでリメイクした音楽を発信。イラストレーター「うとまる」氏のアートワークやミュージックビデオと相乗効果を生み、新世代ユーザーの心を捉えている。

「以前とは日常もライブのあり方もがらっと変わってしまった今、Distance Viewingという新たな試みに挑戦できてうれしく思います。」(小島英也)
「最近のライブは配信が主流になりつつありますが、私達としては、もっと現場を復活させていきたい、共有したい、一人でも多くの方に体感してもらいたいという気持ちが日に日に強くなる中、こういった技術が、ライブの可能性を広げてくれるのではないかと期待しております。」(ぽん)

今回のイベントでは企画面でも協力したVeats Shibuyaの店長、川上貴也氏が登壇。「今、ライブハウス、音楽業界は非常に大打撃を受けておりまして……」と、ライブハウスが置かれている現状について語った。Veats Shibuyaは昨年10月より営業を開始し、当初は一カ月に16,000人ほどが来場したが、先月の来場者は400~500人と苦しい状況。「これからメジャーに駆け上っていく人たち、音楽の表現の場を求めてみなさんここに立たれて、ここから武道館など大きい会場を目指していかれる。“音楽の始まりの場所”としてのライブハウスの一面も持ちながら、僕としてはライブハウスは“音楽の終わりの場”の一個だと思っているんです。メジャーアーティストとして成功をされて、バンドが解散したり、音楽活動を休止したりして、またライブハウスに戻ってきて弾き語りだったり、違う形で音楽活動を続けていく場でもあるんですよね。その場がコロナウイルスの影響でなくなってしまう状況になっています。こうやってヤマハさんとライブハウスを使って音を再現して、(お客さんに)わざわざ来ていただいて、ここで体験してもらうのは非常に面白い取り組み、大事なことだと思っております」とコメント。


▲Veats Shibuya店長 川上貴也氏。Veats Shibuyaはビクターエンタテインメントが直営する新ライブスペース。音楽の基本的な構成要素である「Beat」とVictor Entertainmentの略称「VE」をかけあわせた造語。“Beatが鳴り響く場であり続けてほしい”という思いと、「e」=entertainment、「a」=art、「eat」=食をそれぞれ表現し、音楽を中心とした総合エンタテインメントスペースとして愛されてほしいという願いが込められている。

また、アーティストによるライブ配信についても言及。「ファンに向けて営業しているところが大きいので、どうしても動員数や視聴数は落ちていくという状況になると思うんです。もともとライブハウスは、“気になってるアーティストがいるから見に行こうかな”と気軽に見られるところがあったのですが、そういったところも人数制限で見られない。そうなった時にDistance Viewingという形を通して、完全再現というところで、わざわざライブハウスに来ていただいて、大きい音、そして音楽を体感してもらってアーティストの魅力を、ファンの方は楽しんでいただく、(そのアーティストを)知らない方達もご来場いただいて、こういうアーティストなんだ、というところを体感していただくというところが大きい」と、Distance Viewingへの期待を寄せる。

「ここから先もライブハウスは非常に苦しい状況が続いていくと思いますけれども、こういう取り組みを通して、音楽の火を絶やさないということも大事だと思っているので、こういう機会を通してみなさんが各地のライブハウスに訪れる日が来ればいいなと思っております。」

■ライブビューイングとは異なるDistance Viewingの仕組み

Distance Viewingの仕組みについては、「ライブ中の音響、映像、照明のデータをそれぞれ連携した形で保存し、それをもう一度再現させる」と説明がなされた。特にヤマハの中で力を入れているのは音だという。


▲Distance Viewing システムフロー

普通のライブの音は、楽器それぞれの音を音響のエンジニアがミックスしてライブ会場の大型のスピーカーで流す。現在、アーティストが使っているライブ配信やライブビューイングでは、どうしても家庭の環境で再生できる音作りになっている。家庭ではライブと同じ音量は出せないので、ライブハウスほどの音圧を感じることは不可能だ。一方、Distance Viewingでは、加工前の個々の楽器の音、PAエンジニアという音響のプロによる操作データ、さらに大型のライブ用スピーカーを使って、ライブの音を再現する。これに等身大の映像と照明演出を加えて、本当にライブを見ているかのような体験を届けることができる。また、ステージ上のスクリーンは一見1枚に見えるが、実際は2枚を組み合わせたもの。どこのライブハウスに持っていっても、会場のステージの大きさに合わせて調整ができるよう準備していくという。

Distance Viewingの今後の展望も語られた。まずは企画に賛同するアーティストやライブハウスを募り、イベントを実施。よりカンタンにオペレーションができる仕組みも開発していく。ライブハウスに貢献できるよう事業として継続するため、収益化を目指すことも示された。また、ある会場でのライブを別の会場に届ける仕組みも作っていく。たとえば、Veats Shibuyaで行われたライブを、全国のライブハウスに届けていくこともできるのではないかとのこと。最終的にはライブを真空パックして、今まで見られなかった遠くの会場でのライブや、チケットがとれないライブ、過去の伝説のライブまで見られるようにしたい、など夢が広がる未来が紹介された。


▲左よりYamaha COVID-19 Projectプロジェクトリーダー畑紀行氏、Distance Viewingの開発者のヤマハデザイン研究所主事 柘植秀幸氏、Veats Shibuya店長の川上貴也氏。
この記事をツイート

この記事の関連情報