【コラム】マネスキン、イタリアから登場の若き新星はロックンロールの救世主になり得るか?

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アメリカがくしゃみをすると日本が風邪をひく。経済界のみならず音楽の世界においてもそうした比喩が用いられるくらい、この国の市場が北米のトレンド動向に大きく左右されていた時代があった。それも遠い昔のことで、全米アルバム・チャートと日本のヒット状況が関連性の低いものになってからすでに久しい。かといって日本のチャートがイギリスや欧州各国のそれとのリンク感を強めているというわけではなく、僕自身、そうした現状の是非を問いたいわけでもない。日本市場がガラパゴス化しているとの解釈や、そうした状況を憂える声も確かにあるようだが、そこで「この国ならではの独自のマーケットが確立されている」と言い方を換えると、むしろこうした傾向は好ましいもののようにも思えてくるから不思議なものだ。

◆マネスキン 画像 / 動画

べつにこの場で世界的な音楽市場の変化について語りたいわけではないのだが、ひとつ確かなのは、世界共通のヒット曲、ヒット・アルバムといったものが生まれにくくなっているということだろう。日本で人気を獲得していながら欧米などの本国での認知度がさほどでもないアーティストが、少しばかり皮肉まじりに“ビッグ・イン・ジャパン”などと呼ばれることがあるが、同じようにアメリカではとてつもないセールスをあげていながら他国ではほとんど知名度のない“ビッグ・イン・アメリカ”だってたくさん存在する。ただ、そうした昨今においてはめずらしいほど、国境や言語、文化の壁を飛び越えながら全世界レベルで旋風を巻き起こしている新世代バンドがいる。イタリアから登場したマネスキンのことである。


このマネスキンが注目を集める切っ掛けとなったのは、5月にオランダのロッテルダムで開催された『第65回ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト』で優勝を果たしたこと。欧州放送連盟によって運営されているこのコンテストは1950年代から続く由緒正しいもので、たとえば1974年にはスウェーデン代表として「恋のウォータールー」で出場したABBAが優勝し、それが同グループの世界的サクセス・ストーリーの起点となっている。1988年にはセリーヌ・ディオンも栄冠を獲得しているし、2006年には怪物のごときたたずまいでも話題を呼んだフィンランドのモンスター・バンド、ローディの「ハード・ロック・ハレルヤ」が欧州各国のポップ勢を打ち負かしてグランプリに輝いている。

あくまで“ソング・コンテスト”であることからも察することができるように、『ユーロヴィジョン』の歴代優勝者の大半はポップ勢で、マネスキンのようなロック・バンドが頂点に立ったのは、そのローディの優勝時以来の稀有なケースということになる。その事実だけでも充分すぎるほど注目に値するわけだが、バンドのフロントマンを務めるダミアーノ・デイヴィッドがトロフィーを授与された際に発した言葉が、さらに全世界のロック・ファンを振り向かせることになった。彼はステージ上で「これだけは世界に言っておく。ロックンロールは不滅だ!」と言い放ったのだ。この発言をともに報じられた若きイタリアのバンドの優勝は、「ロックンロール復活への新たな牽引者か?」といった見出しを伴いながら世界に報じられることになったのだった。




『ユーロヴィジョン』での栄冠獲得後、彼らの参加曲「ジッティ・エ・ブオーニ」は、優勝からわずか1日のうちにSpotifyで約400万回にわたりストリーミング再生され、イタリアの楽曲として史上最多の再生回数を記録。以降、その勢いは恐るべきスピードと浸透力で広まり、ヨーロッパ界隈はもちろんのこと、アメリカや日本を含む全13ヵ国でSpotifyのトップ50で首位を奪取し、各国のバイラル・チャートを席巻。日本ではその「ジッティ・エ・ブオーニ」ばかりではなく、「アイ・ワナ・ビー・ユア・スレイヴ」、フォー・シーズンズのカヴァー曲である「べギン」の計3曲が6月22日付のバイラル・チャートでトップ3を独占するという事態に至っている。チャートの上位が邦楽勢のほぼ独占状態にあるこの国においては、とても異例のことだといえる。

