【コラム】“正しさ”だらけの時代の片隅で、裸の男と酔っ払いの歌を聴く

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メタルを聞いていて「ダサいなあ!」と思うことはあるけれど、その“ダサい”って概念を具体的に文章化するとどうなるのかは、正直ぜんぜんわからない。歌詞は大体外国語だし、曲も演奏もカッコいいし。ただ、「ドラゴンフォースの新譜のジャケ写がダサい」という話題で楽しく盛り上がれるメタル界は、とっても平和だと思う。

2022年の年明け、私はとあるライブを配信で観た。出演者は、本イベントを主催するふたり組ユニット・ホルモン鉄道と、ホーン入りの大編成バンドを引き連れた大槻ヒロノリのソロユニット・真黒毛ぼっくす。改めて見ると、どちらも焼肉屋さんみたいなユニット名である。イベント名は<新春ホルモン鉄道ライブ2022年>。やっぱり焼肉っぽい。


この2組はいわゆるアンダーグラウンド系シーンで活躍しており、特にホルモン鉄道のほうは放送禁止用語や下ネタがモリモリ。アルバムのセルフライナーノーツにも「この曲は地上波では流せませんね」「(下ネタすぎて)最低ですね」と書くほどの、“誰もが思い描くアンダーグラウンド音楽”を具象化したかのようなユニットだ。

しかしメンバーの石川浩司は、1990年に“たま”のメンバーとしてメジャーデビューし、『紅白歌合戦』にも出場した名パーカッショニスト。相方の大谷氏は“富山の鬼才”と呼ばれる個性派シンガーソングライターで、アンダーグラウンド音楽シーン屈指の天才として名を馳せているなど、実力と音楽性の豊かさは疑いようもない。


一方の真黒毛ぼっくすは、かつて『三宅裕司のいかすバンド天国』に出演し、BUCK-TICKやソフトバレエが所属したレーベル・太陽レコードからデビュー作をリリースした知る人ぞ知る熟練のアーティスト。アルコールの匂いを身に纏う大槻ヒロノリは、テレビ東京『家、ついて行ってイイですか?』で密着取材を受け、ドキュメンタリー映画が製作されたこともある。


そんな2組のライブが始まったとき、私はまず「カッコ悪いなあ!」と思った。だって、先に舞台へと登場したホルモン鉄道のふたりは、シャツにパンツ(ズボンじゃなくて下着のほう)という出で立ちだったから。ちなみにメンバーはふたりとも還暦過ぎている。

着替え途中に呼び出されたみたいな格好のホルモン鉄道は、軽快なトーク……といえば聞こえは良いが、要は気のおけぬ友人同士の容赦ないイジり合いを繰り広げながら、絶妙な音楽を絶妙に演奏して行った。楽器構成はギターとパーカッション、時折サポートメンバーの鍵盤楽器が入るのみ。「極薄サウンド」とは言うが、よく整理されたサウンドは耳に心地良い。


彼らの歌う下ネタはド直球ストレート、くだらなさといったら天下一。半分くらいの曲が地上波では流せない。本来ならば筆者のイチオシ曲も紹介したいところだが、如何せんタイトルから下ネタなので筆が迷う。にしても「セロテープ」「夜の牛達のダンスをみたかい」といった楽曲の「これって結局なんの歌なんだ?」感は、全ての事に“意味”を求め過ぎる深読み社会への強烈な皮肉とも捉えられる。


反骨精神の強いバラードもありながら、還暦を過ぎた己の下半身事情を赤裸々に歌うこともある特殊なバランス感覚は、ホルモン鉄道の何よりの魅力。石川のパーカッショニストとしての面とシンガーソングライターとしての面がどちらも遺憾なく発揮されているのも同ユニットならではだ。洗練された哀愁のアングラは聴く者を虜にしながら、どこか不格好でいる。

続く真黒毛ぼっくすの大槻ヒロノリは、出て来た時から既に千鳥足。カンカン帽に薄手のシャツというクラシカルなファッションは小洒落ているが、後に聞くところによれば、彼はステージ衣装としてパジャマのシャツを愛用しているらしい。おしゃれなパジャマもあるものである。

