【インタビュー】世武裕子、「自分が思い描く歌に届きたい」

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■やっぱり私は歌うことが好き

──今のお話にも通じますが、世武さんは比較的「はっきりと言葉にして伝える」という意識を高く持つ方だと感じています。一方で言葉には、「行間を読ませる」ことで読み手の想像力をより膨らませるといった表現もありますよね。それが歌詞となった場合、想いがきちんと伝わるようにはっきりと言葉にする部分と、行間を読ませる部分、そのバランスはどのように考えていますか?

世武:私は基本的にはハッキリと言いたいタイプかもしれません。いろんなタイプの曲を作るので一概には言えませんけど、私の歌詞って、簡単な言葉が多いと思うんですよ。「Hello Hello」も、「みらいのこども」、「君のほんの少しの愛で」も、難解な言葉はあまり出てこない。すごくシンプルなんです。最近になって気付いたんですけど、シンプルな歌詞ほど自分の実体験なんです。対して、詩的に書いている歌詞は、その時にパッと頭に浮かんだ言葉なので、何かを伝えたいというよりも雰囲気に近い。そういう意味では、『WONDERLAND』や『L/GB』、『Raw Scaramanga』といったアルバムの歌詞は、何かメッセージを伝えたいというよりも、音楽に乗せた物語という感覚。ノート(音符)として存在している素材。それがあったからこそ、「歌詞を書くことって何だろう?」と考えるようになったし、伝えたいことがあるから歌詞はあるべきだと考えるようになりました。(言葉で)伝えたいことが無いのなら、「歌じゃなくて音楽だけでいいよね」って思っているところはあるかもしれませんね。

──それは自身が書く歌詞だけでなく、他のアーティストの曲を「いいな」と思う時も共通したもの?

世武:歌詞に惹きつけられないのに、聴きたい曲、好きな曲っていうのはあまりないかもしれません。やっぱり言葉は耳に入ってくるものだから、言葉が自分にはしっくりこない曲、歌ってる哲学を受け入れられない音楽は、何回も聴けません。「無いもの」を聴き手が想像して作り出すことはできるけど、「在るもの」を無いことにはできませんから。

──ああ、確かにそうですね。そのうえで、クラシック音楽を学び、劇伴という歌のないインストゥルメンタル曲を数多く手がける世武さんにとって、「歌うこと」とは、一体どういうことなんでしょうか?

世武:『1』と『2』を作って、最近またいろいろと考えていたんですけど、やっぱり私は歌うことが好きなんですよね。ただ、こと音楽に関しては完璧主義なところがあって、自分がこういう風に歌いたいと思うところに届かない、すごく遠いなということも痛感しています。少し前に、ふとSalyuさんの『TERMINAL』(2007年)を改めて聴き直したんですけど、やっぱり歌がすごいんですよ。もちろん、音楽的な細かいすごさもたくさんあるんですが、それらを超越して、とにかくボーカルがすごい。もう自分が歌うのが嫌になるくらい。でもやっぱり、自分が思い描く歌に届きたいじゃないですか。そのためには、本当に己との戦いでしかなくて。


──『1』のインタビュー時にも「果てしない自分との戦い」とおっしゃっていましたよね。

世武:音楽の表現者として活動をしていく中でいろんな困難にぶつかるんですけど、私の人生、自分との戦いしか残ってないと思うし、その世界にどっぷり生きているという感覚があります。

──その「戦い」は、歌に限らず、インストゥルメンタル曲を作る時も同じ?

世武:すべて一緒です。そこに必要な音楽を、過不足なく正確に、パーフェクトに生み出したいっていう、本当にそれだけなんです。そこに必要なものとして、すごく歌いたい時もあれば、壮大なオーケストレーションを書きたい時もあるし、打ち込みで作りたい時もある。私は自分との戦いの中で、生み出せるものをパーフェクトに生み出したいだけなので、人がやってることとか、人が言うことは、もうどうでもいいというか(笑)、まったく気にならない。今回の作品のように、ピアノを弾くなら「ピアノでどれだけ突き詰められるのか?」、歌うのなら、「じゃあ声をどうやって出すのか?」という、ただそれだけの世界です。

──「人の言うことは、もうどうでもいい(笑)」というのは、そもそも周りからの評価に興味関心がないのか、それとも自分との戦いのために、周囲があれこれ言うことに付き合ってる暇がないという感覚なのでしょうか?

