【対談】つんく♂ vs AI研究者、人工知能は音楽制作の夢を見るか?

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Web3時代を迎え、生活環境や生産システムなど我々の暮らしのまわりでは劇的なパラダイムシフトが起こってきている。日進月歩で進化を遂げるAIもまた、我々の身近な生活に直接大きなインパクトを与えるものだ。

インターネット上で簡単な指示を与えれば、それに即した答えを即時に返してくれる。それは検索結果をネットで得ている現代人にとって、誰もが恩恵をこうむるテクノロジーだ。「こんな画像を作ってください」「こんな文章を書いてください」「○○○に関するアイディアはありませんか?」…そんな問いに対して、答えを生み出し練り上げ、適切な回答を提示してくれるインターネットは、もはや「全知全能の神が気さくな友だちになってくれた」かのようなショッキングなツールに変貌を遂げつつある。

そしてそれは音楽制作においても同様だ。これまでの人類が築き上げてきた全音楽の歴史をAI=人工知能が取り込んでしまえば、ミュージシャンのひらめきを待たずとも、AIは瞬時にヒット曲を書きあげ、時代を読んで最適な音楽を生成し続けていく…そんな未来が透けて見える。

果たして未来はどうなるのか。そしていま現在は、どのような状況下にあるのか。言わずと知れたプロデューサーであり、数多の楽曲制作とプロデュースワークによって日本の音楽エンターテイメントを牽引し続けるつんく♂と、AI研究者で、自身で経営するAI開発会社にて音楽アプリの制作もはじめた酒巻隆治氏を迎え、「最新テクノロジーと音楽」をテーマに、思想や信条を交わしてもらった。


つんく♂、酒巻隆治氏

──いきなりサビから入るような質問ですが、ミュージシャンとAI(人工知能)は、ライバルなのか良きパートナーなのか…敵なのか味方なのか、どう思われますか?

つんく♂:本当は多分、交差しないレールのようなものやと思うんですけど、ですから、それをどう交差させるかということだと思っています。

──それはいつ頃に交わるものとイメージしていますか?

つんく♂:いや、もう早速じゃないですか?

──え…。

酒巻隆治(DataPOP株式会社代表):AIを敵視するお話はこれまでも多々ありました。一例として大手の中古車販売会社様のケースをご紹介させてください。中古車販売社様には、中古自動車の買取金額を査定をする人がいらっしゃるわけですが、その査定士の人工知能を作るとなると、査定士さんは「俺たちの仕事がなくなるのか…」と危惧します。しかし結論、なくなりません。それは、台数が多いところしか当たらないからです。

──台数が多い?

酒巻隆治:台数が多い…例えば軽自動車のような場合、「これは○○円で売れる」とAIは瞬間で当てます。しかも人間よりも正確な金額で当てます。それは過去の販売データ・販売の台数があるからなんです。一方で台数が少ない外車の売買はいつまで経っても当たらない。

──データが少ないから、ということですか?

酒巻隆治:そのとおりです。そして、実は査定士さんがやりたい査定はこれらの車種なんです。実はたくさんデータがあるところの査定には興味を持っていない。だからそこはAIにやらせばいい…つまり関係性はWin Winになっているんですね。これはひとつの業種での例ですけど、人がやりたくない仕事をコンピュータがやるだけで、本当にやりたいところだけが残るということが、わりといろんな業種で起きていることになります。なので、音楽にもそういうイメージがあります。本来クリエイターさんたちがやりたい、過去には事例がない音楽をつくるために、音楽の外にある世界からの発見あるいは類推など、人間の創造性で事例がない部分を補うところは残り、コンピュータは…なんというか繰り返し消費されるようなところは合理化できるのかなと思います。


酒巻隆治氏(DataPOP株式会社代表)

つんく♂:本格的な中華料理とか、粋を極めた和食のようなものは簡単に真似できないけど、Cook Doを使って作る料理というものも市場が求めているもので、便利ならば使われるだろうし…。ただ、痒いところ…最後に使えるかどうかはわからないとは思います。

──酒巻さんは、なぜAIを音楽に活かそうと思ったんですか?

