【インタビュー】HAIOKA、「ただ人が生活しているだけで音楽的で、それを自分のフィルターを通してモダンなエレクトロニック音楽として表現できないか」

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音楽家のHAIOKAが、2021年10月22日(金)に三枚目のアルバム『Aru』をリリースした。コロナ禍の中に制作された本作は、これまでダンスミュージックの作り手であった彼の見方を180度変える作品と言っていいだろう。精神的な挫折、そして紆余曲折を経て世に放たれた『Aru』。孤高の音楽家・HAIOKAに話を聞いてみよう。

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■まだ闇だけど夜空が明るくなってきた
■“移ろい”を音楽の中でどう表現するか

──4年ぶりのアルバムになりますね。

HAIOKA 2017年に日本の伝統的な音楽と現代の音楽の融合を目指した『Riwaindo』を出したのですが、世間的には評価が得られず、資金が尽きて就職せざるを得なくなりました。で、2018〜2019年はとある会社にお世話になっていたわけですが、世間知らずのミュージシャンが初めて社会に出て、勉強しつつも、精神がすり減って(笑)。そこでまた会社を離れざるを得なくなったのが2020年の2月の出来事。音楽にもう一度戻るかという気持ちはあるものの、作りたいものがなくて……それは会社に入る前からで、2017年以降、何を作りたいのかわからない、もやーっとした気持ちが続いていて。とりあえず家にいながら友人の仕事を手伝っていると、精神的な傷も癒えてきて……そしたら昔好きだった、KAGAMIとかDJ TASAKAとかLoopa系のディスコ・テクノとかをたくさん聴きたくなったんですね。

ちょうどステイホームが始まって、どこかにクラブに行きたいけど行けないという気持ちがありつつ、明るい音楽を求めてたのかな。そこからだんだん、毎日8小節だけ音楽を作るようなことを始めて……で、昨年の11月ごろに一度アルバムができたんですけど、それは納得いかず全部捨てたんです。で、一から作り直したのが今回の作品。これで言いたいのは挫折して立ち直るというよりは、挫折したらまた挫折、その後さらに挫折と、挫折って続くんだな、という教訓と(笑)、立ち直ったからアルバムができたわけではなくて、挫折したのを受け入れたことで作品ができましたということなんです。

──アルバムを作りたいから、会社を辞めたわけではない? いわゆるサラリーマンのときに作り溜めてたこともない?

HAIOKA 全くないわけではないですが。実はこうやってアルバムを作れるまでに心の隅にあったのが一曲目の「Yoru Wo Koete」で、この曲は4年前にできていて、それがいつ聴き直しても新鮮な曲だった。自分の中で初めて“古くならない音楽”を作れた気がしてたんです。それをいい形でリリースできるタイミングを探してたんだけど、挫折期間になってしまった。その間もなんども聞き直して、それが音楽家としての支えだったと思います。


──やなわらばーの「SLEEP MUSIC」も同時期ですか?

HAIOKA あれもいい時期にお話をいただいて。社会人として働いていて気持ちが音楽から離れているときに石垣優さんからエレクトロニカ調のSLEEP MUSICをやりたいと連絡をもらって。なので、あれは働きながら少しづつ進めたものなんです。だから石垣優さんが自分と音楽をかろうじてつなげてくれていたというか……。

