Shingo Suzukiが語る、カンデ・イ・パウロの飾り気のなさと心地よさ

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2017年のYouTube動画が1,200万再生を超え世界中で話題となったキーボードのパウロ・カリッソとコントラバス/ボーカルのカンデ・ブアッソによるアルゼンチンのデュオ、カンデ・イ・パウロ。ビリー・アイリッシュを思わせる囁くようなカンデの歌声と、繊細かつ美しいオーガニックなサウンドで急速に支持を集めている。

名門デッカ・レコードから待望のデビュー・アルバムをリリースした彼らの音楽には、シンプルでセンチメンタルな響きの中にもある種の優しさを内包した独特の魅力があるが、一体それはどこから来ているのか。今回は、ベーシスト/プロデューサーとして、そしてOvallのリーダーとして活躍を続けるShingo Suzukiが、彼なりの視点からその真相を紐解いてくれた。

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僕がカンデ・イ・パウロを初めて知ったのは2020年、コロナ禍の真っ只中。幽閉された様に自宅スタジオに籠もって曲を作るも、息が詰まるので何か新しい音楽を聴きたいと思い、YouTubeで見つけたことに始まります。ベーシストの動画を探していたときに、たまたま引き当てた。ウッドベースを弾きながら、飾り気なく歌うカンデ・ブアッソの歌声は最適な浸透圧ですっと心身に染み入り、ジワリと馴染んでいった。心地よく癒してくれた。スキャットしながらウッドベースをアルコ(弓)弾きで奏でる間奏の旋律が儚くも優しく、深く包み込む。カンデの隣でパウロ・カリッソは淡々とエレクトリック・ピアノを演奏していて、間合いがぴったりと合う。安定感があり、とても親密なバンドという印象、そして一気に引き込まれるその音楽。カンデが着るオレンジ色のワンピースにスニーカー、そしてパウロはTシャツにジーンズ。カジュアルで、雰囲気があって素敵。その動画を見つけた時は興奮し、感動しました。閉塞感この上なく、世界が高い空と新鮮な空気、開放感を求めている中で、僕が見つけた宝物でした。


そんなカンデ・イ・パウロが満を持して名門、デッカ・レコードと契約しアルバムをリリースすると知って、小躍りする気分です。待ちに待ったフルアルバム。アーティスト名がアルバムタイトルにもなっているのは、きっと偽りのない自分たちの音楽を表現できたからでしょう。

カンデ・イ・パウロのバックグラウンドは全く調べもせずにひたすらインターネットで見つけては音楽を聴いていました。あえてミステリアスなままで純粋に彼らの音楽を楽しみたかったからかもしれません。手元に資料が届き、彼と彼女が音楽を一緒に始める様になったきっかけや背景を読みながら、幸福感に満ちた気分でアルバム音源を聴き込みました。

さて、このファーストアルバムですが全ての曲がカバー曲です。どの曲もすっと体に入ってくる。統一感があり、アルバム全体を通してストーリーを感じさせる。きっとこのストーリー感は曲順の展開によるものでライブセットの様にも取れるし、このアルバムの完成度の一端を担っているようにも思います。

統一感は単純に同じ曲調ということではなく、実は様々なアレンジを冒険的に試みつつも、安易に増やしすぎない楽器群と深みや奥行きが感じられるレコーディングのトーンがこの秀逸なまとまりになり、リスナーを集中させるのでしょう。

様々なタイプの楽曲がカンデ・イ・パウロを通して一つのまとまったテイストを持った楽曲集。パウロ・カリッソの秀逸なアレンジと自身のスタイルを持ったカンデ・ブアッソのボーカル、そして全体の温度感、トーンをまとめ上げたラリー・クラインのアーティスティックな挑戦から生まれたものであろう、と思うのです。


レコーディングの方法は実際にスタジオに同席したわけではないのであくまで推測になりますが、大枠は各楽器のパートはある程度パターンナイズされ、しっかりとアレンジされたものを基本とし、即興性も加わる様に細かなダビング処理などはせずにベーシックになる楽器を同時に録音していったものであろうかと思います。その上で、効果音的なサウンドを散りばめ、ミックスの段階で誇張して世界観を突き詰めていったものであろうかと。

シンプルかつストイックにアレンジしながらも、プレイヤーの即興性も多分に盛り込んだ絶妙なバランスが、フォーク~ジャズ~ポップミュージックを通ったオルタナティブミュージックとして聴くものを新鮮に誘ってくれる本作。演奏者それぞれの力量も相当なもので、あらゆるモダンミュージックを消化し、自分のスタイルに落とし込んでアウトプット出来ているミュージシャン同士の有機的な会話に聴こえてきます。その上質な演奏の上にカンデ・ブアッソのボーカルが入る事で聴くものを至福のひとときへと導くのです。

アンソニー・ウィルソンのギターはまずそのトーンが素晴らしく、カンデ・イ・パウロの音楽性に溶け込み、引き立て、時に前に出てスリリングに攻めてくる。一つ一つの音がまるで歌っている様で引き付けられるし、間合いがまた、余裕を感じさせる。安心させてくれる演奏。ダイアナ・クラールのバンドで聴くことの出来る彼の演奏がこのグループでも燻銀のごとくスモーキーに光っています。そして、ドラムのビクター・インドリッツォ。僕はこのアルバムで初めて知ったのですが、ボーカル曲の中でスペースを生かすドラミング。柔らかく表情のあるサウンド。大きな揺らぎの中で紡ぎ出されるリズムパターンは多岐に及び、民族的なパターンからモダンポップのパターンまで野暮ったくなりがちなドラムはそのトーンで上質に仕上げ、個々の楽曲の方向性を的確に示唆しカンデ・イ・パウロの音楽性をサポートしています。ミックスにおいてドラムの位置は目の前で叩かれている演奏ではなく、適度に距離があり、空間を感じさせる処理をしているのもアルバムの空気感を表現していて落ち着いて聴く事ができます。