そして始まった音楽は素晴らしいものだった。酔っ払いの鼻歌めいたがなり声が紡ぐ歌は日常生活を描いたもので、詞に荒川土手や三軒茶屋、仙台市緑ケ丘など地名がよく出てくる一方、それに続く語彙は耽美で詩的。なんだこれはと聞き進めると、情けない人生の“苦み”で織り上げた魔法のような歌詞にひたすら圧倒される。癖のあるヴォーカルスタイルも、だんだん病みつきになっていく。

バックサウンドも半端ない。ギターやベース、ピアノに加え、アコーディオンや管楽器で形作られるグラマラスなサウンドは、禁酒法時代のジャズを思わせる面白さ。ホーンセクションのアレンジときたら絶品で、曲ごとに変化し飽きが来ない。それにしても“酔いどれ”と“ブラスサウンド”の何と相性の良いことか。

だが、彼を「カッコいい」と称賛することは躊躇われた。大槻はありのままの人生をありのままに、内省的に歌うミュージシャン。しかし彼の人生は、離婚歴となかなか会えない娘、うだつの上がらない会社員生活と、決して順風満帆なものではない。それを飾らず歌う作品に対して、「カッコいい」という言葉はあまりに軽薄だ。


巷では、ありとあらゆる音楽に対して「カッコいい探し」が行われている。ライブレポートやディスクレビューにも、「どうしてこの曲はカッコいいか」の評論があふれ、なんなら音楽ライターである筆者も「この曲はココがカッコいいんですよ!」という記事を書く。今や音楽は“カッコいい”のが当然である。

だけど、なんでも“カッコいいの枠”に当てはめてしまうのは違和感がある。もちろんホルモン鉄道や真黒毛ぼっくすにはカッコいい部分がある。一方、男ふたりがパンツ1丁で腹太鼓を叩き歌う姿はカッコいいのか。ある意味カッコいいのは間違いないんだけど、“カッコいい”以外にもっと良い賛辞があるのではなかろうか。


音楽はアーティストの人生から生まれてくるもので、人生とは大概、不格好なものである。そして世の中には不格好な人生をカッコよく歌うアーティストも、カッコつけずに歌うアーティストもいる。「音楽はカッコいいもの」なんて決まり事はなく、そもそも“カッコいい”という日本語には“カッコいい”という意味しか無い。だから音楽を聴くとき、毎回“カッコいい”を探す必要はどこにもない。

話は戻って。新春に行われたライブのとき、筆者は主にホルモン鉄道のパフォーマンスを観るつもりでイベントのチケットを買った。その時点でのゲスト・真黒毛ぼっくすの印象といえば、「プロフィールはよく知ってるけど、どんな曲やるんだろう?」という感じ。まあ、対バンやフェスではよくある話だろう。ちなみにフェスや対バンの予習はしない派。

ところが当日、これもありふれた話ではあるのだが、私は初めて聴く真黒毛ぼっくすの代表曲「酔いどれ東京ダンスミュージック」を聴いてダバダバ泣いていた。もう信じられないほど大号泣。翌日まで彼らのパフォーマンスのことしか考えられなくなったほどである。


「酔いどれ東京ダンスミュージック」は、夢や憧れを追うキラキラした気持ちだけを詰め込んだような楽曲だ。両親に抱かれ歩いた三軒茶屋、スターを夢見て部屋でギターを掻き鳴らす青春、母の遺骨を抱いて帰る道。満天の星の夜に回想される光景は、やけに生々しい匂いと温度を持つ。

この曲の主人公は多分、憧れていたようなスーパースターにはなれていないのだと思う。歌詞には部屋でギターの練習をする姿は描かれていても、「夢が叶った」ようなことは一つも描かれていないから。しかし、そんな現実を嘆くでも自嘲するでも、己を奮い立たせるでもない。月をスポットライトに、屋根をステージに見立てて、ただ多幸感に満ちたメロディで“いつか来たこの道を 踊るように歩く”と歌うだけ。