──気持ち的には“低空飛行”だったんですね。

HAIOKA ズーッと。今も作品はできたといえ、作りきってしまったので低空飛行です(笑)。

──今回のアルバム『Aru』は“闇から光へ”をテーマにしているそうですが詳しく教えてください。

HAOIKA “闇から光へ”というのは、アルバムの表現技法的な話になりますが、2013年からソロ・プロジェクトを始めて僕の音楽は「浮世絵」からインスパイアされてやっていると公に言っています。その浮世絵っぽさが行きすぎたのがものすごく古典に寄った『Riwaindo』だった。それから今作るべき音楽を模索していく中で、ズーッと浮世絵からのインスパイアはありましたけど、実は別の部分で、「浮世絵からインスパイアされた印象派の絵」というのがあります。モネ、ルノアールとかから視覚的なインスピレーションを得ることが多い。その人たちのことをよく調べると、今の時代の、日本の東京の生活に大事な考え方があるような気がして……貴族とか偉い人とかではなく、庶民の生活にスポットを当てようということ、具体的に物事を描くのではなく感覚的に物事を捉えて印象で描くこと。輪郭をぼかすこと。あとは人々の生活を、光の変化の移ろいを、絵の中にどう表現するか。それに印象派の人たちは外に出て外の光で絵を描くこと……。

ステイホームで家にいると世界を定点観測するというか、自分は今ここにいて星が流れるように、同じ場所から景色を見ているとだんだん世界の微妙な違いが分かるんじゃないかという気持ちになってきて……そういう“移ろい”を音に表現できないか、それに挑戦しました。だから闇から光へというのは、「Yoru Wo Koete」も、朝日が登ったわけではなく、まだ真っ暗な夜明け前だけど、あそこから朝日が登るんじゃないかという方へ向かおうぜ、個人的にはそういうニュアンスなんです。まだ闇なんだけど、夜空が明るくなってきた移ろいを音楽の中でどう表現するか。

──アルバムにできるなと思ったのはどのあたりですか?

HAIOKA 最初から、次に音源を出すならアルバムにしようと思ってました。2011年の東日本関東大震災のときにもあったことですけど、そのとき音楽家って世の中に必要じゃないものって分かったはずなんです。今コロナになって、僕はそれを再認識した。だとしたら音楽家がいる意味ってなんだろう?と。それに今っていろいろなことが効率化されてますよね? 文字は140文字以内がいいし、パッと見てインパクトある写真がいいし、動画も15秒で楽しめればいい。最終的には映画だって二倍速で観れるようになっちゃって……そう考えると音楽ってすごく効率が悪い。早回しにすると内容やジャンルが変わってしまうんです。ヒップホップを二倍にするとドラムンベースになっちゃう。音楽だけ、必ずその時間を費やさないといけない娯楽なんです。ってことは自分たち音楽家は、ある意味時間に責任を持った表現をすることが大事だと思う。だから僕は一曲で3分くらいの表現というより、40分から1時間という単位で人々の生活を彩ることをしようと思っていた。いわば非効率さの提案。だからアルバムが大事だと思うんです。

■浮世絵がそうだったように現代の生活を描くことと、
■それに自分のフィルターが入っている感じ



──話は少しズレますが、アプリなどでは15秒刻みで音楽が聴かれています。また最近の若者はイントロやギターソロがある曲は聴かないというニュースも……そういうことに関してはどう思いますか?

HAIOKA 否定はしないですが、自分の表現とは交わらない世界の話です。2015年くらいに大手サブスクサービスが出始めたころに再生回数を回すためにイントロやギターソロがなくなったことが話題になっていましたよね? そのときから自分には分かってたこと。ギターソロは好きですが、今はなくてもいい感覚にはなっているし、15秒単位で曲を作ることはお客さんのニーズに応えることで、商品を売っていくという考え方。自分は今インディペンデントだけど、とりあえず制作期間はだれとも会わずに自分ひとりの表現を作って、できたものをいろんな人に聴かせて良い/悪い・好き/嫌いを教えてもらう。それらの意見を聞いて何かしらの存在意義があると感じられれば、そこからビジネスモードに切り替えてどうやって売ろうか考える。存在価値を先に問うのではないので、作り方が違うんです。どちらも音楽で人を楽しませることですから否定はしないです。

──デモ段階から最終版になって雰囲気がかなり変わりましたよね? どんな考えの元、どんな作業を行なったのですか?

