【コラム】陰陽座、4年半ぶり最新アルバム『龍凰童子』に想像を超えた充実度

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世界中に名バンドと称される存在は様々あるが、すべてのアルバムが傑作と言える客観的なキャリアを重ねてきたアーティストはそう多くないだろう。もちろん、何らかの“問題作”が後の名盤につながるケースもあり、長期的に見れば、何ら問題視するようなことではないかもしれない。ただ、作り手自身が不満を抱えたままの作品が、結果的に解散に至る大きな要因になることもあるのは、歴史が証明している通りだ。一方で存分に発揮された創造性が、残念ながらファンに理解されなかったという例もある。いずれにしても、良作を生み出し続けるのは容易なことではない。

その意味では、日本の陰陽座はこれまでにリリースした全アルバムをマスターピースとして認定したくなる稀有なバンドだ。2005年にシングル・リリースされた「甲賀忍法帖」が、今もなお新たな層に訴求し、歌い継がれていることを知る人もいるだろう。1999年に黒猫(Vo)、瞬火(B&Vo)、招鬼(G)、狩姦(G)によって結成された彼らは、人間の心を映し出す象徴としての妖怪を始め、日本の伝承文化や歴史などに着想を得た楽曲を紡ぎ続けてきた。音楽的にはヘヴィ・メタルであり、おそらく多くのメタルヘッズがこのジャンルに求めているであろう、ほとんどの要素が絶妙なセンスで詰め込まれている。

前作『覇道明王』(2018年)から約4年半ぶりとなる最新作『龍凰童子』も、やはり期待を裏切らない。いや、正確に言うなら、想像を超えた充実度である。静穏かつ壮大に奏でられる幕開けのインストゥルメンタル「霓(にじ)」で瞬時に昂揚感を覚えるが、続く「龍葬」の力強さに感服させられる。黒猫の絶唱とギター・オリエンテッドなバンド・サウンドがもたらす疾走感。楽曲のクオリティだけでも充分な説得力はあるものの、この2年ほどの間、陰陽座が存亡の危機に晒されていた事実を知れば、この2曲で構成されるオープニングの意味深さがより理解できるのである。涙なしには聴けない、そう表現しても過言ではない。


陰陽座は結成20周年記念行脚として、2019年7月から3度目の47都道府県ツアー<生きることとみつけたり【参】>を行っていた。ところが、この終盤で黒猫に突発性難聴の疑いが浮上し、九州地区の5公演が中止・延期となったのである。新型コロナウイルスの感染が国内でも広がり始めた時期でもあり、どのアーティストにとっても振替公演の設定はなかなか難しい状況だったが、しばらくして彼女は声帯のジストニアによる発声障害も患っていることが発覚。歌うどころか、声そのものが出なくなっていたのである。

聴覚の不調のみならず、歌い手の命とも言える声までも失っていた。それが何を意味するのかは、あえて説明するまでもないだろう。メンバーも希望を見出したい思いはありつつも、一時は陰陽座の活動に終止符を打たなければいけない覚悟もしていた。決定的な治療法が確立していないジストニア特有の事情も、彼らの絶望感を増幅させた面はあったかもしれない。事態はそれほど深刻だった。

しかし、まさに暗闇の中で光を探すように、黒猫は懸命にリハビリに取り組んだ。諸々の近況が自身のブログで明かされたのは2021年7月。「完全復活まであと一歩」という朗報を伴って伝えられた。ジストニアに関しては、メンバー/スタッフ以外には知らされていなかったこともあり、誰もが驚きをもって受け止めたのは間違いないが、その後の彼女は少しずつではあるものの、日々の地道なトレーニングを繰り返しながら、快復へとステージを上っていくことになった。

そして、100%の復調ではないにせよ、黒猫が相応に歌える状態にまで戻った感触を得たバンドは、具体的に活動の再開を模索するようになる。彼らの本心としては、完遂できていない先のツアーを何とか行いたい考えがあったが、折からのコロナ禍を考えると、キャパシティ制限などもあり、当初に予定していた内容で公演を行うことは不可能だった。また、黒猫がいきなり長時間のステージに対応できるかどうか未知数であることも懸案だった。現実的な選択は何なのか。そこで彼らは、<生きることとみつけたり【参】>の終了後に進めるはずだった新作のレコーディングから始める判断をしたのである。

