【コラム】ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインが、セルフタイトル作品を発表したワケ

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ロック・バンドがセルフ・タイトル作品、つまり自らのバンド名をそのまま表題に掲げたアルバムを発表するのはどんな時だろうか。詳しく統計を取って調べたわけではないから断定的に言うことはできないが、いちばん多いのはデビュー作品をそう名付けるケースだろう。次に多いのは、いわば「第二の原点」とでもいうべき局面を迎えた時ではないだろうか。そんなことを考えさせられたのはブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインの通算第7作にあたる約3年ぶりの新作アルバムが、まさしくそうした趣の作品だからだ。


ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインは1998年に結成された英国はウェールズ出身の4人組で、2005年に『ザ・ポイズン』でデビュー。以降、『スクリーム・エイム・ファイア』(2008年)、『フィーヴァー』(2010年)、『テンパー・テンパー』(2013年)、『ヴェノム』(2015年)、そして『グラヴィティ』(2018年)と、比較的コンスタントにアルバムを発表し続けている。デビュー当時から次代のメタル・シーンを担うべき存在として将来を嘱望され、2000年代のメタルを象徴するバンドのひとつに数えられてきた。セールス実績も高く、上記作品のうち『スクリーム・エイム・ファイア』と『フィーヴァー』『ヴェノム』の3作品はUKとUS双方のアルバム・チャートでトップ10入りを果たしている。

こうした事実関係だけをみればすべてが順風満帆で不安要素など皆無といった印象を受けるが、ファンが常に気にかけていたのはマット・タック(Vo、G)とマイケル‘パッジ’パジェット(G)以外の顔ぶれがなかなか安定せずにいたことと、バンドの音楽的変遷がまっすぐな進化というよりは自身の音楽性の幅の両極を探し当てようとでもするかのように、ジグザグな歩みを続けてきたことだろう。リズム・セクションについては2015年にジェイミー・マティアス(B)、2017年にジェイソン・ボウルド(Dr)が迎えられてからは安定している模様だが、ジグザグな進化は前作にあたる『グラヴィティ』で過去最大級に極端な動きをみせることになった。

『グラヴィティ』における変化は、敢えてきっぱりと言うなら「メタル離れ」と受け取られて当然のものだったし、しかも「バンド・スタイルからの脱却」を匂わせるものでもあった。ハード&ヘヴィなバンド・サウンドの鎧を脱ぎ捨てたかのようなそのサウンドは、現代的なエレクトロの質感を伴うもので、バンド然としたたたずまいではなく、まるでマットのソロ・アルバムであるかのようなパーソナルな成り立ちをしていた。各方面のアルバム評などではある時期のリンキン・パークやブリング・ミー・ザ・ホライズンなどを引き合いに出しながらその変貌ぶりが揶揄されたものだ。実のところ作品自体のクオリティは非常に高く、好意的な評価も獲得してはいたが、メタル・バンドとしての彼らに愛着を持つファンの中にはそれを裏切りと捉える向きもあったはずだし、その変化が一時的な方向転換に過ぎないものであることを祈っていた人も少なくなかったことだろう。

そして11月5日に全世界当時発売を迎える『ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン』は、誤解を恐れずに言えば、そうした人たちにこそ触れて欲しい作品でもある。まず、冒頭から「これぞブレット!」と声をあげたくなるような「パラサイト」と「ナイヴズ」の連打に打ちのめされてしまう。これらの楽曲についてはミュージック・ビデオと共に先行公開されてきたが、その時点でのネット上などでの反応には「自分たちが求めていたブレットが帰ってきた!」といったものが目立っていたが、「アルバムを聴くまでは信じられない」といった声も皆無ではなかった。それは、そうした警戒心めいたものを抱かせるほど『グラヴィティ』が問題作だったということの証でもあるように思う。



このアルバム完成に際し、マットは「ブレット2.0の始まりだ。まさに今の俺たちの状態を物語っている。音楽はフレッシュで、アグレッシヴで、今までよりずっと直感的で情熱的だ」とコメントしている。「ブレット2.0」というのは、当然ながらバンドが新たなフェーズに突入したことを意味し、最新型へのヴァージョン・アップ済ませた状態にあることを示唆しているのだろう。冒頭で僕は「第二の原点」という言葉を使っているが、まさに彼自身も現在のバンドがそうした座標に立っていると認識しているのだろう。彼のこの言葉は、今作がセルフ・タイトル作であることの理由を簡潔に説明しているともいえる。

