【コラム】感受性の奥に響いてくる、秋山黄色の『ONE MORE SHABON』

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炭酸の泡に魅せられて近づいてみると、その正体は無数のシャボン玉だった。それまで見ていたものと姿は異なるけれど、まったく同じものだと直感的に悟った。そしてどちらも、触ったらすぐに消えてしまう。透明でありながら確実にそこにあって、目の前できらめいていたはずなのに。あれは現実だったのか、夢だったのか。だけどこの指先には、たしかにあのシャボン玉を触った跡が残っている。

秋山黄色の最新作を聴き終え、手元にある資料に目を落としたときに飛び込んだ『ONE MORE SHABON』というタイトルを見て、おのずとそんなイメージが浮かび上がってきた。2ndフルアルバム『FIZZY POP SYNDROME』から約1年でリリースされた3rdフルアルバムは、持ち前のポップネスはそのままに、非常に観念的な作品だ。


前作と今作、本質的なものは変わらない。だが発信するスタンスはまったくもって異なる。前作が秋山黄色というアーティストが矢面に立ち、強い決意を持って己の生き方を音楽へ刻んでいたとするならば、今作はひとりで家にいる自然体の彼の心の奥の奥に広がる世界を、アーティストとしての彼が丁寧に音へと昇華していると言えるのではないだろうか。繊細な心象風景を極限までクリアに表現するには、さらに聴き手の心に響かせるには、これまでにはない音像が必要だったと推測する。

ポストロック、ポストパンク、エレポップ/シンセポップ、ポップス、ラップ/ミクスチャーなど、随所に新しいアプローチが多用されたサウンドメイク。それでも「変わってしまった」と感じることがほぼなく、それどころか安心感すら覚える。それは彼の内省的な面に触れられるからであり、さらにはそれが自分自身の深層心理とつながっているような気がするからだろう。それだけ感受性の奥に響いてくる作品なのだ。

アルバムのオープナーとなる「見て呉れ」と「ナイトダンサー」は、その入口としてもお誂え向きだ。マスロック的手法のフレージングやブレイクを多用した刺激的かつキャッチーなメロディで構成された前者と、これまでのオルタナ/ギターロックでエネルギーを放出する後者。現在のモードと出自を2曲で端的に示している。「見て呉れ」の「胸に風穴が空いたとしても きっと心まで見えやしないよ」や「分かり合えない同士笑い合おう」、「ナイトダンサー」の「汚れ増やして また夢中になって踊る」や「噛み締めた夜と世界を繋ぐ その未来に用がある」という歌詞も、個々のアイデンティティを尊重し、たとえ這いつくばってでも“生”を歌うという彼の象徴的なアティテュードだ。


今作は彼の感覚や深層心理が音楽になっているがゆえに、以前以上に聴き手の感性を刺激する音と言葉に富んでいる。なかでも「あのこと?」「うつつ」「白夜」の3曲はそれが顕著だ。彼のパーソナルな成分が色濃く表れているというのに、聴いている人間もどこか自分の一部のように恍惚としたり、過去に同じ思いを味わったような郷愁感を覚える。

散文的に強い言葉が並ぶ「白夜」の切実さ、失ったものを思う「うつつ」の憂い、「あのこと?」に綴られたロマンチシズム、どれもが大切な人やもの、時間を思ったものだ。寂寥感、儚さ、情熱と思慮深さ…楽曲の隅々にまで通ったそれらは、もともと人間に備わっているものとも言い換えられる。彼の声が、音のひとつひとつが「まだまだ俺たちは終わっていない」と訴えているようにも聴こえた。様々なもので満たされながらも危うさを感じざるを得ない現代において「あの幸せを未来へつなぎたい」という欲望は非常に健全であり誠実だ。

さらに彼の音楽に欠かせないのは「ユーモア」。彼のポップセンスの源流とも言えるだろう。ポストロック的アプローチと鋭いワードが矢継ぎ早に飛び交う「アク」、ひとりぼっちの夜の感情のうねりをエレクトロと生楽器で彩る「Night Park」、ディストーションの効いたギターリフと秋山本人の人生がシニカルに歌詞へ綴られた「PUPA」、洒落ていて気だるいムードと固いライムが小気味よいラップチューン「シャッターチャンス」、爽やかなピアノロックナンバーの「燦々と降り積もる夜は」、そのどれもが茶目っ気に溢れている。


そんな天邪鬼的な大胆さは我々に「たとえ誤魔化しであっても、少しでも笑えれていれば、消えない火傷のようになってしまった過去の悲しみとも共生できる」と暗に伝えてくれる。彼もきっと、そうやって心を軽くして生きてきたのだろう。ユーモアで乗り切れないくらいハードモードなときは、じっくりと自分の心と向き合っていく。深い闇夜をのたうち回りながらでも超えていく。だからこそ彼からは、音楽という名の純度の高い涙が零れ落ちてくるのだ。

秋山黄色の音楽は、我々の視線を“この先”へと向けてくれる。「雪の季節が終わる頃に 同じ場所に二人歩きに行こう 消えないでいて」…「白夜」に込められた祈りは、シビアなこの世の中ではシャボン玉のように儚いかもしれない。だが生きていくことは終わりに向かうことである以上に、まだ見ぬ未来を今に変えていくこと。割れてしまったならばもう一度、もう一度と吹いていけばいい。『ONE MORE SHABON』は鮮やかでやわらかい春を、ひと足早くわたしたちの元に届けてくれた。

文◎沖さやこ

秋山黄色『ONE MORE SHABON』

2022年3月9日発売
初回生産限定盤 ESCL-5631~ESCL-5632 4,500円+税
通常盤 ESCL-5633 3,300円+税
1.見て呉れ
2.ナイトダンサー
3.燦々と降り積もる夜は
4.アク
5.あのこと?
6.Night park
7.うつつ
8.PUPA
9.シャッターチャンス
10.白夜
初回盤Blu-ray 秋山黄色「一鬼一遊TOUR Lv.2」2021.3.10@Zepp Tokyo
1.LIE on
2.サーチライト
3.とうこうのはて
4.Bottoms call
5.宮の橋アンダーセッション
6.ホットバニラ・ホットケーキ
7.月と太陽だけ
8.夢の礫
9.モノローグ
10.アイデンティティ
11.Caffeine
12.猿上がりシティーポップ
13.クソフラペチーノ
14.PAINKILLER
◆『ONE MORE SHABON』CD購入まとめ
◆『ONE MORE SHABON』デジタル配信まとめ


◆秋山黄色オフィシャルサイト
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