がんじがらめのフジロック

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1997年に富士山麓ではじまったフジロックフェスティバルのアイデンティティの一つに、「自由」がある。世界の音楽を届けるとともに、できるだけルールを設けずに参加者の自主性を重んじ、「自然との共生」を唱える野外音楽フェスとして、参加者に「助け合い」や「自己責任」といった本質的な精神性をも伝えてきた。時代の閉塞感から人々を解放するフジロックは、日本の音楽フェスの草分けであり、20年以上にわたりフェスカルチャーを牽引し続けている。しかし、まもなく8月20日(金)から3日間にわたって開催されるコロナ禍でのフジロックは、SNSで意見が飛び交った「禁酒」をはじめ、制限と制約でいっぱいだ。

アルコール飲料はキャンプサイトも含め全てのエリアにおいて販売も持ち込みも認められない。会場に隣接する苗場プリンスホテルでもアルコール飲料は販売されない。大自然の開放感と素晴らしい音楽が広がるフジロックで呑むお酒の至福を体感してきた人にとっては、「ありえない」とも言い放つルールだろう。もちろん基本的な感染症対策として、マスクの常時着用は必須、モッシュ、ダイブ、ハイタッチは禁止。入場時などの要所で検温も行い、発熱がないことがわかるよう各日「検温リストバンド」を来場者は装着する。さらに入場にはフジロックの公式アプリの登録が必要であり、個人情報、来場前の検温結果、体調などを入力する。



だがこれらは、新型コロナウィルスの感染症対策として必要な事項であることは周知の通り。では、自主性を重んじてきたフジロックが「がんじがらめ」と言えるルールを設けながらも、昨年の開催延期以降から「KEEP ON FUJI ROCKIN’」を合言葉に開催を目指すのかと言えば、フェス文化を未来につなげるためだろう。フジロックを主催者するSMASHには、近年では全国で年間300件近く開催されてきた音楽フェスを日本にここまで根付かせたという自負があり、だからこそ、フジロックを絶やしてはいけないという責任と危機感を抱いているのではないか。加えて音楽フェスは地方創生も担っている。1997年は天神山、1998年は豊洲と場所を変え、1999年からフジロックの開催地として定着している新潟県湯沢町は、99年当時、スキー・バブルが過ぎ去り観光客数が減少の一途を辿っていた。この20年以上にわたって湯沢町とフジロックは共存共栄の関係、すなわち一蓮托生の状態にある。最新の湯沢町宿泊統計報告書によると、2019年度と比較してこのコロナ禍では観光客が47万人泊減少(73.1%減)したという。今年度の開催に向けても、地元の関係者はワクチンを摂取し、フジロックの関係者全員がPCR検査を徹底、そして来場者には抗原検査キットを任意で無料で送付し、三位一体となって入念に対策をとる構えだ。なお、開催地である新潟県の感染症対策などを応援する基金「にいがた結プロジェクト」への募金をフジロックの会場内で実施することもアナウンスされている。

また肝心の出演アーティストについては、3月に早々に発表されていたように海外からアーティストを迎えることは断念し、出演者は国内のアーティストのみだが、150組近い日本の多彩なアーティストが出演する今年のラインナップの充実は、さすがフジロックと唸る内容だ。会場作りも今年は特別。全長4Kmほどにも及ぶ広々としたフジロックならではの野外空間を活かしながら、来場者数を例年の収容人数の半分以下に減らす。先述の公式アプリでは会場内での混雑時の規制など有益な情報をプッシュ通知で入手できるようだ。会場のレイアウトも変更し、ステージ数を減らして飲食エリアなどを拡大することで、来場者同士の距離を確保するかたちだ。これによって、来場者が増加傾向にあった会場内をゆったりと過ごせるイメージができる。そんな特別なフジロックを成功に導くのは、全参加者が感染症対策を厳守することに他ならない。本当の意味で参加者一人ひとりが当事者として作り上げていくのが今年のフジロックだ。特別なフジロックはすでにはじまっていて、会食や会合といった大人数による交流は控え、来場1週間前からの検温など体調管理し、感染防止に努めるように呼びかけられている。



「開催を待ち望んでくれている皆さまやアーティストなど、たくさんの方々の理解と協力を得て、今日まで支えていただいたこと、本当に感謝いたします。(中略)開催するにあたっては、コロナ禍における新たな制約や制限へのご協力を皆さまにお願いすることになりますが、互いに尊重して思いやりを持っていただくことで、安心・安全に過ごせる空間を、一緒に創り上げられると信じています」──これは、フジロックが今年の開催に向けてオフィシャルサイトに掲載しているメッセージの一部だ。主催者のみならずアーティスト、関係者、観客、開催地が一丸となって開催を目指す様は、フジロックならではの連帯感による。未曾有のコロナ禍におけるその動向は現在、一挙一動が注視されており、そしてその行方は、日本のフェスカルチャーの未来に大きな影響を与えるだろう。

文:堺 涼子

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