【コラム】我々はなぜ『格付けチェック』でプロとアマチュアの演奏を聴き間違うのか

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たまにSNSで「一般人とオタクで意味が違う単語」という話題が上がってくるのだが、音楽史の授業では「洋楽・邦楽」の使い方が一般人のそれとは異なっている。最初に大学の講義で「演歌は洋楽です」と教わった時には混乱した。定義って難しい。

さて、お正月になると恒例の『芸能人格付けチェック』が世間を盛り上げる。私はいつも「美味いものいっぱい食べてるタレントさんが激安食材と高級食材を間違えるなら、ウチは激安食材でいいか」なんて思いながら楽しく視聴している。

この番組でとりわけ話題になるのが「音楽にまつわる問題」だ。どっちの演奏がプロか、どっちの楽器が数億円するものか。味覚問題と違って、音楽にまつわる問題はテレビ越しにも体験できるので、視聴者にとって大きな盛り上がりどころだろう。

だが、この盛り上がりに対して、演奏家たちが苦言を呈する場面も見かける。特にアンサンブル系で「どちらがプロで、どちらがアマチュアの演奏か」を判別する問題のときは、SNS上に「アマチュアの方が上手かった!」という意見があふれるので、演奏家たちの苦言も増える。

私は音楽科出身のいちアマチュア金管楽器奏者として、この意見のすれ違いを心苦しく思っていた。自分が師と仰ぐトッププレイヤーたちが「アマより下手」と言われているのは悲しいし、志半ばで挫折した私含む元プロ志望のアマチュア奏者たちも浮かばれない。そこで今日は、このすれ違いについて一つの意見を言わせていただきたい。番組を批判する意図は無く、あくまで私の価値観からの意見なので、参考程度に聞いてほしい。

まず初めに言いたいのは、「演奏のプロ・アマを聴き分ける問題」は「演奏の優劣を聴き分ける問題」ではないということだ。大前提としてプロは上手いし、厳密に言えば「どちらが上手いか」で聴き分けているのだが、専門家は一般人が思うほど“単純な優劣”でプロ・アマを判断していない。

クラシック音楽の世界では、スクールバンド、市民楽団、プロ楽団などで聴きどころがそれぞれ異なっている。そのため「全国コンクールで満点優勝した学生吹奏楽部の演奏」と「音大生だけで結成した吹奏楽団の演奏」ではどちらが優れているかと問われたとき、「比較するものではない」と答える専門家もいるだろう。


あくまで一意見ではあるが、たとえばアマチュア演奏家の代表である中学・高校の学生吹奏楽部に求められているものは、「その楽曲とどれだけ真摯に向き合い、完成度を高められているか」だと思う。学生たちは長い時間をかけて1~2曲を完成させ、青春を懸けて本番に臨む。それ故に学生バンドの演奏は“曲に慣れている”し、難しい指使いや複雑なアンサンブル、強弱表現の大胆さ、情熱的な表現に関しては上手く、気迫も半端ではない。

一方、学生を含むアマチュア演奏家のプレイは主に「音色」「音程」「音楽に関する専門知識」の面でプロに劣る。もちろん個人単位では優秀な学生もおり、それが未来のプロとなっていくわけだが、特に「音色(音の処理)」という要素は「それが完璧ならあなたはプロです」というくらい難しいものであり、ここにプロとアマチュアの差が出てくる。

以前、打楽器をやっている方から聞いた話では、シンバルは単純な楽器ながら、1,000打に1回しか理想的な音が出せないという。ヴァイオリンをやっている方も「運指は1~2ヵ月で覚えられるけど、良い音を鳴らすには一生かかる」と話していた。とんでもない世界である。それをクリアして、出したい音色を自在に操れるのがプロだ。


それほど良い音色を出すことは難しいけれど、一般人目線で見れば、音色の良さは“地味な要素”でもある。「ゆったりした曲」と「速い曲」だったら、多くの人は後者のほうに技術を感じやすいだろう。プレイヤー側にしても、特に演奏歴の短い学生は基礎練習を積み重ねる間も無く演奏会用の難曲を練習し始めるので、細やかな音色作りが間に合わなくなりがちだ。

ゆえに、プロとアマチュアでは音色に大きな差が出る。とはいえ、上手いアマチュア奏者は学生でも100点満点中70~80点くらいの音色を出すし、曲によって「音色をどう活かすか」も変わるので、その楽器に詳しくない人が音色の良さを聴き分けるのは難しい。

