【連載】Vol.115「Mike's Boogie Station=音楽にいつも感謝!=」

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【近田春夫スペシャル・インタビュー PT4 】


提供:ビクターエンタテインメント

近田春夫スペシャル・インタビューfeat『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』今号はPT4、最終回!

Mike:1970年年代中期から近田選手はタレントチックな活動をするようになった。
近田:あの頃レコードをリリースすると放送局のオーディションでOK貰わないと出演出来なかった。TBSの某名物ディレクター、青柳脩さんから、バンドの演奏は酷いけどオマエのトークは面白い。“ぎんざNOW”に出演しろって言われたんだ。
M:観てたよ。仲良しだったサムこと故・小清水勇&水野三紀が木曜の洋楽コーナー。水野さんは最近僕のイベント(クイーン)に来てくださったけど、近田選手は三紀さんと……。
近田:火曜の洋楽コーナーを担当してた。とにかくあの時代はいろんなことが未開拓、何でもトライしていた。水野さんの旦那は成毛滋の親戚、朝吹亮二で娘さんは芥川賞作家の朝吹真理子。


▲from Mike's Collection

その頃だった、近田春夫事務所を設立したのが、そして1970年代末ヒカシューがデビュー。そういえばYMOデビュー寸前だったと思うけど細野晴臣とセルフ出版(後の白夜書房)の“ウィークエンドスーパー”という雑誌で対談したよ。インタビューしてくれたのは当時編集長の末井昭だったと記憶している。1979年の僕のソロ・デビュー・アルバム『天然の美』ではYMOにも参加して貰った。


▲from KO's Collection

一方で近田春夫&BEEFでも頑張っていた。そこへイリアも参加。僕は勿論ヴォーカル、コロムビアレコードからデビューすることになったんだけど、レコード会社間の協定で、会社を移籍すると半年だかなんだかレコーディング出来なかったんだ。それで僕はグループを離脱しなくてはならなくなって曲作り係となった。その後グループ名をジューシィ・フルーツに変えてデビュー。


▲Pic.by K.Sato

M:1980年、ジューシィ・フルーツは近田春夫・作曲「ジェニーはご機嫌ななめ」で一躍注目を集める。ライヴ観に行ったヨ、当時レギュラー執筆してた音楽業界誌“ミュージックリサーチ”にレビュー書いたような……。僕は近田選手のように自分ワークスよく憶えてない(笑)。ソングライターとしても敏腕ぶりを発揮してましたネ、「恋のぼんちシート」!
近田:ザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」はミリオン・ヒット。知り合いのフォーライフ・レコードのディレクターと結婚披露宴で席が隣になってそこでこの曲の作詞・作曲を依頼された。その時既に編曲が鈴木慶一でバックがムーンライダースに決まってた。当時パクリだとかいろいろ言われた。めんどくさいのでしっかり認めたよ、笑。


▲from KO's Collection

M:デビュー時、池袋サンシャインシティ噴水広場でMCしたことあるんだけど山下久美子にもソングライティングしてますね。
近田:「とりあえずニューヨーク」。これは作曲が筒美京平で作詞が僕。そして、なんとアレンジも担当したんだ。作詞&編曲、こんなことは滅多にないよ。


▲from KO's Collection

M:ここでまた『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』に登場する僕の知り合いと近田選手の関係を聞きます。まずザ・ワイルドワンズの植田芳暁。
近田:そもそもはザ・ワイルドワンズがバンドからコーラス・グループに変身するというのでバック・バンドが必要となり、僕はそのバック・バンドの仕事についに。それが植田との出逢い。1971年日劇ウエスタンカーニバルの時だった。この時はアラン・メリルのサポートも手伝って、アランとはそれ以来の仲。植田とはとは谷啓とザ・スーパーマーケット時代にも一緒だった。


▲Pic.by K.Sato

M:ザ・スーパーマーケットにはコッペもいた。数年前に会ったんだけど、元気してた。大貫憲章とも一緒したことあったんだって、彼から聞いたことあるよ。
近田:彼とは実家がものすごい近くで、ananでアルバイトしてた頃に知り合った。その頃大貫憲章は伊藤政則と連んでた。スーパードーベンバンドで大貫がゲスト・ヴォーカルだった。このバンドは恒田義見、岡井大二、坂下秀実などで結成したカヴァー曲専門バンド。ドーベンはリード・ヴォーカル恒田のあだ名。
M:僕とは何十年にも及ぶ付き合いだった故・八木誠さんともDJ番組で一緒してましたよね。
近田:八木ちゃんとTBSラジオ“TOKYOロッキンタイム”を担当した。ラジオはニッポン放送“オールナイトニッポン”、TBS“パックインミュージック”にも出演した。普通ミュージシャンがラジオ番組に出ると大体は自分の楽曲をオン・エアするんだけど、僕はそんなことはしないで徹底的にDJした。


