【ライブレポート】まっさらなステージで感じるヒグチアイの鼓動

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3月に行なったバンド編成によるワンマンライブ<HIGUCHIAI band one-man live 2022 [最悪最愛]>に続き、4月からは弾き語り全国ワンマンツアー<HIGUCHIAI solo tour 2022 [最悪最愛]>をスタートしたヒグチアイ。

◆ライブ画像

高松を皮切りに9都市、各地趣のある会場をめぐり弾き語りを行ってきたこのツアーが、5月8日にファイナルの東京へと帰ってきた。会場となったのは、早稲田奉仕園スコットホール。東京都選定歴史的建造物に選ばれた赤煉瓦の講堂は、今年100周年を迎えたという。高い天井とアーチ窓がクラシカルで、シンメトリーなつくりや艶やかな木製の内装は重厚感があるけれど、全体に温かな雰囲気がある。そのステージにグランドピアノがしっくりと静かに馴染んでいる。会場入りするとSEが流れていたが、反響するその音は柔らかでとても気持ちがいい。ここで味わうピアノや歌声への期待感が上がる素敵な舞台だ。


ステージがほんのりと明るくなって、大きな拍手の中ヒグチアイが登場した。優しいタッチで鍵盤に触れ、歌い出したのは「東京にて」。息を飲むようなヒリヒリとした緊張が会場に伝わる、そんなヒグチアイ弾き語り特有の空気感もあるが、この日感じたのは心地よい体温を感じる包容力のある感覚だ。音の余韻が深みを増していくピアノの調べや、柔らかいビブラートが降り注ぐように響くボーカルも、一味ちがって聞こえてくる。続く「やめるなら今」での力強いピアノの伴奏やアタックの強い低音もエモーショナルな響きだ。そしてツアーで歌ってきた馴染みもあるのだろう、体と一体化した躍動感が、歌の感情をより豊かにしている。冒頭2曲で、会場を丸ごと抱きしめてヒグチアイの鼓動とシンクロさせるようなステージになった。


「東京、帰ってきました。ただいま!」と笑顔で挨拶をするヒグチアイに改めて大きな拍手が送られた。コロナ禍ということもありツアーができなかった状況もあって、このツアーを開催できたこと、各地で観客を前にできた喜びは大きかったのだろう。「(自分の中で)本当にいろいろあった──本当にいろいろあったんですよ」と意味深に繰り返しながらも、「ゆっくり話していきたいと思うので、最後まで楽しんで」と、はやる気持ちを抑えるようにまずは次の曲「サボテン」に繋いでいく。待ちに待った友人との邂逅とでもいう笑顔や口調が、さらに観客を解きほぐしてフレンドリーなムードで音楽に乗っている。

この日のライブはとても饒舌だ。約5年ぶりに訪れた場所があったり、香川ではおばあちゃんが、長野ではお父さんが来てくれたこと、また主要都市だけでない土地でも“ワンマン”でライブができたことで、「売れたなと思った」と語って観客を笑わせる。“働く女性”をテーマにした三部作を経て3月にリリースしたアルバム『最悪最愛』は、ヒグチアイにとって大きな作品になった。またアルバムにも収録されたテレビアニメ『進撃の巨人』The Final Season Part2のエンディングテーマ曲「悪魔の子」の広がりや反響は、彼女の手の内を大きく超えて制御できないものとなった。


SNSのフォロワーも格段に増え、たくさんの人がヒグチアイの音楽に触れるきっかけになった。それが曲がヒットするということなのだろうが、一方で様々な反響の渦に飲まれそうにもなったようだ。エゴサーチをやめて自分に向き合う時間を増やしたことで、自分が見えるもの、手にするものだけで十分なのだと再認識したと語った。それが最初のMCの“いろいろあった”の背景だ。その中で迎えたツアーはまさに、自分が大事にすべきものが凝縮されたもの。「音楽を13年続けてきて、また最初の頃の感覚に戻ってきた」とライブの楽しさを語る。このツアーが纏っている温かく、親密な空気感の正体がわかった。

中盤では「悪魔の子」や、「悪魔の子」のカップリング曲でもある「まっさらな大地」が披露された。バンド編成でのライブでのダイナミックなうねりや激情感ともちがって、この2曲をピアノと歌とで一編の叙事詩のように織り成していくことで、静かに燃える心情が伝わる。


曲作りは、孤独で苦しい時間だと語る。リスナーが増えたことで考えなくてもいいことまで気を遣ってしまった時期も、あったという。ツアーで観客と向き合い良き時間を過ごす中で、孤独だからこそ努力できたことに気づいたと改めてMCをしたヒグチアイ。続く曲は「19歳でひとり暮らしをして、クローゼットの中の服から小銭をかき集めてご飯を食べていたこともある。そういう孤独のときに書いた曲」だと「ココロジェリーフィッシュ」を披露。そして、その青春時代のかがり火を美しく封じ込めるような「火々」が続き、これまでの曲と最新アルバム『最悪最愛』がつながっていく。

「私を救い出してくれてありがとうという気持ちなんです」。このツアーで感じた率直な思いを語り最後に演奏したのは「劇場」。楽しくもどこか儚い、この同じ時、同じ空間を過ごした場で響く「劇場」は、味わい深い。ライブも終わりとなってふと気づいたのは、通常のライブのように照明などの演出がなかったこと。まっさらなステージだったのに、その音楽や積もる話に笑ったり、唸ったりと追体験する、良質で贅沢な時間がそこにあった。<HIGUCHIAI solo tour 2022 [最悪最愛]>の1ヶ月間がどれだけドラマティックで濃いものだったかを、全身で放つライブとなった。

取材・文◎吉羽さおり
写真◎Taku Fujii

セットリスト

1.東京にて
2.やめるなら今
3.サボテン
4.ハッピーバスで―
5.距離
6.悲しい歌がある理由
7.悪魔の子
8.まっさらな大地
9.ココロジェリーフィッシュ
10.火々
11.劇場
EN.縁

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