また、アマチュアのほうが有利な要素はあると思う。プロ奏者たちは「楽団の仕事だけ」をやっているわけではなく、普段は学生を指導したり、別アーティストのレコーディングに参加したり、ソロ活動の練習やリハーサル、本番をこなしている。そのため、プロ楽団の中には数回の練習や合奏で本番を迎えるところが少なくない。

対してアマチュアの代表たる学生の部活動では、楽譜が配られてから、個人練習、パート練習、セクション練習(数グループでの合奏)、全体合奏などという過程が数ヵ月単位で繰り返された後に本番を迎える。一般市民団体の団員でも、抱える曲の数はプロほど多くない。結果としてアマチュア奏者は「1曲と向き合う時間」が長くなり、その曲に対する熟練度が上がる。

それでもやはり、プロ奏者は音の鳴り(音色・音量・安定感)が桁違いだ。プロの音色はどこを切ってもバランスが良い。複雑な場面や速いパッセージを難なく、かつ抜群の安定感で鳴らし、情熱的な場面こそ技術で魅せる。プロの演奏は難曲を難しく感じさせないし、端々に学んできた理論や知識が出ている。

音楽についての専門知識がある人が聴けば「どちらがプロかアマか」は判別がつくだろう。これは優劣ではなく、「アマチュア特有のサウンド」「プロ特有のサウンド」があるからだ。絵にたとえると、アマチュアのサウンドは「デッサンは未熟だが勢いがあるもの」、プロのサウンドは「デッサンは完璧でサッパリまとまっているもの」という感じで、それぞれに特徴がある。

そのどちらを「好む」かは、個人の感性と価値観の違いで良いと思う。吹奏楽愛好家の中には、「学生演奏が好きで、プロの演奏は好きじゃない」という方が確かにいる。逆に「プロの演奏しか聴かない」という方もいる。分け隔てなく聴く方も当然いる。詳しい方でも好みが分かれるので、一般の方の好みが分かれて当然だ。


そして、人はだいたい「好き」なものを「上手い」と感じる。上手さの絶対的な基準がわからない場合は尚更だ。これは容姿の好みや食べ物の好き嫌いと同じことなので、自分の好みでないものを「不細工」「不味い」と言うのはあまり良くない。クラシック音楽の話に限らず、物事全てにも言えることだ。

番組に出演して、あるいは番組を見てプロの演奏を当てられた方は、優れたセンスと耳をお持ちの方か、クラシック音楽における技術の高さを理解されているか、プロの演奏に耳が慣れているか、プロの演奏が好みか、そのどれかだと思う。音程の正確性で聴き分けた方もいる。敢えて今回はあまり触れなかったが、管楽器やヴァイオリン類の音程の正確性はおおむね熟練度や演奏年数に比例するので、学生には難しい部分である。

当てられなかった方は、次に挑戦するとき「比較的サウンドの印象がスッキリしてて、個々の楽器がそれほど強く主張していない演奏」を選ぶと、プロの演奏を当てられる可能性が高い。また、熟練度による音色の違いは音の立ち上がりと終わりの処理方法に出やすいので、注意して耳を傾けてみると良い。

「吹奏楽部だったのに間違えた」という方は、上達目標を「上手いアマチュアの演奏」に設定していた方かもしれない。楽器を始めたばかりの中学・高校生にとって、プロの演奏は全くの異次元。なので結構な数の学生や指導者は「全国大会金賞の学校の演奏」を目標に設定している。結果、いつも目標としているものを当ててしまうことがよくある。

稀に「楽器経験も音楽知識も無いけど、熟練度を聴き分けてプロを当てられた」という方もいるが、それは誇れる才能である。あなたが聴いている音楽は、他の人の聴いている音楽より色鮮やかかもしれない。ぜひこの機会に、クラシックを聴き始めてみてはいかがだろうか。


……と、頭ではわかっているのだが、実を言うとこれを書いている私自身も、正解率は7~8割といったところ。自信は全く無いどころか、間違う自信のほうがある。なので毎回スパスパ当てる一流芸能人やプロの演奏家の方々はホントに凄い。もう尊敬の気持ちしか無い。

なんだか酷いオチがついてしまったけれど、番組を観てプロの演奏を疑ったりするのも、音楽と触れ合うひとつのきっかけだ。クラシック音楽を「楽しむ」機会が減った今日このごろ、テレビ番組をきっかけに、普段はクラシック音楽をあまり聞かない方々が演奏と向き合うのは素敵なことである。

SNSでの議論を見ていると、「それはちょっと……」と思うこともあれば、音楽に携わる者みんなが学ぶべきこともたくさんある。次回の放送を楽しみにしながら、私はとりあえず、正解率を9割にする努力をしたい。

文◎安藤さやか(BARKS編集部)
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