【特別対談】森川美穂 x 瀬尾一三、ノスタルジーと成熟とを掛け合わせたヴィンテージ感あふれる美しいバラード

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■歌っていられることが何よりも幸せ。とにかくずっと歌っていたいです
■デビューして、「教室」を歌っていた頃から基本は何も変わっていない
(森川美穂)


――ここからは時間を巻き戻して、1985年のお話をうかがいます。瀬尾さんがアレンジを手掛けた「教室」は、森川さんのデビュー曲でした。

森川:そうですね。

――瀬尾さんは自伝的著書『音楽と契約した男』の中で、歌い手のデビュー曲を手掛けるのはすごく責任があるとおっしゃっています。なぜなら、その後のイメージを決めてしまうから。

瀬尾:そう。その人を世の中に初めて認知してもらう機会を、こちらに与えられるわけじゃないですか。ちゃんと考えないと、その人のアーティスト人生を狂わせてしまうかもしれない。ただ、「教室」という、“突然ですが退学します”という曲を現役高校生に歌わせたのも、85年ぐらいはアイドルさんがたくさんいたので、普通のアイドルさんじゃない切り口はないか?ということで、千家(和也)さんがああいう歌詞を書いたと思うんだけど。僕も、普通のアイドルさんが歌番組に出て、振りを付けるような、そういうことはしないでおこうと思った。彼女の年ではちょっと早かったかもしれないけど、アーティストっぽい作り方をしたほうがいいなと思った。だからああいう、派手でもなく地味でもなく、中途半端でごめんなさいというアレンジになったんだけども。

森川:全然そんなことないです。めっちゃインパクトありましたよ。

瀬尾:あれはあれで、めちゃくちゃ考えたんですよ。もっとアーティスト寄りの女の子にしたかったので。普通なら、「テレビの歌番組に出て、イントロで振りを付けるようなものを書いてください」と言われる時もあるんですよ。

森川:へえー、そうなんですか。

瀬尾:昔のアレンジャーは、萩田光雄にしても、船山基紀にしても、みんなそうやって書いていたんです。それを聴いて、プロダクションの人が振付師を呼んで、振りを付けるわけです。でもそういうことはしないと思ったから、ヤマハだから。

森川:そこなんです。実はヤマハ、しようとしたんです、それを(笑)。

瀬尾:あ、ほんと?

森川:「教室」を発売する時に、目黒のヤマハの3階にあったスタジオに、振付師を寄こしたわけですよ。「振付あるから」と言われて、「この曲にどうやってやるの? 嫌だなー」と思っていたんです。そしたら先生が来て、「今から踊りますから、覚えてください」と言われて、見ていたら、すごい踊るんですよ。「マジか?」と思って、「申し訳ないけど、私は踊る気はないから、嫌です」と言ったんです。向こうも「え?」となったけど、「私はやりたくないです」と。歌を歌うことに対して、声が出やすい動きとかだったらいいんですけど、取ってつけたような振りは嫌ですって、さんざんゴネて、「じゃあ、端折ってやります」ということになって、ちょっとだけ教わって、その先生は帰られました。

瀬尾:すごいですよね。十代の子が、それを言ってしまうなんて。

森川:申し訳ないなという気持ちもありつつ、でも「嫌なものは嫌だ」と思ったので。だから、カテゴリーはアイドルではあったんですけど、楽曲もすごく可愛い感じのものではなかったし、ちょっと異質でしたよね。今考えると。


――当時の瀬尾さんは、アイドル歌謡曲もやられていましたけど、ポップス、ニューミュージックと呼ばれていたものとか、そういうところがメインでしたよね。

瀬尾:そうです。シンガーソングライターと仕事をすることが僕のベーシックで、(アイドル歌謡曲の仕事は)全部引き受けていたわけではなかったです。どっちかと言うと、あんまりスポットライトの当たっていないアイドルさんをやることが多かった。いわゆるメインストリームのほうは、僕の中ではちょっと違うと思っていて、彼女みたいに、世の中にコノヤローと思っているような人たちの味方になりたいというか(笑)。

森川:あはは。

瀬尾:彼女の場合は、コモリタくん個人とはそんなに繋がりはなかったけど、バンド(小森田実&ALPHA)は知っていたので、彼が書いているからというのもあってやることになった。これがもし、作曲家の先生が書いていたら、やっていなかったと思う。

