【ライブレポート】橋本絵莉子、<燃やして探してツアー 2022>完走。ソロ初となった名古屋公演レポ

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橋本絵莉子のソロ初となるワンマンツアー<燃やして探してツアー 2022>が10月17日から10月27日にかけて東名阪の3都市にて開催された。初日の大阪・なんばHatch公演から最終日となった東京・EX THEATER ROPPONGIまでの全3公演、各会場で温かな一体感を築き上げた今ツアー、本稿では中日となった10月22日、愛知県・名古屋ダイアモンドホールの模様をレポートしたい(ライブ写真は東京公演)。

◆ライブ写真

生き様、と書けばなんとも厳つく大仰なムードを纏ってしまうけれど、文字通り“生きる様”がこれほどにもナチュラルに音楽と直結しているミュージシャンはたぶんそういないだろう。生活のなかでじっくりと音楽に向き合って紡ぎ上げられる音楽の、等身大の凄み。橋本絵莉子という存在の揺るぎなき無二性は、彼女がソロとしてゆるやかに活動をスタートさせて約3年あまりの間に世にそっと放ってきた楽曲たちにももれなく反映されて聴く者をことごとく射抜いてきたわけだが、一方でマイペースを保った活動スタイルゆえなかなか頻繁には新曲やライブに触れる機会が訪れないという状況にやきもきさせられるファンも少なからずいただろうことは想像に難くない。

そうしたなか、ついに開催された橋本絵莉子としての初のツアー<燃やして探してツアー 2022>。最新曲「宝物を探して」が9月28日に配信リリースされたタイミングでの念願のツアー開催となったわけだが、1stアルバム『日記を燃やして』が昨年12月のリリースだったこと、今年1月にそのリリースを記念したライブが東京にて行われたもののツアーはなかったことを鑑みれば、まさしく待望と呼ぶにふさわしい。付記すれば彼女が名古屋をライブで訪れるのは2017年に行われたチャットモンチーのツアー以来、5年ぶりとなるのだからなおさらだ。ダイアモンドホールに充満する熱は当然のこと濃厚で、新型コロナウイルス感染症予防対策のため観客にはマスク着用が義務付けられ、歓声などの発声が禁じられてはいるものの、一人ひとりから滲み出るワクワクとした期待感は止めようもなく場内を明るく彩っていた。


ニール・ヤングの「Out on the Weekend」を登場BGMにして、サポートメンバーとともに橋本がステージにその姿を現すや、たちまち万雷の拍手が彼女たちを迎える。「来てくれてありがとう。橋本絵莉子です」と挨拶すると同時に静かに落ちる客電。ステージ下手側から恒岡章(Dr./Hi-STANDARD, summertime)、村田シゲ(B./□□□, summertime)、橋本、曽根巧(G.)と4人が横一列に並んだ布陣も目に新しく、今ツアーのテーマカラーだという赤がそれぞれの衣装にさりげなく取り入れられているのも微笑ましい。


そうして直後、一斉に迸ったアコースティックなアンサンブルが「脱走」のそれだとわかった瞬間のオーディエンスの沸きようと言ったらなかった。声は出せなくとも途端に揺れ始めたフロアを観れば一目瞭然。入院先の病院から手に手をとって抜け出したという橋本の祖父母と、散歩中に逃げ出した愛犬・たぬきちの二つのエピソードをもとに作られた『日記を燃やして』のなかでも一番人気を誇るこの曲の、“ただやってみようと思ったから/やってみただけ”“人生の中のたった一瞬さ”とおおらかに歌い上げられる脱走劇にグンと心が軽くなる。橋本の力強いハンドクラップにオーディエンスもすぐさま呼応、たちまちハッピーなグルーブが場内に渦巻いた。





恒岡はタンバリンからドラムに、村田はタヒチアンウクレレからベースに、橋本と曽根もエレキギターに楽器を替え、本来のバンドセットで朗々と奏で上げる「かえれない」、「ロゼメタリック時代」に溢れる色褪せない音楽への憧憬と衝動は聴く者の胸を甘やかに穿つ。何をしてもしなくても1日一回転、1年で太陽の周りを一周する地球とその上で生きる自身の無力さややるせなさをソリッドなバンドサウンドへと昇華した「タンデム」の言いようもない昂揚感。映画『海辺の金魚』の主題歌として話題を呼んだ「あ、そ、か」は、橋本の娘であり母でもあるフラットな視点が絶妙に交錯して柔らかな余韻を残し、「前日」に綴られたコミカルながらもリアルな心の機微は生の演奏で聴けばよりいっそうのおかしみと切実さが伴われ、その一語一句に共感せずにはいられない。ちなみに「タンデム」「あ、そ、か」「前日」までの3曲で橋本はアコースティックギターを演奏、有機的なその響きが楽曲により生身に近い温もりを感じさせていたようにも思う。

「ありがとうございます。どうですか?」

満面の笑みを浮かべて問いかける橋本に割れんばかりの拍手で応えるオーディエンス。10月17日の大阪公演にて誕生日を迎えたばかりの橋本が「この間、39歳になりました!」と言葉を続ければ拍手はさらに音量を増す。ソロとして初ツアーであり、彼女にとってはツアー自体が5年ぶりであること、ツアーといえば各地を回りながら、その土地その土地で起こった出来事を土産話としてステージでするのが醍醐味だと思っていると語ると早速、「あるんです、とっておきの土産話が」と声を弾ませる橋本。聞けば、自身の大阪公演と同じ日にノラ・ジョーンズのライブが大阪城ホールで開催されており、その翌日の新大阪駅ではばったりノラ・ジョーンズに出くわしたという。さすがに気を遣って声をかけるなどはしなかったものの、なんとホームのKIOSKでも再び遭遇。

