【コラム】アルファが発見した巨大な才能、荒井由実

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撮影:三浦憲治

アルファミュージックの創立50周年を記念して開催された<アルファミュージックライブ>が、『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』完全限定生産盤)としてパッケージ化される。発売は2021年3月だ。このライブは、アルファミュージックの生みの親である村井邦彦氏の古希(70歳)を記念して開催されたライブイベントで、松任谷正隆の構成・総合演出によって約3時間半に及ぶボリュームを誇るものだった。


▲村井邦彦氏

まもなく発売となる『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50TH Anniversary Edition』は、2015年9月28日~29日の2日間に渡って行われた、アルファミュージックに所属していたアーティストたちによる豪華な競演ステージ<アルファミュージックライブ>の模様を収録したものである。

このライヴで最も印象に残ったことは、出演したミュージシャンが皆、ひとつのファミリーのように思えたこと。そう、アルファミュージックとは創始者である村井邦彦を父とし、音楽という共通言語で結ばれた、大家族のようなコミュニティを形成していたのだ。

その大家族の長女に当たる人物が荒井由実。結婚し今は松任谷由実と名乗るその人である。ユーミンの愛称で親しまれ、2020年末には通算39枚目のオリジナル・アルバム『深海の街』をリリースし、その衰えぬ創作意欲と高い人気をもって、今も日本のポップ・ミュージックの第一線を走り続けている彼女こそ、アルファが発見した巨大な才能であった。

荒井由実はシンガー・ソングライターとしてデビューする以前、立教女学院高等部在学中の17歳時に、作曲家として世に出た。その最初の楽曲が、このアルファミュージックライブの1曲目に、加橋かつみによって歌われた「愛は突然に…」である。この時点で、彼女は自身で歌うつもりはまったくなかったそうだが、洋楽、ことにブリティッシュ・ロックや教会音楽の影響を受けた彼女の作風は、これまでの日本の音楽にはまったく存在しなかった洗練さを持ち合わせており、そのあまりに独創的なメロディーと詞の世界は、作者自身が歌ったほうが伝わるであろうという村井邦彦の判断によって、シンガー・ソングライターとして世に出ることとなったのである。

彼女のデビュー・アルバム『ひこうき雲』は1年の製作期間を経て1973年11月20日に発売された。1972年に先行して発表されていたデビュー・シングル「返事はいらない/空と海の輝きに向けて」も再録音されており、ふたつのバージョンを聴き比べると、彼女のヴォーカル・スタイルが1年のうちに大きく変わったことがわかる。ビブラートを徹底して排除したその歌唱法は、ディレクションを担当した有賀恒夫の熱心な指導によって生み出されたものであった。

『ひこうき雲』はその斬新な世界観が世に届くまで、若干のタイムラグがあった。耳の肥えた音楽ファンからは驚きを持って迎え入れられたものの、一般的なセールスを獲得するには至っていない。だが、翌年に発表された2作目の『MISSLIM』が、林美雄のラジオ『パック・イン・ミュージック』などで積極的に紹介されるなど、次第に彼女の認知は高まっていき、3作目となる1975年の『コバルト・アワー』及び先行するシングル「ルージュの伝言」のスマッシュ・ヒットによって一躍脚光を浴びることとなる。


アルファ在籍時、すなわち「荒井由実」の時代のユーミンのアルバムは、バッキングをキャラメル・ママ(~ティン・パン・アレー)が担当していた。ブリティッシュの感性を持つユーミンの作風と、アメリカン・ロック志向のキャラメル・ママとは一見水と油のように思えるが、その融合による化学的変化が、初期ユーミン・サウンドの肝でもあった。この組み合わせを発案したのも村井邦彦である。そして2作目までは内省的な世界を表現していた荒井由実も、『コバルト・アワー』では自覚的に、外側に向いた楽曲づくりへと変わっていく。「ルージュの伝言」がフィフティーズ・ロックンロールの完璧な再現であったことでもそれは証明されている。そしてここから先の彼女は洗練された上質なメロディーと、キラキラと輝く世界観をもって、日本のポップ・シーンを大きく変えていくことになる。その圧倒的な才能のきらめきに、ようやく人々が気付いたのはこの時期で、それが同年秋に発売され、初のチャート1位をもたらした「あの日にかえりたい」の大ヒットに結実。同時に彼女の過去のアルバムがいきなりセールスを伸ばし始める現象まで起き、ユーミン・ブームと呼ばれるまでの爆発的な人気を獲得した。