森川:ああー。そうだったんですね。

――それを聞くと、ますます、デビュー曲のアレンジが瀬尾一三というのは、奇跡的なことだったと思います。

森川:本当にそうです。私がヤマハ所属だったので、そこの繋がりもあったと思いますけど、今考えても、千家和也、小森田実、瀬尾一三って、繋がりが全然わからない(笑)。それぞれに違う世界を持っている。今名前を見ても、不思議な組み合わせだなと思います。

瀬尾:そういうものを引き寄せる力が彼女にあったということかもしれない。運が良かったのか悪かったのかわからないけど。

森川:良かったと思います(笑)。

――そんな中で、森川さんと瀬尾さんは、当時ほとんど会話をしなかったと。

森川:だから、共通の話題がないから(笑)。

瀬尾:僕からしたら、20歳以上違う女の子なんて、どぎまぎしちゃうじゃないですか。しかも学校帰りで、制服姿で、何を話していいかわからない。だから、黙々とオケを作るしかない。

森川:私たちからすると、ミュージシャンもそうなんですけど、「怖い」というイメージで、みなさん、そんなに饒舌な方ばかりでもないじゃないですか。特にギターの今剛さんとか、めっちゃ怖かったもん。しゃべんないし、いかついし、何この人?と思ってた(笑)。

瀬尾:本当は優しいんだけどね。

森川:そうなんです。甘いもの好きな、すごくいい方なんですけど、当時は本当に怖かった。

瀬尾:まあ、インパクトはすごいからね。髪の毛が長くてね。

森川:スタジオにいる方はみんな怖いなと思っていて、仮歌が終わったら、とにかくスタジオの隅っこで、ずっと演奏を聴いていました。距離感はありましたね。

瀬尾:距離感はね、やっぱり年齢ですよ。取り扱い方がわからない。何度も言いますけど、制服ですよ?(笑) どぎまぎしちゃって、何て話しかけたらいいのかわかんなかったな。

――今日、お二人が仲良くお話しているのを見て、ほっと胸をなでおろしております(笑)。最後に、未来についてうかがいたいと思います。森川さんは現在、大阪芸術大学で後進の指導に当たられていますし、瀬尾さんも、あとに続く世代に何かを繋げたいという思いがあると思うんですが、それについてはどんなことを考えていますか。

森川:瀬尾さんの場合は、教えるというよりも、自分の作品を、後ろから追いかけてくるアレンジャーの方々に音で伝えていくという感じですよね。

瀬尾:うん、まあ、僕の本の中でも、亀田誠治くんが「僕の血の中には瀬尾さんが入っている」と、「小さい時から聴いてきたので、どこかに入っているんです」と言ってくれていて、だから僕は、そういうものを通じて、音楽のDNAを繋いでくれればいいなと思っています。方法論とかそういうことではなく、DNAが繋がっていくことが一番いいことだと思っているので。ウィルスじゃないけど、知らぬ間に入ってきちゃった、みたいなものが良いのかなと。別に、乗っ取りはしませんけど(笑)。ふっと気が付いた時に、「これ、瀬尾一三の匂いがするな」と言ってくれると、僕はそれでいい。僕も先人たちのDNAを、ちょっとずつ体の中に入れてきているわけで、それが「繋がっていく」ということなんだと思います。


▲『音楽と契約した男 瀬尾一三』

森川:でもね、今、セルフプロデュースの時代に来ているじゃないですか。たとえば作り手が詞も書いて曲も書いて、アレンジもして、自己プロデュースをしていく時代で、いわゆるアレンジャーという人は少なくなっていくのかな?と思うんです。

瀬尾:なっていきますよ。亀田くんあたりが最後の世代じゃないかな。僕、萩田、船山とかは、楽器ができないアレンジャーで、僕より下はみんな、楽器のできるアレンジャーなんです。ミュージシャン兼アレンジャーという人たちで、それよりさらに下は、曲から何から全部完成させてしまう。どこにも、自分以外の血が入らない。それはそれで、とても良いものができるけど、僕の中では…僕はミュージシャンではないので、曲に合わせてミュージシャンを選んで、セッションすることによって、思わぬエネルギーが出たり、発見があったり、そういうことがあるんですけど、自己完結してしまう今の若い世代、コンピューターで音楽を作る世代は、そこ(人の繋がり)がなくなった時にどうなるのか…。人と人との接触から生まれてくるものが、人を感動させる要因になると思うんですけど、それを全部一人でやってしまった時、裸の王様になっちゃうのが怖いかなと思ったりします。そこに第三者的な、アドバイスしてくれる人がいるといいと思うけど、そういうやり方をやっていると、すごく早く消耗してしまうんじゃないかな?と思います。

