【インタビュー】ヒグチアイ、悲しい歌は“傷が治っていることに気づく”ためにある

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ピアノを相棒に、自身の抗いがたい業のようなものと向き合い、歌へと紡ぎ上げていくヒグチアイ 。いわく言いがたい心の形を捉えようと、様々な角度から、様々な視点に立って言葉と旋律とを重ねてきたその深みある音楽は今、幅広い世代の共感を呼んでいる。

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近作では、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のエンディングテーマとして書き下ろしたシングル「縁」で、一筋縄でいかない愛憎を軽やかでオーガニックなサウンドに乗せて歌い上げ新たにファンの裾野を広げたが、次なる曲はよりディープにリスナーの心に呼びかける作品になっている。

9月より、3ヶ月連続でシングルがリリースとなる。3作の大きなテーマは“働く女性”で、その第1弾が9月8日に配信がスタートした「悲しい歌がある理由」。BARKSではこの3作についてインタビューを行い、曲についてはもちろん、ヒグチアイが今思うことなど、ざっくばらんに、真面目に、語ってもらった。

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■傷ついたということを受け入れて、許して、次の幸せにつなげていく

──「悲しい歌がある理由」という曲はどういうところから書き出した曲ですか。

ヒグチアイ:そもそものところは、“ヒグチアイの歌はつらくなるから聴きたくない”というのをよくSNSなどで見ていたので(笑)。そうかーってなったんですけど、でも本当にそうだなって思ったんです。私自身もあまり悲しい歌は、聴きたくないし。明るいというか、前向きになれるような曲だったり、そういうリズムの曲ばかり聴いているので。じゃあなんで私は悲しい歌を書いてしまうんだろうか、って考えてみたんです。まずは悲しい歌に出会うことで傷ついたことを思い出してしまう、そしてその曲を聴かなくなって、未だにずっとそれが痛いと思っている人がいる気がしたんですね。“痛い”という記憶だけが残っていて、痛いままになっちゃっている人っていうのがいるんだろうなって。そういう人が事故的に悲しい歌を聴いてその傷を思い出したときに、“あれ? 意外と痛くなくなってるな”みたいな。意外と治っちゃってるというのを確かめるために、そういう曲が存在しているんじゃないかなっていうところに辿り着いたんです。Aメロでいろんな話をしているのは、多分思い出したらつらいような内容なんですけど、思い出すことで自分が成長していることに気づけるというか。その傷が治っていることに気づくための歌、っていうことが自分の正解なんじゃないかと思って書いた曲なんです。


──まず、「なんでなぜ悲しい曲を書き続けるのか」ということを突きつけられたわけですね。

ヒグチアイ:今でも、なんでこういう曲を書くんだろうと思います(笑)。私、映画でもなんでも、バッドエンドだと本当に怒り狂うくらいですしね。2時間も我慢して観てたのに、なんでバッドエンドなんだよ!って(笑)。そう思うくらい苦手なんですけど、なんでか自分の曲はそうなっちゃうんですよね。多分、自分はこういう人間なんだと思います。

──Aメロにあるエピソードは、お姫様みたいと褒められてから白いワンピースを着続けているけれど、でもそれはあなたのためじゃない。誰かのためにしているとか、相手、男性への受けを考えてのものでないっていうものですね。

ヒグチアイ:今の時代はとくに、フェミニズムというか女性の話というのはよく出てきますよね。私は重い荷物を持っていたら男の人に持ってもらいたいなと思うし、女の人の柔らかさがあるからこそできている社会のバランスというものがあると思う。と言っても、あまり口を出したくないなとはずっと思っているんでぐらいにしておきます……。だから、自分が好きだからやっているというところには自信を持っていたいなって思っています。世の中の人はみんな、人とちがうことがいいというのを言っているけど、人と同じことがいいってあまり言ってくれないというか。

──確かにそういうところがありますね。

ヒグチアイ:そういうところは、私は言っていきたいかもしれない。たくさんいるっていうことが別に悪いことじゃない、と思っています。

──今はとくに女性だからこう、男性だからこうと性別で話をするのはナンセンスな言い方になっちゃったりしますけど、今を生きる女性として生きづらいな、窮屈だなって感じるようなことはありますか。

ヒグチアイ:窮屈だなって私が思うのは……これはすごく言い方が難しいんですけど、今話したような多数の人間が何か肩身の狭い思いをしている気がするということですね。私が男の人を好きで、例えば結婚をしたい、子どもがほしい、養われたいということを思っていたとしても、そういうことを言っちゃいけないような感じというか。もちろん、少数派が受け入れられる社会は当たり前にそうあるべきだと思っているんですけど。じゃあその分、普通の意見がどんどん消されているような、言いづらいような世の中になっていってしまっている感覚があります。そこをちゃんと区別するべきだと思っている。だけど、そういう今まで通りの生活をしましょうよ、というふうに言うと、何言ってるんだよってなるような世界な気がして。