酒巻隆治:これまでに多くの法人さんとお仕事をさせていただいているんですけど、数値を予測するものは、せっかくAIを作りあげても、結果として社内では信じてもらえないことが多いんです。

──どういうことですか?

酒巻隆治:例えば「来年の紙パルプの売買価格を予測して欲しい」というリクエストがありました。関連する様々なデータを企業様が所有していますし、その業界の動向を示すニュース記事などもネット上にデジタル化されていますので、それらを判断の手がかりとしてAIを構築し予測します。もちろん専門の会社様と同等以上の精度できちんと当たる仕組みができます。当たるんですけど、AIがどのような計算をして、中で何をやっているか分からないから、なんか不気味に感じるらしいんですね。「何のデータを見て?」「全てです」「どれを主に?」「重みはコンピュータが決めます。どのデータかは都度都度AIが判断して変わるもので、数式らが計算で決めてます」「この大量の数式です」となるので、結局、その予測数字を信じてくれないんです。

──…。

酒巻隆治:それよりも「このグラフの線を見ると、こうですよね?」とか「○○の国の工場で火災が出てしまったから、今後価格は上がります」みたいな、因果がわかりやすいものを人間は信じたいんです。みんなが納得・合意する時に「なんだかわからないけど、AIが決めてる」というのは、とても嫌がられるんですよ。

──なんだか分かる気がします。

酒巻隆治:法人では、みんなで決めたという事実がないと進みにくい構造があるので、状況により確率的に結果が変わるAIより、ルールが明確な意思決定やシステムの方が向いているんです。一方で、個人の消費については、たいていの物事は好き嫌いで決めることが許されます。感情・感覚による判断…つまり好き嫌いで選ばれるものやサービスですよね。エンタメだったり食事だったり、音楽もアートもそうです。「俺が好きなんだからいいじゃん」で成り立つものごとだと思ってます。だから音楽にAIを活かすことに関心を持っているんです。個々人の好き嫌いに寄り添うAIのほうが、社会に対して自然に受け入れられるんじゃないかな、と。

──実際の手応えはいかがですか?



酒巻隆治:音の処理は難しいですね。言葉のAIの実用化は進んでいますが、画像や音声はまだまだ研究段階のものが多いです。それは、それぞれの画像や音声に「いったいどんな意味があるのか、感情があるのか」を、人が見て聞いて判断しているからです。それぞれの情報からパターンをみつけて解釈する構造・数式をまだAI研究者は作りきれてません。

──そうなんですね。

酒巻隆治:例えば画像処理の場合、机上のペットボトルの写真を撮って「同じ商品を探せ」と命令したとします。これ、実は返すのがとても難しいんです。まずAIは、写真に写っているどのピクセル部分が探す対象なのか分からないですよね。むずかしさ「1」です。AI研究の領域での難しさです。なので、ペットボトルだけ綺麗に写して命令すると、商品数は何百万件もありますから一番類似している物を探す計算がその瞬間では間に合わない。ひとつひとつが類似しているか類似していないかは一瞬で計算できますが、何百万件の商品を計算していると時間は累積して結果はすぐに出てこない。これがむずかしさ「2」で、サービス化する際のAIを活かすシステム開発の領域での難しさです。計算時間をズラす様々な工夫はありますが、基本的には対象を全商品ではなく、みんなから支持されている売れ筋商品から近いかどうかを計算するんです。レコメンドエンジンには売れ筋ばかりが表示されて不満なことは割とありますよね。音楽に関しても、「1」音にどんな意味や感情がふくまれているかわからない課題と、「2」サービスにしたときに待っている間に計算時間が間に合わない課題と、実用化に向けて大きくふたつの難しさがあるなと思っています。

──ミュージシャンにとって、AIが音楽制作に何らかの手助けをしてくれるのは、歓迎すべきポイントですか?

