【コラム】フォンテインズD.C.、自らのアイリッシュネスを再定義する『スキンティ・フィア』

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先日、イギリスの音楽メディアのNMEが主催する授賞式で、フォンテインズD.C.が「Best Band In The World」を受賞したというニュースが伝えられた。「世界最高のバンド」とは随分大きく出たものだが、しかし、彼らに限ってはそんなハイプめいた称号を持ち出したくなる気持ちも理解できる。

事実、彼らが2019年に発表したデビュー・アルバム『ドグレル』は、Rough TradeとBBC 6Musicの年間ベスト・アルバムの1位を獲得するなど多くのメディアで賞賛を受け、マーキュリー・プライズのショートリストにも選出。そして2年前のセカンド・アルバム『ヒーローズ・デス』は、グラミー賞で「Best Rock Album」の候補に選ばれると共に、ブリット・アウォードで「International Group」にノミネートされる結果をもたらした。後者に関しては、リリース当時、全英チャートのトップをかけてテイラー・スウィフトの『フォークロア』と熾烈なセールス争いが繰り広げられたことも記憶に新しい。

「自分たちはバンドを始めた瞬間から『自分たちが世界最高のバンドだ』と自分たち自身に言い聞かせ続けなければならなかった。そして今、他の誰かがそれを言ったことで、これが終わりの始まりになるかもしれない」。前述の受賞を受けて、ギタリストのカルロス・オコネルは困惑気味にコメントを残している。結成から5年。それこそU2やシネイド・オコナーに続くアイルランド出身のグラミー・ノミニーとなったフォンテインズD.C.は、まさに「世界最高のバンド」と期待を集めるにふさわしいポジションへの階段を急スピードで駆け上がってきたといっていい。

パンデミックの影響でツアーなど通常の活動の制限を余儀なくされた前作『ヒーローズ・デス』以降のこの2年間。反面、これまでと異なり曲作りに費やす時間的な余裕が与えられた彼らは、隔離生活のなかでメンバーそれぞれが自宅でデモを作成するところから、今回の3作目となるニュー・アルバム『スキンティ・フィア』の制作をスタートさせる。そうして用意された「バンド史上最多」という30から40近い数のデモをスタジオに持ち込み、メンバー全員で各自のアイデアを突き合わせてまとめ上げられたのが今作に収録された10曲になる。


今回オフィシャル・インタビューに答えてくれたベーシストのコナー・ディーガン3世いわく「ポリシーとして常にあるのは、ライヴで演奏できる曲ってこと。スタジオの外でも再現可能かどうかっていう、そこは今までもずっと一貫している。そうじゃないことにはあえて手を出さないっていう方針なんで」とのことで、大枠となる部分はこれまでのアルバムと変わらないという今作。ただし、前述のとおり今回は時間的な余裕があったこともあり、「普段の自分たちだったら絶対にやらなかっただろう、おかしなこと」…たとえばソフトウェアを使うなどのアプローチを解禁した結果、インストゥルメンタル的な部分でより広がりが出ていると自負する。

タイトル・ナンバーの「Skinty Fia」は、そんなロジックでジャム音源を編集した素材が使われているという一曲。とりわけダンサブルなブレイクビーツのリズムに関して、同じく話を聞いたドラマーのトム・コルは「ロックダウン中に1990年代のドラムンベースやレイヴ・ミュージックを聴きまくっていた」ようで、なかでもゴールディやロニ・サイズの影響が大きかったと語る。その成果は「In ar gCroithe go deo」の後半で爆発する、ジャングル風の切迫したドラム・ビートにも聴くことができる。



ちなみに、彼らがデビュー当時「アイルランドの音楽を大きくモダナイズしたバンド」としてロールモデルに挙げていたのが、2010年代以降のアイルランドのロック・シーンの台頭の起点となったギラ・バンド(旧ガール・バンド)。インダストリアルなノイズやミニマル・テクノ/ベース・ミュージックのビートを採り入れてパンク・ロックを脱構築したギラ・バンドに対し、前作『ヒーローズ・デス』では「A Lucid Dream」や「Love is the Main Thing」において、テクノやダンス・ミュージックっぽい音作り、あるいはダブやクラウト・ロックの影響を窺わせる場面も見受けられた。

