【インタビュー】大森元貴 [Mrs. GREEN APPLE]、ソロのすべてを語り尽くす「表現者として、どこまでやれて何が出来るか」

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■歌って踊る人に憧れを持ったことが
■僕がこの世界に憧れた最初のきっかけ

──では、Kyteさんとはどのように作詞をしていったのですか?

大森:Kyteさんとは以前、ミセスの「PRESENT」の作詞で一緒にやらせていただいて。その時にすごく勉強になったし、Kyteさんは、僕のニュアンスをいい意味でアメリカンなものに変換してくださる方なんです。僕にはない、アメリカンな感覚を持ってて、そこが今回、「Midnight」の作詞には不可欠なテイストでした。


──具体的には、日本語詞を英訳していくような作業だったのですか?

大森:先ほども少し話ましたけど、まず最初に、めちゃくちゃな英語みたいな“元貴語”で(笑)、ワーッと歌うんです。その中で、自然と“Midnight”という言葉だとか、“~about”、“inside”とか、自分が“音”として伝えたい節が、ポンポンと入っていて。メチャクチャ英語の中に、“ここはちゃんとした英語だったよな“くらいがある、そういう仮歌をまず作りました。それと同時に、日本語詞をザッと書いて。

──その日本語詞は、どういう感じで?

大森:要は、“こういうことが歌いたいんだ”というものを小説のごとく書いていくんです。それと仮歌の両方をKyteさんにお渡しして、歌詞を詰めていきました。具体的なやり取りを言えば、「こういうことが歌いたくて、“inside”という単語が使いたいんだったら、英語だったら、きっとこういう言い回しになるよね」といった話とか。それに対して、「その言い回しだと、ちょっと前向きになっちゃうなぁ。あんまり前向きじゃない方がいいんです」とか(笑)、そうやって、細かく言葉を詰めていきました。

──なるほど。だからこそ音としても気持ちいいし、日本語の英訳ではなく、英語として成り立つ歌詞に仕上がっているのですね。

大森:仮歌の段階で、どういう音の言葉を使いたくて、どういう譜割りが気持いいのかっていうことが、僕の中である程度まで出来上がっている状態から、Kyteさんに英語詞を当て込んでもらうという形で進めていったんです。

──しかも、ブロック毎に日本語パート、英語パートがあるという歌詞ではなく、両者が溶け合うように入り混じっていて、なおかつ、日本語と英語がグラデーションのように移り変わっていく歌のニュアンスが印象的でした。そうした歌の表現は、どのように生み出していったのですか?

大森:それは最初から何となくイメージがあったので、何パターンも試して作ったりというわけではなくて。まず、全編英語詞にするっていうのは、僕が歌いたいことからすると、それはきっと多分僕らしくはないだろう、と。それに、日本語でしか出来ない表現、例えば“紛れればいいんだ 忘れるまで”って、こういう言葉はすごく英語にしづらいと思うんですよね。日本語詞って聴く人のリテラシーが試されるような、そういう言い回しが豊富じゃないですか。そこに頼りたいクレバーな瞬間というのが、どうしても僕にはあって。一方で、そうした日本語表現をどうしても使いたいとなると、メロディに対して非常に“悪浮き”しちゃうんですよね。音として、日本語って一音に一文字しか入れられませんから。そうした時に、別に日本語を英語っぽく聴かせたいというわけではなくて、なるべく“悪浮き”せずに、ナチュラルに歌の中で日本語を活かせられるように歌うという点は、確かに意識しました。そしてそれは、最初からイメージしていたことなんです。もちろん英語詞をいただいた後に、「ここは日本語で歌ったほうがフックになるかもしれない」と、急遽、日本語に差し替えるようなこともしましたけど、いろいろと試行錯誤したというよりは、「Midnight」の中では、最初から日本語の扱い方は確立できていたと思います。

──デビュー当時からずっと取材させてもらっていて、そして今日のお話しも踏まえて、大森さんは意図的に何かを作り出そうとするのではなく、本当に自身の中から自然と溢れ出てくるものを素直に作品という形でアウトプットしているんだなと、今回、改めて強く感じました。そこで質問ですが、そうしたアウトプットを続けるために、日ごろ、どのようにインプットをしているのですか? 例えば、日常生活そのものがインプットなのか、あるいは、自分の感情が激しく揺さぶられるような環境に出来るだけ身を置こうとしているのか、とか?