「たぶんノラ・ジョーンズも同じ新幹線で東京に向かったんです。前日もたぶん同じくらいの時間にリハをして、同じ時間にライブをして、同じ大阪に泊まり。で、同じ時間に新大阪駅に行って、KIOSKで買い物して、同じ新幹線で東京に帰るって……これはもう対バンでしょう!」

どうだ!とばかりに目を輝かせる橋本に「対バンってそう言うシステム?」とメンバーは大爆笑、オーディエンスもさすがに笑いを堪えきれない。すっかり和みきった空気、だが彼女の本領発揮はここからだった。「そろそろ曲に戻ろうかな。じゃあ高校2年生のときに作った曲を聞いてください」と告げギターをかき鳴らすと、やにわにチャットモンチーのセルフカバー「恋愛スピリッツ」を歌い始めたのだ。


急転直下の圧倒的迫力、橋本を追いかけて放たれる轟々たるバンドアンサンブルにも目を見張ったが、何より楽曲に息づく生々しいまでの情感と、それを全身全霊で体現する橋本の凛としたエネルギーを目の当たりにしては息を呑むことすら忘れてしまう。立て続けに披露されたのはこれまたチャットモンチーのセルフカバー「たったさっきから3000年までの話」だ。ラストアルバム『誕生』のリード曲にしてチャット史上最大級のスケール感で歌われた、かけがえのない日常へのラブソングとも呼びたい傑作ながら、『誕生』のリリース記念ライブとチャットモンチーのラストワンマンライブでしか生で披露されることがなかったこの曲を、こうしてライブでまた聴けるときがこようとは。バンド編成で丁寧に再現されたその音像は繊細でありながらも肉感的なたくましさで橋本の伸びやかな歌声とそこに宿る祈りにも似た想いをどこまでも増幅させてオーディエンスに届けた。

未発表となるインストナンバーの新曲や、2020年に通信販売限定でリリースされた『Demo Series Vol.2』収録の「deliver」では橋本がキーボードを演奏するなどの聴きどころ、見どころも。シェイカーやウインドチャイムなども取り入れてその曲ごとの世界観をひときわ膨らませる豊潤な音楽的アプローチも実に楽しく、心地よい。アレンジをともに行っているとあって、サポートメンバーに寄せる橋本の信頼は絶大。盤石に紡がれるサウンドに身を委ね、自由に音楽を楽しんでいる彼女の様子はオーディエンスにも伝播して、曲を重ねるごとに場内はますますリラックスしたいいムードに包まれていく。えも言われぬ多幸感、この幸せな時間が無限に続けばいいのにと、まさしくバンドの初期衝動的楽しさと喜びが丸ごと1曲に詰め込まれた「今日がインフィニティ」を全身に浴びながら願わずにいられなかった。


「ワンオブゼム」で締めくくられた本編。アンコールでは橋本がハンバートハンバートの「虎」を弾き語りでカバー、さらに『Demo Series Vol.2』収録の「うらやましいひと」も弾き語りにて披露した。フロアにしみじみと満ちていく叙情、飾りのないありのままの歌と音色のなんとふくよかなことか。ステージに立っている今この瞬間はもちろんスペシャルなものではあるだろう。でも、その特別さもきっと彼女にとっては地続きの日常で、彼女のありようは少しも揺るがない。そんな、彼女のありのままで揺るぎない確かさが観る者を惹きつけ、その心を震わせてやまないのだとつくづくと噛み締める。


ラストはメンバーも揃っての新曲「宝物を探して」で大団円。オーディエンスのクラップも演奏の一部となり、会場全体がひとつになって楽曲を作り上げていく。曲の終盤、橋本は「ここで、ちょっと一緒に踊ってくれますか?」と客席に提案。サビの歌詞に合わせて自身が考えたという4つの振り付けを身振り手振りで伝え始めると「じゃあ、ちょっと練習するよ」と半ば強引にオーディエンスを巻き込むが、これがまた一発で決まるのだから名古屋、恐るべし。「完璧! すごい!」と橋本も手を叩いて大喜び、そのまま突入した本番ではさらなる一体感を生み出して、最高のフィナーレを迎えた。


ライブ後、橋本本人に聞いたところ、この振り付けで観客と一緒に踊るのは名古屋が初めてなのだそう。大阪公演ではひとりステージ上でやっていたところ、スタッフから「みんなでやったらいいのでは?」と勧められ、実行したのだと嬉しそうに教えてくれた。もちろん東京公演でもやりますとのこと、間違いなく最高の一幕となったことだろう。

これからも彼女のマイペースな活動ぶりが大きく変わることはないかもしれないが、1曲1曲、真摯に向き合いながらコンスタントにいい歌、いい音楽を生み出し、届けてくれるはずだ。彼女からの次なる一報を心して待っていたい。
文◎本間夕子
撮影◎古溪一道

セットリスト 橋本絵莉子<燃やして探してツアー 2022>

2022年10月22日 名古屋ダイアモンドホール公演

01. 脱走
02. かえれない
03. ロゼメタリック時代
04. タンデム
05. あ、そ、か
06. 前日
07. 恋愛スピリッツ
08. たったさっきから3000年までの話
09. 新曲
10. deliver
11. fall of the leaf
12. 特別な関係
13. 今日がインフィニティ
14. ワンオブゼム
<Encore>
15. 虎
16. うらやましいひと
17. 余談
18. 宝物を探して

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