HAIOKA 商業的なことを考えずに1年半という制作期間を持てた。けどそれによってデモは寄せ集めた感じだったかもしれない。自分の中でもそういう気持ちはあったし、アルバムに入れたい物語もたくさんあって、とっ散らかってました。その後、ある程度責任が持てる状態になったので、デモをたくさんの人に聴いてもらって、いろいろなフィードバックをもらいつつ修正を入れ、最終的には曲順も並べ替えた。できたものに関して意見をもらうことで自分も客観的に観れるようになって、こういう流れの方がひとつの話として成り立つかなとか熟考できたのと、主観的・私小説みたいにできたアルバムなので、最後に客観性を入れてもらおうと思って信頼しているエンジニア・渡部高士さんにマスタリングを頼んだんです。

──プレスリリースには自伝的な作品として理解することができるとあります。

HAOIKA レーベル側にもこういう内容のこういうアルバムなんだってことを話して、それをドイツ人として分かるような解釈で書いてくれたんだと思います。自伝的というよりは浮世絵がそうだったように現代の生活を描くこと、それに自分のフィルターが入っている感じなんです。去年の終わりから、街中に立って1分半くらいマイクを回して、家に帰ってInstagramにあげるというフィールドレコーディングを毎日やってるんですけど、それがすごく発想の元になっていて……アルバムを作り直したのもそれがきっかけ。例えば車が通る音を録音していると、音楽的に聴こえる瞬間がある。ただ人が生活しているだけで、音楽的なんじゃないか、それを自分のフィルターを通して、モダンなエレクトロニック音楽として表現できないか。

──その間にフィールドレコーディングした音も作品に使われている?

HAIOKA そのまま使うというより、溜まっていった音がインスピレーションになる。自分の住んでいるところから半径15キロ以内くらいの東京で、鳥の音を録ろうとしても遠くてバイクの音が鳴ってたり、ささやかな水の流れを録ろうとすると上空で飛行機が飛んでたり……自分が生活している中でそれらは逃れられないものなんだと分かって。エレクトロニカ的な音の作りになぜビートを入れるのかと良く言われますが、それが理由なんです。きれいな音楽なのに、なぜかノイズっぽいものが入っていたり、両極端なものが入っているというか。東京にいる限りノイズ入っちゃうんだよね、という感じ。アイスランドじゃこの音はできないでしょ、という気持ち(笑)。

──「On The Ball Spinning」「See You Zen」などコラージュっぽい曲もありますが、それらはフィールドレコーディングから来てるのでしょうか?

HAIOKA コラージュっぽいというか……印象派の絵画から受けた、筆のタッチをワザと残して、絵具はチューブから出したままの色を使うという“筆触分割”というのがあって……。だから今回のアルバムの音ってほとんどフリーのソフトシンセで作って、それをあまりいじらずに、それでいてどんな音楽ができるかにこだわりました。モノ音しか出ないシンセでどれだけ面白い音楽ができるか。かつ音が良いか悪いかではなく、音の強弱/ニュアンスに注力しました。その考えはボーカルでも同様で「Yoru Wo Koete」の石垣さんの歌も、4年間の間に歌い直しにチャレンジしたけど、やはり一番最初のデモ……独り言のように始まる歌のニュアンスが出なくて……なるべく生々しくしたかった。

もうひとつ「Perceptual Image」は最初に持っていたイメージでタイトルは“知覚像”という意味。“知覚像”は夜空の月を見たときには大きく見えますよね? 写真に撮ったら小さくなる。その大きく見える方、人間の知覚で感じているものを“知覚像”。コロナでライブ会場に行けない今、音楽を“知覚”的に作ってみようと。クラブにいるとリバーブってすごく大きく聴こえるよね、とか。極端にあの音だけが大きく聴こえて印象に残っている感じを家にいながら聴く音楽のために作ったら、また新しい変なバランスの曲ができるんじゃないかと。マスタリングのときに渡部さんにも、変なバランスだけど、面白い音楽だねと言われて、うまくいったと思いました。

