マネスキン、<サマーソニック2022>で日本初上陸決定

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去る2月15日、<サマーソニック2022>の出演アーティスト第一弾が発表された。その顔ぶれのなかにマネスキンの名前をみつけて思わず歓喜の声をあげた音楽ファンは少なくないことだろう。海外アーティストの来日公演がほぼ皆無であるばかりではなく、いまだ従来のようなライヴの楽しみ方を取り戻しきれない状況が続いている中、この日本を代表する都市型フェスが3年ぶりの開催に向けていよいよ本格的に動き始めたわけである。もちろん筆者自身も同フェスの復活自体を何よりも嬉しく思っているのだが、2021年の音楽シーンにおいてもっとも鮮烈な印象を放っていたロック・バンドのひとつである彼らの日本初上陸が、こうして華々しい形で実現することになったのは、この上ない朗報だといえる。


実のところ、こうしてパンデミックが長引いてきたことは、新時代を牽引していくべき存在として期待と注目を集めてきたこの新鋭の活動にも当然のように影響を及ぼしてきた。たとえば2022年2月6日にロンドン公演を皮切りにスタートするはずだった29公演に及ぶヨーロッパ・ツアーは、残念ながら全面的に延期措置に。ちなみに同ツアーのチケットは販売開始からわずか2時間で全公演がソールドアウトとなっていたという。ただ、それでもマネスキンを熱望する世の声は国や地域を問わず高まる一方で、この4月には、アメリカはカリフォルニア州インディオで開催される<コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティヴァル>への登場が予定されており、その先にも世界各国のさまざまなあ大型フェスへの出演が決まっている。いわゆるフェス・シーズン到来に先駆けて実施される<コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティヴァル>はサプライズに富んだブッキングでも知られ、その年の音楽シーンの動向を占う意味でも影響力の大きなものと言われており、その場で彼らがどのような評価や評判を獲得することになるのかにも注目したいところだ。

つまり彼らの<サマーソニック2022>への出演は、世界の名だたるフェスを巡演するツアーの一環として実現することになる。これはまさに最高の展開といえるはずだ。実のところ、日本の発売元としては、本来ならば一刻も早くプロモーション来日やショウケース的な公演などの機会を設けたかったところだろうが、こうして国同士の行き来そのものが難しい状況下ではそれも現実的なことではなかった。しかも時間の経過に比例しながらマネスキンの需要は世界中で高まり続けているわけで、いまさらいかにも新人バンドによる顔見世的な規模でのジャパン・ツアーを組むことにも無理があると言わざるを得ない。そうした意味でも、大型フェスへの出演という形でのジャパン・ツアー実施は理に適っている。しかも先述の<コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティヴァル>をはじめ、多くの大きなステージでのパフォーマンスを重ねたうえで4人は日本のオーディエンスの前に姿を見せることになるのだ。本音を言えば、こうしてワールドワイドな成功を手にする以前の段階で彼らのライヴを観てみたかった気もするが、結果的にはまさに絶好のタイミングで、サクセスストーリーの主人公たちと向き合うことができるわけである。

改めてマネスキンの物語を振り返っておくと、バンドが母国イタリアのローマで始動したのは2015年のこと。ダミアーノ・デイヴィッド(Vo)、ヴィクトリア・デ・アンジェリス(B)、トーマス・ラッジ(G)、イーサン・トルキオ(Dr)という4人のメンバーは全員がいわゆるZ世代で、小学校の頃から顔見知りという関係性。そしてバンド名はデンマーク語で「月光」を意味する(ヴィクトリアはイタリアのみならずデンマークの血を引いている)。2017年に『CHOSEN』と題されたデビューEP、2018年には1st アルバムの『IL BALLO DELLA VITA(イル・バッロ・デッラ・ヴィータ)』を発表し、いきなりイタリアのアルバム・チャートにおいて初登場で1位を獲得。同作に伴うヨーロッパ・ツアーでは全80公演中66公演までがチケット完売となっており、すでにその人気が母国のみならず欧州全域に広まりつつあったことが裏付けられている。