──いろんな人が存在する、いろんな考えがあるというシームレスな世の中になるのはとてもいいことだけど、今はそうしようという強い意見が軋轢を生んでいるような部分もありますね。

ヒグチアイ:そういうことが多い気がしますよね。わかるんですけどね。今はそういう時代なんだろうなと言うのはわかるんですけど。なんだか、難しいなと思います。

──改めて曲の話に戻りますが、この「悲しい歌がある理由」でいいな、心強いなと感じたのは、最後の部分、“もう痛くないはずだよ もう許していいんだよ”という部分で。悲しい歌を聴くことや傷に向き合うのは多少の荒療治かもしれないけれど、でも“許していいんだ”っていうのはいい言葉だなと思いました。

ヒグチアイ:今回、“許していい”というところが、いちばん大事なところで。傷ついたことに頼って生きている人もきっといると思うんです。「傷ついたから、自分はこういうふうになっちゃったのはしょうがない」って思いながら生きている人って多い気がして。私もそういうときがあったんですけど。なんか嫌なことがあったから、人に対して嫌なことをしてもいいし、そのせいで自分がうまくいかないんだったらしょうがないという、何かの理由にして生きていたことがあったというか。でも傷ついたっていうことを一回ほぐしてあげないと、次の幸せに向かえない。だから、傷ついたことを忘れるとか無くすとかじゃなくて、傷ついたということを受け入れて、許して、次の幸せにつなげていく……ということが大事なのかなって。人それぞれだと思うんですけど、私はそういうふうに思って書きました。

──ヒグチさん自身も、経験としてそうなれたからこそですね。

ヒグチアイ:そうですね、そこで人生が終わりじゃないから。傷ついたことで人生が終わりだったら、「傷ついた」「はい、終わり」でいいけど。その後に生きていかないといけなくて、それならなんとなく幸せになった方が、幸せだし(笑)。もう許してあげたらいいのになって思う人もたくさんいる気がしますね。

──それがひとつできると、前に進めるのもそうだし、誰かを思いやる気持ちにもいろんな幅が出るというか、理解度が高まりますね。

ヒグチアイ:そう思います、優しくなれるというか。そのおかげで、傷ついたことのある人って優しかったりすると思うんです。自分が傷つきたくないから優しくしているという人も多いと思いますけど、それでも多分、そういう気持ちをわかってあげられる人になっているはずなので。傷つくようなことは起こらないほうがいいのかもしれないけど、多分人生で傷つくことは絶対に起こってしまうので。幸せになってほしいですよね、みんな。


──ピアノでの弾き語り一発録りの臨場感も、エモーショナルなドラマ、物語の流れを引き立てています。

ヒグチアイ:毎回、弾き語りのレコーディングのときって、気負いすぎちゃうのか体調が悪くなることが多いんです(笑)。でも今回はすごくいいコンディションで、2回しか歌わなかったんです。もう2回目で、これでっていう感じでレコーディング自体は15分くらいで終わっちゃったんです。それくらい、今の自分にぴったりの曲だったのかもしれないなと思います。

──第2弾の曲というのは、もうできてたりするんですか。

ヒグチアイ:曲はレコーディングをし終わっています。次は恋愛の曲になるんですけど、やっぱり自分が歳を重ねていくにつれて、恋人がすべてではなくなったりとか、それだけに自分の人生をかけられないって思うようなことが多くて。だから恋愛の曲ではあるんだけど、昔みたいに“もうあなたしか見えないの”という──私の曲にそんな曲はないですけど(笑)、そういう感じには今なれないし、書けないです。ちゃんと自分が働いて生活をしていて、そのなかで大切にしたいもの、という感じの曲ですかね。

──等身大が投影されている曲ですね。でもきっと多いんじゃないかなって思います。年齢を重ねるごとに自分が好きなものがわかってきたり、自分の人生を楽しめるようになってくるというか、強がりじゃなく、彼氏や恋愛に依存しない生き方になっていく感覚があるというか。

ヒグチアイ:そうですね。相手と何か重なる部分があるだけで、いいじゃんって思うというか。その重ならない部分は自分が楽しめばいいし。次の曲は遠距離恋愛の曲ではあるんですけど、今はコロナ禍であまり会えていない人も多いと思うので。そういう距離があるふたりの歌になっていて、ちょっとした気持ちのすれちがいみたいなところから、それでもいいっていう曲になっていますね。