ただ、このアルバムの持つ意味合いについて「原点回帰」といった言葉で簡単に定義付けてしまうのは少しばかり乱暴であるようにも思う。確かに彼らのメタル・バンド然とした側面が強調された作品ではあるし、パッジの「このバンドのいちばん凶暴な側面が出ている。これこそ俺達がいちばん輝ける方向性だと思う」という発言も、古くからのファンに安心をもたらすことだろう。敢えて言うなら、今回の作風は『グラヴィティ』に対する反動の表れでもあるはずなのだ。

ただ、同時に、『グラヴィティ』で培われたものが今作に反映されていないというわけでは決してない。アルバム序盤の畳み掛けるような攻撃的展開からは、往年の彼らが得意としてきたものをいっそう研ぎ澄ませていることがうかがえるが、アルバム後半に向かうにつれて深みに嵌まっていくかのようなその流れのシネマティックな感触が何を彷彿させるかといえば、やはり『グラヴィティ』なのだ。つまり今作は、単純な原点回帰作ではなく、前作での徹底的な実験を経てマットが得たものがバンドという単位の中で消化されたうえでの、改めてのアイデンティティ提示作になっている。と、僕には感じらてならない。

筆者は、アルバム完成後のマットの取材を行ない、今作がセルフ・タイトルであることに関する話をする中で「原点回帰のようなものをテーマとしていたわけではないんですね?」という質問をしている。そこでの彼の回答は「べつに俺たちは、過去に出してきたものを作り替えようとしたわけじゃない。アルバムごとにその時点での自分たち受け入れようとしているだけだ」というものだった。さらにはその発言からの流れで「原点回帰というわけじゃない。俺たち、過去は振り返らないよ。前進するのみさ」と言い切っている。このインタビューはBURRN!誌11月号に掲載されているが、そこで同時に彼が認めているのは、こうしたアグレッシヴな作風が、昨今の世相とも無縁ではないということだ。言い換えるならば、パンデミック下で鬱積したものが爆発した結果でもある、ということなのだろう。その裏付けになるかどうかはわからないが、彼はまた、表現者として、その瞬間の感覚や本能に忠実でありたいとも語っている。

いずれにせよ確かなのは、ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインがこの2021年に、新たな傑作を産み落としたということだ。そしておそらく今作が、これから先に続いていく彼らの物語にとっての起点となっていくのだろう。ある意味、このアルバムを境界線としながらこのバンドの歴史について「紀元前・紀元後」のような解釈をすることも、この先の未来にはあるのかもしれない。そしてこのアルバムに惹かれれば惹かれるほど、僕の中では『グラヴィティ』に対する評価もふたたび高まってくる。

まっすぐに続いていく進化の過程というのは素晴らしいものだが、こうしたジグザグな歩みを追うこともまた、音楽ファンとしての醍醐味ではないだろうか。

文◎増田勇一


『ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン』

2021年11月5日発売
2CD デラックス盤 UICY-79749/50 ¥3,300(税込) 日本独自企画盤
※CD2はサマーソニック 2018 ライヴ音源
CD 通常盤 UICY-16017 ¥2,750(税込)
日本盤ボーナス・トラック1曲収録

CD1(通常盤&デラックス盤)
1. Parasite パラサイト
2. Knives ナイヴズ
3. My Reverie マイ・レヴェリー
4. No Happy Ever After ノー・ハッピー・エヴァー・アフター
5. Can't Escape The Waves キャント・エスケイプ・ザ・ウェイヴズ
6. Bastards バスターズ
7. Rainbow Veins レインボー・ヴェインズ
8. Shatter シャッター
9. Paralysed パラライズド
10. Death By A Thousand Cuts デス・バイ・ア・サウザンド・カッツ
*11. Stitches スティッチズ
*日本盤ボーナス・トラック
CD2(デラックス盤)
1. Don’t Need You (Live From Summer Sonic 2018) ドント・ニード・ユー(ライヴ・フロム・サマーソニック 2018)
2. Over It (Live From Summer Sonic 2018) オーヴァー・イット(ライヴ・フロム・サマーソニック 2018)
3. Your Betrayal (Live From Summer Sonic 2018) ユア・ビトレイヤル(ライヴ・フロム・サマーソニック 2018)
4. Not Dead Yet (Live From Summer Sonic 2018) ノット・デッド・イェット(ライヴ・フロム・サマーソニック 2018)
5.Letting You Go (Live From Summer Sonic 2018) レッティング・ユー・ゴー(ライヴ・フロム・サマーソニック 2018)

◆ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン・オフィシャルサイト
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