【コラム】ロックンロールひとつで国境を越える、WENDYが示す「ロック・ゼロ地点からの復興」

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「ロック・ゼロ地点からの復興」。そういう形容が良いかもしれない。

日本はまだシティ・ポップの人気バンドが国内で最も売れる存在だったりもするから実感はないかもしれない。だが、世界的に見てロックは2010年代末、危機的状況にあった。ロックバンドによる国際的シングル・ヒットは2013~14年を最後に枯渇していた上に、ビルボードをはじめとした世界のヒット・チャートの集計基準がストリーミングに切り替わった。これはロックには大打撃だった。

それまでにすでに高齢化していたロックは、リスナーたちがアルバムを購入することで市場を成立させていたが、それが「視聴回数」という、生活時間の長さで明らかに分がある若者たちに有利なシステムの導入によって切り崩され、頼みのアルバムも売れなくなった。

ただ、もうその前から、ロックがすでに求心力を失っていたこともたしかだった。その原因としては、ロックそのものが大きく細分化してしまいロックファン全体をまとめられる存在がなくなってしまっていた。やがて、ロック内のジャンルも力を失い、総倒れになっていた。ロックの初心者にとってみれば「どこから入門して良いのかわからない」。そんな状態が続いた末に沈滞した側面は否定できなかった。

そんな矢先、2020~2021年にかけてのイタリアのロックバンド、マネスキンの世界的旋風は非常に興味深いものだった。ヨーロッパの伝統位的音楽コンテスト「ユーロヴィジョン」での優勝と「TikTokで曲が人気が出て流行った」という前代未聞のブレイクで注目された彼らであるが、非常に面白いのはマネスキンのファン層のパターンが、従来と大きく異なるものだったことだ。彼らのようなグラマラスなルックスを好む人は「1970~1980年代のアリーナロック復古」を求める人が目立ち、いわゆるパンクやオルタナティヴ・ロックを敵視するタイプの人が少なくなかった。だが、マネスキンの場合はそういうファン層も掴みつつ、最近のUKロックのファン層も抵抗なく積極的に受け入れているし、そこに加えて普段はロックに興味のないセレブな洋楽ポップが好きな人も引き付ける力がある。ある時期からのバンドのウィーク・ポイントだった「ファン層を選ぶ」感じがマネスキンには全く感じられないのだ。僕はそこにこそ「ロックのゼロ地点」を見いだしたし、「ロックを一からやり直す意味では最高の見本では」と思うに至っている。

僕がWENDYのことを知ったのはそんな矢先だった。別にルックスやサウンドがマネスキンに似てるとは思わないし、「和製マネスキン」などと呼ぶ気もない。ただ、今の時代に登場するロックバンドとして、マネスキンと似た磁場は不思議と感じる。


それは、ここまで発表された3曲の楽曲のいい意味での不統一性に感じることができる。デビュー・シングルの「Rock n Roll Is Back」を聞いた時、僕が思い出したのはクーラ・シェイカーやREEFといった、1990年代のブリットポップ時代のワイルドなロックンロール・バンドだった。続く「Devil’s Kiss」は超正統派のロックンロール。僕がこれまで聴いてきた中で、日本人によるAC/DC解釈としてはかなりレベルの高い曲(それでいてサビは1970sのKISSのようでもある)で、僕自身の注目度が俄然上がった。そうかと思えばその次の「When U Played Me」は一転して王道ポップ・パンク。2000年頃のアメリカ西海岸を思い出させるようでもある。


もしかしたら、ちょっと前だったら「一貫性がない」とネガティヴな判断をされていたかもしれない。ただ、1970、1980年代はおろか、1990~2000年代までをも遠い過去として育った世代だ。むしろこれだけの違いをひとつのバンドの中で自然と吸収させていることをすごく思ったし、「ロックンロール」のたったひとことで、どんなバックグラウンドをリスニング上持っていても聴かせる奥深さがあるように思えた。この4人はまだティーンエイジャー。こうしたロックンロールを今のご時世にここまで吸収咀嚼できていることに驚くし、加えてそこに、ある時期からの日本のアーティストに不可避に絡みついている「J-POPっぽさ」がほとんどない点もユニークなところだ。



WENDYの4人、Skye(Vo)、Paul(G)、Johnny(B)、Sena(Dr)は世田谷区の青少年交流センター「アップス」で出会った仲間だそう。なんでも、SkyeとSena、PaulとJohnnyの2つのグループの抗争という「ウェスト・サイド・ストーリーかよ」な出会い方をしたとのこと。そのときにJohnnyが着ていたKISSのTシャツにSkyeの目が止まった。そこで「好きなの?」「去年ドームに観に行ったんだ」という会話が起き、一瞬のうちに仲良くなってしまったという。とてもここ数年の10代の少年の出会いとは思えない、微笑ましくもマニアックな遭遇の仕方だ。

そして、このもともと別のグループにいた2組がそれぞれに好ケミストリーを生み出している。見た目がグラマラスなPaul とJohnnyはそのイメージ通りのトラディショナルなロックンロールを好んでいるのだが、SkyeとSenaの感覚がもっと今どきのコンテンポラリーな感じだ。


Skye


Paul


Johnny


Sena

Senaはポップ・エモを好み、Skyeに至ってはロックの前はマイケル・ジャクソンやプリンス、BTSに夢中だった。その片鱗は「Devils Kiss」のMVで披露される華麗なダンスでも証明されているが、あれを見たからこそ彼らを信頼しているところが実は僕にはある。もし仮にメンバーが全員レッド・ツェッペリンやAC/DCやKISSにしか興味を示さないようなバンドだったとしたら、それは「同好会」のレベルで、たた本家に似せることだけに主眼が置かれてそれで終わりだったように思うから。そこにあえてテイストが違うメンバーの音楽性やルックスが混ざるからこそケミストリーも生まれるし、異なる時代に音楽を伝承する意味さえ出てくるのだ。


そして、そんな新しいロックンロールこそを今は世界が求めている。それは、まだ小さな次元の話でこそあるが、WENDYもすでに体験済みだ。これまでのシングル3曲はすでに配信サービスを通じて全世界に届けられているが、彼らの楽曲のYouTubeのコメントを機会があったら是非見て欲しい。そこにはむしろ日本語でなく、英語やスペイン語での書き込みが多いのだ。とりわけ一番目立つのはスペイン語だったりするから本当に面白い。彼らはたった3曲の楽曲を持って、ロックンロールひとつで国境を越えることに成功している。こんなポテンシャルをこんなに早い段階で可能にしている日本の他の例を僕は知らない。

まだ今は遠い先の将来をとやかく言う段階ではない。だが、今後少しずつでてくるであろう、彼らの楽曲やライブで何が起こっていくか。これに注目していくことはエキサイティングなことであることは間違いないと僕は思っている。











写真◎maco-j
文◎沢田太陽

◆WENDYオフィシャルサイト
◆1st SG 「Rock n Roll is Back」試聴リンク
◆2nd SG「Devil's Kiss」試聴リンク
◆3rd SG「When U Played Me」試聴リンク
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