つんく♂:ポップス音楽って、バックトラックとメロディと歌詞から成り立っていますけど、今の世の中における音楽は、バックトラックもメロディもゴチャッとしていますよね。特に今の作曲家はバックトラックから作っていくから、メロディという概念が僕らとは違う気がする。だから、AIに何を求めるかですよね。音楽を作って欲しいのか歌詞を書いてほしいのか。音楽もファミレスで流れていそうなBGMというのはAIがバンバン作ってくれたらいいかなとも、思ったりしますよね。歌詞も言ってみれば言葉の羅列・組み合わせですけど、言葉のチョイスをどうやってくれるか。検索とは違う、辞書でもウィキペディアでもない使い方をAIとしてどう整理させていくのかが見えてこないと、どう使うんだろうなって思います。



──AIはネット上のデータを拾い上げそれを組み上げているのだと思いますが、その作業は、ミュージシャンが脳内で行っている作業と同じようなものなのでしょうか。

酒巻隆治:ある一部分は同じような気がします。先の軽自動車の中古車価格を予測するようなめんどくさい部分、繰り返しのところはAIでもできる気がします。一方で味付けというか、その人しか気付いていない感覚や構造などを見つけて、これを共感してもらうべく表現するようなところは無理だと思うんです。人はそこをやりたいんですよね。どんな業種でも。

──その「人にしかできないところ」を、AIはやろうとしているのではないですか?

酒巻隆治:多くの研究者は今はまだ無理だと思っていると思います。まだデータになっていないからです。

──データが揃えばできてしまう?

酒巻隆治:そう思います。でも一方で今もう既にデータになっているということは、そこはすでに陳腐化というか、ルールになっている…当たり前のことになっているということですから、すでにクリエイターの領域ではないと考えます。これまでのものを組み合わせて斬新なものを計算することはできます。見たことがない何かもあることでしょう。しかし、見たことのない斬新なものの中に「人々の共感を生み出す何か」については、構造上AIでは作りにくいと思います。

──なるほど、そういうことか。であればこそ、個々のアーティストのアイデンティティがより一層際立ってきますね。

つんく♂:AIがどこまで行くかわからないけど、冒頭の質問に戻るとすれば、やっぱりライバルではないというか、接触はしないなって思います。もちろん僕たちが何十年もかけて築き上げてきたノウハウやテクニックやパターン/マニュアルのようなものを、ものの30分くらいで形にされて「どっちがつんく♂作でしょう?」と言われても分からないようなことが起こるんだとは思うけど、自分の作品には「つんく♂」というバリュー(ハンコを押すようなイメージ)は付くんだと思うんですが。

──それはそうですね。

つんく♂:ただ、「今日のパーティーの曲はオリジナル曲が良いんだけど無難な感じでいいからさ。つんく♂に有料の曲作ってもらうの勿体無いし、AIがパパッと作った無料のやつでいいよ」というような世の中になっていくでしょうね。

──例えばブライアン・メイのギタープレイをAIに作らせた時、まさにあのトーンとニュアンスをドンズバに作り出したとしたら超テンション上がるけど…喜んでいいのかどうか複雑な気分。

つんく♂:実際に人間のニュアンスをAIが表現出来る日はずいぶん先でしょうが、ドンズバコピーになったなら、一瞬はトレンドとなるエンタメでしょうね。それで楽しめたならば。

──でも、それって最終的には面白いことではないかもしれない。

つんく♂:そう思いますね。バラエティ番組でも、そっくりさんとかものまねは楽しいけど、ちょっとデフォルメしてるから面白い。コロッケさんが五木ひろしさんをロボットダンスで踊りながら真似るから面白いんです。ミラクルひかるちゃんもちょっと悪意(愛のあるやつ)があるから面白い(笑)。