──コロナ禍のような状況は、これまでになかったことだと思うんですが、何かそのことで自分で変わった部分、価値観が変わったところはありますか。

ヒグチアイ:多分あると思います。もうちょっと慣れちゃいましたけどね……ってことはないのかな(笑)。でも自分がやることはあまり変わってないと思います。最初はもっとコロナ自体が早く終わるものだと思っていたので、言っちゃ悪いけどイベントみたいな話で、これをどうやって乗り越えるかっていう話だったと思うんですけど、今は共存する方に向かっていると思うので。やっていることは変わらないですね。曲を書いて、ライブをしてっていう。でもやる側はそんなに変わっていないけど、きっとライブにくる人の気持ちは変わってしまっていると思うし、みんなそういう思いを持ちながらライブにきているので。曲の意味がまた変わってしまっているだろうなと思いながら歌っていますね。


──この1年半は、生き方のようなものを考えた時間というか、急にそれを目の前に突きつけられた感じもありました。だからこそ、自分の道を探していく、自分なりの幸せとはなんだろうかと見つけていくヒグチさんの曲の数々は、必要とされる気がします。

ヒグチアイ:多分、生き方とかに関しては中学生かくらいからずーっと考えているので(笑)。そんなことばっかり考えてきたので。この1年くらいで生き方を考え始めた人の、ちょっと先くらいにある歌詞が書けているかもしれない。ヒントになったらいいのになって思います。曲を聴いて、「自分はこうじゃないな」って思うことも、生き方を考える上でのヒントのひとつだと思うんです。

──3カ月連続でヒグチアイならではの濃い曲が聴けそうだなと楽しみです。

ヒグチアイ:1曲目「悲しい歌がある理由」は、自分の過去の傷が治っていることに気づく曲で、3曲目は恋愛の曲で、3曲目はもうちょっと前向きな曲が書けたらいいのかなというのがあるので。いろんな気持ちになるような、3作になったらと思っています。

──今回はいずれも「働く女性」がテーマということなので、次回はそのテーマが浮かび上がってきたことなどじっくりうかがえればと思います。

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「悲しい歌がある理由」楽曲レビュー

ふとこぼれたため息の理由を、乾いた笑顔で貼り付けた痛みや傷跡の理由を、ヒグチアイの歌は静かに、でもピンポイントに探り当ててくる。叫びなどでこじ開けるでなく、するりとパーソナルな領域へと滑り込んで捕らえられてしまうパワーがある。だから、その歌に触れるのが怖いことがあると語るファンもいるという。この「悲しい歌がある理由」もまた、いわば聴き手の急所に触れる曲かもしれない。ひとつちがうのは、この歌は音の向こうにいるそれぞれの“あなた”に語りかける歌だということだ。

満ちないままの自己肯定感とそこから生じる感情の歪みや不器用な愛情表現をあらわに、また痛みを知るからこそのあたたかな眼差しで、ヒグチアイは徹底して自身のことを描いてきた。他の誰でもない、彼女の内から切り出した脈打つリアルな感情、歌に共鳴し引き寄せられるように、聴き手が広がっていって、ヒグチアイの歌はたくさんの“私の歌”にもなっていった。そんな、心を共有するようなものへと、「悲しい歌がある理由」は呼びかける。

悲しい歌はあなたの古傷をまた傷つけるかもしれない、でも傷を思い出すたびに向き合ってきたのではと、柔らかな声で歌う。“あなたはずっと強くなった”。その言葉は、シンプルだが重ねてきた時間の深みを感じさせる。肩の荷が少し、下ろせるような感覚が味わえるのではと思う。ピアノの弾き語りによる一発録りのレコーディングでひと息でその想いや言葉を届ける、その心地よい緊張感もいい。また、涙を覆うようで、でも誰かに中指を立ててもいるこのアートワークも思い起こしながら、聴いてみてほしい。

取材・文◎吉羽さおり
写真◎佐藤裕之

配信シングル「悲しい歌がある理由」

2021年9月8日(水)リリース
配信リンク:https://lnk.to/kanashii_utaga_aruriyuu
▲ヒグチアイ/「悲しい歌がある理由」

<ヒグチアイ 5TH ANIV 独演会 [ 真 感 覚 ]>

2021年11月22日(月 ※祝前日)大阪 UMEDA CLUB QUATTRO
open 18:30 / start 19:00
全席指定:グッズ付前売 5,300円 (税込)+1Drink
info:SOUND CREATOR https://www.sound-c.co.jp/

2021年11月26日(金)東京 よみうり大手町ホール
open 18:15 / start 19:00
全席指定:グッズ付前売 5,800円(税込)
info:SOGO TOKYO http://www.sogotokyo.com/

オリジナルグッズ:冬の香りキャンドル

■オフィシャル先行(先着):9/8(水)18:00~10/11(月)23:59
https://eplus.jp/higuchiai2021-of/
*各公演、地方自治体/会場ごとの感染拡大防止ガイドラインに従い開催させていただきます。状況により、開場/開演時間が変更になる場合がございます。予めご了承の上ご購入をお願いいたします。

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