また、UKのシングル・チャートにおいては、『ユーロヴィジョン』における先人であるABBAやセリーヌ・ディオンにも叶えられなかった2曲同時のトップ10入りを果たしていたり、TikTokで話題になっている“ベギン”が切っ掛けになっているのか、その勢いに乗ってアメリカではシングル、アルバムの両チャートに顔を出していたりもする。同時に興味深いのは、音楽発見に欠かせない便利アプリ、Shazamのチャートでも上位にランクされているということ。この事実はまさに、彼らの音楽が人々に「この曲、何?」という興味を引き起こしている頻度の高さを裏付けるものだ。しかもそれは、日常の中で彼らの楽曲が頻繁に流れているからこそ、そしてそれが単純に聴き流されていないからこそ発生し得ることなのだ。

マネスキンは、前出のダミアーノ(Vo)をはじめ、トーマス・ラッジ(G)、ヴィクトリア・デ・アンジェリス(B)、イーサン・トルキオ(Dr)という顔ぶれからなるローマ出身の男女混成4人組で、結成は2015年に遡る。小学校低学年の頃から顔見知りだったというメンバーたちは、現在まだ20~22歳という若さだ。しかも写真1枚からもスター性が伝わってくるほどルックスにも恵まれていて、レトロ感とスタイリッシュさが同居するいでたちなど、そのヴィジュアル要素は人目を引かずにおかない。そして肝心の音楽についても、その外見が示唆するようなグラマラスさと古き良きロックンロール感、しかも既存のクラシック・ロックとは一線を画する不思議なバランス感覚と、教科書通りではない掟破り感があり、一度耳にすると忘れられなくなるような中毒性をはらんでいる。大半の楽曲は母国語であるイタリア語で歌われているが、その歌詞の耳慣れぬ響きさえも、むしろ刺激的な違和感というべき強烈なフックになっているのが興味深い。当時に、前述の「アイ・ワナ・ビー・ユア・スレイヴ」のような英語詞による楽曲もあり、まさに生来のアイデンティティを失わぬままグローバルな可能性を併せ持った状態であれているのだ。



世界の音楽地図を塗りつぶさんばかりの勢いを持ったこのマネスキン、さすがに発売元のレコード会社でもトップ・プライオリティとなり、今年後半から来年にかけての大々的な全世界規模でのプロモーション展開が練られているようだ。もちろん日本も例外ではない。『ユーロヴィジョン』での優勝曲である“ジッティ・エ・ブオーニ”が収録されている彼らの2ndアルバム『テアトロ・ディーラ Vol.1』は、現状においてここ日本でも配信や輸入盤で入手可能だが、発売が待たれている日本盤も秋頃には登場の予定だ。しかもその収録内容と仕様は、現在出回っている欧州盤とは異なったものになる可能性もあるというから楽しみにしていたい。

このご時世、感染を連想させるような表現を用いることには少しばかり躊躇もおぼえるのだが、まさに今、イタリアから放たれたマネスキンの熱波が全世界に及びつつある。このバンドの素性についてはまだまだ未知の部分も多いが、だからこそもっと知りたいという欲求もそそられるというものだ。この先、僕自身も情報を集め続けていくつもりだが、新たなロック・スターの登場を待ち焦がれていた読者の皆さんにも、是非今のうちから注目しておいて欲しい。

文◎増田勇一

■試聴/購入リンク

▼アルバム『テアトロ・ディーラ Vol.I』
※「ジッティ・エ・ブオーニ」「アイ・ワナ・ビー・ユア・スレイヴ」収録アルバム
https://SonyMusicJapan.lnk.to/ManeskinTeatrodIraVol1

▼EP『チョーズン』
※「ベギン」収録
https://SonyMusicJapan.lnk.to/ManeskinChosen

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