【インタビュー】ササノマリイ新作『空と虚』は、すべてが『ヴァニタスの手記』の世界観

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2021年3月に、ぼくのりりっくのぼうよみとして活動していたたなか、ギタリストのIchika NitoとバンドDiosを結成したシンガーソングライター/コンポーザーのササノマリイが、とうとう今年初の個人名義作品となるミニアルバム『空と虚』をリリースした。

今作はTVアニメ『ヴァニタスの手記』の書き下ろしオープニングテーマ「空と虚」をリード曲に、アニメの世界観から想像して作られた7曲が収録されている。主題歌の話をもらうまえから『ヴァニタスの手記』の大ファンである彼。愛してやまない作品との出会い、そこからインスピレーションを受けた衝動的な制作など、彼がどんな思いのもと今作を作り上げたのか、リモートインタビューで迫った。



──新作『空と虚』は、7曲すべてが『ヴァニタスの手記』の世界観から想像して作られているそうですね。

ササノマリイ:そうです。『ヴァニタスの手記』の世界観をそのまま曲に落とし込んだものもあれば、自分で漫画を読んだりアニメを観ていて“このシーン好きだな”と思う場面をモチーフにして曲にさせていただいたり。

──同作のアニメのオープニング主題歌を書き下ろしたことがきっかけで今作は生まれていると思うのですが、それでも全曲同じ作品からインスパイアを受けての制作は珍しいですよね。

ササノマリイ:もともと僕が曲を作ろうと思うきっかけが、絵画を観たり小説を読んだりするときで。あと、何かひとつの作品に感銘を受けると、それ以外のことが見えなくなるくらいその世界にどっぷりのめりこんじゃうんです。ちょうど『ヴァニタスの手記』に激ハマりしている時に、オープニング主題歌のお話をいただいたんですよ。

──へええ。それは運命的。

ササノマリイ:『ヴァニタスの手記』は本当に好きな世界観で、“この作品なら主題歌を書き下ろすだけでなくもっと曲にしてみたい”と思ったんです。アニメタイアップ曲ならば本来シングルになるはずですけど、“ミニアルバムというかたちでも出せそうだよ”という流れになったので、じゃあそれでお願いします!と。そうして出来たのが『空と虚』というミニアルバムですね。

──となると、2018年にリリースした『MUIMI』以降の、統一したジャケットデザインの作品群とは違う文脈から生まれたものでもあるんですね。

ササノマリイ:がっつり違いますね。『MUIMI』を筆頭に5枚のデジタルシングルは、いろんな人から助言を頂いて、エレクトロニックな質感が強い、これまでの僕にはできない作り方ができた楽曲たちなんです。それまでは最低限の音数で曲を作ることが苦手で、“優しくてたくさんの音が飽和した音像こそ至高!”と思っていたんですけど、『MUIMI』以降の制作で音の捉え方の感覚が少しずつ変わって、自分なりのいい方法で作れるようになってきて。その制作の経験は『空と虚』にもだいぶ還元されていますね。

──『ヴァニタスの手記』のどんなところが、ササノさんの琴線に触れたのでしょうか?

ササノマリイ:もう全部が大好きなんですけど…やっぱり各キャラクターが葛藤を持っているところかな。各々に人生ドラマがあるから、おまけみたいな登場人物がいないんです。あとはキャラクターの衣装も、舞台になっている街並みも。ありとあらゆる要素がすべて綺麗にハマっているなと思うんです。明るい話だけではないんですけどね。原作であるマンガの最新刊(9巻)は読んでいて本当に心がつらいんですよ(苦笑)。

──そうらしいですね。わたしはアニメでしか追えていないんですけど、「空と虚」のMVのコメント欄にもそれらしきことを書いてらっしゃる方々がちらほらいらっしゃって。

ササノマリイ:だから『空と虚』には、僕が原作で読んだシーンをもとにした楽曲も多いんです。『ヴァニタスの手記』が好きゆえに、どのシーンを曲に落とし込むべきか、どこまで起承転結を入れるべきかの取捨選択が難しかったですね。でもネタバレになってしまうのも、作品を知らない人が取り残されてしまうのも避けたいので、作品をそっくりそのままではなく、知っている人が読めば“もしかしたらあのシーンのことかも?”とやんわり思うくらいの描写に留めました。だから僕の懸念としては、同じように『ヴァニタスの手記』を大好きな人が“これは解釈違いだ!”と機嫌を損ねてしまうことですね…。

