【追悼】チャーリーのジャズ・テイストがストーンズ・サウンドの屋台骨でもあった

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世界最強ロックンロール・バンド、ザ・ローリング・ストーンズのドラマーを58年に亘って勤め上げたチャーリー・ワッツが8月24日この世を去った、享年80歳。

グルーヴ感溢れるストーンズ・サウンドを作り上げていた。

チャーリーの演奏ぶりをキース・リチャーズは機会ある毎に絶賛してきた。特にライヴでのメンバー紹介のチャーリー・パートに於ける彼の仕草さはそのリスペクトぶりを強く感じさせたのだった。

チャーリーはミュージシャンとしては勿論、人間的にも多くの人々に愛された。実に優しかった、そして何よりも礼儀正しかった。僕はチャーリー・ワッツには過去インタビュー、ストーンズやジャズのライヴ関係などで何度となく一緒させてもらったが、その紳士的な行動ぶりから実に多くのことを学んだ。特にジャズ・プロジェクトとしての初来日時のイベント<ボウタイ・デザイン・コンテスト‘91>で僕はMCを務めたが、寸前までいろいろアドバイスして貰った。出演者に今までこんなにも親切にされたことはない。


またチャーリーはジャズ・フリークとしても知られており、数千枚のジャズLPをコレクションしていると僕のインタビューで語ったこともある。何時だったか、チャーリー来日時に彼の発売元レコード会社が沢山のジャズCDをプレゼントしたところ彼は子供のように大はしゃぎしていた。微笑ましいシーンだった…。チャーリーのジャズ・テイストがストーンズ・サウンドの屋台骨でもあったのだ。

チャールズ・ロバート・ワッツは1941年ロンドン生まれ。11歳の時に音楽に興味を持ち、直ぐにジャズに魅かれルイ・アームストロングやジョニー・ドッズを楽しむようになったという。14歳の時に両親からドラム・セットをプレゼントされ熱心に取り組む。アートスクール卒業後、広告会社でグラフィック・デザインの仕事をする傍ら夜はミュージシャンとしても活動。1960代初頭アレクシス・コーナーのブルース・インコーポレイテッドに参加。1962年3月にBIのイーリング・ジャズ・クラブに於ける初ギグにチャーリーがドラマーとしてステージに上がった。このクラブにはストーンズの創始者ブライアン・ジョーンズ、そしてミック・ジャガーらも出入りしており、その後BIライヴにブライアンやミックが時折ジョインし、チャーリーと彼等との交流が始まり、1963年1月彼はストーンズのギグに初めて参加した。ストーンズが同年6月「Come On」でレコード・デビューしたのは周知の通り。勿論ドラマーはチャーリー・ワッツである。

以来ストーンズのメンバーとして活動を続け、時間の許す中で1980年代からはジャズ・アクティヴィティにも精力的に取り組んだ。彼はストーンズで六回、ソロ(ジャズ)で二回来日した。

ミスター・チャーリー・ワッツ、多謝。そして心よりご冥福をお祈りいたします。R.I.P.


▲チャーリー・ワッツと筆者 2001年10月29日@Blue Note TOKYO

Notes by Mike Koshitani(越谷政義)
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