【インタビュー】秦 基博、新たなシーズン開幕を感じさせるフレッシュでフリーダムなアルバム『Paint Like a Child』

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長く待った甲斐はあった。秦基博、3年3か月振りの7thアルバム『Paint Like a Child』をついに聴けた。“より自由に、思うままに”を合言葉に作られた、豊かなバラエティに富む全10曲。エレクトロニクスとバンドサウンドを融合させた、柔らかく広がりのあるサウンド。心象と情景を対比させた、情感溢れる歌詞。そして変わらぬ強さと優しさ、伸びやかさを備えた歌。秦基博の新たなシーズン開幕を感じさせる、フレッシュでフリーダムなアルバム。楽しんでほしい。

■このタイミングでこういう音楽を作ってみたいというところに
■ストレートに向かっていった曲たちがアルバムには並んでいます


――前作から3年3か月の間に世の中では様々な変化が起きました。音楽の制作環境に関しても、何か変化はありましたか。

秦 基博(以下、秦):制作環境自体は変わっていないですね。ある程度DTMというか、自分でデモテープを作れる環境は揃っていたので、それ自体が変化したことはなかったですけど、どちらかというと、あの期間にいろいろなことが止まったのが大きかったです。あの年(2020年)の3月からアルバムリリースツアーがあったんですけど、それが中止になってしまったので、制作環境よりもライブの現場のほうが変化はありました。

――メンタル面は大丈夫でしたか。

秦:うーん、そうですね、そういう意味では、楽曲を作る気持ちにはあまりならなかったです。新しく生み出すというよりは、すでにあるものの中から、みなさんに楽しんでもらえたらという感覚でいたので。AL「コペルニクス」の中の『LOVE LETTER』という曲をリモートで収録して、ツアーを回るはずだったメンバーと、それぞれリレーして録ってもらって、映像を作ったりとか。そういう音楽の表現の仕方でしたね。

――ということは、新曲を書き始めたのはだいぶあとのこと?

秦:そうです。いろいろなことがちょっとずつ動き出してきて、2021年の後半ぐらいから、ようやくこのアルバムに向けて曲作りを始めたという感じでした。2021年の上半期に、弾き語りで全国ツアーを回ったり、コロナ禍の制限の中でできることをやり始めていた時期ではあったので。

――直接そのことを歌っているわけではないとしても、やはりこのアルバムの曲の中には、その時代の雰囲気が空気として入っていると感じます。

秦:やっぱり自分の生きている、暮らしていることが音楽に変わっていくと思うので、そこで暮らしている中から生まれてきた曲ではあるし、そういう社会のムードは入っていると思います。

――秦さんにとって7枚目のアルバムとなる『Paint Like a Child』。それぞれのアルバムに人格や性格があるとするなら、どんな顔をした人物でしょう。

秦:難しいですね。まあでも今回は、とにかく思うままに自由に作ろうということを、より意識したアルバムではありました。自分がこのタイミングでやりたい、こういう音楽を作ってみたいというところに、ストレートに向かっていった曲たちが並んでいます。


――はい。なるほど。

秦:あと一つは、すごくポップなものを作りたいと思っていました。開けたような世界というか、それは体現できているかなと思います。それぞれの曲のカラーが、振り幅が、やりたいことを振り切っていく中で、アルバム全体としては開けた世界ができるといいなと思っていました。

――それは強く感じます、アレンジの幅広さも含めて。2021年後半に新曲を書き始めた時には、どんな方向性があったんですか。

秦:新しいアルバムに向けてどういう曲を書こうか?ということを考え始めたのが、2021年の秋口だったんですけど、何て言うのか、方向性を決めて書き始めるというよりは、その時点でやりたいことを全部やってみて、作ってみて、その中から自分の進む先がよりクリアになっている楽曲たちを抽出して、よりそっちに向かって行った感じでした。それが「Trick me」とか、「イカロス」とか、「太陽のロザリオ」ですね。その時点で曲はできていたので、そのへんが最初の一歩目でした。それに対してさらに曲を作っていったという感じです。