■エイドリアン・シャーウッド、ジェイムス・ブレイク、
■彼らの音楽で昔からあったロックへの憧れが大きくなった


──今回の制作はメロディかビートか、何から取り掛かることが多かったですか? もしくは最初から全体像があったのか。

HAIOKA 第一段階はダンスミュージックものをたくさん作ろうと思ってたんです。テクノ、ドラムンベース……ネイサン・フェイクの新しいアルバム『Blizzards』がすごく良くて、彼の最初のアルバムから10年経って、途中ブレイクビーツとか変な方向に行きましたけど、『Blizzards』で戻ってきた!と。そういう感覚がいいなと。まずはそこをフォローするところから始めようと思ったんです。アルバムにするのは決まっていて、まずはビートから作り始めました。そうするとなんだか自分らしくない気持ちになってきて、アルバムを一度ヤメた後は……イメージから作ったというのかな。それまではビートはこう、メロディはこう、シンセはこう、と理想的な姿があって作っていたわけですけど、このアルバムは知覚的イメージみたいに、パンと音がなってリバーブが大きくなるような曲を作ろうとか……アイディアを元に作り直した感じですね……で、もともと自分はテクノの人間だって自覚をしていたので、まずは四つ打ちでリズムを作ってその上に何か乗せてみて、リズムを全部抜く。そこから曲にしていくという作業をしました。ただBPMはすごく落とした。自分の中のテンション、年齢なのかもしれないけど、速い曲が聴けなくなってきていて。あとあまり言いたくないけど、Spotifyを人気順に聴いていったら、全部遅い曲でそこだけは世間にニーズに合わせてみました(笑)。結果的に遅いBPMの方がリバーブがグッと出てくる曲が作りやすかったんですが。

──バンドやライブ演奏と違って、いわゆるDTMという作業には肉体的快感、仲間との共感が得られにくいと思うが、肉体的な“快感”は感じるものですか? それとも感じたくなるものですか?

HAIOKA 僕は後者ですね。むしろその憧れのまま音楽を作ってます。楽器を弾けない人間からすると、自分の気持ちそのままに音が鳴ってくれる、それがどんなに気持ちいいことかと……。もしもピアノが弾けたならじゃないですけど、自分の気持ちを表現するとか、ギターをジャーンと弾けば、ジャーンと大きい音が鳴る、そのレスポンシビリティ、瞬発力って、DTMではそれを用意するという過程ができてしまう。生のミュージシャンもレコーディングした瞬間にそれが音源という枠に入ってしまうというジレンマはありますが、僕にはそういうパッとひいてドーンと大きい音が出る、優しく弾いたら優しい音が鳴る、そういうのが憧れなんです。それをなんとかシンセの中に見出せないかが課題。今回はよりそれを突き詰めた。

──例えばファンクのドラムなど、人間的なグルーヴ感への憧れもある?

HAIOKA クエストラブのドラムをそっくりそのままコピーして、打ち込めるようになりたいとかはないですけど、どちらかというと精神的な方……文化的な背景とか、育ってきた環境とか、黒人の血がとか言いますけど、それになることはできないから、日本人として、もし自分がクエストラブだったらこういうドラムを入れるかも、みたいな感じですかね。

──一概にマシーナリーなものが重要だと思っているわけではない?

HAIOKA むしろその逆かもしれない。最初はボタンを押してつまみを回すのが大好きだったんです(笑)。それがつまみを回す意義を考え始めて……ライブでは大きいミキサー卓を使うんですけど、それも自分の指先が感情を表現するという見せ方から。エイドリアン・シャーウッドを見たときにミキサーも楽器なんだと。それまでは、プログラミングされ調和された世界を見せる音楽だったのに、ダブの登場とシャーウッドのライブ感によって、DTMも生っぽくなると感じて。それに決定打を打ったのがジェイムス・ブレイクでした。彼らの音楽に接したときに、昔からあったロックへの憧れが大きくなった。

──そういう意味では「Always Ai」のギターは珍しくロックですね。セッション感もある。

HAIOKA それはよかった。あのギターはニューオーダーとスーパーカーを混ぜたらどうなるか、です(笑)。ギターを弾いてみたけど、エレクトロニックに聴こえるように、ドラムも生っぽいけどループだよねみたいな、ロックに憧れてるけど、マシーナリーなものを否定するわけではなくて、それがチャンと自分の基礎としてあるような作り方を心がけています。

■ミュージシャンもアウトプットの練習、物事に対する考えを
■トレーニングすることが必要なんじゃないか


──ところで制作日誌を「書く」という行為は、なんらかのアウトプット、もしくは制作作業の再検討材料、ならびに脳内の整理というような要素をもたらしていますか?