この1975年に、ユーミンは作家としても本格的に活動を開始する。それまでも長谷川きよしやかんせつかずらへの楽曲提供はあったが、作家としての彼女を飛躍させたのは、同じアルファの所属で、同年2月にデビューしたコーラス・グループ、ハイ・ファイ・セットの存在である。ハイ・ファイ・セットのデビュー曲はユーミンが書いた「卒業写真」。同時発売となった彼らのファースト・アルバムにも数曲を書き下ろしている。


その後、同年にはアグネス・チャンに「白いくつ下は似合わない」を作詞作曲、そしてバンバンに提供した「『いちご白書』をもう一度」が爆発的なヒットとなり、ユーミンはシンガー・ソングライターとして、また作家としても大きく飛躍することになったのだ。

ハイ・ファイ・セットは、赤い鳥のメンバーだった山本俊彦、山本潤子、大川茂の3名が解散後に結成したグループである。荒井由実は彼らのメイン・ライターとしてその後も数多くの楽曲を提供、1976年6月に発売されたセカンド・アルバム『ファッショナブル・ラヴァ―』は、ほとんどの曲を荒井由実が作詞、作曲も彼女と松任谷正隆らで手がけている。デビュー当初はユーミン自身が表現する以外、その楽曲の的確な歌い手が見つからなかったのだが、ハイ・ファイ・セットはその最適な表現者となった。それは書き下ろし曲のほか「海を見ていた午後」「中央フリーウェイ」など、彼らがユーミン自身のカヴァーを歌っていることでもよくわかる。実際にユーミンとハイ・ファイ・セットは一緒に全国ツアーを回っており、音楽的なセンスにも共通する点が多かった。前述の「あの日にかえりたい」の、イントロのスキャットは山本潤子のヴォーカルであり、その後ユーミンが1996年に、荒井由実時代のナンバーだけを歌う<荒井由実コンサート>でも、山本潤子はゲストに迎え入れられ、2人で「卒業写真」を歌っている。

ハイ・ファイ・セットは1977年に、モーリス・アルバートのカヴァー「フィーリング」でチャート1位の大ヒットを飛ばし、人気のピークを迎える。その後も日本では数少ない都会派のコーラス・グループとして長く活躍し、1994年に解散する。残念なことに2014年には山本潤子が無期限休養に入り、同年には夫の俊彦の急逝もあって、<アルファミュージックライブ>への出演は叶わなかった。ユーミンが荒井由実として出演し歌った2曲のうちの1曲が「中央フリーウェイ」であったことは、まるでハイ・ファイ・セットへのラブコールのようにも思える。1970年代、日本の音楽シーンに、それまで聴いたことのない洗練されたポップスを届けてくれた荒井由実とハイ・ファイ・セットは、まさしくアルファミュージックという音楽一家から生まれた破格の才能であり、その美しい旋律は長い年月を経た現在でも古びることなく、多くの人に愛され続けているのだ。