――今挙げた3曲の時点で、見事に曲調がバラバラというか。

秦:ただその中でも自分がやりたいサウンド感とか、メロディの運びとか、そういうものが表れているんじゃないかな?というふうに思ったので。もちろん、アレンジや様式は違うんですけど、元になっているところには共通項があるなという感覚があったので、それが軸になって、それに対してどういうバリエーションで、どういう曲を作ろうかな?という感じです。今回、アルバムの曲数を10曲と決めていたので、どういうバリエーションが並ぶとアルバムとしての充実感が増すのかな、というふうには思っていて、収録曲としては10曲ですけど、もっとたくさん書きました。その中から、今回のアルバムのコンセプトにどれがふさわしいか、ということで選んで行った10曲になっています。


――アレンジャーのトオミヨウさんが全曲に関わっていて、とても大きな役割を担っているように思います。彼との関係は前作アルバムからですよね。

秦:そうです。トオミさんのスタジオにお邪魔して、僕が最初に作ったデモを元にどういうふうにブラッシュアップしていくか、意見交換しながらやっていくんですけど、前作を一緒にやったこともあって、お互いの役割が明確になっていたので。どういう音を加えていくか、逆に引いていくか、新しいアイディアをぶつけてもらって自分がジャッジしたりとか、それはスムーズでしたね。

――二人の共通項というか、どんなイメージがありましたか。

秦:自分がよく聴いている洋楽の感じとかを二人で共通して持っていました。自分が良いなと思えるポップな洋楽サウンドで、シンプルなコードワークに対してメロディがどんどん展開していくとか、抑揚の付け方とか、自分がやったらどうなるかな?という興味もあったので、そこはすごく感じ取ってくれていたと思います。じゃあ、こういう音像にしていったらそれがもっと伝わるのかとか、細かい低域の話とか、その辺りをトオミさんにも相談して進めていきました。あとは歌の質感をどういうふうにしたらいいかとか。それを最初に話して、方向性が決まったあとは、音のやりとりで進んで行きました。

――具体的に、洋楽のこの曲とかは?

秦:作っていた時期で言うと、ジャスティン・ビーバーとか、アデルとかですね。僕がなんとなく感じていたことを、トオミさんが言語化してくれたりしたんですけど、何て言うのかな、歌が立つような楽器の音の作りになっていることとか、ハイ(高域)がそこまで上がっていなくて、歌だけが浮き立つような音作りとか、あとは打ち込みの低音域、シンセベースの使い方とか、コンプレッサーのかかり具合だとか。僕は感覚的に「こういう音がかっこ良いな」と思っているだけなんですけど、それをトオミさんが具体的に説明してくれたりして。じゃあ、そういう方向で歌を録るためにはどうしたらいいかとか、逆に僕から、こういう感じで歌を録りたいけどどうしたらいいですか、ということをトオミさんやエンジニアさんに相談して、だったらこういう録り方で、こういうマイクが合うんじゃないかとか。マイクも毎曲4種類ぐらい試して、どの音質が合うかとか、いろいろやっていました。

――近年の洋楽ポップスのメインストリーム、特にアメリカのポップスは、先日のグラミー賞でもそうでしたけど、歌とメロディの力が以前よりも戻ってきているような気がしたんですね。個人的感想ですけど。

秦:だいぶメロウになってきていますよね。その、メロウの戻り方もまた、ラップとかR&Bとかを経て戻ってきてるから、昔のものとはまた違うんですよね。その感じが面白いなと思っていて、それをまた自分で…自分は主に邦楽を聴いて育ってきたんですけど、日本の持つメロディ感と、洋楽的な抑揚の付け方とを、自分で消化して出すと、どういうメロディになるのかな?というのが、このアルバムには表れているのかなと思います。メロディラインの作り方としては。

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