トムいわく「エレクトロニック・ミュージック直球のビートやドライヴ感をあえてロックンロールの文脈の中に落とし込む」アプローチをさらに推し進めたのが今作とのことで、その意味で彼らが今回のプロダクションにおける重要なリファレンスとして、まさにそうしたクロスオーヴァーを象徴するプライマル・スクリーム『エクスターミネーター』や、同作のプロデュースに関わったティム・ホルムズがメンバーを務めたデス・イン・ヴェガス『ザ・コンティーノ・セッションズ』を口を揃えて挙げているのは大いに頷ける。


今作のプロデューサーを務めているのは、『ドグレル』から3作連続となるダン・キャリー(ブラック・ミディ、スクイッド、ウェット・レッグ)。ご存知、昨今のイギリス発のロック・シーンの躍進を支える重要人物であり、「うちのバンドが作ったひとつひとつの音にダンのペダルボードという強烈なカンフル剤が注入されることで、機能性をマックスに高めてくれるような、すべての要素をまとめてくれる繋ぎ役。もはや6人目のメンバーみたいなものだよ」とトムも語るように、ダン・キャリーに寄せる彼らの信頼はとても厚い。

ただし、最初の2枚がダン・キャリーの自宅のスタジオでレコーディングされたのに対して、今回はイギリス郊外のオックスフォードシャーにある広いスタジオでレコーディングが行われた点がこれまでと異なるという。「だだっ広い空間で思いっきり演奏することができたから、いつもより豪快でビッグなサウンドになった。ダンのスタジオのお互いの距離が近くて親密な感じもそれはそれで味わいがあるけど、今回はそれとは違う環境も試してみたかったんだ」とコナーは語る。

『ドグレル』の頃の彼らを特徴づけていたポスト・パンクやガレージ・ロック風のスタイルは背景に後退し、テクスチュアルで多彩な音の広がりを増したギター・サウンドが印象的だった前作『ヒーローズ・デス』。今作においても、ギタリストのコナー・カーリーはマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン~ケヴィン・シールズ(※『エクスターミネーター』のプロデューサーでもある)の影響を明かしているようにエコーの効いたシューゲイザー的なギター・サウンドは健在で、また、もうひとりのギタリストのカルロス・オコネルがニルヴァーナのライヴ盤『ライヴ・アット・レディング』を爆音で聴いて思いついたという「Big Shot」では、ラウドでメタリックなギター・リフも聴くことができる。

一方、たとえば「How Cold Love Is」や「Bloomsday」で耳を引く太くて重く硬質な手触りをたたえたベース・ラインは、彼らのサウンドに新たな表情を与える今作のシグネチュアといえるかもしれない。

「前作に関しては、ガリガリで骨と皮だけみたいな、あえて広陵とした殺風景なサウンドにしたかった。それで飾り気のないシンプルなジャズ・ベースを使って、あえて孤高で禁欲的にしていた。ただ、今回は思いっきりフルな感じで、より太い音の出るプレシジョン・ベースを使って、懐の深い質感を出していった。それとDIを通さずに直アンプに切り替えたことで全体的な音が録れるようになり、いい感じの音の混ざり具合になった。それが今までにない感触を与えてくれている。要するに、今回は一体感みたいなものを出したかった。『ヒーローズ・デス』のときはベースでどこまで実験できるのか試してみたかったんだけど、今回は完全に曲に同化して溶け込んでいるような雰囲気にしたかったんだ」──コナー。