大森:う~ん……両方あるかもしれないです。なるべく世間と乖離しないようにはしたいですし。

──でも、めちゃくちゃ忙しいじゃないですか(笑)。ミセスでデビューしてから、尋常じゃないスケジュールで。

大森:確かに(笑)。でも本当に、みなさんと同じように普通に生活をしているだけで。ただなるべく、刺激的ではいたいなぁと思っていますけど。でもそうは言っても、こういうご時世ですから、どこかに行くことも出来ないですし。何だろうな……職業柄そうなんですけど、自分と対峙すること、自分に向き合うことはとても多いですね。だから、それが創作の原動力にもなっているし、逆に足枷になっているような気もしていて。でも、日常的に音楽をすごく探っているわけでもないですし、なるべく普通の生活を送りたいとは思ってますね。ボーッとして過ごすこともあるし、そういう普通の生活しか送れない自分というのもいますし。YouTubeを見たり、世の中を見たり。だから本当に、みなさんと同じですよ。でもだからこそ、「Midnight」の最後の一節で、“気が滅入らないように僕のワクチンになってほしい”という意訳があるんですけど、そこはやっぱり、今のご時世じゃなきゃ思いつかなかった言葉だったと思います。そうやって、自然と“こういう表現がいいな”って導かれる瞬間はあります。でも、本当にみなさんと変わらないですよ。だからこれから、ちょっと意識した生活を送ってみます(笑)。



──ははは。もうひとつ、今回のアウトトプットで驚いたのが、ミュージックビデオで見せてくれたバキバキのダンスです。大森さんは、ミュージシャンであり、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサーと音楽的多重人格者だと思っているのですが、遂に今回、パフォーマーの領域にも足を踏み入れたか、と。もちろんこれまでも、ミセスのライブでも「REVERSE」でダンスを披露していましたし、「French」ミュージックビデオのコンテンポラリーなダンスも印象的でしたが、元々ダンスに対する欲求も持っていたのですか?

大森:ありましたね。それはバンドを組むよりもっと前の話になるんですけど、歌って踊る人に憧れを持ったことが、僕がこの世界に憧れた最初のきっかけで。それがずっと根本にあるのは間違いありません。ただ、楽器を演奏して、歌って、曲をクリエイトしていくことが自分の身体に一番フィットしていると思っていたので、それでバンドをずっとやってきたんですが、ダンスは今の世の中の真ん中でもありますし、一度は挑戦してみたいなとずっと思っていました。ダンスって、身体を使っての表現ですから、そういう面でも興味があったんです。

──確かにダンスって、人間の根源的な表現かもしれませんね。

大森:だから自分も、一度ちゃんと表現者というものを突き詰めたいな、と。そこはソロでデビューする時に、強く思ったことのひとつでした。表現者として、自分はどこまでやれて、何が出来るか。それを突き詰めて、ゆくゆくはミセスに還元していければいいなと思っています。だから、ダンスに挑戦したのも自然なことでしたし、「French」でコンテンポラリーダンスを踊ったのも、「Midnight」でヒップホップダンスに挑戦したのも、結局は“やってみたいな”っていう純粋な興味から始まったんです。そうは言っても、今回はすごく大変でしたけど(笑)。

──あれだけ本格的に踊るとなれば、ものすごいレッスン量だったと思います。

大森:すごかったですよ(笑)。出来にはまったく納得してないんですけど、でもこのタイミングですごくいいチャレンジだったなって、それはすごく思います。だってみんなが、“この人、ダンスもやるんだ”って思ってくれたら、もうこの先、広い意味で何をやってもよくなっちゃうじゃないですか(笑)。僕が何をやっても、もう誰からも驚かれない(笑)。そんなところまで行けた気がしていて。僕としては、逆にそれが苦しくもあるんですけどね(苦笑)。でもそういうことが、冒頭で話したミセスの新しい形としての“フェーズ2”の布石になればいいなっていう気持ちが、少なからずあるんです。

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