──そうですよね。AIがドンズバを作り出したって、それは面白いものではなさそうですね。ではAIは、何を目指していくのでしょうか。



酒巻隆治:いや、それも手探りです。何ができるのかが分からなくてやっているところがあります。ただ、AIの歴史でいうと、言葉って着手が早いんですよ。私は学生の時にかな漢字変換も対象とするAIの研究室にいました。あれはローマ字で入力された時に、対応する漢字の答えはひとつではないので、文脈からローマ字のパターンを判断し、可能性として「きっとこの漢字ですよね?」と予測して出すんです。当時はなかなか大変だったんですが、今では相当進化してまして、もうあまり間違えないですよね。なので、音楽でいえば音よりも歌詞の部分は比較的やりやすいのかなと思います。

──なるほど。

酒巻隆治:ただ、やりやすいとはいっても歌詞は普通の文章と違って、わりと支離滅裂なところがあるので、共通のパターンとしては結びつきにくい。だからまだまだ研究領域だと思ってます。また音となりますと、かなり抽象的なのでやりにくいです。音を人が記号として残しているのは、現状では大きくは楽譜とかMIDIくらいにしか落ちていないですから。

──ChatGPTでモーニング娘。のライブレポを書かせてみると、ちゃんと書き出すんです。でも常套句の連発で読むに耐えない。なので「主観と意見を入れて書いてくれ」と命じると「わかりました」と言って、また違うレポ原稿を書き始めるんですが、私の目には先の原稿と何ら変わらない。似非なのでクリエイティビティは皆無なんですね。

つんく♂:アイドルでもお笑い芸人でも、個性の出し方ってエピソードトークに表れますよね。ライブレポートも、どんなにレポートしても個人的主観がそこにあるかないかですよ。「実はチケットをどこにしまい込んだか忘れて、入場するのに30分かかっちゃいました」みたいな一言が入っているかどうかで、レポートのリアル感が変わってくる。アイドルのMCひとつもそうですよ。ChatGPTが秋葉原でウケるMC台本を教えてくれたとしても、そこに「今朝、歯ブラシしてたら前歯の差し歯がポロッと落ちました」じゃないけど、そういう自分ならではのエピソードを乗せられるかどうか。これは上手いとか下手とかじゃなくてパーソナルを乗せられるかどうかが未来を勝ちゆく術だから。

──そうですね。

つんく♂:料理人のオムライスも母親のオムライスも個性があるかどうかですよ。そこに個性があればOK。ただ、市場にはその個性を必要としないこともたくさんあって、定型文で構わない場面もありますよね。

──自分の中から個性を引き出すためのヒントを得るツールが、AIなのかもしれないですね。

つんく♂:それが正解ですね。AIがそこに言及してくれるかどうか。例えば、穴場のレストランを探したいのに、検索結果はいつも同じでしょう?人気店をリコメンドしちゃう。もっとマニアックな部分をAIがどれだけ分かってくれるか。

──AIは応えてくれるでしょうか。

酒巻隆治:膨大なデータから求めるものを探し出すのは時間がかかりすぎて、人は待っていられないんです。だから支持のある売れ筋の商品の中から似ているものを探して回答とするんです。それが最適ではないけど、レコメンドエンジンがやっている現実的なアルゴリズムです。計算力には限界があるんですね。計算力が上がれば解決する話ではありますが、回答を出すのに例えば1週間かかり「1週間後にまたきてください。」では実用にならないと思いますので。

つんく♂:1週間待ってもいいから、回答がほしいなあ。

酒巻隆治:あ、それならばできます。

つんく♂:3ヶ月後に行く旅行とかレストランって、結果は今日出なくてもいいんですよ。「抜群な景色の海が眺められる、雰囲気の良い海沿いのレストランを10コ教えて」っていうのは、1週間待てるよね。

──そういう検索、今のインターネットにはないですね。

酒巻隆治:とても斬新です。お仕事で頼まれる案件は、全てお客さんが待っている時間内に計算結果を出すことを求められるものです。WEBサービスなどでは秒で返さないと価値がないんです。そのために事前に計算して待っているなども行なっていますが限界があります。でも何日も待っていいのであれば、その人々にあわせて、それぞれに最適な答えが返せます。今までそういう要望を受けたことがないです。面白いですね。

