【コラム】宇多田ヒカル『BADモード』、2020年代に“瑞々しい音楽”を

ツイート

宇多田ヒカルのニューアルバム『BADモード』を聴いている。配信ではすでにリリース(1月19日)されているが、CDリリースはこれから(2月23日)だ。配信メインの時代とは言え、初回生産限定盤に「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」(1月に有料配信済み)を丸ごとと、そのドキュメンタリー、ミュージックビデオなどを収録したDVD/BDや、ポストカードのおまけなどが付くCDパッケージはやはり魅力的。『BADモード』を2倍楽しむために、考慮したい選択肢だ。


収録曲のほとんどが、2020年初頭の新型コロナ・パンデミック以降に書かれたということで、現在を生きる他のすべてのアーティストと同じように、アルバムの背後には時代の風が吹いている。『BADモード』というタイトルも、おそらくそうだろう。それは、このアルバムがBADモードの中にあるということではなく、BADモードの中にいるあなたに、今こんな音楽を届けたいということだ。音を聴き、リリックを読めば、彼女の思いが素直に届くだろう。精密でモダンでダンサブルな音像の中に、これまで以上に親密でパーソナルな、温かさが伝わるアルバムだ。

アルバムの骨格を成すのは、この3年間にリリースされたヒットチューン、大型タイアップチューンの数々。ミニマルなピアノのフレーズ、音数の少ない端正なリズム、ラップ風の歌い方がとてもクールな「君に夢中」(TBS 系金曜ドラマ「最愛」主題歌)と、四つ打ちのリズムとふんわり漂うコーラスが印象的な「One Last Kiss」(映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソング)。この2曲のプロデュースを手掛けたA. G. Cookは、Charli XCXの作品で知られるロンドン出身のアーティスト。エクスペリメンタルな要素を散りばめつつ、サウンドはあくまでスムースで耳に優しい。ふたりの相性はばっちりだ。



「PINK BLOOD」(アニメ「不滅のあなたへ」主題歌)と「Time」(日本テレビ系日曜ドラマ「美食探偵 明智五郎」主題歌)、そして「誰にも言わない」(サントリー天然水CMソング)と「Find Love」(「brand SHISEIDO」グローバル・キャンペーン「POWER IS YOU」キャンペーン・ソング)のプロデュースには、おなじみの小袋成彬の名前が見える。パーカッシブなドラムの音色が耳に残る「PINK BLOOD」「誰にも言わない」、あえてシンプルなリズムボックス的な音色をチョイスした「Time」、アップテンポの明るいハウスビートで踊らせる「Find Love」と、くるくる変わる曲の表情が楽しい。ミュージシャンも含め、アーティスト同士の信頼感が伝わってくる、素敵な音像だ。

最も古い楽曲は、2019年1月にHikaru Utada & Skrillex名義で世に出た「Face My Fears(English Version)」(“KINGDOM HEARTS III” Opening Theme Song)。ドラマチックなピアノのイントロから、激しく歪んだエレクトロビートが鳴り響くクライマックスまで、最高に刺激的な1曲をここでは「Japanese Version」として聴かせてくれる。私の知らない私に早く会いたい…。抽象的に切り詰めた表現が逆に多くを語る、イマジネーション豊かな曲だ。

そうした耳なじみの既発曲を繋ぎ合わせてひとつの物語にするのが、1曲目を飾るタイトルチューン「BADモード」、中盤を引き締める6曲目「気分じゃないの(Not In The Mood)」、そしてラストに置かれた10曲目「Somewhere Near Marseilles-マルセイユ辺り-」と、このアルバムで初出となる楽曲たち。「BADモード」は、シンプルな四つ打ち、端正なエレクトリックピアノ、ホーンが彩りを添える、どこかAOR的なムードを漂わせる心地よい1曲。絶好調でもBADモードでも、好き度変わらない…。アルバムタイトルの裏付けになる、リスナーに呼び掛けるような歌詞も魅力的だ。「気分じゃないの(Not In The Mood)」はより生演奏っぽく、大らかなグルーヴでゆったり聴かせる曲で、街なかの光景をライブカメラで中継するような、ドキュメンタリータッチの歌詞が面白い。この2曲のプロデュースを手掛けたのは、Floating PointsことSam Shepherd。ジャズや現代音楽の背景を持つクリエイターが生み出す、才気みなぎるサウンドが素晴らしい。