2022年5月には新曲が出揃ったこと、9月には全パートの録音を終了したことが、瞬火のブログにて報告された。バンド自身にとっても、ファンにとっても、文字通りの待望のアルバムである。その後、ミックスを経て、12月上旬にはマスタリングが完了。『龍凰童子』と冠された新たなる名盤が世に送り出されることになったのである。

タイトルの“龍凰童子”とは、陰陽座と同義と捉えていい。彼らがバンドロゴとしても用いている家紋にあしらわれているのは龍と鳳凰であり、童子とは言わば“覇道明王”のごとき存在である。結成から20周年を経た陰陽座が、改めて自身の普遍性を言明したアルバムであることを伝えているわけだ。メイン・コンポーザーであり、プロデュースも務める瞬火は常に2つ先の作品まで構想している人物であり、その意味ではその方向性に忠実ではあるが、今回はバンドが置かれたここ数年の境遇も少なからず映し出されたのは確かだろう。その筆頭が先述した「霓」と「龍葬」だ。黒猫の復活は言うに及ばず、陰陽座が再び強靭な意思で天を駆け上がろうとする様が劇的に描かれている。

「鳳凰の柩」や「大いなる闊歩」にも同様の思いが見て取れる。仮に彼らの行く道を遮るものがあったとしても、信念を持って歩んでいく姿勢。これは結成当初から変わらないが、このタイミングで耳にするからこそ、より感慨深さも増す。歌詞におけるレトリックとどんなスタイルでもキャッチーに響かせる曲作りの巧さは、冒頭の4曲だけでもすぐさまわかる。

妖怪を採り上げたお馴染みの楽曲群で言えば、ミュージック・ビデオが撮影され、先行配信もされた「茨木童子(いばらぎどうじ)」、キャラクターの面白さを歌う「猪笹王(いのささおう)」、最も有名な妖怪の一つである「滑瓢(ぬらりひょん)」、不思議な存在感の「赤舌(あかした)」、仁徳天皇の時代に飛騨地方にいたとされる「両面宿儺(りょうめんすくな)」がある。それぞれ様々な伝説があるが、瞬火の解釈を通して綴られるストーリーが興味深く、同時に個々の背景と見事に合致した、アグレッシヴにもメロディックにも振れる曲調にも頷かされるだろう。

小説家・山田風太郎の『忍法帖』シリーズに着想を得た作品群があるのも陰陽座の個性的な一面で、本作では「月華忍法帖」なる新曲が書き下ろされ、連関する「静心なく花の散るらむ」も併せて収録されている。内容についての詳細はあえてここに記すのを避けておくが、過去に発表されたマテリアルに続く重大局面が著されている。登場人物の心情に思いを馳せながら聴くことで、自ずから情景も浮かんでくるはずだ。

加えて圧巻なのが11分超の長編「白峯」だ。上田秋成の『雨月物語』にある『白峯』の内容をほぼ忠実に音楽として形にしたもので、これまでにも組曲を始めとして多くの大作を紡いできた陰陽座ならではの取り組みでもある。妖怪の枠組で語ってもいい楽曲だが、場面ごとに展開していく多彩な構成を伴って、登場人物である崇徳院と西行法師とのやり取りが精緻に音像化されていく。ストーリー自体につながりはないとはいえ、次の「迦楼羅(かるら)」へと続く流れも的を射ており、両者の根源的なテーマが自然に結びついてくるところも面白い。

▲アルバム『龍凰童子』ジャケット

いずれの楽曲においても特筆したくなるのが黒猫の歌唱である。もとより歌の巧さには定評があったが、一時的とはいえ声を失っていたことが信じられないほど、完璧な表現力で魅せる。しかも、過去と同レヴェルというより、確実に進化を遂げている。今まで聴いたことのなかった彼女のヴォーカルも随所に見えるのだ。そのつどの作品でも新たな挑戦はあったが、今回で言えば、ジストニアを克服するために鍛錬を重ねた中で体得した歌唱法が付加された面もあるだろう。ただ、重要なのは単なる技術ではなく、それらが的確な感情表現や情景描写へと結実している点だ。それゆえに聴く人の心を揺り動かすのである。