つんく♂:昔は駅前とかにあった旅行代理店の窓口で旅行の相談をすると、要望を満たしたものをいくつか用意してくれて数日後に連絡くれたもんですよね。それが当たり前だったからか待てたよなぁ。

酒巻隆治:例えばストリーミングサービスの好きな曲リストも、この曲が好きだと複数登録しておくと、1ヶ月後でいいのなら、もっと精度高く似た歌をレコメンドできます。



──車も自動運転の時代になると、その価値は「移動」と「車内というプライベート空間」のみになり、運転する要素はなくなりますよね。今でもほぼオートマでマニュアルは一部のマニア向け。つまり音楽制作も、パーソナルを打ち出して音楽を生むのは一握りのプロミュージシャンだけになるのかなとも思います。F1ドライバーのような立ち位置とでも言うか。

つんく♂:突き抜けたガチなやつは人気から何から根こそぎ全部持っていくでしょうね。大谷翔平選手のように。

──アートに天賦の才は欠かせませんが、及ばぬ才能を便利ツールで補完して世にアピールする似非ミュージシャンがあまりに多いと思いませんか?そこが一掃されるのであれば、私はAI大歓迎(笑)。

つんく♂:でもね、そこに市場があって大衆がたくさんいるから大谷選手も生まれてくるんです。甲子園に行くだけでも凄いことだし「え、お前甲子園行ったの?すげー」って尊敬できますよね。天賦の才がなくたって、立派な野球選手になれている子もたくさんいるかもしれない。だから、僕らのすることは、音楽への興味を逃させないこと。簡単なツールでちゃっちゃと触って「パパ、曲ができたよー」でいいと思うんです。音楽に触れ合うことが特別にならないように、当たり前であって欲しいと。

──確かにそれはそうだ。

酒巻隆治:私はAIで音楽制作の道筋を作ってみたいという思いがあるんですけど、そこには専門家がいないと作れないんですよ。プロと組まないと何を作っていいのかがわからないんです。どの業界のAI作成をお手伝いしても感じます。つまり、曲なりエンタメなりを作る時、プロの方が見ているポイント、注目している何か?を知れないと実用的なモノがつくれないということが1点。もう1点として、AIって名無しのものを作るものだと思うんです。

──名無し?

酒巻隆治:誰が作ったとかそんなことには興味すらないんですよ。無料で何でもいい。そういうものをAIが作るんじゃないかと思うんです。一方で「誰が作ったのか」「誰の○○○が聴きたい」といったようなものは、その記号と共に人々の話題の中に登場し、その人のもつ感性への共感として記号=作品として残ると思います。ここが生身の身体を今のところ持っていないAIでは作れないところですね。



つんく♂:僕らはライブハウスで揉まれて揉まれて、路上でもつかみのトークで立ち止まらせて、人気の曲をカバーしてからなんとか自分たちの曲も聴いてもらって、演って演って、レコーディングの現場でもいろんな経験をひたすら積み重ねて、何年もかけて会得してきたことを、モーニング娘。には15分で教えてきたわけです。つかみのMCもエピソードトークもひとつひとつ伝授してきた。それって、僕の中で解析していた過去データをギュッと凝縮させて、彼女たちに詰め込んでいくAIのような作業ですよね。でもその経験を通して、彼女たちはやがて自分なりのトークができるようになっていく。だから、つかみのパターンとかプロポーズするときの最後の決め台詞のようなものも、AIで作れるようになる気がします。「定型文に余分な話を混ぜてください」って言えば、意外と遠くないかも。

──文章の進化は進みそうですね。メロディやバックトラックなどはなかなか厄介な気がしますけど。

酒巻隆治:そうですね。画像・映像は難しい領域ですけど、今では研究が進んでいて、映像を見せると何が出ていたか文字起こしができ、ストーリーをプロットするところまでは研究成果がでています。

──凄い。

酒巻隆治:で、今の更なる最先端の研究領域では、文字から映像を作ることにトライしています。物語を文章にするとそれを映像にしてくれるという研究です。今研究しているということは、おそらく10年後には形になっている、運とタイミングが良ければ社会に出てきている、ということになります。同じように音楽も、今はとても困難なものがあるんですけど、様々なチャレンジが世界中で研究・開発されだしています。もう10年もかからずにいろんなことが社会でもできるようになるんだと思います。