12分近くに及ぶ大曲「Somewhere Near Marseilles-マルセイユ辺り-」も、Floating Pointsとの共同プロデュース。ミニマルなハウスビート、シンプルなメロディが延々と続き、リスナーをトランス状態に引きずり込む実験的な作品だが、温かみのある音色のチョイスと、マルセイユ辺りでバカンスしたいねと歌うだけの微笑ましい歌詞のおかげで、すんなり聴けてしまう。近年の彼女がハマっていたというクラブミュージックへのお礼の返信のような、愛にあふれたサウンドでアルバムは幕を下ろす。


いや、まだボーナストラックがあった。「Beautiful World(Da Capo Version)」(映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソング)は、アコースティックギターとバイオリンのメランコリックな響きが耳に残るスローバラード。「キレイな人(Find Love)」は、「Find Love」の日本語バージョン。「Face My Fears(English Version)/ Hikaru Utada & Skrillex 」(“KINGDOM HEARTS III” Opening Theme Song)は、前述の「Japanese Version」のオリジナル原曲で、「Face My Fears(A. G. Cook Remix)」はクレジットの通り、A .G.Cookがリミックスしたバージョン。原曲の持つ尖った刺激を和らげながら、ドラムンベースやトラップ風のビートへと衣替えしている。聴き比べると、とても面白い。


才気あふれるクリエイターとのコラボレーションを通じ、モダンでエクスペリメンタルな音像の中で独自のポップ性を手に入れた素敵なサウンド。コロナ禍の時代背景を背負って、愛や友情やコミュニケーションの尊さを、彼女ならではの親密な口語体を散りばめながら鮮やかに表現する歌詞。デビュー24年目の今もまだ、これほどみずみずしい音楽を作れる宇多田ヒカルに、またも驚かされた。絶好調でもBADモードでも、好き度変わらない。そんな言葉を添えて、このアルバムを誰かに贈るのも、とても素敵なことじゃないかと思う。

文◎宮本英夫

宇多田ヒカル8th Album『BADモード』

2022年1月19日(水)デジタル先行配信
2022年2月23日(水・祝)CD発売
初回生産限定盤:CD+DVD+BD 6,800円(税込)
通常盤:CD 3,300円(税込)
購入特典:全国共通特典=オリジナルポストカード、Amazon.co.jp=メガジャケ
1.BAD モード
2.君に夢中(TBS 系金曜ドラマ「最愛」主題歌)
3.One Last Kiss(映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソング)
4.PINK BLOOD(アニメ「不滅のあなたへ」主題歌)
5.Time(日本テレビ系日曜ドラマ「美食探偵 明智五郎」主題歌)
6.気分じゃないの(Not In The Mood)
7.誰にも言わない(サントリー天然水 CM ソング)
8.Find Love(「brand SHISEIDO」グローバル・キャンペーン「POWER IS YOU」キャンペーン・ソング)
9.Face My Fears(Japanese Version)/ 宇多田ヒカル & Skrillex(ゲームソフト「KINGDOM HEARTS Ⅲ」オープニングテーマソング)
10.Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー
Bonus Tracks
11.Beautiful World(Da Capo Version)(映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソング)
12.キレイな人(Find Love)
13.Face My Fears(English Version)/ Hikaru Utada & Skrillex(“KINGDOM HEARTS III” Opening Theme Song)
14.Face My Fears(A. G. Cook Remix)
初回生産限定盤 DVD/BD「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」
1.BAD モード
2.One Last Kiss
3.君に夢中
4.誰にも言わない
5.Find Love
6.Time
7.PINK BLOOD
8.Face My Fears(English Version)
9.Hotel Lobby
10.Beautiful World(Da Capo Version)
11.About Me
12.Face My Fears(Japanese Version)[Bonus Track] Behind The Scene "Live Sessions from Air Studios"
Music Videos
1.Time
2.One Last Kiss
3.PINK BLOOD
4.君に夢中
5.BAD モード
◆『BADモード』CD購入まとめ
◆『BADモード』デジタル配信まとめ


初回生産限定盤


通常盤

◆宇多田ヒカル オフィシャルサイト
この記事をツイート

この記事の関連情報