【インタビュー】Bitter Lake Recordings、米国レーベルが日本の1980年代インディーズバンドをディグる理由「宝石が隠れている」

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▲PIPYU

自分の人生にそんなことが起きるなんて、まさに青天の霹靂だった。昨年2020年のゴールデンウィークのことだ。緊急事態宣言が発令され、自粛生活を送っている真っ最中にアダムと名乗る人物が突然、Facebookを通じて筆者に連絡してきたのだった。

◆Bitter Lake Recordings 画像

彼からのメールには、ニューヨークでBitter Lake Recordings (以下、BLR)というインディレーベルをやっているのだが、PIPYUが1985年にリリースした9曲入りのカセットテープをアナログレコードとしてリイシューしたいと書かれていた。

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■人生でやりたかったことは日本の音楽を
■欧米の人にも見つけてもらうこと

ご存じない人がほとんどだと思うので、説明させてもらうと、PIPYUとは筆者が高校時代に同級生と始め、その後、大学の4年間、やっていたパンクバンドである。リズム隊が常にサポートだったため、ライブは数えるほどしかできなかったが、音楽面のリーダーだったギタリストが曲をレコーディングすることに意欲的で、件のカセットテープの他、オムニバス盤の参加曲やスプリットシングルなど、いくつか音源を残している。

中でも、設立から38年経った現在もリリースを続けている京都・舞鶴のインディレーベルMCR COMPANYのコンピレーション『This Is The Life』に参加したことが大きかったと思うのだが、バンド消滅後、何年も経ってから、それら音源が国内外のパンク/ハードコアのマニアックなファンによって“発掘”されたことによって、活動している当時は無名だったにもかかわらず、いつしか知る人ぞ知る存在になっていたことにはびっくりさせられた。

欧米のバンドの影響を受けながら、独自の発展を遂げた1980年代の日本のパンク/ハードコアが国内はもちろん、海外でも人気があるということは知っていたが、THE STALINといったシーンを代表するバンドだけにとどまらず、ファンのマニア心は有名どころを聴くだけでは飽き足らず、いつしか誰も知らない、いわゆるオブスキュアなバンドを発掘することにも向けられ始めたようだ。

▲PIPYU『S/T』

1980年代と言えば、THE WILLARD、LAUGHIN' NOSE、有頂天らの活躍によって、日本のミュージックシーンにインディーズブームが盛り上がった時代だが、ブームになる以前から多くのバンドがソノシートを含め、自主制作の音源をリリースしていたことを考えると、“お宝”が眠っている掘り甲斐のある時代、シーンなのだろう。もちろん、我々PIPYUもそんな1980年代の空気に刺激され、自主制作の音源をリリースしていたわけだが、件のカセットテープが数年前、とあるオークションサイトで15,000円で落札されたと人づてに知った時は、うちに在庫は残っていないか⁉と探したものだ。

15,000円という高値にはたまげたが、そのカセットテープや1988年にリリースしたスプリットシングルが一時期、国内外の中古マーケットでそれなりに流通していたことは知っていた。スプリットシングルに30ドルの値がついていることを知った時もうちに在庫はないか⁉と探したが、だからとは言え、35年前にリリースされたカセットテープを、アナログレコードとしてリイシューしようなんて奇特な人がいるなんて、にわかには信じられなかった。

自分たちが作った音楽を認めてもらえることはうれしい。しかし、それを求めている人が果たして、どれだけいるんだろうか⁉ そういう気持ちがあったから、正直最初は、デビューさせてやるから、それに必要な100万円を払え、みたいな詐欺なんじゃないかと疑った。

ところが、そうじゃなかった。しかも、ロイヤルティーまで支払うというではないか。こちらが提供するのは、マスターの音源とジャケットの原画を含め、アートワークを作るのに必要な素材だけ。しまいこんでいる古い写真を探したり、歌詞カードを作るため、歌詞を聴き取りしたりするのは、多少、手間がかかりそうだが、自粛期間中でちょうど時間もある。メンバーと相談して、リイシューしてもらうことにしたわけだが、オファーを受け入れる上で一番の決め手になったのはBLRのリリース実績だった。

▲Adam Abou-Heif (Bitter Lake Recordings)/C.Memi

というわけで、ここからレーベルのオーナーであるアダム・アブ・ヘイフ(Adam Abou-Heif)の発言を交えながら、パンク/ハードコア/ニューウェーブを中心に1980~1990年代の日本のアンダーグラウンドバンドのリイシューを続けているBLRのことを紹介していきたいと思う。

BLRはニューヨークのブルックリンでMATERIAL WORLD RECORDSというアンダーグラウンドおよびアウトサイダーミュージック専門のレコードショップを経営しているアダムが2017年に始めたレーベルだ。

「以前は2010年に立ち上げたKATORGA WORKSというコンテンポラリーパンクとハードコア専門のレーベルを持っていました。しかし、時間が経つにつれ、アメリカのパンクシーンへの興味が薄れ、自分自身の音楽の好みが変わっていきました。その時期に日本の音楽に惹かれていきました。
 そして運命的にも、大阪のレコードショップPunk & Destroyのオーナーで私の友達のサザナミ カズヒコさんにDendö Marionetteの再発をしないかというお話をいただきました。その時、自分が人生でやりたかったことは、世にあまり知られていない、大好きな日本の音楽を再発し、欧米の人にも見つけてもらうことだとわかりました」──アダム・アブ・ヘイフ

▲Dendö Marionette『傀儡電伝』

Dendö Marionetteは1980年代前半、大阪を拠点に活動していたシンセパンク/ニューウェーブバンドだ。ひょっとしたらDEAD ENDの1stアルバム『DEAD LINE』(1986年発表)をリリースしたレーベルNight Galleryのオーナーが在籍していたバンドとして、その存在を認知しているという読者も少なからずいるかもしれない。その彼らが1981年~1982年にレコーディングした未発表曲も含む9曲を集大成した『傀儡電伝』を2017年10月、520枚限定のアナログLPとしてリリースしたBLRは以来、精力的にリリースを重ね、我々PIPYUの『PIPYU』も含め、これまで19作品を世に送り出している。ちなみにBLRの作品はレーベルのBandcampで視聴およびソールドアウトしていない作品に関しては購入ができるので、興味のある方はぜひ。

リリースの初期においては、Dendö Marionetteに加え、大阪のニューウェーブバンド“ネオマチス”のボーカリストだったC. Memi、東京のシンセポップデュオDIASTEREOMERなど、ニューウェーブ系のバンド/アーティストのリリースが多かった印象もあるが、やがて広島の共三党、札幌のF.U.P.といったハードコアバンド、さらにはSacrifice、GRAVE NEW WORLDといったメタルバンドもライナップに加わり、徐々にカタログを充実させてきた。リイシュー専門とは言え、4年で19作はアダムがほぼ一人でレーベルを運営していることを考えると、なかなかの数だと思う。

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