──そんなスピード感なのか…。

酒巻隆治:音楽は音という情報が取りにくいんです。波形を取り出してもあらゆる楽器が合成されてちゃっているので。とはいえ、音楽の場合には、前後のルールがある程度あるので、そのルールに乗っている音楽や一般的な楽器であれば、ここ2~3年で分離できると思います。

──え、早すぎる。

酒巻隆治:歌って、「悲しかった」とか「辛かった」「楽しかった」とか、ある状況において作者が気が付いた、得も言われぬ何かを表しているじゃないですか。そこに形容されている感情というものを数学に乗せるのは、とてもとても難しい領域だと思います。人によって共感する・しないがあります。だから面白い研究領域なんですけど。なので、現状ではAIが曲から感情に関する類似パターンをみつけて感情を抽出するものは、置いておかれてます。現実として、ある曲を聞いた時に多くの人がどのように感じるか?例えば“悲しい”と多くの人が言う、そのラベルをその曲につける。このラベルをみて「悲しい曲はこれです」と計算しています。人がきいて「悲しい」と思う人がたくさんいて、そのラベルがいっぱいあるから「悲しいんでしょ?」という理屈で、曲そのものからパターンを見つけるような中身を理解する計算はできていないんです。

──シンギュラリティ(AIが人類の知能を超える転換点)が来たら?



酒巻隆治:例えば、このテーブル。少女はくぐり、巨人はまたぎ、我々は迂回します。それはボディの大きさが物理的に違うからです。これ、肉体が判断・行動を決めてますよね。世にあるすべての形容詞を考えましょう。形容詞こそ、ボディから発信されてると私は考えてます。大きい、小さい、美しい、醜い、楽しい、悲しい。どのボディにいるかで変わると思います。そしてそのボディが発するその言葉を判断して、共感する。つまり結果的には同じボディの人は同じ形容詞を感じているので共感しやすい。仲間になりやすいと考えることができます。少女は巨人を見たら恐れるかもしれない。「怖い」と表現し共感を求め行動すると思います。でも巨人は何を見ても動じない。少女の発する「怖い」という形容詞に共感すらしないのではないかと思います。曲には心の動きがともなう形容詞が多く入ってますよね?つまり、それぞれのボディが共感する曲は違って当然だと思います。判断・行動は肉体に依存するのだと思いますので、ボディがないと判断・行動が決まらない。シンギュラリティを超えるには、感情の理解…つまりその状況での形容詞と判断・行動を計算しなくては達成できないのだけど、そこでボディがないという点に行き着いちゃう。ボディがないから、ある物事があったときにどう接していいか、どう形容表現して類似性の高い誰と集団を作り仲間になるべきかが分からないんです。

──例えば、シャ乱Q「シングルベッド」という曲は、こういう表現があるけど実はこういう気持ちが隠れていて、こういう感情と思いがあって…と、歌詞には表れていない込めた感情をひとつひとつ書き出せば、AIはそれを学んでくれるんですよね?

酒巻隆治:そうです。そのタグの付け方が難しさで、そここそ選ばれた作詞家・作曲家には新しいものの、共感を呼べるタグだと分かるんだと思うんです。

つんく♂:個人的な主観が入ったものが、やっぱり抜きん出るんです。そこには才能とテクニックの両側面があって、才能はなかなか難しいけど、テクニックは後からでも磨けると思うんです。こういう歌詞が共感されるよ、というのはテクニック。でもそこは絶対的な経験値ですよね。どれだけ書いたか。これをやるかやらないかで人間は大分差が出ます。そこにAIがどれだけ関わってくるか。