今作の「Skinty Fia」というアルバム・タイトルはアイルランド語で、英訳すると「the damnation of the deer」、つまり「鹿の天罰」を意味する。筋金入りのアイルランド語ネイティヴだったトムの大叔母が、罵り文句みたいなノリで口癖として使っていたという言葉で、それはアートワークを飾る絶滅したアイルランド古来の赤鹿と共に、今作のテーマを象徴しているとコナーは説明する。「つまり、自分達のなかにあるアイルランド人としてのアイデンティティについて。自分達のなかで失われてしまったものは何か、絶対に失いたくないものは何なのか。逆に、何を手放していきたいのか。自分のなかで美化してでも留めておきたいもの、それとも、このまま薄れて消えてしまったほうがいいと思えるものは何なのか…今回のアルバムを通してそのことを突き詰めて考えることができたことは、自分達にとってものすごく大きかった」。

「ダブリンの雨は俺そのもの」と歌う「Big」に始まり、地元の街並みやそこで暮らす人々の生活、文化や歴史をモチーフにしてアイルランド/ダブリンの現実を描いた『ドグレル』。かたや、その大部分がツアー中に書かれ、バンドが世界中で新たな冒険をするなかで感じたアイルランドからの離反と断絶、あるいは「Introspective Journey(内省的な旅行)」と彼らが形容する疲労やプレッシャーによって苛まれた精神的な失調を癒すための逃避願望を記録した前作『ヒーローズ・デス』。対して、今回の『スキンティ・フィア』は、アイルランドを離れて、メンバー全員がロンドンに新たな生活と活動の拠点を移して制作されたアルバムになる。そして、そうした環境の変化のなかで、彼らが自らの「アイルランド人らしさ」をあらためて問い直す必要に迫られたのは、コナーが語るとおり必然的な流れだった。


「アイルランドは島国だから、各人がどんな違いを抱えているとしても、アイルランド人であることでひとつの絆で繋がってるって共通意識がどこかにある。それがアイルランドを離れた途端、アイルランド人であることが絆ではなく、むしろ疎外される要因になる。そうすると自分のなかでのアイルランド人であるという意識が、それまでとはまったく違う意味合いを帯びてくる。イギリスに渡るにあたって、そうしたアイデンティティのなかに生じた葛藤……それを自分達なりに消化して突き詰めてみたかったんだ」。

オープニングの「In ar gCroithe go deo」は、コベントリーのアイルランド人家族が、亡くなった母の墓石に刻むことを希望した墓碑銘(「永遠に私たちの心の中に」)を冠した曲。しかし、政治的スローガンと受け取られかねないという、つまりはアイルランド文化の表現とテロリズムを安易に結びつける判断から、イングランド国教会がアイルランド語の使用を拒否したエピソードに端を発している(「想いを伝えるために/大切なものだから特別な形にして刻んだだけなのに」)。

そして、フロントマンのグリアン・チャッテンいわく「自分達が初めて書いた、あからさまなポリティカル・ソング」…アイルランドの二大政党の失態と、地方の母子寮で起きた数十年に渡る悲惨な残虐行為について、アイルランドを去ることの後ろめたさを交えて綴った「I Love You」(「愛してるって言ってるだろ/君しかいない/こんな気持ちは初めてなんだ/君に伝えるために/この曲を書いたんだ」)。破滅的な恋人たちの姿を歌った「The Couple Across The Way」では、そんな母国への思慕の念を表すように、グリアンが母親からクリスマスのプレゼントでもらったというアコーディオンが弾き語りで使われている。


グリアンが即興でヴォーカルを作り、元々は他の曲のブリッジになる予定だったというラインから書き上げられた「Jackie Down the Line」。「jackeen(※アイルランドでダブリン出身者、なかでも親イギリス派を指す蔑称)」であることへの自虐を滲ませたその露悪的なセルフポートレートは、「自分達のなかにあるアイルランド人としてのアイデンティティ」と向き合う対症療法としてはいささか痛烈で、痛切な印象さえ与えるものかもしれない。あるいは、母国を代表する作家ジェイムズ・ジョイスの記念日からタイトルがとられた「Bloomsday」は、同じくウィリアム・バトラー・イェイツらアイリッシュ詩の話題で意気投合して詩を書き始めたことがバンド結成のきっかけとなった彼らのルーツを再訪すると共に、別れを告げる惜別の歌(「作り笑顔を浮かべて/長い道のりを歩いてきたけどこんなに悲しいのは初めてだよ/そいつを抱えたままここを出ていく/速足で軽快に」)。