世武:えっと、褒められるのはめっちゃ嬉しいんですよ(笑)。ただ、そこが私の“テヘペロ”みたいなところなんですけど、褒められ慣れてなくて照れちゃう。例えばテストで99点取ったら、「すごい! あと1点で100点だね!」じゃなくて、「100点は取れなかったんだ」っていう環境で育ったので。100点を取らなきゃ意味がない、みたいな。だから、褒められることは、苦手だけどめっちゃ嬉しい。友達が褒めてくれたLINEをスクショするくらい喜んでます(笑)。褒められずとも、私の作品に興味を持ってくれるだけでも相当嬉しい。本当は、性格が子供というかシンプルなんですよ(笑)。ただ、自分がいいと思うものが作れるかどうかという戦いは、それとは全く別の話です。普段の自分と、音楽を作っている時の自分はほとんど別人格と言えるかもしれない。

──よくわかりました。では作品の話に戻って、カバー曲について聞かせてください。まず「Deep River」ですが、オリジナルを歌う宇多田ヒカルさんとは、年齢が一緒だそうで。

世武:誕生日が数週間違いで、なんとなく感じるものがあって、私にとって不思議な距離感の存在。そんな宇多田さんの曲ですごく好きなものがいくつかあるのですが、その中の一曲が「Deep River」です。

──この曲に対する世武さんのコメントで、原曲の歌詞とメロディが表現する感覚を「音楽で映像化しようと思ってカバーした」という発想が、いかにも世武さんらしいなと思いました。

世武:そういうことを考えていたら、Netflixのオリジナルドラマ『First Love 初恋』が配信されて。まさにあれと同じ感覚でカバーしていたので、『First Love 初恋』を見ながら、「そうそう、そういうこと」と思っていました(笑)。

──そして荒井由実さん「やさしさに包まれたなら」は、ユーミンさんの作品としても、映画『魔女の宅急便』エンディング曲としても有名ですよね。

世武:本当に大好きな曲で、むしろ映画『魔女の宅急便』以上に、この曲が好きだったかもしれません。もちろん、映画が好きだったからこの曲が好きになったんですけど、それを超えて好きっていうか。

──こういう誰もが知る名曲をカバーする時って、どうアレンジを考えていくのですか?

世武:言い方が難しいんですけど、リスナーの方が想像しうるような心配事をまったく感じさせないレベルで仕上げないと、そもそも「カバーしました」なんて恥ずかしく言えないと思っているんです。例えば、あえて原曲とはアレンジを大きく変えてみようとか、原曲に忠実にアレンジしましたとか、そういう邪推の世界線にあるカバー曲って、私はつまらないと思っているし、それだったら自分はカバーしない。だから、これも先ほどの話の繰り返しになりますが、自分自身と戦っている時に人の存在はまったく考えていないんです。人というのは、リスナーだけでなく、あらゆる人。だから、「普通ならこうするよね」とか、「原曲を作った人はこうだった」、「(原曲の)ファンの人はこうだから」とか、一切考えない。だってそれって、誰にでも好かれるTweetをしようとするようなもので、私の中ではちょっとあり得ない。モノを作るって、そういうことじゃありませんから。

──ではこのアレンジ、具体的にはどのような過程で生み出したのです?

世武:お昼くらいだったかな? 富士吉田にあるガラス張りのアトリエみたいな所で、さあ、今日もピアノを練習しようと思って。その時に「めっちゃ空がきれいだな」と思ったんですね。そうしたら、今回録音したピアノが頭の中に流れてきて、それを弾いただけ。だから、実は「Deep River」もそうなんですが、アレンジしようと思ってこういうピアノにしたわけじゃなくて、頭の中に流れてきたから弾いただけなんです。

──ということは、それが違う日、違う場所だったら、アレンジも違っていた?

世武:そうだと思います。あの時、偶然に目にした景色から呼び起こされただけで、アレンジしたという感覚もあんまりないんです。だから、このアレンジで最初にピアノを弾いた場所や周りの光景をすごくよく覚えていて。自分の中で、それらはすべて一緒くたになって生まれてきたものなので。


──坂本真綾さんの「プラチナ」(テレビアニメ『カードキャプターさくら』オープニングテーマ曲)についてはいかがですか?

