【コラム】今の世界に必要なのは、愛と平和とリンゴ・スター

ツイート

3月14日、第63回グラミー賞の授賞式に現れたリンゴ・スターの姿は、ちょっとした見ものだった。何しろ、若々しい。タイトなブラック・ブルゾンを粋に着こなし、ラブ&ピースとユーモアにあふれたスピーチをおこない、レコード・オブ・ザ・イヤー受賞者にビリー・アイリッシュの名を告げる。現在80歳の元ビートルズは、2021年の今もなお、その姿を見せるだけで世界中にポジティブなヴァイブスを放つ、光り輝くスターだった。


そんなリンゴから届いた、今年最大級の素晴らしいプレゼント。それが新曲5曲を収録したニューEP『Zoom In』だ。リリースのニュースが発表されたのは昨年12月で、すぐさま先行配信された新曲「Here's To The Nights」を聴いた時の感動は、3か月経った今も胸に鮮やかだ。作曲は、セリーヌ・ディオン「ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー」、エアロスミス「ミス・ア・シング」など、全米No.1ヒットを数多く持つダイアン・ウォーレン。ゲスト・シンガーにはポール・マッカートニー、ジョー・ウォルシュ、コリーヌ・ベイリー・レイ、ベン・ハーパー、デイヴ・グロール、シェリル・クロウ、レニー・クラヴィッツ…など、とんでもなく豪華なメンバーが参加(ミュージックビデオは必見!)。コロナ禍に疲れた人の心に深く染み入る、素晴らしいメロディのスローバラードだ。


しかし、何よりも素晴らしいのは、リンゴの歌うメイン・ボーカルだ。張りと艶のある、包容力に溢れた、少年の無垢さを未だに保っているかのような、ドリーミーな歌声にうっとりと聴き惚れた。バックを固める友達たちのちょっとした助けを借りて、朗々と歌う姿は、「イエロー・サブマリン」や「オクトパス・ガーデン」を歌うあの声と、ほとんど変わりないように聴こえる。


その後、もう1曲「Zoom In Zoom Out」を先行配信し、いよいよリリースされるのが最新EP『Zoom In』というわけだ。このEPは、2020年4月から10月にかけて彼のホーム・スタジオでレコーディングされたもので、コロナによるロックダウンが続いていたため、スタジオに招いたミュージシャンはほんの数名。ギターにスティーヴ・ルカサー、ベースにネイサン・イースト、ピアノにベンモント・テンチなど、日本でもよく知られる凄腕が揃い、もちろんドラムはリンゴが叩く。そこに最小限のシンセとストリングスなどを加えた、とてもパーソナルな音像の作品に仕上がっている。


早速、聴き進めてみよう。1曲目「Here's To The Nights」は、すでに紹介したように、素晴らしいゲスト・コーラスと共に奏でる、平和と愛と相互理解の尊さを感じさせる美しいバラード。4分ほどの曲だが、どこか「ウィー・アー・ザ・ワールド」を思わせる、個性あふれる歌声の重なりが、壮大なシンフォニーのように聴こえてくる。何度聴いても、名曲だ。

2曲目に登場する「Zoom In Zoom Out」は、シンプルでタイトなシカゴ・ブルース風リフを真ん中に置いた、オールド・フレイヴァ―なロックチューン。いかしたスライドギター、オルガン、ホンキートンク風ピアノ、女性コーラスに彩られ、リンゴの声も伸びやかで楽しそうだ。続く「Teach Me Tango」は、タイトル通りにタンゴ風のリズム、ラテン・パーカッションの乱打をイントロに配した、賑やかなダンスナンバー。あえて声を歪ませたり、様々なエフェクトを使って、ラテンロックの猥雑なかっこよさを表現する、なんて素敵な80歳だろう。

リンゴが共作者に名を連ねる「Waiting For The Tide To Turn」は、なんとレゲエ。凝った仕掛けもひねりも入れず、ストレートなレゲエビートをやっているだけなのだが、そこは年季というもの、噛めば噛むほど味が出る。歌詞はどちらかといえばシリアスなメッセージソングだと思うが、リンゴのふんわりとした歌声がすべてを丸く包み込み、聴き心地はあくまで爽やか。極上の仕上がりだ。そしてEPのラストを飾る「Not Enough Love In The World」は、ザ・ビートルズの中期以降によく登場するミドルテンポのシャッフルビートで、鋭いピアノとエレクトリックギターにホーンの音色を加えた、ノリのいい曲。独特の陰りを帯びたメロディ、“世界には愛が足りない”と訴える歌詞は、60年代から綿々と続く“リンゴ・スターらしさ”の、進化した2020年度スタイルだ。

1960年代から2020年代へ、7つのディケイドに渡って、音楽ファンを幸せな気持ちにし続けているリンゴ・スター。今年はこのEPが出たことだけで満足だと思っていたが、ここまで書いたところで、「どうやら現在、もう1枚のEPを制作中らしい」というニュースが飛び込んできた。一体どこまで元気なのか。リンゴのことを思うだけで、コロナなどで落ち込んでいる暇はないと、ふつふつと勇気が湧いてくる。今の世界に必要なのは、愛と平和とリンゴ・スターである。

写真◎Scott Robert Ritchie
文◎宮本英夫


EP『Zoom In』

2021年3月19日発売
UICY-15973 1CD(EP) 2,310円
歌詞付
解説・対訳付※日本盤のみ
SHM-CD仕様※日本盤のみ
1.ヒアズ・トゥ・ザ・ナイツ
2.ズーム・イン・ズーム・アウト
3.ティーチ・ミー・トゥ・タンゴ
4.ウェイティング・フォー・ザ・タイド・トゥ・ターン
5.ノット・イナフ・ラヴ・イン・ザ・ワールド

◆EP『Zoom In』視聴/購入
この記事をツイート

この記事の関連情報