ボン・スコットの弟、スコットのドキュメンタリーで最初で最後のインタビューに応じる

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AC/DCのフロントマンだった故ボン・スコットの弟デレクさんが、オーストラリアの公共放送局ABCが制作したスコットのドキュメンタリー番組『Australian Story: On The Brink - Bon Scott』で、“最初で最後”のインタビューに応じた。

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同インタビューで、デレクさんはこう話している。「バンドがロンドンで成功し始めたとき、僕は自分のファースト・ネームを失った。“ボン・スコットの弟”になったんだ。約30年間、僕は誰からもボンの弟として知られてきた。みんなが興味を持ってくれるのはいいことだ。素晴らしいことだと思ってる。でも、僕のことはそこから除外してくれ。ボンの弟なのかって訊かれ、いろいろ質問される。あれは彼の人生で、僕の人生ではない。墓にいるときでさえ、そうだ。僕は“違う、違う、叔父だ”とかなんとか言うんだ」

「様々な本の中で書かれていることの多くがデタラメだ。初めの頃書かれたことの多くが母をとても動揺させていた」「これは僕が受ける最初のインタビューで、最後になるだろう。僕が、最後に残っている1人だからやるんだ」

また、死因ともなったスコットとアルコールの関係について、「彼はすぐに退屈した。それが最大の問題だった。彼は退屈すると飲んでた。明日のことなど心配していなかった。明日は別の日だ」と語っている。

兄の死はマルコム・ヤングからの電話により知ったといい、「母は“ロン(ボン)がハッピー・バースデーと言うために電話してきてる”と思った。彼はよくそうしてたから。ニュースになり始めていて、マルコムは僕らにそれをラジオで知って欲しくはなかったから、説明する時間がなく、ただ、“ロンが死んだ”と言った」との逸話を明かした。

『Australian Story: On The Brink - Bon Scott』はオーストラリアで5月9日に放送された。

ボン・スコットは1980年2月19日、ロンドンで深酒した後、車内で寝たままの状態で放っておかれ、翌日、死亡しているのが確認された。死因は、急性アルコール中毒だった。まだ33歳だった。




Ako Suzuki
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