【ライブレポート】87歳のジャズシンガー齋藤悌子、キャリア初の東京公演に“めったに体験することが出来ない現象”

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2月19日、ジャズシンガー齋藤悌子の初東京ライブ<A Life with Jazz 齋藤悌子 meets デヴィッド・マシューズ>が劇場I'M A SHOWで行われた。 

◆齋藤悌子 画像

セトリはほぼ全曲が「マイウェイ」のようなスタンダードナンバー。そのすべてが齋藤悌子さんのオリジナル曲のように聴こえて驚いた。作品が生まれてから今日まで、世界中のシンガーたちがカバーしてきた名曲たちが、いち個人のための書き下ろし曲に聴こえる。この現象は、めったに体験することが出来ない類のものだ。なぜそんなことが? 答えは資料や当日のMCなどから垣間見ることが出来た。

例えばカバー回数世界2位と言われる「マイウェイ」が発表されたのは1969年。1935年生まれで10代から歌っている齋藤さんにとっては往年の名曲ではなく、自分が30代の時にリリースされた同時代の新曲だった。

また、彼女はまだ沖縄がアメリカ統治下だった時代、10年にわたって米軍基地で歌っていた。すみずみまで歌詞を理解できるオーディエンスを相手にプロとして英語曲を歌い続ける。これも日本のシンガーとしては稀なバックグラウンドだろう。「ダニーボーイ」というナンバーを歌う前、こんなエピソードも披露された。

「この曲は別れの歌。ある時、基地で歌っていたら目の前に素敵な女性と踊っている兵士がいた。歌い終わって彼の顔を見ると涙があふれている。お店の人に聞いて彼は明日ベトナムに行くとわかったんです。戦争はぜったいいけません」──齋藤悌子


こうしたことの積み重ねの結果としての最新のステージ。何かにつけ年齢から語られがちなご本人だが、観はじめてすぐこの枕詞を忘れた。そこにいたのは“87歳でまだ歌えてるシンガー”ではなく“彼女の半分の年齢の歌い手の多くより、はるかに説得力のあるボーカリスト”の姿だったからだ。

スタンダードをオリジナルのようなリアリティーで歌える、という点はすでに触れた。その背景のいくつかも含め。加えてスタンスがものすごく軽やかだったのも印象的だった。68年というキャリア初の東京公演にもかかわらず。

最初のMCで「ひさびさカッコいいところをみせようとして、ハイヒールを履いてみたけど歩けなくて低い靴にしました」と告白して靴を見せる。珍しく音程を外したあとで「興奮して最後の声が出ませんでした」とサラッと言えてしまう。あるいは曲が始まる前から踊るように体でビートを刻んでいた「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」では「間奏のあいだズーッとお客さんを見ていて出遅れました」──隠すことなど何もない、と言わんばかりの大きな余裕が実に心地よかった。

心地良い、といえば声のタッチもそう。ジャズを中心としたスタンダードというと“熱唱”や“大人の雰囲気”が定番だが、齋藤さんのそれはチャーミング。優しい声の輪郭から歌の世界が広がっていくような、これも余り聴いたことのないムードだった。

最後はバンドメンバーに即されて自らのバイオグラフィーを披露。今でも毎朝ボイトレをしていて大きな声を出すことが健康につながっている、とのこと。そして本編最後は「明日に架ける橋」、アンコールが「マイウェイ」と、人生そのもののような選曲で終えた。


なお当日の共演者は3人。まずピアノのデイヴィッド・マシューズ。アレンジャーとしてジェームス・ブラウン、ポール・サイモン、ポール・マッカートニーなどを手掛け、現在は日本在住の才人だ。右手が不自由なようだが、ほとんど左手だけでつぼを得たプレイを聴かせていた。

ベースの松永誠剛は今回のバンマス的な存在。オーソドックスなサポートの一方で、ソロでは弦をこするなどトリッキーなアプローチも行っていた。

そしてサックスは齋藤さんと同じ沖縄出身のMarino。ファンクバンドもやっていた彼女だが、今回はメロディアスな演奏に終始していた。松永と2人、祖母や祖父と接するような雰囲気で。

彼女の歌を聴いた音楽関係者が他の関係者に驚きを伝え…ということの連鎖反応で実現したという東京公演。今回のライヴの体験者からさらに大きな輪が生まれるような気がしている。筆者自身、ステージを拝見させていただいて「これは少しでも多くの人に伝えねば」と思い、この原稿を書かせていただいたしだいだ。

取材・文◎今津 甲
撮影◎ハービー・山口
(c)Herbie Yamaguchi

■<A Life with Jazz 齋藤悌子 meets デヴィッド・マシューズ>

2023年2月19日(日) 東京・I'M A SHOW
東京都千代田区有楽町 2-5-1 有楽町マリオン別館7F
open14:00 / start15:00
▼出演メンバー
齋藤悌子(Vo)
デヴィッド・マシューズ(Pf)
松永誠剛(B)
Marino(Sax)
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