瞬火のヴォーカルも味わい深さを増している。基本的には黒猫が前面に出るケースが多いが、彼がメインで歌い上げる「覚悟」などは、その魅力がよくわかる一例だろう。ヘヴィなサウンドをまとったブルージーなハード・ロック。敬愛するグレン・ヒューズ(B/元ディープ・パープル)のソロ作品に通じるテイストが心地よい。また、歌詞には故郷である愛媛県の八幡浜弁が顔を覗かせるのも陰陽座らしい。“覚悟”とは何なのか、じっくりと読み込んでみたい。

演奏陣の卓越したプレイも素晴らしい。招鬼と狩姦というスタイルの異なる二人によるツイン・ギターも陰陽座の特性だが、本作でも一つ一つのフレーズに意味を見出せるだろう。各々の楽曲における役割が入念に精査されているからこその仕上がりでもあり、特に間奏などは、このバンドの20年を超える足跡を感じさせると同時に瑞々しさもある。グルーヴに溢れた瞬火のベースについても集中して耳を傾けてみたいところで、彼の奏でるパッセージが楽曲にダイナミズムを生み出していることがわかるはずだ。言わずもがな、長年に亘って4人を支えてきた、陰陽座には欠かせない阿部雅宏(Key)と土橋誠(Ds)も盤石のプレイアビリティで貢献している。

アルバムは最後に「心悸(ときめき)」で締め括られる。陰陽座における黒猫の存在を隠喩的に表しているようにも受け取れるが、切なく、それでいて力強い歌唱と曲調には、陰陽座の開けた未来を感じずにはいられない。そこで必然的に見えてくるのは、ツアーで各地を廻りながら、オーディエンスがシンガロングする光景である。現時点では具体的なスケジュールは確定しておらず、2023年中には何らかの形でライヴを行えるよう慎重に検討していくとのことだが、『龍凰童子』に触れれば、誰もがその実現を願いたくなるに違いない。その場こそが、陰陽座の完全復活を意味するからである。

今後も2023年にリリースされる無数の新作を聴いていくが、今の確かな感触としてあるのは、その頂点に『龍凰童子』が常に君臨し続けるだろうということだ。完成した直後から幾度となく耳を傾けているにもかかわらず、そのたびに気付きがあり、このアルバムの奥深さを痛感させられている。ただ、有り体に言えば、それはいつものことでもある。しかしながら、そのいつものことをまた体感できているのが何より嬉しい。

無論、制作の背景など知らずとも、存分に堪能できるのが陰陽座のアルバムでもある。<龍と鳳凰の魂を纏い、服わぬ鬼として罷り通る者──世はそれを「龍凰童子」或いは「陰陽座」と呼ぶ。>とは、オフィシャル・サイトに記された惹句だが、『龍凰童子』は、初めて彼らを知る人にも、陰陽座の陰陽座たるゆえんが伝わるはずの作品だろう。本作がより多くのリスナーに届くことを願いたい。

文◎土屋京輔

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※記事初出時、「甲賀忍法帖」のシングルリリースは2006年と記載しましたが正しくは2005年です。訂正してお詫び申し上げます。

先行配信シングル「茨木童子」

2022年12月14日発売
ダウンロード/サブスク:https://king-records.lnk.to/ibaragidouzi
<収録楽曲>
1.茨木童子

アルバム『龍凰童子』

2023年1月18日発売
KICS-4092 定価¥3,300(税抜¥3,000)
初回限定特典:特製スリーブケース/カラー・フォトブックレット
https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICS-4092/

<収録楽曲>
1.霓(器楽奏)
2.龍葬
3.鳳凰の柩
4.大いなる闊歩
5.茨木童子
6.猪笹王
7.滑瓢
8.赤舌
9.月華忍法帖
10.白峯
11.迦楼羅
12.覚悟
13.両面宿儺
14.静心なく花の散るらむ
15.心悸

全作詞/作曲:瞬火

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