▲左から故・小清水勇さん 故・八木誠さん 筆者 1992年7月@東芝EMI Pic.by Hideo Seko

M:近田春夫ベンチャーズと共演!これも僕にとってすごく想い出深い。
近田:1980年だった、加藤和彦プロデュースでレーベル側の担当は東芝EMI/石坂敬一。日本制作のベンチャーズの作品集『カメレオン』。


▲from Mike's Collection

ジャパニーズ・ソング収録でこの中にはヒカシューの 「Pike」も入っていたのよ。レコーディングはミカ・バンドの今井裕がキーボード担当。でもその年のベンチャーズ日本公演の三大都市では僕がキーボーディストとして参加。ベンチャーズと「Pike」「Goldfinger」他何曲か共演。ドン・ウィルソン、ボブ・ボーグル、ノーキー・エドワーズ、メル・テイラー!
M:パール兄弟で知られた窪田晴男とは……。
近田:窪田の人種熱。1980年頃だった、僕はアミューズに出入りしていて膨大なデモテープをよくチェックしてたんだ。気に入ったのが人種熱で、ジューシィ・フルーツ売れちゃったし僕もバンド作ろうと考えていた。先ずは人種熱のメンバーにしてもらおう。そうこうしているうちコロムビアからレコード・リリースが決まり近田春夫&ビブラトーンズ。窪田は勿論参加した。ビブラトーンズを核にして東京フリークスと銘打った若いバンドが集まってのイベントも開催してたんだ。


▲from KO's Collection

M:それこそ何十回とMCしたバブルガム・ブラザーズ、ブラザー・コーンとも接点があるんだって。
近田:川崎のCLUB CITTA'に何かのライヴに行った際、ブラザー・コーン&テリー伊藤に遭遇。テリーからいきなり“浅草ヤング用品店”に出演しないかって誘われたんで二つ返事でOKした。流石テリー、ひっちゃかめっちゃか面白い番組だった。僕はMCとかDJでは台本も用意せずぶっつけ本番、なのよ。
M:僕の仲良しモンチや今はLAで頑張ってるユタカといったディスコ・シーンで大活躍したDJからも近田選手のウワサはいろいろ聞いてたよ。貴方自身ヒップホップDJ。
近田:DJというよりMCかもしれないけど、とにかくヒップホップが好きになった。世界最年長、笑。Run-D.M.C.そしてLL・クール・J。その後トランスの 世界へも突入。ハウスもしっかり研究したのよ。最初は嫌なサウンドと感じたけど、何となくトランスのオトが頭の中に残った。そこからハマっていったの。とにかく僕はダンス・ミュージックが好きなんだ。
M:そんな貴方が10数年前に大病に……。


▲Pic.by K.Sato

近田:2008年癌発覚、大腸癌だった。直ぐに手術、抗がん剤治療に入り一方でその数ヶ月後からはライヴもやっていた。順調に回復していると思ったけど4年後にリンパ節に転移して再手術。2017年に寛解したんだ。2018年にアルバム『超冗談だから』リリースした。


▲提供:ビクターエンタテイメント

そんなこんなのうちにコロナ禍、去年2月にクロコダイルでバースディー・ライヴ以来ステージに立ってない。ここ1年余り、多くのミュージシャンは配信ライヴ、セルフカヴァー・アルバムとかソロ・アルバム制作、自宅レコーディングに励んでいる。でも僕はお客さんがいる中でライヴしたい。でもバンドだと声出すんでリスク高い。では何が出来るか?ダンス・パーティーなのだ。声出さないで黙々と踊る。ドレス・コードはマスク!9月11日新木場のageHaに集結だ。

http://www.ageha.com/schedule/event/?id=339146

M:ロング・インタビューありがとうございました。最後にサインとツーショットお願い、長い付き合いだけどこのお願い初めて、シクヨロ で~す。



▲Pic.by K.Sato


<B.P.M.Syndicate
presented Haruo Chikada & ageHa>



近田春夫の音楽活動50周年を記念してのダンス・パ ーティー・イベント“B.P.M.Syndicate”が開催される
*会場
ageHa @USEN STUDIOCOAST
136-0082 東京都江東区新木場2-2-10
電話:03-5534-2525
*日程・時間
2021年9月11日 Open/Start 23:00 - Close 6:00
*チケット料金
当日 - 4500円
前売 - 第一弾前売5月中旬販売開始予定
*出演者
LIVE :小泉今日子 高木完 藤原ヒロシ LUNASUN(近田春夫&OMB) YOU THE ROCK★
DJ :石野卓球 TSUYOSHI SUZUKI
MC :ブライアン・バートン・ルイス