世武:この曲は、「マジ、めっちゃ好き!」っていう、本当に歌いたかったという気持ちだけで。すみません、何だがカラオケみたいな話になってしまって(笑)。でも私、そうすることに気後れしたり、見栄を張るとか、カッコつけたいとかっていうのが全然ないんです。「だって歌いたいから!」って。そこはもう、ただただ5歳児の精神年齢ですよね(笑)。映画音楽の話をする時は、音楽的な構造の話とかインテリジェンスな内容にもなるんですけど、この曲に関して、もし誰かに「なぜこの曲では急にアニソン風に、ストレートに歌ってるの?」とか言われても、「ごめん、めっちゃ歌いたかってん!」のひと言で終わると思います(笑)。だからレコーディングの時も、何も考えずに歌ってましたね。

──続く森山直太朗さんの「人間の森」は、とても深みのある歌とピアノの響きですね。

世武:直太朗さんの曲で何を歌うか迷いました。「群青」もいい曲だし、他にも考えた曲があったんですけど、「人間の森」は一度ライブで直太朗さんと歌ったことがあって(※参考記事)。その時に彼が、「こういう曲だったんだね」って言ってくれたのが嬉しかったし、この歌を1回きちんと作品に残したいと思っていたんです。それに、直太朗さんが(制作に)誘ってくれた最初の曲でもありましたから。

──そして、ジブリ映画『ゲド戦記』挿入歌の「テルーの唄」のカバーで、本作のラストが締めくくられます。

世武:ジブリ映画の話をすると「この作品が好き!」っていういろんな“派”があると思うんですけど、私は結構「ゲド戦記」好き派で、この歌は最初に聴いた時から圧倒的に好きでした。昔から手嶌(葵)さんが大好きで、手嶌さんさんとSalyuさんは、もう別格に尊敬していて。ジブリ映画そのものは『もののけ姫』が一番好きなんですけど、歌としては「テルーの唄」の方が、自分の歌なんじゃないかと錯覚するくらいの感覚があって。音楽表現という以上に、自分の生きる感覚がすべて入っていて、まるで自分が生まれてから今まで生きてきた様子を誰かがずっと見てくれていて、それを全部書き出してくれたかのように思えるんです。そういう桁違いの共感というか、もはや共感という言葉では済まされないくらいに、自分と歌詞の世界観がリンクしている曲なんです。

──今のお話が象徴的だと思いますが、全曲を通して、言葉の上っ面だけではなく、本当に深い部分で歌詞を大事に歌った作品だということがよくわかりました。

世武:人間って一人で立っているけど、もちろんいろんな人に助けてもらいながら生きていて、でもやっぱり人は孤独なんだっていう、そこに立ち返ることを前提とした歌詞でないと、私は歌えないのかもしれません。だって、そうじゃない世界は信じていないから。やっぱり、自分が信じていないものは歌えない。それは自分の作品でも、カバーする時でも同じです。言葉って、人が毎日使って、毎日喋るものだから、その言葉を音楽に乗せて歌っている以上、多かれ少なかれ、どうしても歌詞の中身は無視できないんでしょうね。

──世武さんが考える「歌」について深くお話いただけて、本当によかったです。ありがとうございます。そうした「歌」を届ける2作品を作り上げた今、また新しくやりたいことも増えてきたのでは?

世武:具体的にどういう作品を作りたいかと言うよりも、もっとピアノですごい演奏をしたいし、もっと歌で自分が思っているものを表現したいし、もっとオーケストラでレベルの高い作品を生み出したいし……という感じですね。

──と言うことは、今後ますます、自身との戦いが続いていく、と。

世武:もう、寝ても覚めてもそれしかないんです。自分との戦いの中で、ただただその都度、その時々に音楽を生み出していくだけ。本当に、それに尽きると思っています。

取材・文◎布施雄一郎
写真◎大橋祐希

『あなたの生きている世界2』

2023年2月8日(水)発売
LinkFire:https://lnk.to/anatanoikiteirusekai2

配信(DL販売・各種サブスクリプションサービス)全6曲収録
「みらいのこども2023」世武裕子 セルフカバー
「Deep River 」宇多田ヒカル カバー
「やさしさに包まれたなら」荒井由実 カバー
「プラチナ」坂本真綾 カバー
「人間の森」森山直太朗 カバー
「テルーの唄」手嶌葵 カバー

ライブ情報

<HOPE FOR project>
2023年3月11日(土)
会場:震災遺構 仙台市立荒浜小学校
開演 16:00
出演:會田茂一、世武裕子、恒岡章、村田シゲ ■チケット:入場無料
詳細はこちら: http://hopeforproject.org/2023-3-11/

<HIROBA FES 2022×2023 –FINALE! UTAI×BA−>
2023年03月18日(土)
会場:LINE CUBE SHIBUYA
開場16:30 / 開演17:30
出演:大塚 愛、亀田誠治、崎山蒼志、世武裕子、長谷川白紙、水野良樹(HIROBA)、横山だいすけ
吉澤嘉代子、Little Glee Monster(50音順)
チケット:7,980円 (税込) ※全席指定・電子チケット

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