──ははは。その物語にのめりこめばのめりこむほど、その人の視点ならではの『ヴァニタスの手記』が生まれますよね。特に『ヴァニタスの手記』は設定や背景が細かくて、キャラクターの心理を言葉で説明するシーンが少ないぶん、視聴者や読者の想像をかき立てる作品だと思うので、いろんな解釈ができるのかなと。

ササノマリイ:そう、そこがいいんですよね。“すごくいい表情だな…でもこれはどういう意味の表情なんだろう”と考えていくのが面白くて。それぞれのキャラクターがほかのキャラクターにどんな感情を抱いているのか、キャラクター本人以外はわからない。なんなら本人もわかってないんじゃないかとも思うシーンもあるんです。その描写に翻弄されながら観るのも楽しいんですよね。


──『空と虚』の7曲は、ササノさんから見た『ヴァニタスの手記』や、『ヴァニタスの手記』をご覧になったササノさんのなかで育まれた楽曲世界がグラデーションになっている印象がありました。美しさや幻想性に包まれた楽曲が揃っているというか。

ササノマリイ:僕がもともと明るすぎる曲がそんなに得意ではないからかもしれないですけど…ものすごく簡単に言うと愛ゆえにこうなったのかな(笑)。『ヴァニタスの手記』のキャラソンのようなものにならないようにはしようと思いつつも、作品のテーマから逸脱したものは作りたくないという気持ちが根底にありました。でも「空と虚」も出す時不安で不安で(苦笑)。

──(笑)。「空と虚」はすごく優雅で洗練されていて、どこか無機質だけど感傷性もあって。でも『ヴァニタスの手記』はアクションも多いので、オープニング主題歌にはアッパーでひりひりとした楽曲を充てるのは常套手段な気がするんです。

ササノマリイ:『ヴァニタスの手記』は展開が目まぐるしいし、メインキャラクターであるヴァニタスとノエ以外のキャラクターが主軸になったお話もたくさんあるし、そのお話もすごく魅力的なんですよ。せっかく『ヴァニタスの手記』がアニメになるのだからオープニングにいちばん相応しいものを、と考えた結果、話の流れを切り取るというよりは、フランス・パリの美しさや、キャラクターが楽しんでいる時の大きなくくりで『ヴァニタスの手記』の世界を切り取ったんですよね。

──『ヴァニタスの手記』のキャラクターたちが生きている世界の空気を描いたのが「空と虚」ということですね。

ササノマリイ:やっぱりアニメはオープニングとエンディングを含めてひとつの作品だと思うので、その世界への入り口になるような曲にしたかったんです。電子音、ゴリッとしたドラムのちょっと退廃的な香り、綺麗な歌と楽器の音色…僕がこれまで好んで聴いてきていた血肉になっている音楽の影響も無意識のうちに出ているかもしれないですね。でもアニメを観る人には原作を知っている人も多いと思うので“原作を読んでいる人からしたら「空と虚」は明るすぎるんじゃないか?”と不安だったんですけど、“原作がシビアな展開になっているから、「空と虚」が救いになってくれている”という意見をいただくことがあって、それが僕にとっても救いになっています。

────「空と虚」はサビ前までは一音一音が粒立った印象で無機質な雰囲気があって、サビになった瞬間にその音たちが溶け合うという、ササノさんの2018年以降の新しいチャレンジで手に入れた手法と、元来持ち合わせた嗜好のどちらも出ていると思います。ササノさんが大好きな作品の書き下ろしだからこそ、ご自身の血肉になっているものが素直に音楽にできたのかなと。理屈で作った曲ではないというか。

ササノマリイ:ああ、僕自身“音楽は理屈じゃないんだよな”とつねづね思うんです。僕は“こういう雰囲気の曲を作りたいからこういうコードを組もう”みたいに技術で曲を作ったことがほとんどなくて、気付いたら曲ができていたという繰り返しが多くて。重苦しい曲を作っている自覚はあるんですけど、音楽を楽しんでほしい気持ちが何よりも大きいんです。聴いた人が気持ちいいと思ってくれたり、なにかしら感情が動いてくれたり、物の見え方が少し変わったりしてくれる音楽が作れたらいいなって。それができていたらうれしいな。