*主催:ageHa & 近田春夫事務所
https://www.bpmsyndicate.com/

【Mike's Treasure Box VOL.6 & Mike‘s Work VOL.6】

☆アイク&ティナ・ターナー (1)

今回はお宝&ワークの合併ヴァージョンでお届け………。

アイク&ティナ・ターナー、僕の彼らの思い出を語り始めると一冊の書籍分くらいの原稿量はすぐ、そのくらい沢山のティナ&アイクについてはいろんなメモリーが……。“Memories of Ike & Tina Turner ”執筆時用、そして何時もながらの話が枝道にそれないようにいつもとは雰囲気を変えてメモ・タッチな流れで進ませていただく。
◆1966年 僕はアイク&ティナ・ターナーの大ファンになる
英国で「River Deep Mountain High」が大ヒット。プロデュース&ソングライティングはフィル・スペクター。1970年日本盤シングル「ひとりぼっちの夜」B面で「River~」が紹介される。そのライナーノーツを担当した。
1992年チャーリー・ワッツ/Jazz Live @ Blue Note New Yorkで僕はフィルと会った。




▲ from Mike's Collection

◆1960年代末から1970年代前半にかけて「I've Been Loving You Too Long」「Come Together」(B面はHonky Tonk Women)「I Want To Take You Higher」「Proud Mary」他多くのヒットを放ち我が国でもR&Bフリークばかりでなく巾広い音楽ファンに注目された。
この時代僕はシングル「ワーク・オン・ミー」「ナットブッシュ・シティ・リミッツ」、アイク・シングル「ローディー・ミス・クローディー」、アルバム『アイクとティナ・ターナー・ゴールデン・ダブル・デラックス』、ファミリー・ヴァイヴス(二人のバック・バンド)のLP『コンファインド・トゥ・ソウル』etcのライナーを書いた。















▲ from Mike's Collection

◆初来日 赤坂MUGEN 1970年12月11日~16日 各日二回公演


▲ 初来日公演ビッグ・サイズ・プログラム from Mike's Collection

僕はほぼ毎日二回そのステージを楽しんだ。プログラムにも寄稿させてもらう。


▲ from Mike's Collection

最終日セカンド・ステージでは前列にいたファンをステージに上げてダンス・ダンス・ダンス、モチ僕もアイケッツとファンキーに踊った。その何人かにティナはLP『Come Together』(二人の直筆サインがバックカバーに記されていた!)をプレゼントしてくれた。僕もティナから手渡してもらった、これはマイ宝物だ。


▲ 直筆サイン入りLP from Mike's Collection

◆1971年の名作
アイク&ティナ・ターナーのLIVEのスゴサはソウル・ミュージック・フリークの間で今も語り継がれている。ハイライトは何といっても「I've Been Loving You Too Long」“愛しすぎて”だ。オーティス・レディングの名作カヴァーでローリング・ストーンズでもお馴染み。そのソウルフル・チューンがアイクのアイディアでセクシー・ソングに生まれ変わった。ティナがマイクロフォンを〇〇にみたてダーティー・サウンドを導入しての……。もう僕には書けない、そのくらいのHソング!そんな「愛しすぎて」が収録されているアルバム『カーネギー・ホールでのアイク&ティナ・ターナー』、1971年4月ライヴの模様が収めらえている。僕は彼らのライヴ・アルバムを10枚近く持ってるけど、これはベスト3に入る力作だ。1990年代前半に東芝EMIからCDリリースされた際ライナーを書いた。


▲from Mike's Collection

アイク&ティナ・ターナーのLPは30枚以上コレクションしているけどブルース作品集は殆どない。アイクはブルース・シーンからの登場だということはロックンロール研究者諸氏はよくご存知だろう。一方ティナはブルースを嫌いではないけど、貧しかった子供の頃を思い出すので積極的に取り上げたくないと1974年に彼女から直接聞いた。1971年リリースされた『ハー・マン・・・ヒズ・ウーマン』は貴重なブルース・アルバム。アイクのオリジナルのほかエルモア・ジェイムズ、リトル・ウォルター、リトル・ジュニア・パーカーらの作品が登場。ティナがブルースを軽々とシャウトする。CD化時のライナーを担当した。


