【コラム】音を立てて激しく湧き上がる、秋山黄色の本音

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どれだけ取り繕えるようになっても、生い立ちはなかなか消えてはくれない。中高生の頃、いわゆるスクールカーストというものの底辺にいたため、街で活発で華やかな風貌の中高生の女子とすれ違う瞬間は心臓から鈍く軋む音がする。トラウマというほどではないが、古傷が疼くあの感覚に、これは一生背負わなければならない呪いのようなものなのだろうなと思う。

とは言いつつ、20代半ばくらいからその呪いのおかげで見える景色があることを自覚するようになった。試験の順位は下がり続けるのに勉強する気も起きず、クソみたいな気持ちを抱えながら部屋でパソコンに向かって誰に読ませるわけでもない言葉たちを一心不乱に並べていたことが、今の自分に通じているとも思えた。渦中ではなかなか気づけないが、あのどうしようもない歪な時間のなかには、喜びや救いだけでなく、未来へとつながる一筋の光もあったのだ。

そんなことを思ったのは、秋山黄色の2ndフルアルバム『FIZZY POP SYNDROME』が、彼の過去と現在と未来のスクランブル交差点のような作品だったからだ。宇都宮という地方都市で退屈をかき消すように音楽へとのめりこむ姿、タイアップ作品の世界観を自分なりの手法で丁寧に表現する姿、ダイナミックなギターとともに強いメッセージを放つ頼もしい姿など、様々な彼が存在するが、そのどれもが嘘がなく等身大である。

ポップパンク然としたサウンドに乗せてもがきながらも進んでいこうと訴える「サーチライト」や、《這って進んで叫んでやれ》と歌うハードでダンサブルな「アイデンティティ」などは、これまでの彼にはなかったメッセージ性の強い楽曲である。その想いに伝え方に大いに関わってくるのが彼の「生い立ち」だ。

どちらの曲も歌詞には「苦しみ」の存在が色濃い。すなわち彼はどれだけ現状が変わろうが、消えない悲しみ、消えない呪いがあることを知っていると言い換えられるのではないだろうか。ゆえにそのポジティビティも「そんな暗い顔してないで、明るい場所へ連れてってやるよ」ではなく、「暗い顔もしたくなるよな。どんなことがあったのか聞かせてくれよ」というスタンスに近い。



その核心であり象徴ともなるのがアルバムのラストを飾る「PAINKILLER」だ。ヘヴィでエモーショナルなバンドサウンドにぶち込まれるのは、《その痛みを教えてくれ》というメンタリティが貫かれたパンチラインの連打。ラストに《居てくれ》という言葉を用いるのは、「生きてくれ」という言葉では重すぎて潰れてしまう人がいることを知っているからだろう。それを彼に教えたのは、彼の生い立ち以外の何物でもない。

「PAINKILLER」がここまで強い説得力を持つのは、それまでの9曲に綴られる物語も大きく影響している。ノンフィクションと推察されるそれらは、痛烈でありながらもどんなに取り繕ったフィクションよりも懐が深い。

初手「LIE on」では晴れやかなポップパンクに乗せて《あなたも私もOFFにしたLIE》と歌い、ここに残すものには嘘がないと宣誓。リフレインと緩急を効果的に用いたポップソング「月と太陽だけ」ではあなたへの真摯な想いをしなやかな歌声で届け、けだるいダンスロック「Bottoms call」ではくさくさした日常をユーモラスに綴りつつ《なあ たまに電話くれよ》や《一生逃げようよ》、《何してもいいんだぜ/君の手は》と軽やかに呼びかける。「音楽という逃げ場があったから俺はこうしていられるんだ」とあくまで間接的に伝えるという距離感もまた心地好い。


歪んだギターが軽快に響く「宮の橋アンダーセッション」やレゲエ風の「ゴミステーションブルース」といった、彼が送ったアンダーグラウンドな生活を綴った楽曲も、絶望というよりは青春的な瑞々しさを放つ。郊外で足掻きながら退屈を消そうとしていた過去の彼にとって、音楽の存在の大きさはもちろん、その生活のなかで這いながらも奮起してきたことが、今を生きる音楽家としてのエネルギーにもなっているのだろう。「ホットバニラ・ホットケーキ」の《Do Re Mi Fa So La Ti Do/無しで生きるのはもっと難しい》というラインから察するに、「音楽がなくなったら俺だってどうなるかわからない」という切迫感もまた、彼を突き動かすのではないだろうか。

つまり『FIZZY POP SYNDROME』は、彼の現在のリアルと、その裏付けとなるバックグラウンドが明示されており、それらが「PAINKILLER」という人生哲学を導き出したと言っていい。ポップスと言ってしまうにはあまりにもハードコアで、シンガーソングライターと言うにはサウンドと歌の融合性と相乗効果が際立ち、ロックと言うには過剰なくらいに人思い。彼がこれまでのセオリーやカテゴリーにはめることができない規格外のアーティストなのは、なによりも自分に、そして音楽に嘘をつかないことを誓約にしているからだろう。

どんなリキュールやシロップとも馴染んでしまうのに、刺激で存在感を残す炭酸水のような“フィジー・ポップ・ミュージック”。どうにもならない日常に飲まれそうになっている人も、ひとりで部屋にこもって何かに没頭している人も、充実した生活のなかでどこか違和感を覚えている人も、音を立てて激しく湧き上がる彼の本音を体感してほしい。

文◎沖さやこ




アルバム『FIZZY POP SYNDROME』

2021年3月3日発売
初回生産限定盤(CD+DVD)ESCL-5496~5497:3,600円+税
通常盤(CD)ESCL-5498:3,000円+税
1.LIE on
2.サーチライト:テレビ朝日系土曜ナイトドラマ「先生を消す方程式。」主題歌
3.月と太陽だけ
4.アイデンティティ:フジテレビ“ノイタミナ”「約束のネバーランド」Season 2オープニングテーマ
5.Bottoms call
6.夢の礫:「映画 えんとつ町のプペル」劇中挿入歌
7.宮の橋アンダーセッション
8.ゴミステーションブルース
9.ホットバニラ・ホットケーキ
10PAINKILLER
初回盤DVD
・モノローグ
・Caffeine
・サーチライト
・アイデンティティ

◆秋山黄色オフィシャルサイト
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