【インタビュー】G-FREAK FACTORY、茂木洋晃が語る「Dandy Lion」の儚さと逞しさ「立ち会っていく音楽でありたい」

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G-FREAK FACTORYが9月14日、シングル「Dandy Lion」をリリースする。スタジオ録音作品のリリースとしては2020年のアルバム『VINTAGE』以来、約2年2ヵ月ぶり。CDには表題曲「Dandy Lion」と「STAY ON YOU」「唄種」といった新曲3曲が収録され、DVD付きの初回盤には2021年6月に東京・Zepp DiverCity TOKYOで開催された<“VINTAGE” TOUR 2021-Final->から4曲、<京都大作戦2022 〜今年こそ全フェス開祭!〜>から4曲の映像計8曲が収められた充実作の完成だ。

◆G-FREAK FACTORY 画像 / 動画

「結成25年の中で一番音楽をやってると思います」とは茂木洋晃(Vo)の言葉だ。このコロナ禍で茂木は、救済活動を含めて音楽的にも新たな挑戦を重ねてきた。絶えず変化する状勢を正面から受け止め、余裕が持てない現状と、それでも歩みを止めることのない希望、そして仲間。まさしく今の日本が描かれた「Dandy Lion」について茂木は、“ウイルスではない。俺たちはもう、その先にある綿毛のようなものだ”とコメントしている。その真意を茂木が語ったロングインタビューをお届けしたい。レゲエ調アレンジの哀愁漂う楽曲に込められたものは、美しく儚き人間と光り射す未来だ。

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■この2年の自分なりの答えを出したい
■実はいろいろチャレンジしていたんです

──G-FREAK FACTORYは、コロナ禍の緊急事態宣言により中止になってしまったライブのリベンジ編として、5月から9月上旬に掛けて<“VINTAGE” TOUR 2022 -REVENGE->を廻ってますね。

茂木:はい。次のツアー<“Dandy Lion” TOUR 2022>のスケジュールも発表しているんですけど、その開催間際まで、2年前のアルバム(『VINTAGE』)ツアーをやっていて。下手すると追い越す可能性もあるんじゃないか?ってぐらい(笑)。でもその覚悟で、こぼすことなく<“VINTAGE” TOUR 2022 -REVENGE->をやれたらいいなと思ってます。すでにアルバムツアーはファイナルをやっちゃっているんですけど(笑)。もともと行くはずだった県に、もれなく行けるようにしたいってことで、緊急事態宣言のときにライブ延期を決意したので。

──コロナ禍によって、そういうイレギュラーな行程のツアーになってしまったわけですよね。でもツアーの再開、さらに今年はフェスへの多数出演。客席からのエネルギーを受け取ったとき、生きている実感を再確認することも多いですか?

茂木:相当実感はありますね。でもバンドマンだけが辛いわけじゃないし、みんなが思い通りにいかなかったり、観ている側もすごいストレスを抱えていると思うんですよ。その中で、新しいフェイズに向けて現状を楽しむことができなかったら、この2〜3年間を棒に振ってしまうことになる。どういう価値観でライブを観ているかは人それぞれですけど、“足を運んでくれた人達にどうやったら満足してもらえるのかな?”って…ステージ中は来てくれたお客さんとのせめぎ合いといいますか、“これだったらまた来たいと思ってくれるかな”とか、実はまだ探り中で。


──茂木さんやバンドメンバーは、この2〜3年はどういう時間を過ごしていました?

茂木:メンバーで会うことも、やっぱり回数が減ってましたね。僕はずっと、いよいよ明けるかなって雰囲気をイメージしていたので、そのときにこの2年の自分なりの答えを出したいなと思って、実はいろいろチャレンジしていたんです。田舎暮らしなので、キャンプだったり、いつかやりたいと思っていたバイクだったりとか。あとは、自分の住む街が過疎化しているので、街のTシャツを作って売ったんですけど、その全ての収益で防災ヘルメットを買って、小学生に寄付する活動も。結果、ちょうどこの2年を掛けて、自分の住む市の小学校1年生から6年生まで全員にヘルメットを配ることができまして。

──素晴らしい活動をしていたんですね!

茂木:バンドとは違う活動ですけど(笑)。

──ヘルメットは、G-FREAK FACTORYのステッカーを貼ったカスタム仕様ですか(笑)?

茂木:違いますよ(笑)。地元の市の名前を入れた“安中ヘルメットプロジェクト”っていう。普段、あまり触れ合わない地元の有志たちと何かを構築できるいい機会だなと思って、ヘルメットプロジェクトは全力でやりましたね。あとは、それこそ弾き語りを。形から入るのが好きなんで、まずギターを買いに行って。

──以前はギターを持ってなかったんですか!?

