【コラム】wacciのラブソングは、ラブソングを越えていく──「恋だろ」が人々の心を捉えた理由

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wacciが4月にデジタルリリースした新曲「恋だろ」が話題である。フジテレビ系ドラマ『やんごとなき一族』の挿入歌として書き下ろされた同曲は、ストリーミングやダウンロード、TikTokなどでも大きな反響を呼んでいるほか、ミュージックビデオや、『やんごとなき一族』に出演した俳優・松下洸平とバンドがこの曲を一緒に披露したEX THEATER ROPPONGIでのライブ映像も多く視聴されている。


この「恋だろ」がいま何故、人々の心を捉えたのか。その理由は、言ってしまえば、「すべて」だと思う。豊潤な音の重なりと隙間が生み出す立体的なサウンド、穏やかで大らかなメロディライン、明瞭な日本語で不明瞭な心の輪郭をそっとなぞる精緻かつ自然体な歌詞、そして、普遍的な言葉の奥に込められた時代や社会への批評精神──「小さな心」を、その小ささゆえの手触りと温もりを残したまま「大きな歌」へと変えてみせる、そんなwacciの魅力が結晶化したような1曲である。

「恋だろ」。シンプルで、口に出してみれば、とても魅惑的な語感だ。wacciだから、「恋だろ!」と力強く叫んでいる感じはしない。それよりは、恋に堕ち、喜びと苦しみを右往左往する日々のなかの、ある日の帰り道に、ふと小さく零れる、「恋だろ」──そんなため息混じりの確信、という感じがする。弱々し過ぎることもなく、押しつけがましくもない。ただ、人ひとりぶんの体温は確かに伝える、そんな「独白」と「メッセージ」の狭間を行く絶妙なバランスの筆致が歌の全景を生み出している。これこそ、wacciで作詞作曲を担当する橋口洋平(Vo&G)の「らしさ」であると思う。

私は橋口に以前1度、取材をさせてもらったことがある。そのときに彼は、「1対1が2対1になったりする、複数人の関係性が重なり合うようなラブソングが好きだ」と語っていた。橋口にとってラブソングとは、「好き」という気持ちを平面的に捉えて描写すれば済むものではないのだろう。それはより多面的に、多層的に、描かれるべきものなのだ。こうした彼の志向性は、wacciの名を世に知らしめた「別の人の彼女になったよ」のようなエグ味のあるラブソングにおいても表れている。彼にとってのラブソングを書くこととは、人間という生きものの複雑さを、そして、人と人が絡まり合い、もつれ合いながら生きるこの世の中の複雑さを描くことと同義でもあるのだろう。人が人を愛する、その脆く愚かしくも、どうにも目を逸らすことのできない心の純粋な輝き。それを、まるで蜘蛛の巣が張り巡らされたような人の世の複雑さの奥底から浮かび上がらせる──それが橋口の描くラブソングの魅力であり、「恋だろ」はその新たな形として、橋口の「ラブソング哲学」と言うべきものが見事に結晶化した1曲と言える。


  ◆  ◆  ◆

性別も年齢も 家柄も国籍も 外見も年収も 過去も何もかも全部
関係ないのが恋だろ 乗り越えられんのが恋だろ
誰に断るでもなく 勝手に 今日もただ君が好き
今日もただ君が好き


  ◆  ◆  ◆

上に引用したのは、「恋だろ」のサビの歌詞である。羅列されるのは、この世の中のしがらみとレッテルの数々。サビの冒頭、つまり、もっとも多くの人に聴かれるであろうポイントに「性別」という言葉を持ってきたことにもまた、彼らが伝えたいことがあるのだろう。「私は何者か?」「あなたは何者か?」──そんな問いを交わし、お互いに説明と言い訳を繰り返しながら、人と人が様子を伺い、嫉妬し、安堵し、疎外し合う。貼りつけられたひとつのレッテルで、人が人を簡単に傷つける。そうやって回る世の中の姿が、この曲の前提にはある。しかし、曲の主人公は、自らが何者であるのか、世間に向けて並べたてる文字も数字も必要としていない。想う相手が何者であるかを語る言葉も同様だ。ひとえに「恋」に帰属するこの主人公が必要とするのは、自らの本当の想いに輪郭を与えてくれる言葉だけである。「あなたは何者か?」と問われたとき、この主人公はこう答えるかもしれない。「私は恋をしている人間だ」と。天国も地獄も受け入れた表情で。


きっと、この「恋だろ」を聴いて「こんなふうに在れたら」と思う人は多いだろう。私もそのひとりである。私が私であることに、あなたがあなたであることに、誰の許可も承認もいらない。ただ、今この瞬間に動く心と体が、私自身である──「恋だろ」はそんな人の在り方を描く。やはり、wacciの描くラブソングは、ラブソングを越えていく。

文:天野史彬

  ◆  ◆  ◆

11th Single「恋だろ / 僕らの一歩」


2022.6.15(Wed) Release
フジテレビ木曜劇場 「やんごとなき一族」挿入歌
『映画 バクテン!!』主題歌
https://wacci.lnk.to/3nPfiy

<wacci Hall Tour 2022 ~Boost!~>

2022年
9月10日(土)ももちパレス(福岡県立ももち文化センター) 【福岡】
11月6日(日)日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール 【愛知】
11月20日(日)NHK大阪ホール 【大阪】
2023年
1月7日(土)神奈川県民ホール 【神奈川】

全国ワンマンツアー詳細:https://wacci.jp/live/

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