──新しい観点を意識的に取り入れる制作には、多少なりとも理屈が必要ですよね。挑戦が重なっていたぶん、もしかしたらそういう無邪気で本能的な制作に飢えていたところもあったのでしょうか。

ササノマリイ:…あったかもしれない(笑)。「空と虚」を作るちょっと前、2020年の後半くらいかな。スランプ…というほどではないけど、自分の作るものに納得がいかない時期があって“これでは世に出せないなあ”と思う曲ばかりできていたんです。自分の感情がいい意味で死んでしまっているときは、いろんなことを考えているがゆえに沈んでいる状態でもあるので、胸に迫る歌詞が書けたりするんですよね。でもその時はあんまり物事を深く考えられなくてずっとぼーっとしているという良くない感じだったんです。ちょうどその頃に出会ったのが『ヴァニタスの手記』で。なんて面白い作品なんだとどハマりして3巻4巻を読んでいた時期に…。

──ちょうどアニメ『ヴァニタスの手記』のオープニング主題歌の話が舞い込んだと。運命どころかそれ以上の縁ですね。漫画みたい。

ササノマリイ:ね(笑)。だからすごく救われたんです。いまもずっと制作デスクのところに置いてあるんですよ(※と言って、手元にあるコミックスを見せる)。ここ1年くらいは行き詰まったりなんとなく気持ちが塞ぎこんだら『ヴァニタスの手記』のコミックスを読む、という生活を繰り返しているんです。他の人に回る可能性だってたくさんあるなかで、自分のもとに作らせていただける機会が舞い込んできた。だから僕なりに全力でいいものを作りたかったんですよね。

──その背景を聞くと、「空と虚」以外にも楽曲が次々生まれてきたのにも納得します。

ササノマリイ:その作品を好きな人は、その作品のどこがいいのかがしっかりわかると思うんですよね。書き下ろしをするならば、その作品を愛していないと人の心に届くものは作れないと思うんです。だから愛している作品がゆえに、制作において全然計算はできていないんですよ。曲を作り始めた頃の初期衝動みたいなものが湧いてきて、衝動8割+これまでの自分の経験値2割みたいな感じというか。アルバム作り終えてから、会う人会う人に“最近めっちゃ血色良くなったね。ちょっと前死にそうな顔してたのに”と言われるんです(笑)。だから今回、“自分は『ヴァニタスの手記』についてこう思っています”というものを曲にして、自分としても掴めたところはあったのかな。あとはそれが受け入れてもらえるように祈るのみですね。


──ササノさんの音楽制作においてそういう無邪気さが必要不可欠なのかもしれないですね。ササノさんの楽曲は以前から、シビアな現実のなかで想像する煌びやかな未来や、行ってみたい夢の世界といった、現実にないものを現実に求めているような、現実をより素敵なものにしたいと渇望しているイメージがあるので。「夢」という言葉も歌詞に多いですし。

ササノマリイ:ああ、なるほど。『ヴァニタスの手記』は回想シーンが多いのもあって今回のアルバムに夢という言葉が多いのもあるかもしれないけど、言われてみると昔から歌詞に「夢」はよく使ってる気がする(笑)。歌詞を『ヴァニタスの手記』に寄せすぎちゃうと完全なファンタジーになってしまうので、影響を受けたうえで自分のなかで噛み砕いて生まれてくる言葉で構成したいとなとは思ったんです。実際書いている時はそこまで強く意識していたわけではないんですけど、そういうものにできたかなとは思っていて。

──本当に好きな作品でないと、その制作はできないですね。

ササノマリイ:うん。間違いなくそうですね。

──ちょっと楽曲と作品のネタバレに触れてしまうんですが、「つたわらないね」から「solitude」の流れは、ノエの幼少期のエピソードが元になっているのかなと思ったのですが、いかがでしょうか。

ササノマリイ:それが違うんですよ(笑)。僕も作ったあとに“あ、これノエの幼少期のようにも感じられるな”と気付いたんです。これ以外の曲でも同じような現象があって、だから聴いてくれる人が“この曲、この場面にハマるな”と自由に考察して楽しんでもらえればいいなと思うんですよね。ちなみに「つたわらないね」は原作最新刊近くのドミニクの心境を僕なりに表現したもので、「solitude」はノエの独白を想像しながら作った曲なんです。

