ヒューイ・ルイス、スティーヴィー・レイ・ヴォーンとのツアーを回想

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ヒューイ・ルイスが、1984年頃、一般的にはまだそれほど知られていなかったスティーヴィー・レイ・ヴォーン(ダブル・トラブル)とツアーを行ったときの逸話を明かした。当時のスティーヴィーはミュージシャンの間で評価が高く、1983年にリリースされたデヴィッド・ボウイの『Let’s Dance』でプレイするなど注目されつつあったが、まだ広く知られた存在ではなかった。一方のヒューイ・ルイス&ザ・ニュースは「Do You Believe In Love」(1982年)が大ヒットし、アルバム『Sports』(1983年)が全米1位に輝く人気バンドだった。

◆ヒューイ・ルイスの投稿

ヒューイは今週、スティーヴィーとのツアーのちょっとした回想録をFacebookに投稿した。「1984年頃、僕らのツアーはソールド・アウトし、エージェントから“オープニングは誰がいい?”って訊かれた。僕は“スティーヴィー・レイ・ヴォーン”って答えた。エージェントは“誰それ?”って言うから、“アルバム、チェックしてごらん”って彼にアルバムを送ったんだ。彼は“素晴らしい。調べさせて”って言ってた」

「当時のスティーヴィー・レイのマネージャーは、実際の価値以上の金を求めてきた。僕のエージェントは、“これは馬鹿げてる。こんな金額払えない。彼らにそんな価値はない。僕らは彼らをツアーに参加させてあげるんだ。彼らが金を払うべきだ」とか何とか言ってた。僕は、“いいじゃないか、払ってやれよ。僕を信じて。そうしたことを喜ぶことになるから”って言ったんだ」

「最初の公演はオクラホマシティだった。僕は早めに到着し、すぐにステージの横に行った。スティーヴィー・レイ・ヴォーン&ダブル・トラブル──トミー・シャノン(B)とクリス・レイトン(Ds)だった。彼らはそれは凄かった。でも、曲が終わると、会場は静まり返った。その後、オーディエンスは“ヒューイ、ヒューイ、ヒューイ、ヒューイ”って声を上げ始めたんだ。僕は“なんてこった、これは酷い。彼らにはわからないんだ”って思った。信じられなかったよ」

そこで、ヒューイは白けてツアー・バスに戻る彼らを追いかけ、こう声をかけたという。「君らは素晴らしかった。こういうことだよ。オーディエンスは僕らに金を払ってる。僕らの音楽を知ってて、会場に来るときもそれを流しているだろう。君らがどれほど良くても関係ないんだ。彼らは、僕らのほうがいいって思うに決まってる。ここで君らに勝ち目はないんだ。でも、家に戻ったとき、どうなると思う? 彼らは“そういえばさ、最初のバンド、かなり良かったよね”って言うんだよ。ま、リラックスしてくれ。いい時間を過ごして。僕を信じろ。これは君らのためになる」

「彼らはその通りにし、ツアーは素晴らしいものになった。スティーヴィー・レイは毎晩、ステージに上がり僕らと“Bad Is Bad”をプレイした。僕らはツアーの間ずっと切っても切れない仲だった」



ダブル・トラブルは、どんどん知名度を高め、4枚目のスタジオ・アルバム『In Step』(1989年)でグラミー賞(最優秀コンテンポラリー・ブルース・アルバム)を受賞。しかし悲劇が襲い、スティーヴィー・レイ・ヴォーンは1990年8月27日、乗っていたヘリコプターが墜落し、35歳という若さでこの世を去った。

Ako Suzuki
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