HAIOKA インターネット上に残すわけだから、少なからずだれかの目に触れるものとしてしっかり文章を書くということは、理性的な作業です。音楽を作る前に理性的な部分を使い果たしちゃうと、残った本能で音楽が作れる。文を書くことで先に論理的な部分、左脳を疲れさせるみたいな感覚かな。

──音楽を作ってから書くのではなく、書いてから作る?

HAIOKA そうですね。建設的な理論を先に書いておくと、余計な考えは放っておいて、感覚的に音楽が制作できる。

──日記を書かなかったときに制作したものは……。

HAOIKA 作っている間に理論が重なってしまって自分の中で矛盾を感じる作品ができてしまう。長い小説もそうだと思いますけど、書いているうちに主人公の性格が変わってしまったり……それはそれで面白いですけど、自分は一貫性を持たせたい。

──例えばジェイムス・ブレイクの新しい曲があるとき、音楽家として分析して聴きますよね? 書くことによって、それを忘れて、自分だけの制作に入ることができる? 

HAIOKA まさにそうですね。じゃないと、そのときに聴いたジェイムス・ブレイクのなんらかの要素がそのまま反映されてしまうというか……(笑)。 昔からある本で『やりたかったことをずっとやりなさい』(ジュリア・キャメロン著)というアーティストになるための本があるらしくて……最近知ったことなんですが、その著者は、毎朝スマホを見る前にA4用紙3ページ分の文字を書きなさいと。左脳を疲れさせると本当にやりたいことが見えてくる。また別の人の発言ですが、今の時代、人間は頭がすごく早く回転しているけど、手で紙に書くと遅いですよね。字を思い出しながら書くと、頭の回転スピードが少し下がるんです。回転スピードが下がるということは、トルクが上がると。ゆっくり物事を考えて、大きい答えを出す、それを僕は実感してます。

──HAIOKAさんの中で書くという行為はとても大事なことなんですね。

HAIOKA すごく大事ですね。ことの発端は、社会人として働いていた経験をふまえ音楽を商業として見たときに、音楽家としてアルバムって一大事業なのに、宣伝期間があまりにも短いと思ったこと。日本では1〜2ヶ月前からだし、海外では発売したから宣伝で、その後は1ヶ月半くらいまで。そこでもっと宣伝期間を長くできないかと。で、制作過程から文章にして気にかけてもらおうかなと、そういう実験的な一面もあったんです。ただ、そうやって書くことが自分にとって大事なことになるとは思わなかった。人を楽しませるという目的で音楽を制作しているわけですけど、ミュージシャンもアウトプットの練習、物事に対する考えをトレーニングするとか、必要なんじゃないか。コロナ禍で家で筋トレするようになってそんなことを考え始めました(笑)。



──デビュー当時に比べて機材や技術が進歩しています。作曲にその影響はどの程度あると思っていますか? 例えば何かが起きて、アナログ機材しか使えなくなったとしてもHAIOKAらしさは表現できると思いますか?