森川:やっぱり、人と何かをやることによって、触発されることは多いですよね。

――森川さんは、歌い手として、これからやりたいことは何でしょう。

森川:やりたいことってね、いつもそうなんですけど、歌っていられることが何よりも幸せなんですよ。「何をやりたいか?」と聞かれたら、とにかくずっと歌っていたいです。本当にそれだけでいい。でもそれがすごく難しいことで、聴いてくださる方がいないと、そこにはいられないですし、でもやっぱり歌っていたい、ただただそれだけなんです。デビューして、「教室」を歌っていた頃から、基本は何も変わっていないんです。その時から「ずっと歌っていたい」という、ただそれだけでした。私は、作詞家、作曲家、瀬尾さんのようなアレンジャー、いろんな方とたくさんお仕事をさせていただいて、歌を歌いながら成長させてきてもらっているので、今は大学で教えていますけど、今まで歌ってきている生きざまを伝えていけたらなと思いますし、何かをやりたいとかじゃなくて、死ぬ直前まで歌っていたら、本当に幸せな人生だろうなと思います。どこで死にたいですか?

瀬尾:え? 僕は、(録音)卓の前で死にたい。

森川 ほら!(笑)。そういう感じ、わかるわ~。私も、ステージでマイクを持ったまま、ふわっと椅子に座ったら死んでいたとか、最高やん!と思う。たぶん、音楽をやってらっしゃる方はみんなそうだと思う。

瀬尾:まあ、二人の死に方は周りに迷惑をかけますけど(笑)。彼女は歌っていたいし、僕は音楽を作っていたい、誰もいないところではできないので。じゃあ、思いは一緒なんだ。美穂さんも、俺の向こうを張って、『音楽と契約した女』っていう本を書くか。

森川:あはは。本当ですね。たいした人生じゃないですけど、ここまで歌い続けられて、本当に幸せだと思っています。

取材・文:宮本英夫

リリース情報

配信限定シングル

『いつかは昔のことになる』
発売中
作詞:松井五郎
作曲:コモリタミノル
編曲:瀬尾一三
品番:YCCI-10502
価格:261 円(税込)


アルバム
『森川美穂 VERY BEST SONGS 35』
発売中
品番:YCCU-10052~53
価格:3,520 円(税込)


配信限定シングル
『HERE WITH ME』
発売中
作詞:SUSANNE MARIE EDGREN(日本語詞:松井五郎)
作曲:小林信吾 
編曲:山﨑哲雄
品番:YCCI-10495
価格:261 円(本体価格)+ 税

ライブ・イベント情報

<森川美穂 カヴァーライブ 2021 春>
【会場】MZES  https://mzes.jp/
【日時】2021年4月17日(土) 
(1回目)開演 15:00
(2回目)開演 18:30
出演:森川美穂(Vocal) 塩入俊哉(Piano)岡崎倫典(A.Guitar)
■会場チケットについて
1回目、2回目とも、25名限定 / FC先行チケット販売後、残席が出ましたら一般発売となります。
■配信チケット発売
1回目 配信チケット ¥3,000(税込)
https://twitcasting.tv/c:mzes/shopcart/60495
2回目 配信チケット ¥3,000(税込)
https://twitcasting.tv/c:mzes/shopcart/60498
※アーカイブ期間も2週間、期間中は何度でも視聴可能

<1年越しの35th Anniversary Concert>
【会場】SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
《振替公演》【日時】2021年7月25日(日)
(1 回目)開場 14:30 /開演 15:00
(2 回目)開場 18:00 /開演 18:30
※現在お持ちのチケットは、振替公演にてそのまま有効となりますので大切に保管していただき、当日お持ちください。
※延期公演のチケット再販は、検討中です。今後の状況を注視しながら、順次判断してまいります。
https://morikawamiho.com/schedule/

書籍情報

『音楽と契約した男 瀬尾一三』
出版社 : ヤマハミュージックメディア (2020/2/10)
発売日 : 2020/2/10
言語 : 日本語
単行本 : 340ページ
ISBN-10 : 4636963059
ISBN-13 : 978-4636963052
吉田拓郎、中島みゆき、長渕剛、徳永英明等を手掛けた音楽プロデューサーが語るヒットの秘密。スペシャル・レジェンド4対談・萩田光雄/松任谷正隆/山下達郎/亀田誠治。音楽活動50年、2,800曲を超える作品リスト掲載

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