それは「価値観をひっくり返す演奏」そのものだった。作曲理論的には強引だし、専門知識を持つ作曲家が作って超人的な歌唱力のシンガーが歌う完璧な音楽とは程遠い。しかし酔いどれて踊りながら歩く様を歌うのに、完璧である必要なんてどこにあるんだろう。その音楽からは、ひとかけらの“嘘”も感じられなかった。

夢を追いかけ、挫折した経験が無い人なんていない。望む職業に就いた人でも、人生のどこかでは何かしらの夢に敗れている。「酔いどれ東京ダンスミュージック」を聴いた時に感じるものは、かつて追いかけた夢を思い出すときに感じる幸福さと僅かな痛みそのもの。共感を狙った曲ではないし、誰かに寄り添う曲でもない。それでも、この曲と出会えた幸福さに涙があふれて止まらなかった。

さて、この頃の世の中には才能と技術力があって勉強した人が作る完璧な音楽が多すぎると思う。それは素晴らしいことではあるのだが、人間は不完全なものだから、もっと不完全で情けない、一点突破で不格好な音楽が増えても良い。どこを向いても“カッコいい”“正しい”“深い意味”だらけの現代社会は、ほんの少し窮屈だ。

ホルモン鉄道の楽曲の中には「意味なし笛」というものがある。これはギターで軽快なコードを鳴らし、鍵盤ハーモニカが牧歌的なメロディを添える中、玩具の笛やリコーダーをピヨピヨ吹き鳴らすというもの。不協和音も和声理論もあったものじゃなく、音大の作曲課題で提出したらめちゃくちゃ怒られるやつだ。


だが、この曲は最高の“音楽”になっている。“私の笛には意味がない”“吹いているけど意味は無い”という身もふたもない歌詞に散々笑った後、「ああ、音楽って本当はこれで良いんだ」と気付く。高尚なものは何もない。カッコよくもない。決して完璧ではない。しかし、音楽として欠けているものはひとつも無い。


芸術が高度にビジネス化された現代社会、ふつうにテレビを見て、インフルエンサーのSNSを追って、音楽メディアを眺めているだけでは、アンダーグラウンドな音楽の存在に触れることはほとんど無くなった。というかもはや「アングラ芸術シーン」自体を知らない若者もいっぱいいる。とはいえ、たまブームも既に30年前、あの頃20代だった人の中には、孫が生まれた人もたくさんいるわけで、アングラはもう3世代前のブームなのかもしれない。

それでも窮屈な現代社会の裏では、今日も酔いどれシンガーが千鳥足で歌い踊り、パンツ一丁の男たちが意味のない笛を吹いている。玩具を鳴らし、見た事もない楽器を操り、どこにもない構成で、誰も聞いた事がない音楽を奏でている。

計算や理論ではなく身体の底から溢れ出る音楽は、どこかいびつで不格好だ。しかし人間とはいびつで不格好、完璧な者などひとりもいない。コンプライアンス厳守の社会の片隅で聴く、酔いどれた歌声と意味のない笛の音。それはきっと忘れてはいけない、忘れられてはいけない“音楽のみなもと”なのだと思う。


写真◎ペコメガネ
文◎安藤さやか

■ホルモン鉄道 ライブ情報

■<Judy's Dinerライブ ~ホルモン鉄道がやってくる!~>
2022年5月21日(土)神奈川・松田町生涯学習センター3階 Judy's Diner(ジュディ食堂)
開場:16:00
ライブチャージ:3,500円(ドリンク別)
チケット予約:0465-25-5582(午後におかけください。)

   ◆   ◆   ◆

2022年8月13日(土)富山
2022年8月14日(日)金沢
※詳細未定

詳細は石川浩司・大谷氏オフィシャルサイトまで
http://ukyup.sr44.info/
https://www.ne.jp/asahi/chika/on/otani.htm

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