文◎馬飼野元宏

『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』

2021年3月4日発売
Blu-ray Disc(2枚組)+Blu-spec CD2(2枚組)+ブックレット 三方背BOX
MHXL-92¥13,000+税
監修:村井邦彦
<収録予定>
DISC-1(Blu-ray Disc)
1.【プレゼンター:荒井由実】
2.愛は突然に・・・/加橋かつみ
3.花の世界/加橋かつみ
4.【プレゼンター:吉田美奈子】
5.竹田の子守唄/紙ふうせん(赤い鳥)
6.【プレゼンター:ミッキー・カーチス】
7.学生街の喫茶店/大野真澄(GARO)
8.【プレゼンター:服部克久】
9.蘇州夜曲/雪村いづみ(演奏 ティン・パン・アレー)
10.東京ブギウギ/雪村いづみ(演奏 ティン・パン・アレー)
11.【プレゼンター:野宮真貴】
12.ひこうき雲/荒井由実(演奏 ティン・パン・アレー)
13.中央フリーウェイ/荒井由実(演奏 ティン・パン・アレー)
14.【プレゼンター:細野晴臣】
15.ほうろう/小坂 忠(演奏 ティン・パン・アレー+高橋幸宏)
16.機関車/小坂 忠(演奏 ティン・パン・アレー+高橋幸宏)
17.【スピーチ:桑原茂一】
18.【プレゼンター:向谷実】
19.朝は君に/吉田美奈子
20.夢で逢えたら/吉田美奈子
21.【プレゼンター:紙ふうせん】
22.Mr.サマータイム/サーカス
23.アメリカン・フィーリング/サーカス
24.【プレゼンター:サーカス】
25.ピアニスト/山本達彦
Disc-2
1.【プレゼンター:坂本美雨】
2.あの頃のまま/ブレッド&バター
3.MONDAY MORNING/ブレッド&バター
4.【プレゼンター:ブレッド&バター】
5.La vie en rose/コシミハル
6.【プレゼンター:鮎川誠】
7.YOU MAY DREAM/シーナ&ロケッツ
8.LEMON TEA/シーナ&ロケッツ
9.【プレゼンター:高橋幸宏】
10.Hot Beach/日向大介 with encounter
11.【プレゼンター:荒井由実】
12.RYDEEN/YMO、村井邦彦
13.翼をください/Asiah、大村真司、林一樹、村井邦彦、紙ふうせん、村上"ポンタ"秀一
14.音楽を信じる/小坂忠、Asiah、大村真司、林一樹、村井邦彦、村上"ポンタ"秀一
15.美しい星/村井邦彦
DISC-3(Blu-spec CD2)
1.愛は突然に・・・ / 加橋かつみ
2.花の世界 / 加橋かつみ
3.竹田の子守唄(シングル・バージョン)/ 赤い鳥
4.美しすぎて / ガロ
5.蘇州夜曲 / 雪村いづみ
6.東京ブギウギ / 雪村いづみ
7.ひこうき雲 / 荒井由実
8.中央フリーウェイ / 荒井由実
9.ほうろう / 小坂 忠
10.機関車 / 小坂 忠
11.朝は君に / 吉田美奈子
12.夢で逢えたら/ 吉田美奈子
DISC-4(Blu-spec CD2)
1.Mr.サマータイム / サーカス
2.アメリカン・フィーリング / サーカス
3.ピアニスト / 山本達彦
4.あの頃のまま / ブレッド&バター
5.MONDAY MORNING / ブレッド&バター
6.La vie en rose / コシミハル
7.YOU MAY DREAM / シーナ&ロケッツ
8.レモンティー / シーナ&ロケッツ
9.Hot Beach / INTERIOR
10.RYDEEN / YELLOW MAGIC ORCHESTRA
11.翼をください(シングル・バージョン)/ 赤い鳥
13.音楽を信じる We believe in music / 小坂 忠、Asiah
14.美しい星 / 赤い鳥

<アルファミュージックライブ>
エクゼクティブ・プロデュ―サー:村井邦彦
構成・総合演出:松任谷正隆
主な出演者:荒井由実(松任谷由実)、大野真澄(元GARO)、加橋かつみ、小坂 忠、コシミハル、後藤悦治郎(赤い鳥&紙ふうせん)、サーカス、シーナ&ロケッツ、鈴木 茂(Tin Pan Alley)、高橋幸宏(YMO)、浜口茂外也、林 立夫(Tin Pan Alley)、日向大介 with encounter、平山泰代(赤い鳥&紙ふうせん)、ブレッド&バター、細野晴臣(YMO&Tin Pan Alley)、松任谷正隆(Tin Pan Alley)、 村井邦彦、村上"ポンタ"秀一(赤い鳥)、山本達彦、雪村いづみ、吉田美奈子 他 ※五十音順
映像制作・発行:WOWOWエンタテインメント株式会社
CD制作・パッケージ販売元:ソニー・ミュージックダイレクト

◆『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』オフィシャルサイト
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