どの曲にも隠し味としてのアンビエンス、ドローン音、効果音的なシンセサイズされた音が空間を支配していてこれはシンセサイザーによるもの、ギターやピアノなどの楽器の音にプラグインによるエフェクターを差し込んで処理した空間音ではないかと思うのですが、決して派手すぎず、しかしながら各曲の世界観をディフォルメさせる役割を担っていて、単に残響によるものではない、料理で言うところの「出汁」で、旨味を醸し出しているのです。絵画的な雰囲気を漂わせるな、と各曲をはじめに聴いたときに感じたのですが、きっとこのバックに浮遊しているサウンドが叙情的な音の風景を作り出しているからかもしれません。エレクトロニック~オーガニックなアンビエンスサウンドを狙って作り出すセンスに共感を覚えるのと同時に、同じ作り手として非常に参考になりました。

この様に世界観、空気感がしっかりと感じられるカンデ・イ・パウロのファーストアルバムを導いたのはプロデューサーとしてクレジットされている巨匠、ラリー・クラインによるところが大きいのではないでしょうか。


カンデ・イ・パウロの2人の音楽に徹底的に寄り添い、磨き上げ、丁寧に仕上げた結果、今回の素敵な作品に仕上がったのだな、と思います。ジョニ・ミッチェルからハービー・ハンコックまで、ラリー・クラインの多岐にわたるプロデュース作品同様、カンデ・イ・パウロの作品も奇を衒(てら)わずに2人の音楽の核心を掘り下げストレートに表現している、とアルバム全体を通して聴いた時に感じました。何度も繰り返して聴きたくなる、聴く程に新たな発見がある。カンデ・イ・パウロの音楽の素晴らしさを伝えるに十分なポテンシャルをもったアルバムになったと思うと同時に、世界のリスナーが虜になっていく様子が想像出来ました。次作が早くも楽しみ、オリジナル楽曲も聴いてみたいです。

文◎Shingo Suzuki(Ovall)


カンデ・イ・パウロ デビュー・アルバム『カンデ・イ・パウロ』

2021年6月4日発売
SHM-CD UCCM-1263 ¥2,860(税込)
https://jazz.lnk.to/CandeyPaulo_CPPR
1.トリーティ(レナード・コーエン)
2.サマータイム(ジョージ・ガーシュウィン)
3.リミット・トゥ・ユア・ラヴ(ファイスト)
4.ウォーク・オン・バイ(ディオンヌ・ワーウィック)
5.アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー(フランク・シナトラ)
6.トゥージョ(ロドリーゴ・アマランテ)
7.僕は待ち人(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)
8.シュガー・マウンテン(ニール・ヤング)
9.スリル・イズ・ゴーン(レイ・ヘンダーソン)
10.バロ・タル・ベス(ルイス・アルベルト・スピネッタ)
11.プレグンタン・デ・ドンデ・ソイ(アタウアルパ・ユパンキ)
12.イントゥ・ホワイト(キャット・スティーヴンス)
13.修羅の花 feat.梶芽衣子(梶芽衣子)*
*日本盤限定ボーナス・トラック
※括弧内はオリジナル・アーティスト

about カンデ・イ・パウロ(Cande y Paulo)

アルゼンチン北西部サン・フアンのキーボード奏者/コンポーザーでありサン・ファン国立大学教授・研究家のパウロ・カリッソ(Paulo Carrizo)と、女性コントラバス奏者・歌手のカンデ・ブアッソ(Cande Buasso)とのデュオ。2人が初めて共演したのは2017年、詩人でありアルゼンチン・ロックの伝説であるルイス・アルベルト・スピネッタの名曲「バロ・タル・ベス」(Barro Tal Vez)をカバーした映像だった。
地方のシアターで撮影されたその動画がYouTubeで1,000万再生を突破し、コントラバスとキーボードという珍しい組み合わせも話題を呼んで一躍注目を集める。

その2年後には、ラリー・クライン(ジョニ・ミッチェル、ボブ・ディラン、ハービー・ハンコック)のプロデュースによりロサンゼルスにてデビュー・シングル「バロ・タル・ベス」をレコーディング。カリッソのアレンジメントとブアッソのヴォーカルがエモーショナルに絡み合った比類なき出来栄えとなっている。
2人の関係は意外にも遥か昔まで遡る。2人の地元であるサン・フアンにはレコード会社が存在しないが、インディ・ミュージック・シーンは活況を呈しており、ブアッソはその状況を「大きなファミリー」と表現している。2人が出会ったのはブアッソが15歳の時で、マルチ奏者でありアレンジャーでもあるカリッソが彼女にピアノレッスンをしていた。

それから数年にわたりキーボーディストとしてブエノスアイレスの音楽シーンで名を馳せていたカリッソ。その後地元であるサン・フアンに戻り、かつての教え子だったブアッソに再び出会うこととなる。彼女は独学でオペラとジャズを学び、ヴォーカルとコントラバスのコンビネーションをマスターしていた。2人は音楽とは関係ない様々なことについても議論し、笑い合う時間を過ごしたが、それが彼らの音楽の密接性を築き上げることにもなった。

ブアッソはこのデュオについて、「チャレンジの連続だけど、楽しいわ」と語っている。「カリッソが『これは出来る?』というから私が『ええ』と答える、そしてそれが上手くいく…全てが自然と生まれてきて、驚きの連続だわ」

◆カンデ・イ・パウロ・レーベルサイト
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