▲from Mike's Collection

◆二度目の来日 1972年6月
MUGENの他、東京&大阪のホールでも公演した。僕は来日前のプレスキット用の原稿を書いた。大阪以外全公演を楽しむ。フジテレビの石田弘さん(今も大仲良しです)やタレントのビーバー、そして吉永小百合さんと結婚直前の岡田太郎さんとMUGENにご一緒した。


▲来日前のプレス・リリース from Mike's Collection

◆三度目の来日 1974年9月~10月


▲ プログラム from Mike's Collection

“アイク&ティナ・ターナー レビュー”と銘打ってのコンサート・ホール公演。MUGEN以外のステージで僕は司会を務めた。プログラムにも寄稿、僕の原稿は仲良し・小林克也さんと並んで掲載された。


▲プログラム原稿 from Mike's Collection

ツアー中ティナといろんな話をした。そして彼女の部屋でサンドイッチをご馳走にもなった。写真がないのが残念だ。

※エピソード 京都会館での前座はサウス・トゥ・サウス(キー坊こと上田正樹とはそれ以来仲良し。後年彼のライヴでMCだけじゃなくコーラス・ジョインしたこともある、汗)。そのサウス・トゥ・サウスの後、僕は何度もステージに立ち観客に「PAトラブルでメイン・アクトが少し遅れてます、しばらくお待ち下さい」とエクスキューズした。観客の中にはその後大仲良しになる永井ホトケ隆もいた(と後年聞かされた。笑)。実はPAトラブルでなく、アイクがステージ直前になってプロモーターに今夜のHTL部屋をグレードアップしないと演奏しないと言い出した。僕はどうなるのだろうかと汗だくだったけど、ファミリー・ヴァイヴスの連中は僕にこう言った、「マイク、気にすんなよ。アイクのいつもの嫌がらせ、あと15分もすれば演奏始まるよ。それまでに一服しながらビールでも呑んでようぜ」。部屋がどうなったかは忘れたけど、10分後にはいつも通りのレビューがスタートしたのだ。


▲マイ宝物! from Mike's Collection

最終公演後アイク&ティナが揃って僕のところにやって来て“MCありがとう”と記されたサイン入り写真をプレゼントしてくれたのだった。
(つづく)

【アルバム紹介】
☆『ルシンダ・ウィリアムス/ランニン・ダウン・ア・ドリーム:ア・トリビュート・トゥ・トム・ペティ』(BSMF RECORDS/BSMF-6202)


▲提供: BSMF RECORDS

このところ毎日のように聴きまくっているのがこのアルバム。ルシンダ・ウィリアムスの新作だ。オルタナ・カントリー・シンガーとしてアメリカでは高く評価されている彼女は1970年代から活動しているが、その名を広く知られるようになったのは1990年代に入ってからだ。歌手として大きく脚光を浴びたのは1998年、その翌年にはトム・ペティのオープニング・アクトを務めた。


▲提供: BSMF RECORDS

このアルバムは彼女がリスペクトしてやまない4年前に逝去したトム・ペティへのトリビュート・アルバムである。僕の特に大好きな「I Won't Back Down」「Southern Accents」「Rebels」「Room At The Top」「Running Down A Dream」5曲を含むトムの素晴らしき作品が13曲収録されている。
昨年ルシンダはコロナ禍の中で配信スタジオ・ライヴ“Lu's Jukebox”6回を敢行し、その模様をアルバムにしてリリースするのだ。その第一弾がトム・ペティ篇である。
以後は……
(2)Southern Soul:From Memphis To Muscle Shoals
(3) Bob's Back Pages: A Night Of Bob Dylan Songs
(4) Funny How Time Slips Away: A Night of 60's Country
(5) Have Yourself A Rockin' Little Christmas With Lucinda
そして最後が………
(6) It's Only Rock and Roll: A Tribute to the Rolling Stones

【DVD紹介】
☆『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』(キュリオスコープ/CSVS-0277)


▲提供:キュリオスコープ

アメリカ先住民/インディアンがアメリカ・ポピュラー・ミュージックへ大きな影響を及ぼしていることを教えてくれる『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』がDVD化された。ロック、ブルース、ジャズ、R&Bが発展していく中でインディアンをルーツに持つミュージシャンらが革新的な流れを生み出していった。普段何気なく楽しんでいるサウンドが実はインディアン・ルーツと深く関わっている。この作品にローリング・ストーンズ、スティーヴン・タイラー、ロビー・ロバートソン、ジミ・ヘンドリックス、クインシー・ジョーンズ、ジャクソン・ブラウン、トニー・ベネット、ランディ・カスティーヨ、タブー、チャーリー・パトン、ハウリン・ウルフetcが登場する。こう記せばインディアンが音楽シーンに多大なる影響を及ぼしたか少しは分かってもらえると思う。