そうした彼らの成功劇にさらに拍車をかけることになったのが2021年3月に現地発売された2ndアルバム『TEATRO D’ILA Vol.I』(テアトロ・ディーラVol.I)』だったことは言うまでもない。同作収録の「ジッティ・エ・ブオーニ」で、イタリアの由緒正しい音楽祭として知られる<サンレモ音楽祭>で優勝し、さらに同年5月には5月にオランダのロッテルダムで開催された<第65回ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト>でも優勝。欧州放送連盟によって運営されているこのコンテストは1950年代から続く権威あるもので、1970年代にはABBAが、1980年代にはセリーヌ・ディオンもその栄冠に輝いている。


いわゆるバンド・コンテストではなく楽曲の素晴らしさを競う場でそうした評価を得たことにも稀有な価値があるが、表彰式でトロフィーを手にした際にフロントマンであるダミアーノが発した「これだけは世界に言っておく。ロックンロールは不滅だ!」という言葉が世界中のロック・ファンを振り向かせることになった。参考までに同コンテスト優勝からわずか24時間のうちに 「ジッティ・エ・ブオーニ」は、Spotifyで約400万回にわたりストリーミング再生され、イタリアの楽曲として史上最多の再生回数を記録。以降、その勢いは恐るべきスピードと浸透力で広まり、ヨーロッパ界隈はもちろんのこと、アメリカや日本を含む全13ヵ国でSpotifyのトップ50で首位を奪取し、各国のバイラル・チャートを席巻。同時に他の楽曲にも注目が集まり、ここ日本でも同チャートのトップ3を独占するという事態に至っている。チャートの上位が邦楽勢のほぼ独占状態にあるこの国においては、とても異例のことだといえる。


以降もバンドはさまざまな記録を更新しながら快進撃を続けてきた。しかもイギー・ポップとの共演、ザ・ローリング・ストーンズのラスヴェガス公演でのオープニング・アクト抜擢といった誰もが羨むようなチャンスも獲得しながら。そして2021年10月には満を持して『テアトロ・ディーラVol.1』の日本盤も登場しているが、同作は『ロッキング・オン』誌による2021年度の年間ベスト・アルバム50選のNo.1に選出されている。新人でありながら、しかもビリー・アイリッシュやタイラー・ザ・クリエイター、フー・ファイターズらを抑えての快挙である。

ただ、そうした記録ずくめの成功実績以上に注目したいのは、このバンドの規格外のユニークさと存在感そのものだ。写真1枚や一瞬の映像が目に焼き付く印象度の鮮烈さと、ロックンロールの歴史的瞬間を大胆にコラージュしながら一切の無駄を削除したかのようなコンパクトな作品像。グラマラスで古き良き空気感を持ちながらも、クラシック・ロックのリヴァイヴァルにとどまることのない現代的なコマーシャルさ。1970年代ロックの名盤をアナログで買いあさりつつ、同時に今様のポップ・アイコンの魅力についても的確にとらえているかのようなバランス感覚の見事さを感じずにはいられない。以前、僕は彼らの音楽に対する初期段階の印象について「教科書通りではない掟破り感があり、一度耳にすると忘れられなくなるような中毒性をはらんでいる」などと書いているが、その中毒症状は今もおさまっていない。


少しばかり彼らの音楽的背景を探るうえでのヒントを提示しておくと、バンドが影響を受けたアーティストとして名前を挙げているのはレッド・ツェッペリン、フリートウッド・マック、アークティック・モンキーズ、パルプ、ホール、レッド・ホット・チリペッパーズなどなど。初めて購入したCDがメタリカの『メタリカ』だったというトーマスは、会ってみたい人物としてジミー・ペイジの名前を挙げている。ヴィクトリアの場合は、初CDがニルヴァーナの『イン・ユーテロ』で、会ってみたいのはパティ・スミスなのだという。ちなみに『メタリカ』と『イン・ユーテロ』がリリースされたのは、それぞれ1991年と1993年のこと。彼らが生まれるよりも約10年前のことである。そして彼らは、ハリー・スタイルズに対しての敬意と共感を口にする。懐古趣味なわけでも、新しいものだけを追うのでもなく、自分たち自身の感性に忠実なミクスチャーを創造し、提示していくこと。マネスキンは、それこそがロックンロールなのだと身をもって現代に伝えているのだ。この夏の日本初上陸に向けて期待感を膨らませながら、そんな開拓者たちの動向をこの先も追っていきたいところである。

文◎増田勇一

◆マネスキン・オフィシャルサイト
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