茂木:いや、エレキは作曲用に持ってるんですよ。でも、BRAHMANのTOSHI-LOWが「ギターを弾きながらアコースティックライブをできるようになったほうがいいから、とにかくアコースティックギターを買え」ってことで(笑)。で、「買ったから、責任を持てよ」ってアコギの裏にTOSHI-LOWにサインを入れてもらって。そのギターをずっと使っていましたね。つい最近もTOSHI-LOWから「ニューアコ(OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND主催<New Acoustic Camp>)出てよ」って連絡がありました。


──TOSHI-LOWさんが弾き語りの後押しを。

茂木:弾き語り用に1本買おうかとは思ってたんですよ。コロナ禍になって、地元・群馬県のストリートミュージシャンたちの演奏をちょこちょこ観に行くようになって、彼らに魅せられたから。っていうのも、僕はバンドでやっているから、ある意味、ごまかせる部分がすごくあるなと感じてしまったんですよ、彼らの演奏を観て。ストリートミュージシャンは駅前とかでひとりで弾き語っているじゃないですか。行き交う人たちの足を、自分の演奏や歌で止められるか止められないかのせめぎ合いをやっている。僕はその場に立って演奏する勇気はないなと思ったんですよ、正直。ストリートミュージシャンの肝の座り方とか度胸はすごいなと。それでナンパしたんです。「教えてくれ、ギターを」って(笑)。

──いきなりですか? 声を掛けられたストリートミュージシャンも驚いたんじゃないですか? 「誰かと思えば、G-FREAK FACTORYの茂木さんじゃないですか!?」って。

茂木:そうなんですよ(笑)。それでも、「人前で弾き語りができるぐらい、俺に教えてくれ」って頼んで。話をしてみると、その人達はワケあってひとりでやっていたりするんですよね。僕は人を集めたり徒党を組むのが得意だから、それを頑張ってる(笑)。でね、口約束でそういう形のライブを始めたんです。“弾き語り組合”っていう肩書の集まりで、今では二十歳ぐらいのヤツから、自分よりずっと年上の方まで、50人ぐらいいる組合なんですよ(笑)。その組合で毎月1回、平日のライブハウス救済も兼ねて、みんなで集まってライブをやろうって。

──大所帯で楽しみつつ、救済や復興も。

茂木:ROGUEの香川(誠 / G)さんからも「弾き語り組合に入れてくれ」って言われて、最近加わっていただいたんですよ。組合の集まりでは、香川さんと二十歳のヤツが一緒に演奏することもあるし。しかも、順番にひとりずつステージに上がって演奏するんじゃなくて、全員がオンステージで、その場で1曲ずつ回していく趣向のライブなんですよ。

──緊張しますね、そりゃ。

茂木:メチャクチャ緊張するし、ずっと試されている感じ。自分が鳴らさないとき、どうしていいか分からない手持無沙汰もあるし(笑)。それも勉強だと思ってます。あと一緒にステージに上がっている人同士のコラボもあって、和気あいあいとした雰囲気もありますよ。


──それにしても茂木さん、アクティヴですね。

茂木:今までは、いわゆる“集”のアクティヴだったんですけど、“個”のアクティヴがいろいろ始まって、それが広がっていったんですね。これはコロナ禍によって得たものだなと思うようにしてます。

──初めて出会う人も多かったでしょうから、それによって人間関係も豊かになって?

茂木:そうですね。みんな寂しいし。だから“待ってました!”みたいな空気の中で、新しい走り方ができている。もっと言えば、そういうローカルの動きって今まであまりなかったなと。モデルケースを作るのにいいチャンスだなと思ってます。

──弾き語り組合のライブを経験し、その後、G-FREAK FACTORYのライブをやったとき、意識の変化など感じました?

茂木:自分が演奏を始めてみてわかったことも多かったから、まずメンバーに、ものすごく感謝しましたね。“うちのメンバーはこんなに難しいことを演奏していたんだ、ありがとうね”って。弾き語り組合をずっと続けていったら、メンバーへの感謝やリスペクトもさらに強くなると思います。

──コロナ禍になって、悪いことばかりでもなかったわけですね?

茂木:まあ、捉える角度によってですよね。そういう側面もあれば、フルアルバム『VINTAGE』のリリースツアーが順調に行かなかった現実もあるし。コロナ禍によって失ったものというか、削がれたものは当然多いと思います。みんな、やり切れない思いがありますから。でもやられっぱなしでは、気持ちもモチベーションももたなくなっていくじゃないですか。もし自分がG-FREAK FACTORYのお客さんだったら、何もやろうとしていない俺を許さないと思います。イビツでも、カッコ悪くても、やろうとしてもがいていたら許してくれるというか。まあ、それは自分の勝手な解釈ですけどね(笑)。だからガムシャラになって、とにかく動いていました。

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