【コラム】Siip、詳細不明アーティストを紐解く1stアルバムに“消費されることのない空想日記”

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きっといろんな方面の方々からお叱りを受けるに違いないだろうが、正直に書いてしまおう。アルバム『Siip』についてのコラム執筆を依頼されたのだが、アルバムを通して聴いて率直に感じた第一印象は、“あまり記事にしたくないな”ということだった。なぜなら、この音楽が安易に消費されて欲しくないと思ったからだ。

◆Siip 画像 / 動画

どうしてそう感じたのだろうか。自分でもよく分からないが、分からないからこそ、『Siip』を聴きながら頭に浮かんだことを、つらつらと書き記してみたい。


■ただただ音の流れに自分の身体を
■委ねることができるフラットさ

誰の中にもきっと、大切な想い出や夢、かけがえのない仲間や家族、恋人との絆があるだろう。赤の他人から見れば、何の価値もないちっぽけなことであっても、自分にとっては、何物にも代えがたい一生の宝物。そういうものが、一人ひとりの心の中に必ず大切にしまわれている。この音楽を聴いた時、“Siip”というシンガーソングクリエイターの、そんな心の中に、自分の感情が吸い込まれていったような気持ちになったのだ。

もう少し客観的に音楽について語ってみよう。アルバム『Siip』は、音楽的にはとてもフラットだ。そこにあるのは、世の中の流行り廃りとはまったく無縁の音世界であり、心地よい音の波が漂っている。かと言ってそれは、何も商業音楽に抗ってのことではないだろう。意識的に背を向けているのではなく、おそらく作者は、そもそもそういった領域に関心を持たずに、この8曲を生み出したのではないだろうか。

なぜそう思ったのかと言うと、この作品からネガティヴなエネルギーを一切感じないからだ。ネガティヴなエネルギーが“悪”という意味ではない。時に反骨心は、世の中や時代を動かすほどの芸術作品を生み出す大きな原動力となる。ただ『Siip』から感じる熱量は、燃えたぎるような強烈な熱さではなく、誰かとハグをしているかのような温かさなのだ。

その一方で、ポジティヴなエネルギーに満ちているわけでもない。勇気をもらったり、背中を押されたり、応援してもらうような世の中に溢れている力強さではなく、『Siip』に宿っているのは、自分の気づかぬところで静かに見守ってくれているような、そんな優しさだ。

だからこそ、アルバムを聴いていても、気持ちを急き立てられたり、ノリを強制されることもなく、また過剰に感情を揺さぶられることもなく、全身の力を抜いて、ただただ音の流れに自分の身体を委ねることができるフラットさがあるのだ。


■作者の空想日記であり
■DTMによる現代の弾き語り

サウンド自体は、全体的に音数が少なめで、おそらくホームレコーディング的なDTM手法をベースに楽曲が作られているように感じるテイスト。このあたりは、むしろ極めて“今風”と言える。しかし、ここで見逃せないのは、別段それを狙ってやっているのではなさそうだ、という点にある。

例えるならば、十数年前だと、スマートフォンは流行りのアイテムだった。しかし、物心がついた時から当たり前のようにスマホに触れている世代にとってみれば、流行りも何も、“スマホはこういうものでしょ”という、ただの日常品。『Siip』の作者がこういうサウンドにたどり着いたのも、おそらく同じ感覚なのだろう。まるで、”いやいや、音楽って、こうやって自分の部屋で作るもんでしょ?”という作者の微笑んだ顔が浮かんでくるようだ。だがその顔は、はっきりとは見えてこない。

書き進むにつれて、だんだんと『Siip』から受けた自分の第一印象は何だったのか、頭の中が整理できてきた。この作品は、作者の“空想日記”なのではないだろうか。言葉だけでなく、音の世界も含めて。

そう考えると、ここで歌われていることが、作者の実体験に起因するものなのか、あるいはフィクションなのかが気になってくるが、それは作者本人以外に誰にも分からないし、分からなくていいと思う。それよりも、もし空想であったとしても、作者がこうした日記を書き記したということが、もっとも重要なのだ。しかもそれを“つぶやき”のようにタイムラインで流され、消費されていくものではなく、日記として残したことが。

『Siip』の制作手法や演奏テクニック、ジャンル性を語ることはできなくもない。しかし、そこを深堀りするのはどうしても野暮に感じてしまう。この作品から、「そこじゃないよ」と言われているような気がしてならないのだ。メロディと歌詞、それを彩る音がすべてだ、と。そういう意味では、非常に弾き語り的な音楽と言える。もちろん、弾き語りと言っても、アコースティックギターを弾きながら歌うといった類の音楽ではない。だがこの作品は、“DTMによる現代の弾き語りだ”と言ってよいのではないだろうか。


■間違いなく
■かけがえのない宝物

人が日記を書く時、そこに戦略的な気持ちは存在しないし、読み手のことを意識することはない。そもそも読み手は未来の自分だけなのだから、ただただその日に起こったことや感じたこと、その日の気持ちを書き記す。それが日記だ。

そうした、本来は人の目に触れるはずもなく書いた他人の日記を何かの機会で目にした時、その中身を見て“それがどうした”と感じる人も当然いるだろう。しかし、そこに書かれている内容に、思わず感情移入してしまう人もいるだろう。あるいは、自分のことなど知るはずもない他人の日記に、心を癒されることさえある。なぜそんなことが起こるのか。それは、自分が大切にしているものと、日記の書き手が大切にしているものが一瞬にしてつながるからだ。

このアルバムは、それに近い存在の物であるような気がしてならない。だからこそ、“それがどうした”で終わってしまう人もいるだろうが、しかし、自分が大切にしているものとこの音楽がつながった人にとっては、間違いなく、かけがえのない宝物となるはずだ。

だからこそ、誤解を恐れずに言えば、『Siip』は万人受けしなくていい作品だと思う。むしろ、そうなって欲しくない。そうではなく、この音の波とつながった人に、ずっとずっと長く、そして大切に聴き続けられて欲しいと心から思う作品だ。

まさしく、1(作者)対“多数”ではなく、1対“1”になれる音楽。そしてその“1”は、必ず全国のどんな場所にもいるはずだし、周りを見渡すと“1”は自分ひとりしかいないように感じても、きっと目に見えないところで、知らず知らずのうちに“1”同志が横へつながっていき、大きく広がっていくはず。きっと『Siip』は、そんな作品なのだと思う。

文◎布施雄一郎


■1stアルバム『Siip』

2021年10月27日(水)発売
【完全生産限定BOX:LPサイズ (CD+Blu-ray)+(タロットカード8枚セット)+(GOODS)】UPCH-29405 ¥13,200 (税込)
・BOXサイズ : 縦32.5cm × 横32.5cm
・グッズ内容:(1) Large size Siip stencil sheet (2) Candle & holder by “Cuz I” (3) Siip style long sleeves wear
【通常盤 (CD+Blu-ray)+(タロットカード8枚セット)】UPCH-20590 ¥3,850 (税込)
▼CD (完全生産限定BOX / 通常盤共通)
1. saga
2. πανσπερμία
3. Cuz I
4. 2
5. Walhalla
6. 来世でも
7. オドレテル
8. scenario
▼Blu-ray (完全生産限定BOX / 通常盤共通)
MUSIC VIDEO:「Cuz I」「2」「πανσπερμία」

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