──そのままストーリーを追うのではなく、作品を再構築するような曲順もドラマチックですね。

ササノマリイ:どの曲も同時進行していたんですけど、昔の自分の作り方で作っている曲、新しい作り方をするなかで学んだものを出した曲、意図せずいろんなアレンジの曲ができました。僕のことを昔から知ってくれている人は、曲によって“あ、懐かしいな”と思ってもらえるものがあるかも。「メラメリ」はもうひとつオープニング主題歌を作るなら、という気持ちから作り始めて。だから「空と虚」とは違う観点で『ヴァニタスの手記』の世界の空気を切り取って、メリーゴーランドと観覧車をモチーフに、明るい曲を意識してみました。これは原作を読んでいる人にしか伝わらないと思うんですけど、「メラメリ」を作っている時に9巻が出て“ああ…まじか”と思いました(笑)。


──原作を読んでいる方々には伝わるでしょうか(笑)。ストリングスとプログラミングで迫真のサウンドが実現している「つたわらないね」と切実な気持ちが綴られたバラード「雪花の庭」は、アルバムのなかでも存在感があります。

ササノマリイ:僕はドミニクとクロエが特に好きで、「つたわらないね」と「雪花の庭」は特に僕が好きなシーンをモチーフにしているんです。とにかく“俺から見えてるあのシーンはこれなんです”という念がめちゃくちゃ濃く入っていますね。だから「雪花の庭」はいちばんミックスに時間掛かりました(笑)。多くの人が気持ちを重ねられるようにどうミックスをするべきか、チームでものすごく話し合いましたね。僕が好きなように曲を作ると、どんどん暗く静かで重い曲になっていくので…(笑)。

──いやいや(笑)。ササノさんの楽曲は陰のある曲でもポップセンスが効いているので。

ササノマリイ:ものすごく壮大な曲やアンビエントな曲がすごく好きなんですけど、親が車で流していたような幼少期から聴いている曲があきらかにポップスだし、自分の曲を人に聴いてもらいたい気持ちはあるので、自分の作りたいものが人に聴いてもらいたいものとイコールで。それらのマインドが根底にあるからポップに着地するのかな。あと、可愛い音が好きなんですよね(笑)。

──それも『ヴァニタスの手記』のイメージに合った要因のひとつですよね。

ササノマリイ:本当に、自分に合っている作品なんだと思います。解釈違いの方がいらっしゃったら本当に申し訳ない発言なんですけど、自分の好きな世界観が近かったからこそ、合わせられたのかなと思います。


──ミニアルバム『空と虚』は、表向きにはコラボレーション的な意味合いが強い作品でありながら、じつはササノさんの根底にあるもの、ササノさんが積み上げてきたものを素直に出せた作品だったことがよくわかるお話でした。

ササノマリイ:ははは、半分以上ラブレターみたいなアルバムだし、“自分はこんなものが好きなんです”という作品でもありますね。作品を作ると毎回必ず課題点が浮かび上がるんですけど、今回はそのどれもがすごく前向きなものなんです。それは自分が納得できるかたちで作品を作れたということだと思うし、だからこそ今作で新しい一歩が踏み出せた感覚がありますね。自信を持って“聴いてください”と言える曲たちができました。『ヴァニタスの手記』に出会えて、その主題歌のお話を頂けて、今回のアルバムを作ることができて、本当に良かったと思っています。

取材・文◎沖さやこ

ササノマリイ『空と虚(そらとうつろ)』

2021年9月8日発売
初回限定盤(ヴァニタス盤)AICL-4086~4087 ¥2,750(tax in)
※7inch アナログジャケット、ノンクレジット OPムービー収録
通常盤 AICL-4088 ¥2,200(tax in)
1. 空と虚
2.Jeanne
3. 透る目
4. つたわらないね
5.solitude
6. メラメリ
7. 雪花の庭
【DVD】(初回盤)
・「ヴァニタスの手記」
・ノンクレジットオープニングムービー
・「空と虚」Music Video


▲初回限定盤(ヴァニタス盤)


▲通常盤

◆ササノマリイ・オフィシャルサイト
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