そして、「ベイビー、それで君はどっち側の人間なの?/俺は女王なんかに会いたかないよ/あの女の歌まで歌ってやってんだぜ」と抑揚なく歌うグリアンのヴォーカルが印象的な「Roman Holiday」。前述の「In ar gCroithe go deo」が、いわば「イギリスに存在するアイリッシュネス」を描いたものだとするなら、ここではアングロ・アイリッシュ(※アイルランド生れのイギリス人)、つまりアイルランドのディアスポラとしての葛藤や居心地の悪さが、「スキンティ・フィア(畜生、なんてこった)」というアイルランド語の啖呵と共に冷たく吐き出されている。


「最初のアルバムはある特定の場所、すなわちダブリンを舞台にして、そこをロマンティックなものとして美化している。セカンド・アルバムでは、そこから引き剥がされて、家族にも地元の友達にも会えないなかで、全然知らない土地にポツンと置かれたような感覚だった。そして今回の3枚目は、その2枚のアルバムを繋いで、どうにか自分のなかで折り合いをつけようとしている。どんな状況でも自分が自分でいられるように、自分にとっての大切な場所の一部を常に自分の心のなかに留めて持ち歩いていけるようにね。今でもダブリンの仲間達や風景が自分の心のなかにあって、決して失われたりしないんだよ。それが結局、今回のアルバム全体を通して自分達なりに確認しようとしていることなんじゃないかな」──コナー

以前話を聞いたグリアンによれば、人工妊娠中絶を禁止する現行憲法を廃案に追い込んだキャンペーン「Repeal The 8th」、またLGBTQの人々の権利に関する国民投票などに見られる若い世代の積極的な政治参加が、アイルランドの音楽シーンにいる多くの人々をエンパワーメントしている側面があるという。アイリッシュネスをめぐる問題も、たとえば『ドグレル』の「Boys in the Better Land」で描かれたブレグジットのバックラッシュとしての反英感情の高まり、あるいは「Dublin City Sky」が映し出したハイテク企業の増加やジェントリフィケーションによる伝統文化の喪失のように、そうした政治や社会問題に対する関心と地続きにあらためて浮上したトピックなのだろう。

コナーが語るように、『スキンティ・フィア』は彼らにとって、すなわち自らのアイリッシュネスを再定義する作品。と同時に、ギラ・バンドやインヘイラーと共にアイルランドの新たなロック・シーンを象徴する存在となったフォンテインズD.C.が、もはや「アイリッシュネス」を超えたスケールへと大きく飛躍を遂げたことをあらためて知らしめる決定打的な作品、となるのではないだろうか。

ちなみに、以前インタヴューで「過去、数十年にわたってアイルランドはロンドンにインスピレーションを求めてきた。けれどアイルランドはいま、ガール・バンドの登場によってその「創造的な臍の緒(the creative umbilical cord)」が切られたばかりである」と話していたグリアン。アイルランド生まれのロンドナーズとしての新たな局面は、これから先の彼らの活動や音楽にどのような波及的効果をもたらすことになるのか。差し当たっては、日本での初お披露目となる7月の<フジロック2022>でのパフォーマンスを楽しみにしつつ、今後の展開を期待して待ちたい。

文◎天井潤之介


フォンテインズD.C.『スキンティ・フィア』
2022年4月22日発売
PTKF3016-2J ¥2,500+税
※世界同時発売、解説/歌詞/対訳付、日本盤ボーナス・トラック収録
1.In ar gCroithe go deo
2.Big Shot
3.How Cold Love Is
4.Jackie Down The Line
5.Bloomsday
6.Roman Holiday
7.The Couple Across The Way
8.Skinty Fia
9.I Love You
10.Nabokov
11.I Love You - Live at Alexandra Palace*
*Bonus Track




◆フォンテインズD.C.レーベルサイト
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