【インタビュー】ブラジル音楽を背負う今井亮太郎「僕がやらなきゃいけないのは、新しい門戸を広げて、新しいファンを増やすこと」

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■インスト曲のタイトルは、人で言ったら顔みたいなもの

── 「橙」には、どんな思い出がありますか。

今井:この曲も2003年か4年、若い頃の曲なんですけど。2011年3月の震災の日に、今は青山にあるんですけど、当時は赤坂見附にあった「カナユニ」というレストランに演奏に向かう、東名高速の上で僕は震災にあったんです。家族とも連絡が取れて、みんな無事だったんですけど、どうせ帰れないからお店に向かってみようと思って、着いたらお店の人がいて。お客さんは誰も来られないかもしれないという話だったんですが、二組だけいらっしゃったんですよ。そのうちの一組がカップルの方で、その日は女性の誕生日で、途中で連絡がつかなくてもここに来れば会えるから来たということだったんですね。その日、本当はボーカリストがいたんですけど、そう、渡海真知子さんだったんですけど、代わりに僕がハッピーバースデイを歌って、二人に何か1曲と思った時に、あったかい曲がいいなと思って、「橙」を選んだんです。

── 素敵なお話です。

今井:大変な日だったんですけど、この曲と、その場の雰囲気と、お二人が喜んでくださったことが嬉しくて、その話が後日NHKさんの番組で取り上げられたりとか、そんなこともあった曲ですね。そういうふうにあとから意味が付いた曲でもあるから、今回たまたまリリースが3月ですし、入れてみました。もともとの曲の意味が、大切な人や場所を思った時に、日本の色である橙色が思い浮かんで、大切だからあたたかい、大切だからせつない、という意味で書いた曲なんですよ。それをその日、お二人に合うかなと思って選んだ曲だったので、思い入れは強いです。

── それを、あらためてオルガンで新録音したと。

今井:これも完全に一発録りです。クリックも使っていません。



── もう1曲の新録音「貝殻のペンダント」は、まだどこにも出ていない新曲ですよね。これは?

今井:これは去年作った曲です。前にもお話したかもしれませんけど、亡き母が、最後の2か月間に、絵手紙を書いていたんですね。

── 以前に「色えんぴつ–Lápis de Cor–」という曲について、そのお話をした記憶があります。

今井:そうです、まさに「色えんぴつ」の時にお話しした絵手紙の中に、こういうものがあって(と、スマートフォンの画像を見せる)。「礼文島の夜明け」というタイトルで、母が学生の時に礼文島に行って、星がきれいだったとか、そんなことが書いてあるんですけど、すごく印象的で、ずっと頭の中にあったんです。そうしたら、2019年に「にっぽん丸」の船内でメインショーを依頼されて、小樽から利尻島に寄って羅臼に行くクルーズと、小樽からサハリンに行くクルーズと、あともう一つ、3クルーズやったんですけど、羅臼に行く一回目のクルーズは、出発の前々日に台風が来て、利尻島に着けないので、予定のなかった礼文島に行くことになって。「母の絵手紙のところだ」と思って、せっかくだから空き時間に上陸して、しばらく歩いたら、貝殻で埋め尽くされた海岸があったんですよ。これなんですけど。

▲絵手紙「礼文島の夜明け」

── (写真を見て)すごいですね! こんな風景、初めて見ました。

今井:さらにそれが、今日たまたま持ってるんですけど、これなんですよ(と、穴の開いた貝殻を見せる)。いつもペンダントにして着けてるんですけど、これ、穴が開いてるでしょう。そこにある貝殻、全部穴が開いてるんですよ。二枚貝の殻に穴を空けて中身を食べる巻貝に捕食された跡みたいなんですけど。すごく不思議ですよね。それで2回目のクルーズは普通に利尻島に行ったから、礼文島には行かなかったんです。それがなければ、この貝殻も見つけられなかった。去年、それをなんとなく考えている時に、ポッと出てきたのがこの曲で、タイトルはそのまま「貝殻のペンダント」にしました。自分の過去を振り返る雰囲気になったらいいなと思って、三拍子で書いてみた曲です。

▲礼文島の貝殻浜の写真

▲穴あき貝の写真

── 今、4曲のお話を聞いただけでも、一つの小説が書けるくらいの物語性がありますよね。インスト音楽なのに、いやインスト音楽だからこそ、物語があるということかもしれない。

今井:いつも曲を作る時に、途中で曲のストーリーをまとめておくんです。最初は「こういう感情を作りたい」ということで曲が浮かぶんですけど、そこから作曲する時に、彫刻みたいにだんだんそぎ落として、いらないところを省いていって、おいしいところだけ残るみたいなやり方をしていくんですが、その過程で、楽曲のメモというものがあるんですよ。こういうふうに、携帯電話にメモしておく。

── (メモを見ながら)かなり詳しく書くんですね。音楽用語ではなくて、主人公や、風景や、感情や、物語の流れや。

今井:ストーリーだったり、その時の思いだったりを、こうやって書いておくんです。それをもとに、アルバムのブックレットにショートストーリーを載せたりしてます。インストの場合、タイトルを付けるのが難しかったりするので、文章をまとめて、そこからタイトルを導き出すんですね。タイトルは、人で言ったら顔みたいなものなので、いいタイトルが付かないと聴いてもらえないこともあると思うんですよ。ダサいおじさんがピアノを弾いてるのと、イケメンが弾いてるのとでは、やっぱりイケメンのほうを聴きたいじゃないですか(笑)。

── その例えはどうでしょう(笑)。今井さんはイケメンですよ。人も曲も。

今井:やっぱり見た目は大事なので、タイトルには一番こだわりますね。いいタイトルを導くためにも、いつもショートストーリーを書いておくんです。ただ、あまりにもダイレクトなタイトルにしてしまうと、聴く人のイメージを固定させてしまうので、できるだけいろんな想像ができるようにはしています。「月の光満ちて」も、もとは「満月の力」というタイトルだったんですけど、はっきりしすぎているので、ちょっと淡くしてみました。そこは、聴く人に想像してもらうのがいいと思うので。



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