HAOIKA 実は僕はそれに期待に添えるようなことは言えなくて……(笑)。自分の使っているパソコンが15年前のWindows XP。DAWは「Cubase」のVersion 5だし(現在はversion 11)……なぜかというと、技術が進歩して高い機材でいろいろなことができるようになって、それを追いかけていくというより……自分が感じてきたことですが……DTMの人間って機材を揃えていくことが自分の実力の高まりと勘違いしているんじゃないかと思うこともあって。それへのアンチテーゼというか、そうじゃないよということを伝えたい。むしろどんなに安いシンセサイザー 、ドラムマシン、それがひとつだとしても、どういう音が出て、どういう風にしたらこういう音が出ると、自分の手足となるまで使うことが大事で、そうなると自分の直感的な発想を一瞬で音にできる。

高い技術よりも感性を育てることが大事で、そのために使い慣れた楽器があった方がいいと思う。すぐにできます、便利です、というものに飛びつくんじゃなくて。半分は自分が怠け者なので新しいものを勉強するのが面倒くさいだけなんですが(笑)、自分の直感力/瞬発力を表現できることが大事。そういう意味で技術の進歩と自分の作るものはリンクしません。ただ、その技術力のおかげで世間一般に面白いものが増えて、自分の感性が高まることはあると思います。

──ちょっとレイ・ハラカミさんのような……

HAIOKA 少し意識しました。最初に話した“古くならない曲”を考えているときにレイ・ハラカミさんだったんです。これはなんだろう?と思ったときに、あれは機材のせいではなくて、その機材がレイ・ハラカミの手足だから、という考えに至ったんですね。

──この世界に何か起きて、例えギター一本しか弾けなくてもHAOIKAらしさは出せる?

HAIOKA 電気がなくなってもそれを探すタイプなので、出せると思います。指3本だけで弾きますとか(笑)。

──コロナになって音楽家としてどう生きるかを問われる時代になっていますが、どう考えていますか?

HAIOKA 今回のアルバムには初めて四つ打ちが入ってなくて、その理由にもなりますが、コロナ禍の前って音楽は二極化してたと思うんです。身分人種関係なくみんなで集まって一分一秒を過ごす体験、それは音楽でしかできなくて、エンターテイメントとしてずば抜けて成立していたと思うんです。だからライブやフェスの規模もどんどん大きくなっていった。もうひとつはインテリアとしての音楽。アンビエント、BGM、自分の生活を彩ってくれる音楽、その二つがあった。コロナが来たことで片方のエンターテイメントとしての音楽が止まる。ライブ配信では通常の現場と比べておそらく満足度の半分も達成できていないと思うから、みんなで見てる感、感情の共有という意味で、みんなYouTuberの生配信の方に流れていった。

ただそこで音楽に第3の道ができたと思っています。ビリー・アイリッシュもそうだと思うんですが、みんなと価値観が共有できて、どこで聴いてても同じ感情を持てて、久々に巡り合ったときにその感覚を共有できるもの……。とても概念的ですが。個人的に受けた感動を後から語り合える、そんなメッセージや思いが入っている作品。それは騒ぐためでもなく、ただ流しておくだけでもなく。心の中に残るものがあって、それを後から感想を言い合えるような……。

──本来、音楽が持っている作用のひとつ?

HAOIKA そうかもしれません。そういうのがいいんじゃないか。二極化されていた音楽の真ん中ができてきているような気がしたんです。だから自分は音楽はまだまだ死なないんだなってそこで思えた。イギリスのビーバドゥービーもそうだけど、センチメンタルさ、ノスタルジックさもあって心の中に残って、あの曲よかったよねと語り合える、古くならない、そんな普遍的な音楽を追求する道ができたんじゃないかと。今回のアルバムはそこを目指したところがあります。

──10年後に聴いてもいいじゃんと。

HAIOKA 日本には歌謡曲がたくさんありますけど、個人的に“心に残る歌”というのが大事になってくるんじゃないかなって気がしていて。ビリー・アイリッシュはそんなこと考えてないと思いますけどね(笑)。


『Aru』

2021年10月22日(金)
Emerald & Doreen Records

■収録曲
1.Yoru Wo Koete feat. Yu Ishigaki
2.Koe 
3.On The Ball Spinning
 4.Dokoka Talk feat. Plasma Rüby
5.OK Zen  
6.Delayed Souvenir
7.Perceptual Image
8.Hammings
9.Gikushaku 
10.Always Ai
11.See You Zen

◆HAIOKA オフィシャルサイト
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