──結局、人間の成長にAIがどうサポートしてくれるか…そういう話なのかな。

つんく♂:例えば病気の発見とかには、症状や痛みの様子など膨大なデータが蓄積されていれば、患者がニュアンスを伝える中で、ひとりの医者の主観よりもAIが持つデータによる判断によって、何が疑われるか見逃し率がだいぶ少なくなるだろうなという気はします。

酒巻隆治:過去に医療関係のお手伝いもしたことがあります。例えば今だとCT画像から計算して異常性があるところを出せるんです。そこを赤くハイライトさせるだけでだいぶ作業が緩和されるらしいんですね。その画像の特殊なところを抜くとか、逆に重なっている共通部分を出すことができます。逆にシンプルに言うならAIができることってそれだけなんです。多分音楽って、その特殊なところ、稀なところの組み合わせこそ、いい曲の特徴なんだと思います。だから共通部分となるところから、よくありがちな作者不明のBGMを作るというのがAIが得意なところでしょうね。特殊なところ…誰かが新しく見つけた共感を呼ぶ表現を抜き出しても、きっと組み合わせはできないと思います。なぜなら特殊な事例はデータ数が少ないからです。

──なるほど。それにしてもものすごい進化ですから、数年後に再び集まって同じテーマのインタビューをしたら、またぜんぜん違う内容になっていそうですね。

つんく♂:先に文章を持ってくるんちゃう?「今日のインタビュー、こんな感じですけどどうですか」って(笑)。

──うわ、確かに。そんな世界になっているかもしれん。怖っ。でもエキサイティングな時代ですね。AIが我々の生活を知らないうちに支えてくれている世界でしょうか。



酒巻隆治:かな変換にしても「あ」と入れれば先読みで「ありがとう」と出てきますよね。打つのがしんどい言葉もさっと出してくれますが、あれも可能性で「この人の“あ”は、きっとこれでしょ」と出すのは、まさしくAIなんです。でも浸透していて皆さんはAIだとも思わない。実は条件確率付きのプログラム…つまり人っぽい動きをしたAIとよばれるプログラムのひとつなんですよね。

──すでに存分に恩恵をこうむっているんですね。ミュージシャンもすでにAIのお世話になっているのかな。

つんく♂:…誰が儲けんのやろな(笑)。

──つんく♂のような曲を作らせた時、その著作権はどうなるのでしょう。

酒巻隆治:「誰が作ったのかマークが重要」だから著作なんじゃないかと、仲間うちで話したことがあります。電気を誰が作ったのか?そこには著作はないんですよね。そこにプライドがあって「○○○さんが作った電気、最高だよね」というのであればそれは著作だと思うんです。電気だと分かりにくいですけど(笑)、誰が作ったのかマークを付けることで、ある集団からの共感、話題性があるものなら著作となるのでしょう。名無しでいいのか名があったほうがいいのかで、著作かそうでないかが分かれるのかなと思っています。

──そうか、たとえ大ヒットしたとしても著作物じゃない可能性もあるわけか。

酒巻隆治:みんなにとって名がなくてもいいものであれば、そうじゃないですかね。

──そう考えれば、シンプルだ。

つんく♂:名前が彫られた名刀か、百均で売られた包丁の違いでしょ?でもこの会話も2023年春の時点だから、多分1年後はまたぜんぜん違うんでしょうね。

酒巻隆治:そうなんです。進化が読めないところもあって、異常に進化しちゃうところもあれば、全く進まないものもあって、全くわからないんですよね。

──でもAIは、恐れるものではない事はわかった気がします。

つんく♂:現状ではね。でも近い将来「AIのせいで全く仕事ないやんけーどうすんねん」って言ってるかもしれん(笑)。



取材・文◎烏丸哲也(JMN統括編集長)

酒巻隆治

DataPOP株式会社代表、大手通信会社、EC会社での10年をこえる研究職を経て、DATAをビジネス活用する会社を創業。コンサルティング、企業研修、セミナーからDATA処理基盤構築、AI研究開発まで、DATAのビジネス活用に関わるニーズに対応。現在AI音楽アプリの開発を行う。


◆WEBにて公開中の作詞ツール
◆つんく♂オフィシャルサイト

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