1970年代初頭のロック&フォーク・フリークの間でインディアン・アーティストが結構話題になった。僕がデビュー・アルバム(LP)のライナーノーツを書かせて貰ったジェシ・エド・デイヴィスやレッドボーン。当時彼らはスワンプ・ロックの旗手としてミュージック・シーンに登場した。そして71年箱根アフロディーテでピンク・フロイドLIVEの前にそのステージを楽しんだバフィ・セイント・マリー。彼らが『ランブル』で改めてインディアン・ミュージシャンとして重要な位置にいたことを認識させられた。1995年、朋友バナード・ファーラーはスティーヴィー・サラスとのプロジェクト/ニッケルバッグ日本公演を行った。二人とはインタビュー以外でプライベートで六本木で“大暴れ”したけど、その時ふとスティーヴィーが自分のルーツに触れた。彼はアパッチ族である。この『ランブル』のエクゼクティヴ・プロデューサー(勿論出演もしている)がスティーヴィー・サラスだ。彼の名はB'sファンにはお馴染みで稲葉浩志とのコラボはよく知られる。その他ミック・ジャガー、Char 、厚見玲衣ほか多くのミュージシャンとも共演している。


▲スティーヴィー・サラス 提供:キュリオスコープ

スティーヴィーが中心となって完成されたアメリカ音楽史作品、それが『ランブル』だ。因みに“ランブル”はリンク・レイ1958年のヒット作タイトル、彼は“未来に向けた音を出したギタリスト”と本作で評されている。
https://www.curiouscope.jp/shop/

【イベントinfo 】
☆湯川れい子 洋楽裏話 千夜十夜 with Mike Koshitani
“第三夜 歴史上最も偉大なる歌手TOP 3 アレサ・フランクリン レイ・チャールズ エルヴィス・プレスリー“



日本のポピュラー・ミュージック・シーンをリードして60年。数多くの洋楽アーティストと交流を重ねてきた湯川れい子さん。所属していた日本のレコード会社の社長も会ったことのないアーティストも何人か…。そんな湯川さんの長い歴史の中でも、これだけは話しておきたいという秘話を、今だから仲の良い友人やゲストを交えて、あんな話、こんな話、涙が止まらない思い出の数々などを貴重な音源や映像を交えながのトーク・セッションです。
第三夜はアレサ・フランクリンを中心に、ローリング・ストーン誌の歴史上最も偉大な歌手トップ3に焦点をあてます。
1位 アレサ・フランクリン、
2位 レイ・チャールズ
3位 エルヴィス・プレスリー
ゲストは中野利樹さん、アメリカでローリング・ストーン誌やクリーム紙などに寄稿。アレサ・フランクリンはじめキース・リチャーズ、マイケル・ジャクソン、ニール・ヤング、プリンス、スティング、ボノら多くのミュージシャンにインタビューしたのです。アレサについて中野さんがドラマティックに語ります。



そしてレイ・チャールズ、エルヴィス ・プレスリーの想い出やエピソードを湯川さんがご披露!そして日本にソウル・ミュージックを定着させた故・桜井ユタカ氏の愛弟子Mike Koshitaniもアレサやレイについて蘊蓄を…、Mikeは“ワークス・オブ・エルヴィス“の著書、れい子先生とザ・キングのオン・ステージを三度も体験しています。



こんな三人のトーク・セッション大いに盛り上がりそう、皆さん是非ともジョイン!!
アルコールのいける人はお好きなお酒を手に。飲めない人はソフトドリンクで。お食事もありますヨ。そうそう「今のうちに聞いておかないと、損するよ!!」とれい子さんが言っていま~す。
◆ナビゲーター:湯川れい子 @yukawareiko
       Mike Koshitani https://www.barks.jp/keywords/mikes_boogie_station.html
◆ゲスト:中野利樹  https://twitter.com/toshnakano
◆日時:2021年6月27日日曜
OPEN 13:00
START 13:30
◆入場料:予約¥3000(+お飲み物¥600 アルコールもご用意してあります)
▲お食事もございます
◆予約サイト
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/177956
◆お問い合わせ:LOFT9 Shibuya
TEL: 03-5784-1239(12:00-22:00)
http://www.loft-prj.co.jp/loft9/

◆「Mike's Boogie Station=音楽にいつも感謝!=」まとめページ
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